番外編 どうやらそれがマジらしい(宮城毒素)

 根元疾風ねもとはやては非正規英雄である。
 元四流ホストであったが、借金を背負ってまで自分たちにみつごうとする女性たちを不憫ふびんに思い、客のひとりを風俗店に斡旋あっせんしようとした同僚どうりょうと大喧嘩して、辞めてしまった。
 顔をぼこぼこにらして家路いえじにつくと、四畳半よじょうはんせまい部屋で自称天使の低血圧な少年がひざを抱えて疾風の帰りを待っていた。
 彼はうつむいたままペネムと名乗り、
「不本意ですが、今日からはあなたは、非正規ながらも英雄です」
 と言ったらしい。

 疾風には尊敬する先輩がいた。
 同じく非正規英雄の高嶋紡たかしまつむぐという男で、年齢も経歴も不詳ふしょう、ぼさぼさの髪と夜もかけたままのグラサン、そして常に空っぽのギターケースを背負っているという――はたから見れば一二〇点の不審者である。
 そんな高嶋と疾風が出会ったのは、藤の牛島ふじのうしじま駅から徒歩三分の場所にある「夜のニンジン」という名の八百屋やおやでのことだった。女子高生の太股ふとももを思わせるみょうなまめかしい大根を見つけ、「こりゃいいや。今晩のおかずにしよう」と手を伸ばした折、まるで前世からの因縁いんねんを引きずったバカップルが奇跡的な再会を果たしたがごとく運命感で同時に大根を取ろうとした高嶋の手をそっと包み込むように握りしめてしまったのだ。
 その時、高嶋が「やだっ」と言って頬を赤らめた理由を疾風はいまだに聞けていないが、なんやかんやの大立ち回りの末、ふたりは見事に意気投合いきとうごうした。
 高嶋は疾風に英雄のなんたるかをたたき込んだ。疾風は真剣な顔つきをしながら聞き入っているふりをしていたが、少しでも話が止まると「どこまで話したっけ」と高嶋も首をひねり、「アヒルとカモのどっちが速いかです」とあからさまなうそをついても「アヒルに決まっている」と激怒げきどし、そこから話を続けてしまうくらいには適当な男であった。
「いいか、疾風。俺たちは正義の味方なんだ。どんな敵を前にしても、決して背を向けるな。その時、お前が背にする者は、準悪魔だけでなく、正義の心もともにあるのだ」
「まじすか、超やべえ」
 それすら話半分ではあったが、疾風の高嶋を尊敬する気持ちは真剣そのものだった。高嶋のことをツムグくんと呼んで慕っており、彼の口にするどんな言葉も哲学者の格言かくげんのように聞こえていたし(ある種、理解できないという意味で)、高嶋の英雄としての能力――「アルカリ性をどうにかして(原文ママ)酸性に変える」――も、あの恐ろしいカイザーにだって負けることのない史上最強の力であると信じていた。
 ところがある週の水曜日、高嶋紡は中級クラスの準悪魔との戦いであっさりと命を落としてしまう。
「なんか強い準悪魔がいるらしいから、ちょっかいかけにいこーぜ」
 台風が来ているというのに川の様子を見に行ってしまった祖父の顔を思い出す高嶋の一言。嫌な予感はちょっぴりあった。それが的中してしまうとは――全く思っていなかったとは言い切れない。
 その準悪魔は、普段はとんでもない猫背ねこぜ姿の中学生女子だった。そのままの姿なら、りの一発でぶち転がせそうなほどに貧弱なたたずまいで、それを見るや高嶋は正義の心も忘れて山賊さんぞくのごとくおそいかかった。
 決着は一瞬。少女は二本の角を鬼のように生やし、丸太のように太い腕を振るい、その一撃で――高嶋の身体をばらばらにしてしまった。
「ツムグくーん!」
 少女の視線が「次はお前だ」と言わんばかりに疾風に向いた。その殺気に反射的に指だしグローブ型のアーティファクトを顕現けんげんさせるが、疾風はその先――自らの武器の使い方を――戦い方を知らなかった。英雄になってからもうじき半年。彼の準悪魔討伐実績とうばつじっせきいまだにゼロ件であった。
「やべえ、……超やべえ」
 膝ががくがくと震え、両目からはぼろぼろと涙が止まらない。
 疾風は死を覚悟かくごした。
 しかし、少女はふわりと変身を解くと、まるで興味をなくしたみたいに、ひょこひょこと疾風の真横を通り過ぎていった。
 遠ざかっていく背中が疾風に語る。
「お前には、殺す価値もない」
 と。

 それ以来、疾風は非正規英雄としての任務を放棄ほうきしてしまった。
 ホスト時代の貯金を切り崩しながら、暗い部屋でパソコンと向き合い、タンクトップ姿でエロ動画収集に明け暮れる日々。
「本当にそれでいいと思ってるんですか?」
 ペネムは部屋の隅で、俯きながら疾風に問う。
「僕も頑張がんばるので、疾風さんも頑張りませんか?」
「無理っす。外こえーっす」
「それにはちょっと、同感です」
 かたかたとキーボードを叩く音が鳴り、かちかちとマウスを叩く音が響く。
「おお」
 煌々こうこうとした光を放つディスプレイには、いま売り出し中のトップアイドル「そーちゃん」のトップレス水着画像が映し出されていた。はじけるような笑顔がまぶしく、形のいい乳房が疾風の股間こかんを熱くさせる。
「やべえ、これ本物くせえ」
「……よく見てください。ぎ目あります。光の当たり方も、よくみるとおかしい」
「むぁじじゃねっすか。ペネムさん目ぇ良すぎやべえ」
 四畳半がにわかに盛り上がって、すぐに深く暗い水底へと沈んでいった。