Neetel Inside ニートノベル
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 ある日の夕方。

 「…………」

 菱村真一は小さな墓の前で手を合わせていた。
 むろんこれはシオンの墓だ。毎日、という訳にはいかないが、こうして真一は定期的にここにやってきては必ず手を合わせるようにしている。と言っても、そこまで大したものではない。非常に小さな寺の隅っこにある小さな墓だ。
 誰もが無視して通り過ぎてしまいそうなそこにわざわざ来ているのだ。
 何のために来ているのか、それは正直よく分かっていない。
 贖罪なのかもしれないし、忘れないためなのかもしれない。もしくはそのどちらでもなく、その両方なのだ。
 と言っても、別に墓に向けて何か語り掛けるわけではない。
 なぜなら、彼女の体はどこにもなくても、魂はここにあると知っているからだ。
 自身の右腕に。
 そうと分かっているのに、なぜなのだろうここにきてしまうのは。
 答えなど無いのだと知りながら。
 誰でもない誰かに向けてそう問いかけざるを得なかった。


 「……帰るか」


 墓に背を向けてそう呟く。

 どこに? と姿なき何かが語り掛ける。

 いつもの事だ。とスルー仕掛けたその瞬間。

 それが幻聴でないことに気が付いた。



 「どこへ向かうというのですか?」
 「哀れな子羊よ」
 「あなたに帰る場所はもう」
 「地獄以外どこにもないというのに」



 そんな不気味な言葉を紡ぎながら、それ以上に不気味な二人組が姿を現した。

 一人は全身を黒いロングコートで覆い隠した身長1m80を超える大男。頭は短く刈り上げているのだが、十字架型になるよう、部分的に薄くしているらしい。非常にいかつい顔つきで、その目は薄く開かれている。が、そこから生気を感じることができなかった。しかし、その背筋はしっかりと伸びていて、まるで銅像のようだった。
 一方のもう一人は背の低い、女性だった。同じく黒いコートの身を包んではいるが、その前は開いており、体にピッタリと合ったラバースーツに色々と装備の付いた戦闘服のような物を着ていることが分かった。顔にはサングラスをかけており、表情をうかがい知ることはできなかった。また黒い髪を小さなポニーテールにしてまとめていた。
 二人は微動だにすることなく菱村のことを観察していたが、やがて口を開くと喋りはじめた。


 「悪魔の下僕となりし者よ」
 「私たちに見つかった己の運の無さを呪うがいい」


 そう言って二人は同時に武器を生み出す。
 男の方は両手をサッと上げると、手袋に包まれたその両手に一本ずつ十字架を、女の方は背中に武器を背負っていたらしい。サッと腕を振るうとそこからボウガンを引っ張り出し、一本の銀の矢をそれにつがえた。

 非正規英雄か。

 菱村はため息を吐いた。
 何もここで会わなくても。
 ここで戦いたくはない。
 だが、そういう訳にはいかないらしい。


 「行こう。シオン」


 そう言って菱村は自身の右腕を鰐口状に変化させる。
 それを見ても目の前の二人は特に表情一つ変えることなく戦闘態勢をとった。男の方は少しだけ腰を低くかがめ、両腕を前に出して。女の方は両腕でボウガンの矢の先をしっかりと自分に向けている。
 一部の隙も見当たらなかった。
 それは熟練の戦士の物で、どう考えてもただ単に戦いなれた非正規英雄のそれではなかった。


 「…………何者だ?」
 「われらは聖職者」
 「神に使える者」
 「それは知っている!!」


 どうやらまともな答えは期待できないらしい。
 菱村は諦めると地面を蹴り、真っ直ぐ、まずは女に向かって突っ込んでいった。
 それでも女は全く動揺することなく、冷静に引き金に指をかけると、勢いよくそれを引いた。すると、ヒュンッという軽い音共に鋭い銀の矢が放たれる。それは寸分の狂いもなく、菱村に向かって飛んで行く。
 どんな能力が分からない中、その矢に当たることは避けたかった。
 そのため菱村は高速で腕を上げるとやってきた矢をティンダロスで食べた。


