Neetel Inside ニートノベル
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「行くぞ、アンスウェラー」

 ようやっと万全の状態へと再帰した間遠和宮が長剣を構え能力を発動する。途端に肌を撫ぜる風の感覚、剣を握る力感の喪失に襲われた。此度の代償は触覚らしい。
「間遠、連中の能力はなんだ」
 右手で聖剣を握り、左半身を前面に乗り出す形で徒手を作る堅悟が訊ねるも、和宮は小さく首を振るうしか出来ない。
「わからん。リザからもあの二人の能力は聞いていなかった。ただ、軍人上がりの傭兵でかなりのやり手だという話だ。日本の装甲三柱に匹敵する悪魔も殺して来た実績があるらしい」
「はぁ?そりゃつまり…」
 真っ向からでは絶対に勝てないと断言できる武人カイザーや、不意打ちでどうにか倒せたバハムートらと同格かそれ以上の強さ。
 さらに言えばカイザーと長年決着のつかない闘いを繰り広げてきた大英雄リザにも匹敵するということ。
「面倒くせぇな。おい間遠、とりあえずあの女が使う矢には触れるな。さっき斬り飛ばしたとき、俺の『絶対切断』の性能が一瞬だけブレた。能力封印かそれに近い性質だろうな」
「そうか」
 一つ頷き、会話は打ち切られた。今度は相手方から攻め込んでくる。
 先端の尖った十字架を両手に握るカーサスが走り出し、それに合わせて堅悟も駆けた。
 狭い路地裏の通路では二人同時に突っ込むことは出来ない。ましてや両方共剣を獲物にしている以上、振り回す上でも並走は避けたい。
 故に後に続く和宮は壁を蹴って跳んだ。衝突間際の堅悟とカーサスの頭上を跳び越えて、銀の矢を番えるヴァイオレットと対峙する。
 跳んだ和宮の行く末を見届ける間も無く、堅悟は必殺の剣を大上段から振り落とす。相手がいかな能力を秘めていようが、防御不可の切断能力を持つエクスカリバーの前には意味を成さない。
 堅悟の持つ破格の性能を知っていながら、無謀にも突っ込むカーサスに違和感を覚えた。
「シッ!」
「…チィ」
 呼気と共にカーサスの足運びが変わる。変化の無かった疾走の速度がここに来て上がる。目測でタイミングを合わせていた堅悟の予想より早く相手が懐に潜り込んだ。
 しかし問題はない。通常の武器であれば剣身の根元で当たる為に威力が大きく減衰してしまう状況だが、『絶対切断』においては一切関係ない話だ。触れれば斬れる、先端だろうが根元だろうが、当たりさえすればあとは豆腐を裂くように手軽く切断できるのだから。
 カーサスが指の間に挟んで握っている十字架を振り上げる。顎を突き抜けるアッパーカットの軌道。
 懐に潜られても躊躇せず振り落としを敢行した堅悟の一撃の方が速い。それは間違いなかった。
 だがカーサスの狙いはそこになかった。攻撃は先んじて届く距離だが、堅悟は神父の意図を読み違えた。
 振り落とす聖剣を握る両手と振り上げるアッパーの右。それが交差した刹那にそれは起きた。
 握る十字架を自ら手放し、カーサスは攻撃動作を中断して右手を引っ込めた。入れ替わりに折り曲げられた肘鉄は堅悟の手首を正確に跳ね上げ、届くはずだった聖剣の一撃を遠ざける。
 ことはそれだけに留まらず、
「…んなっ!?」
 素早く浮いた両手を押さえ付け、カーサスは瞬く間に手首関節を極めてから指先で聖剣の柄を引っ掛け、くるんと半回転させて奪い取る。
(馬鹿な、このクソ神父。無刀取りだと…!?)
「…こんなものか、石動堅悟」
 薄く細めた瞳に、落胆と失望の色が滲む。そのままカーサスは指先の返しで刃を持ち上げた。
 『絶対切断』に、位置や重さは関係ない。
 軽く振り上げただけの剣先。いとも容易く人体を斬り裂く虎の子の聖剣が、主である堅悟へと牙を向ける。



