第二十六話 激安野郎ども(後藤健二)

「大体よ、俺はあのドラ息子にはほとほと手を焼いとったのさ」
 ───菱村真一は死んだ。
 実にあっけなく、そこらのホームレスか野良犬のように殺されたのだ。
 むしろ良かったんじゃねぇか?
 あいつがオナネタにしていたっていうビッチの墓参りをしている時に死ねたんだ。
 一緒に墓に入れて本望だろうよ。
 俺にしたって、利害の結びつきで仲間に引き入れたってだけで、元よりさほど仲間意識があったわけでもねぇ。
 それどころか、今目の前にいるこの男と懇意になれたことと比べれば、むしろ…。
 おい、菱村よ。
 よくぞ死んでくれたぁ、おい(笑)
「心中お察しいたします」
 俺は注意深く、いかにも悲哀たっぷりに表情を作り、菱村の父・武蔵たけぞうに弔意を表す。
 菱村真一はあの・・菱村財閥の御曹司だった。
 真一の父・武蔵は、財閥を取り仕切る大富豪ってわけだ。
 真一が死んだことは、菱村財閥の者たちが密かに彼を監視していたのですぐに知れることとなった。薄情なもので、財閥の者たちは監視していただけで菱村真一を助けることはしなかったようだ。が、助けようとしても非正規英雄でも準悪魔でもない一般人に助けられるものではなかっただろう。敵は非常に手強く、聖職者のコスプレをした二人組の暗殺者だったそうだ。非正規英雄のようだが、実に冷徹で容赦の無い殺し方だったらしい。
 武蔵は直ちにリリアックにもコンタクトを取ってきて、そのリーダーである俺を自分の屋敷に招いた。物流業界の大企業の会長の屋敷だけあって巨大で豪華な屋敷には物々しく厳重な警備がされていた。普通なら俺のような高卒フリーターの下層階級が立ち入ることなど許されない上流階級の領域。菱村の野郎、本当にお坊ちゃんだったんだなぁ。
「……それだで言ったんだ。復讐なんて安い真似をするなと。準悪魔だの非正規英雄だの…。そんな訳の分からん連中との戦いに身を投じるなど。実に安い息子だった」
「危険な戦いに、息子さんを巻き込ませてしまい、大変申し訳なく思います…」
「石動くんが謝ることじゃにゃー。あのドラ息子が自分で判断してやったことだでな」
「はっ……」
 武蔵は色々と事情通で話が早くて助かった。
 名古屋弁が混じっているが、名古屋の成金らしい価値観を持っている。
 何事も「高い・安い」で判断するらしい。
「君のその傷を見ると、戦いはどえりゃー激しいもののようだ。本当に命がけなんだな」
 バハムートと和宮と戦って得た傷をそのままにして面会に臨んだのは正解だった。ボロボロの傷だらけの顔もいかにも歴戦の戦士っぽく見えたことだろう。またこの下らねぇ戦いの激しさをアピールできた。
「はい。敵は手強く、しかも多い。それに比べると僕たちは余りにか弱く、少ないです」
「そのようだ。よし、みなまでいうな。わしが力を貸してやる」
「本当ですか? 心強いです」
 そう言って武蔵の顔を見ると、そこには鬼がいた。
 口では迂闊に死んだ息子を罵っているが、やはり心中は猛り狂っているのだった。
「石動くん」
 武蔵が俺の手をがっしと両手で握りしめた。
 五十過ぎのおっさんのどこにそんな力があるのか、骨が砕けようかという力強さ。
「非正規英雄も、準悪魔も、皆殺いにしてやってちょう」
 俺をじっとねめつけるその目は、黄色く小便色に濁っていた。
 分かりやすい。上流階級の人間といっても根っこは俺たちと同じだ。
 身なりや肩書は立派でも、やることは安い。
「ええ、必ずや」
 心にもないことを口走りつつ、俺は沈痛な面持ちを見せた。



