第二十八話 敬う者 vs 蔑む者 (鹽竈)


 初手、切り込むは石動堅悟。
 能力の知れない敵を二人も相手にしてこの暴挙。本来であれば出方を窺う為の様子見が妥当な一手だったのは明らか。だというのに、堅悟は愚策を選択した。
 いや。
 せざるを得なかった、が正しい。

「…ぐっ!?く、ぁあ…!」

 敵の非正規英雄二人を挟んだ向かい側にいた間遠和宮が、突如として苦悶の表情を浮かべながら蹲るものだから。
「何しに来やがったんだこの馬鹿!」
 シスター、ヴァイオレットの初動は極めて速かった。謎の苦痛に呻く和宮の眉間へと照準したボウガンの引き金を躊躇なく引く。まず仕留めるは弱い方、隙を見せる側。
 常套戦法により真っ先に狙われる和宮へ銀の矢が放たれ、
「クソがッ!!」
 初速を得るより先に両断されたボウガンの矢が空に舞う。
(…速い!)
 先攻を妨害されたヴァイオレットはもとより、堅悟の挙動に細心の注意を払っていたカーサスすらもが同様に目を見開く。
 活歩を上回る歩法、箭疾歩せんしっぽ
 高度な足捌きと体術を要求される技術だが、会得したこれを初見で見破れる者は数少ない。中国武術に由来する勁を爆ぜさせて飛び出す移動に加え、特殊な足の組み替えによって見た相手へと認識の誤差を生み出す技。
 歴戦の英雄である二人の動体視力をもってしても懐までの突破を許してしまった原因がこれである。むしろこの技術は相手の眼が良いほどに高い効力を叩き出す。
 斬り払った剣を握る右腕を引き戻す間も惜しいとばかりに、左手を目の前に立つヴァイオレットの腹部へ押し当てる。
(初撃で仕留める!)
 地を強く踏み締める両足から発勁、身体構造をフルに活用してエネルギーを倍々に高め膝、腰、胴から伝い肩、肘そして手首を介し拳から解放。
 一打必倒、直打寸勁。
「ふんっ!」
 入った、と確信に至る数瞬手前のことだった。一息と共に、やや後方にいたカーサスが長い脚を横薙ぎに振るってヴァイオレットの脇腹を蹴り飛ばした。
 勁を充分に溜め込んだ一撃はそのせいで打つべき対象を掠りもせず、ただ莫大なエネルギーを絶風と共に路地裏へ吹き散らかすのみとなる。
 舌打ち一つ、追撃を避け堅悟はバックステップで膝を着く和宮の隣まで後退する。
「遊んでんじゃねぇぞ間遠。仮病で早退なんざもう通じる歳じゃねぇだろ」
 悪態を吐いて見下ろす英雄の顔色は優れない。びっしょりと汗をかき、苦し気に胸元を押さえている様子は、少なくとも演技には思えなかった。
「馬鹿な男」
 嘲りを含む語調で女、ヴァイオレットが言う。
「非正規英雄の契約を破ればどうなるか、リザから聞いていたでしょうに。そうまでして邪魔立てしたかったとは、嫌われたものねカーサス?」
「…慈悲を、やろう。終わらぬ苦しみも、その生も、我らが神は望まれない」
 僧衣の上からロングコートを羽織る長身の男カーサスは、手首の返しで袖から取り出した十字架を両手に握り、自身に言い聞かせるように呟く。
 大きく頷き、ヴァイオレットも愛用のボウガンに次の矢を装填しつつ、
「ええ、そう。そうね。その通りだわカーサス!天にまします我らが父は!愚者をも見捨てない!哀れな生にも救いをくださる!そして我らはその代行者、その執行者!!」
 嬌声を上げて高らかに叫ぶシスターを、堅悟は冷めた瞳で一瞥した。それからこちらも小馬鹿にしたような表情で苦しむ和宮を眺める。
「ハッ、なるほどね。翼ちゃんから聞いたことあるわ、非正規英雄間の契約ってやつ。大方お互いに不干渉で悪魔や俺を殺すってな契約でも結んだんだろ。で、違反は命をもって支払うってパターンか」
 右手に握る聖剣だけは敵方に向けたまま、しかし敵二人のことなど見向きもせずに堅悟の口上は続く。
「こうなる展開は容易に想像がついたはずだぜ、間遠。確かにテメエは馬鹿な男だ。このまま無様に死んで召されるのがお似合いだ」
「……ッ、く。ぃ…す、るぎ…!!」