 ただの後方援護としての狙撃手だと思っていたが、違う。
 あくまで二人組で前衛と後衛を基本として役割を割り振っているだけで。
(この女、アンスウェラーの動きについてきているだと…!)
「ふふん」
 不敵に微笑むシスターは、右手に持ったボウガンで長剣アンスウェラーの攻撃を捌き切っていた。
 相手の動きに合わせて、その動作を見切った上で最善の一手を放つ神聖武具の読みを、さらに読んでいる。それもなんの能力も用いず、おそらくは直感のみで。
(特殊部隊上がりの経験というやつか……ならば)
 理解した上で、さらなる手を講じる。和宮にはそれが出来た。
 アンスウェラーに実質的な限界は存在しない。使い手の身体能力に合わせて攻防の最善を導き出す一種のシステムでもあるこの神聖武具は、裏を返せば使い手の強化に比例して速度と重さを確実に増していく。
 であるならば、
(八門解放)
 深呼吸するように、和宮の全身は己が内ではなく外側から大気に満ちる微量の魔力を掻き集めて行く。その吸収速度をして、塵が如きは積もりて山に。
 瞬時に肉体の器を超えるほどの魔力量を身に宿し、命を削るほどの過負荷を掛けて勢いよく肉体の強化に循環させ燃やしていく。
 ミシギシと身体が軋んでいく不快な感覚に身を任せ、全身が魔力の大量燃焼により不可思議な燐光を帯びる。
 突如として、ヴァイオレットの身に迫る三撃。ほぼ同時多角的にやってきた長剣の刺突は、ボウガンと銀の矢によって防がれ、残る一撃は肩を掠めた。
「がっ!?ん、のォあああ!!」
 刺突の勢いに押され仰け反ったヴァイオレットが、怒気に荒々しく左手に掴む銀の矢をダーツよろしくぶん投げた。矢として射出さえされれば、シスターヴァイオレットの神聖武具は効果を発揮する。
 だがその程度の攻撃は今の和宮には通らない。堅悟に言われた通り、防御は避けて紙一重のところで回避した。
「くたばれよ背信者」
 回避に割いた僅かな時間でボウガンへの装填を終えたヴァイオレットの次弾が放たれ、彼女自身もボウガンとロングコートの内側から引き抜いたコンバットナイフを携え駆け出す。
 やはり後方からの射撃支援などは割り当てた役の一つでしかない。そんな可愛げのある女ではない。
 本質は、近接戦闘。
 アンスウェラーとナイフが甲高く激突し、手数と速度で圧倒的な優勢を誇るはずの和宮の剣撃はすんでのところで防御される。一体何で出来ているのか、ナイフもボウガンも強化された神聖武具の叩きつけるような斬撃にも壊れない。
 石動堅悟を圧倒した絶技・ブリューナク。八門の超速魔力吸収能力と、それによる大幅強化で固められたアンスウェラーの合わせ技。
 初見こそ伸び幅の差に戸惑い傷を負ったヴァイオレットも、信じ難いことにブリューナクの高速戦闘に早くも適応を見せ始めていた。
 これが装甲三柱クラスの悪魔を仕留めた凄腕傭兵の実力。
 瞬息で喉元まで迫る長剣の圧力にもまるで退かず的確にナイフとボウガンで迎撃するシスターが、死線の中にあって愉快そうな声色で告げる。
「懺悔しろ。指折り己が犯した過ちに嘆き、悔いて、罪禍を前に改めろ。それでようやく、我らが神は貴様ら贋者に天への座をお与えになるだろう。…早い話が、とっとと泣き叫んで平伏して殺されろって言ってんだよ愚鈍なジャパニーズッ!!」
「黙れよ妄信者。よく回る舌だが、どこまで続くか試してやる。…ギアを上げるぞ、いけるだろアンスウェラー!!」



「…あ、っぶねぇなこの野郎!」
 股下から差し込まれた聖剣の切り上げは、実際には堅悟を両断することはなかった。直前で堅悟の意思によって奪われたエクスカリバーの顕現を解いた。それにより、カーサスの手に握られていた剣は姿をこの空間から消し去り、致命の一閃は空振りに終わる。
 安堵する間もなく、空いた右手でさらに堅悟の顔面へ突き出される二本指。目潰しだと察して顎を持ち上げ顔を逸らせる。
 だが、
「甘い」
 五指に開いた掌が反った堅悟のこめかみを鷲掴み、そのまま前方へ押し出す。体幹で耐える間もなく今度は上半身の支配権を奪われ、たたらを踏んだ足すら払われた。
 僅かに浮いた身体が地面に激突するまでの猶予を使い、堅悟はこの男の異常性に驚嘆を禁じえなかった。
(なんだコイツ!?流派も格闘術も確定できねぇ…いやそれ以前に、この男は!)
 身体強化に魔力を全振りし、頸椎がイかれるかと思うほどの衝撃に耐える。
 背骨も腰骨もなんとか破壊されずには済んだらしいと認識しつつ、苦し紛れに地面に激突した背面から精一杯の勁を生み出して膂力を倍加。カーサスの襟元を掴んで引き寄せ、片足の裏を腹に押さえ付け投げ飛ばす巴投げ。
 本来であれば老師レベルでなければ出来ない脚以外での発勁。ほとんど散ってしまったが大柄な神父を後方に投げる程度の威力は引き出せたようだ。
 すぐさま起き上がり徒手で構える。この男を前に近接武器の類はおそらく悪手である。
「テメエ、あの最初の移動。奇妙な足の伸び上がりと速度の急上昇。活歩だな?」
 ふわりと難なく体勢を崩さぬままに着地したカーサスへ、警戒を強めながら堅悟が言う。
 同じ使い手だからこそ分かる、あれは堅悟が多用する中国武術の移動法、活歩。
 中国での武術鍛錬に励んでいたあの三週間、老師からは世界の格闘技や流派においても充分な知識を植え付けられていた。非正規英雄としての殺し合いに武術を使う以上、相手がもし仮に同様の武技使いだった場合に対策を講じられるようにする為だ。
 活歩を使った段階ではまだ分からなかった。その次に使った無刀取りとは言わずもがな、かの柳生新陰流極意の一つ。
 さらに堅悟を地面に叩きつけたあれは、おそらく自衛隊式格闘術・白兵戦戦技首返し。
 流派も格闘術も、まるでバラバラだ。どこにも属していないし、どれをも極めていない。
 カーサスという神父は、使
「中途半端に齧りやがって。イラつく野郎だな」
「国を渡り歩いて傭兵稼業をやっている手前、中々一つ所に留まることもなくてな…。こうして、実戦運用できるものだけを習熟させてきた。それ故に、わからんだろう?」
 再び袖から十字架を取り出し、腰を落とす。
 それはボクシングスタイルのようにも見えるし、何か正統な武術の構えにも見えた。
 次に何が来るか、まったくわからない。予想もつかない。組み合って見るまでは技のバリエーションすら掴めない。
「私の次の一手が。愚直な拳法使いには見切れまいよ」
 特に堅悟のような、一辺倒にたった一つの技術体系を磨き続けてきた人間には。

       

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