 「よし」


 これなら問題ない。
 そう思った直後だった。
 腕を下ろし、敵の様子を確認しようと思った。
 しかし、開けた視界には誰の姿も映ってなかった。


 「クッ!! どこ行った!?」


 急いで辺りを見渡す。
 すると、立ち並ぶ墓石の裏を何かが走り去るのが一瞬見えた。と言っても影だけで男の方なのか女の方なのか判別できなかった。それに、目に見えた影は一つだけでもう一人がどこにいるかもわからない。
 油断はできない。
 菱村は気を引き締めた。


 それとほとんど同時にフッと後ろに何かが現れた気配がする。
 あまりの気配の少なさに菱村は反応が遅れてしまった。


 「なっ!!」
 「…………」


 男は無言のまま体をぐるりと動かすと、右足を上げ、思いっきり蹴り上げてきた。
 おまけに開いては狡猾にも菱村の体の左側から入って来た。そのため、右手のティンダロスを振るう隙が無く、反撃できそうになかった。
 そのため、菱村は回避しようと試みた。
 のだが、早すぎた。
 ゴッと嫌な音共に強烈な衝撃が菱村の左後頭部を襲う。


 「グッ!!」
 「…………」


 苦しげな声を上げるも、男は躊躇しない。
 そのまま足を振り抜くと蹴りぬいた。それに押されて菱村は少し吹き飛ぶと、後ろにあった墓石に命中し、そのまま崩れ落ちる。やけに重い一撃。どうやらただの非正規英雄という訳ではないらしい。蹴りのフォームもよかった。
 どうやらただの非正規英雄という訳ではないらしい。
 菱村は地面に座り込み、墓石に寄りかかった格好でそんなこと朦朧と考えていた。
 が、そんな考えはすぐに消えた、
 なぜならどこからともなく飛んできた矢が菱村の右腕を貫いたのだ。


 「あがっ!!」


 驚いた菱村は急いでどこから矢が飛んできたか確かめる。
 すると、少し離れた場所にある墓石の上に誰かがいるのが見えた。しかし、その影はすぐに墓石から降りるとまた陰に隠れて消えていった。


 「クソッ!! 面倒な!!」


 菱村は思いっきり悪態をつくととりあえずこの矢を抜こうと左腕を伸ばし、掴む。
 その時、激痛を掌を襲った。


 「――ッ!!」


 まるで火を押し付けられているような痛み。まるで矢から拒否されているかのよう
 咄嗟に手を離し、目を細めてよく観察してみる。菱村はその矢を凝視すると、何か異変が起きていないかを見る。
 すると、すぐにあることに気が付いた。
 ティンダロスはこう言った事態に陥った時、自動で異物を押し出して傷の修復を始めるようになっている。ところが、どういう訳か今は自動修復能力が働いていない。それどころか、口が閉じ、力を失っているように見える。
 これが能力なのか。


 「チッ!!」


 忌々し気に舌打ちをする。
 常に酷い痛みに襲われ、意識がそちらに奪われる。
 その隙を見逃す敵ではない。
 近くの墓の影から、男が姿を現した。
 彼はサッと手を上げると、十字架の切っ先を菱村に向ける。これにも何か能力があるのだろう。これ以上何か攻撃を受けて、面倒なことになるのは避けたかった。なので、痛む腕を抑えながら体をゴロリと半回転させ、男の腕の攻撃をかわす。
 それには成功した。
 だが、男の切り替えは異常なまでに早かった。
 彼は瞬時に足を振るうと無様に転がる菱村の体を思いっきり蹴り上げた。
 ボキッという嫌な音と、グチャッというなまなましい音が響く。骨が折れ、内臓が潰されたらしい。その上、飛ばされた菱村は墓石に背中を思いっきりぶつけてしまう。
 前と後ろからの強烈な一撃。
 それでも菱村はギリギリ意識を保っていた。
 しかし、戦う力はもうほとんど残されていなかった 