 ひゅーひゅーと細い呼吸を繰り返しながら、和宮がか細い声を漏らす。今はまだ抵抗できているが、やがて契約とやらは体を蝕みその身を死へ追いやるのだろう。
 だが、その前に。
 聞いておきたいことはあった。
「なぁ、正義の味方さま。天使の御使い君、あるいは神様のパシリさん」
「…?」
 鼓動が弱まり始めた和宮から目を逸らさず、堅悟はじっと見つめ続ける。
 和宮の全身を、あるいは目に見えない何かを探り当てようとするように。
「こんな馬鹿やってまで、アンタなんで連中に逆らう?いいじゃねぇか、テメエらは神様から受けた重要な使命のもとに闘ってる。神様の為に身を粉にして奮闘してる。神様の望む世界の為に駒になり続けてる。大変結構、仲違いは良くないぜ?」
「…………。な、にを」
 しばし苦しみすら忘れたように呆けた和宮が、快活に笑って勝手に最期を締めようとしている大馬鹿に対し湧き上がる憤るをぶつける。
「何を、勘違いしてるんだ貴様。神の為だと?笑わせるなよ…!」
 利き手の内に現れた燐光から、両刃の長剣アンスウェラーが召喚される。それを杖替わりに突き立て、片膝立ちになる和宮から余裕は見えない。
 ただ何か許せない何かに抗うように、剣の柄を握る両手は震えながらも強く力が込められていた。
「この力は、確かに神から賜ったものだ。天使と会わなければ、これは得られなかったものだ。だがな、そんなものは、
 堅悟の笑みが、快活なものから淀んだものへと変わる。それは野性味を帯びた凶悪な笑顔。
 求めていた答えを、コイツは持っている。
 その認識を肯定するように、和宮が吼える。
「俺は!俺の認める確かなものの為にっ、この力を正しきと思うがことに振るう!!そこに天使だの神だのなんぞが入り込む余地なぞ……あるものかよッ!!」
「よし、なら手早く結論いくぞ?代弁すりゃあつまりこうだ」
 八重歯を覗かせ大きく笑う堅悟が、仄かに光を纏う剣を振り被る。その矛先は神父でもシスターでもない。
 思惑に気付いたのはカーサス。聖職者たる彼らが、終える命が紡ぐ辞世の句を尊重し静聴に浸っていたのは大きな間違いであった。
 跳び出しながら相方に指示を出す。
「石動堅悟を止めろヴァイオレット!!何かする気だ!」
 言葉の理解に思考を割く前にボウガンを構える。ほとんど声に押される形での染み付いた戦闘行動だったが、照準する前に石動堅悟の行動は終わっていた。
「『神様なんぞクソ喰らえ』―――遅ぇよ、もう
 ズバン!!と。片膝を着く和宮の頭上すれすれを聖剣の一閃が通過する。一見して何事もない空振りに見えたそれは、ガラスの割れるような音を引き連れて確かに何かを破断した。
「!?…ぶはっ!は、はぁっ…!ぜぇ、はあ……」
 途端に詰まっていた気道が開いたように大きく呼吸を始める和宮。再稼働した心臓が思い出したようにバクバクと止まり掛けていた時間を取り戻して荒く高鳴る。
「石動、堅悟……貴様ッ」
 歯噛みするカーサスに、堅悟が愉快そうに中指を立てて見せる。
「エクスカリバーの能力、『絶対切断』。その派生『概念切断』だ。…天使の鎖を断ち切れるこの俺が、英雄テメエら如きのお約束事を斬り捨てられないわけが無ぇだろ」
 かつて翼にそうしたように、同じ原理で聖剣は目に見えない誓約を、契約を一刀にて断ち切った。
 立てた中指を振って、未だ咳き込む和宮の背中を爪先で小突きながら宣言する。
 天を嫌い、神を蔑む者の代行を。
「くだらねぇよ、狂信者共。こちとらその神様とやらを打ち倒す為にアイツと組んでんだ。恩は売ったぜ間遠、今だけテメエと仲良しこよしに興じてやる。神とかいうクソたわけた存在に対する、俺とテメエの意見は一致してるモンだからな」
 いつかの大戦と同じように、神に歯向かう男が一人。きっとそれは装甲悪鬼の盟友と同じ志を持つ代行者。
 神を敬う者と蔑む者。
 互いにそれぞれの代行を務める者同士の戦いが、ようやく数を対等にして開始と相成る。