 そんなわけで、菱村財閥から紹介を受け、俺は埼玉県大宮区、中でも腐臭の漂う特に治安の悪い地域へ向かっていた。昼間から上半身裸で腹巻きをしたおっさんがカップ酒片手にぶらついている。在日コリアンが犬肉料理を作るための犬屠殺場が近くにあって檻に閉じ込められた犬どもがギャーンギャーンと物悲しそうに泣き叫ぶ。朝まで飲んだくれていた風俗嬢とホストのカップルが意気揚々とバカ騒ぎしつつ、路上でキスしたり抱き合ったりしているが、一方で盛大にゲロをぶちまけている。そういう地域。
「まさかこんな社会の陰部に足を踏み入れることになるたぁな…」
 俺は「広域暴力団・山剣やまけん組」の事務所の前にいた。
 あたりはモルタルの壁が腐ったようなすえた臭いが漂う。近年強化された暴対法の影響で、奴らは登録された建物以外に事務所を構えることができない。老朽化したビルにずっとしがみついていなきゃいけないので、やくざ事務所といえばこういうオンボロビルばかりになっている。ただ設備は最新の物が備え付けられており、ビルの入口に佇む俺をどこからか高性能監視カメラの赤外線センサーが射抜いていた。
「たのもう」
 まるで道場破りに来た素浪人のような心境だ。
 勢いよく安っぽい事務所のドアを開けると、一斉に凶悪そうで頭の悪そうな連中がこっちを見る。室内は冷房が強めに設定されているのか、それとも中のやくざどもの殺気のなせるわざか、冷え冷えとした空気が流れている。法治国家日本というが、ここは間違いなく治外法権だ。
「へぇんな」
 時代がかった口調、ドスのきいた声。オンボロビルに似つかわしくない高価そうな黒塗り皮張りソファに身を沈めるハゲのおっさんがにんまりと金歯だらけの歯を見せて笑っていた。
「ああ、ああ、良く来なさった。武蔵の旦那から話は聞いとるがね」
 ここでも名古屋弁だ。
 菱村武蔵とこの山剣組の田岡組長は同郷の同級生ということらしい。
 俺は田岡組長と向かい合わせとなり、革張りソファに身を沈める。柔らかすぎるソファは身をずぶずぶと深く沈めすぎて居心地が悪い。
「うんうん、非正規英雄だの、準悪魔だのって連中のことは俺たちも良う知っとるぜ。やつらのせいでシノギを奪われることもあるで迷惑してんのさ。やつらをぶっ殺そうって話なら喜んで乗ってやる」
「ありがとうございます」
 田岡組長との打ち合わせでは、まず菱村を殺した連中の素性について話が及んだ。
「カーサスとヴァイオレット。裏社会でも結構有名な連中だ。金せゃー払えば天使だろうが悪魔だろうがぶっ殺す傭兵さ。非正規英雄も準悪魔も敵対組織の者を殺せば報酬が入るで似たようなものかもしれねぇが、奴らは見境がにゃー。金せゃー払えば同じ非正規英雄でも殺すし、自分たちの担当天使も邪魔だでと殺いた」
「酷いもんですね」
「それに強い。アメリカの闇社会じゃ知らん者がいにゃー傭兵コンビだ。だがやりようはある。日本のやくざのシマで好き勝手やらせはせんよ」
「どう殺ろうってんですか?」
「今頃もう死んどるかもしれんがね」
 そう言って、田岡組長は笑った。
 こいつの目もうんこのように黄色く濁っていた。
 ああ、やっぱりこいつも安いな。



 田岡組の麻薬の運び人・田代はどうしようもない遊び人である。
 田岡組の賭場で作った借金のため、好きな合成麻薬を買う金も尽きてしまい、母親と妹をこれまた田岡組が経営する激安風俗に売り飛ばした。話によれば母親はだるまにされて奇形娼館で働かされており、妹は客のうんこや小便を食べる排泄娼館で働いているらしい。おかげで田代は合成麻薬を好きなだけ買えていたが、遂に母親と妹が壊れてしまって娼館からの定期収入も途絶えてしまい、やむなくまた運び屋の仕事を始めた。ところが商品に手をつけてしまい、代金を自分で払うために借金漬けとなる。
「この仕事をこなしてきたら借金チャラにしてやるよ」
 と、組から言われ、佐川急便の制服を着させられて荷物を渡された。
 川沿いの探偵事務所へこれを運べばいいという。
 どう考えても怪しい仕事だが自分にはもうこれしかない。
 借金の催促をする組の追及に心身ともにボロボロになっており、思考能力も衰えていた。
 この仕事を終えて借金がチャラになればまた借金して新しく合成麻薬が買える。
 早くトリップしたい。
 田代はそのことしか考えていなかった。
 どうしようもない激安野郎。
 彼の目もまた下痢便のように黄色く濁っていた。
 ピンポーン。
 安っぽい音がする呼び鈴を鳴らし、ガチャリと扉が開けられる。

 その瞬間。

 田代の持つ荷物が眩く閃光を発し、彼の体を千個以上の肉片に変えるほどの大爆発が起きるのだった。