 「ハァ……ハァ……」


 意識も絶え絶えに息を吐く。
 だが、この苦しみは癒えない。

 非正規英雄の二人は菱村にすでに戦う力がないことを察しているのか、コソコソと隠れることなく堂々と姿を現すと、目の前に立ちはだかった。そして、男の方は腕を振るうと十字架の切っ先を胸に突き刺した。
 それはやはり激痛と共に菱村の体内へと入ってくる。


 「うぐぁ!!」


 苦し気なうめき声をあげた瞬間。
 菱村の体に異変が起きる。
 彼の体が勝手に動き出すと立ち上がり、両腕が持ち上がる。まるで何かに操られているかのように、その姿はまるで十字架にかけられたかのよう。非常に哀れな姿だった。だが、体が言うことを聞かないので全くどうしようもなかった。
 どうやら自分の動きを拘束する能力か何からしい。
 男と女はそれぞれ自身の得物を動けない菱村に真っ直ぐ向けると口を開いた。


 「無辜なる民を救うため」
 「闇に落ちた子羊を滅するため」
 「………クソッたれが」


 せめてもの抵抗に悪態をついてみる。
 だが、この二人はそんなこと意に介さない。


 「祝福せよ。お前の死が」
 「また一歩この世界を平和へと導くのだ」
 「アーメン」
 「アーメン」


 菱村は叫びたかった。
 何が神だ。何がアーメンだ。
 だが、同時にあることも気づいていた。
 この二人、完全に頭がおかしい。
 目の前に突き出されたボウガンの銃口と十字架の先。
 菱村はそこから死の宣告を読み取った。


 死は怖くない。
 だが、その先に何があるのかと考えた時、どうしようもない恐怖に襲われる。シオンは果たしてどこに行ったのか、どこに向かうのか。これにもやはり答えなどない。そうと分かっているからこその恐怖感なのだと。菱村ははっきりとわかっていた。
 目を閉じる。
 暗闇がそこにある。

 ただそれだけだった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「援軍?」
 「その通りよ」


 阿保みたいに聞き返すキョータに対してリザははっきりとそう答えた。その場にいた鹿子たちも非常に興味があったので全員は一斉にリザの方を向くと話を聞く体制を整えた。静かになった探偵事務所内に凛とした声が響き渡る


 「石動堅悟がリリアックなる組織を立ち上げ、バハムートを滅した。これは準悪魔の組織に加えて、厄介な組織ができたことになる」
 「そうだな、それで?」
 「対してこちらはたった五人しかいない。それではたぶん、厳しいと思うの」
 「それはそのトーリね」
 「そんなわけで昔のつてを頼って私は何人かの非正規英雄に声をかけたわ。その結果、二人ほど日本に来てくれることになったの」
 「二人……ですか」
 「ええ」
 「それはどんな二人組なんだ?」


 和宮がそう尋ねた時。
 リザはサッと顔を曇らせた。


 「海外において、日本でいう装甲悪魔を討伐したことのある強力な非正規英雄よ。元はアメリカかどこかの特殊部隊に所属していて、退役し傭兵に、その後で非正規英雄になったらしいわよ」
 「え!? そんな強いんです?」
 「その通りよ……でも……」
 「でも?」


 その先を期待する四人。
 リザはそれに応えることにすると言いにくそうに言った。


 「頭がおかしいのよ」
 「「え??」」
 「まともじゃないの」
 「それは……どういう」
 「そのままの意味よ。二人とも頭がおかしいの」


 そこまで言ってからリザは真剣な顔つきになると、忠告を始めた。


 「いい、二人の前で決して「神」とか「宗教」について話してはいけないわ」
 「それはどういう……」
 「じゃないと死ぬことになるわよ……二人の担当をしていた天使みたいに」
 「「「「――ッ!?」」」」


 担当天使を殺した非正規英雄。
 その事実は四人を驚愕させた。
 最後にリザは、二人の名前を教えた。


 「カーサス神父にヴァイオレット。無慈悲な神父に鮮血の狙撃手。史上最悪の二人組よ」
 「「「「…………」」」」


 ごくりと息をのむ。
 さっきまでとはうって変わり探偵事務所内を沈黙が支配する。
 

 その次の瞬間

 軽快な呼び鈴の音が響き渡った。


       

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