初めは殺すつもりだった。海外からの助っ人だかなんだか知らないが、イカレ聖職者を生かして得することはない。早々に退場してもらった方が無難なはず。
 だが想像以上の実力を前にその考えは揺らいだ。
 厄介だ。確かに厄介である。
 たとえ装甲三柱に並び立つほどの強さであるという触れ込みに至らぬレベルと理解した今であっても、その認識は変わらない。
 この場で決着をつけるには、些かリスクが高いように思える。
 因縁深き面倒な非正規英雄、間遠和宮に恩を売れたことは利得だった。であれば。
 もうひと押し、この戦闘で。
 利益を稼ぎに行くのもありかもしれない。
 打算に打算を重ねた堅悟の思考回路が、まず真っ先に思いついたことは。その為には。
 とりあえず、『石動堅悟』という商品の価値を開示すること。



「訊きたいんだが、敬虔なる信仰者」
「なにかね」
 何気ない会話の端を切り出して、堅悟は再び右手に生み出したエクスカリバーを手に走り出す。
 出し惜しみは無しにする。ここで全てを曝け出し、カーサスにこの脅威を刻み付ける。
(さぁて、テメエらにとって重きに傾く天秤はどっちだ)
 『絶対切断』を発動した状態で聖剣を投擲する。当然ながら、触れれば即座に断たれる剣の回転に、カーサスは回避を選択する。
 世界各地の格闘技術を齧り尽くしたカーサスという神父に対して下手な打ち込みは愚策だ。大事なのは相手の挙動に最大限の注意を払うこと、相手の四肢に捕まらないこと。
 魔力によって技量不足を補う武術の一撃は、まともに入れば英雄の肉体といえども強力な攻撃を通すことができる。
 最短で心臓を外側から潰すべく、身を伏せて聖剣を避けたカーサスの胸部へ掌底を突き出す。
 超近接戦闘を主とする堅悟の間合いが届くより前に、神父の長い脚が堅悟の側頭部を狙った。
 鋭く、洗練されたハイキック。これも喧嘩仕込みのものではない。脚撃に特化した―――ちらと見えた軸足の舞踊に似たステップからして―――カポエイラのそれではなかろうか。一見しただけでは流石にわからない。もしかしたらテコンドーかもしれないが。
 ともあれ受ければえぐいダメージになるのは間違いない。拳の突きとも並べる速度の蹴りなど、単純な計算でもパンチの三倍の威力は発揮する。
 ソロモン発動。
「…むっ?」
 一瞬で堅悟の姿が縮小しカーサスの蹴りは外される。蝙蝠の姿で飛び上がり、すぐさま解除。同時にすっ飛んでいった聖剣を解除から手元に再召喚。中空で背後を取ったカーサスの首を狙い振るう。
 これを振り返りもせずに防御。エクスカリバーの切断範囲も知っているのか、親指と人差し指で剣の腹を挟み掴んでこれを止めていた。
 柄から手を離し、地に足を着けるまでの落下数秒で回し蹴り・裏拳・足払いを仕掛けるも 悉くを迎撃。相手はロクに堅悟の攻撃軌道を見てもいないというのに。
 それは動作の戦意や気配を読み切る高難度の太極拳技。勁使いでもある堅悟にこそ有効なチョイスに歯噛みする。
(聴勁か!)
 こうなると大技は使えない。元より使う気もなかったが、読まれる危険が増した状況で外した際のリスクが高まる溜め技は封じられた。
 右の貫手をいなし、左の開かれた五指を大袈裟に避ける。掴みから投げや極めに持っていくつもりなのはこちらも読めている。
「テメエらの信ずる神とやらは、今確かに存在が確定してる天神や邪神とどう違う?」
「知れたこと」
 蛇、鼠、狼と多様な変身で相手の手から抜け出しつつ、聖剣の顕現と解除を繰り返して背後と左右から畳み掛ける。格闘術を相手取って最も避けるべきは正面からの衝突であることは言うまでもない。その土俵には決して乗らない。
「天使、英雄、神命?下らない。我らが神は、そのように他人任せで事を納める御方ではない。あるとするならば」
 ソロモンの能力で背後に回った堅悟の足が不意に止まる。いや、止められる。
 ザクッと、足の甲が何かに縫い止められた。途端に動けなくなった全身でかろうじて眼球だけを真下に向けて見れば、そこにはカーサス愛用の尖った十字架が突き刺さっていた。
 刺さったのは足だというのに、どういうわけか全身がピクリとも動けない。
(これ、が…野郎の能力かっ!)
「我らのような、神に仕える真の従者が行う、裁定の代理のみだ」
 ソロモンは間に合わない。防御も出来るはずがない。身体が指の一本すら動かせないのだから直撃は避けられない。
 腰の入った正拳突き…に、さらに軸回転を加えた妙技コークスクリュー・ブロー。
 骨と内臓が一緒くたに潰され、逆流した血液が口から噴き出る。
 衝撃に押されて路地の壁を粉砕し減り込む。粉塵が沈む堅悟の姿を灰色の奥に閉じ込めた。
「石動!」
「余所見ッ、してんじゃねえぞ贋神の使者がァ!」
 双方共に軽くはない怪我を負った状態の和宮とヴァイオレットの声を耳に留めながら、カーサスは砕けた壁の向こうへと手を伸ばす。頭のネジが飛んでいようとも彼は神父である。死した者の亡骸は丁重に供養せねばならない。
 薄暗い路地の、曇った粉塵の先。
 キラリと光る何かを見た。反射的に防御行動を取る。それが何かを考えもせず。

「射殺せ、アポロン」

 射線軌道上にあったカーサスの腕を容易く穿ち、貫き、放たれた一本の矢は射抜いた腕の先にある眉間へと速度を落とさず迫る。
「くぅ!」
 限界まで顔を仰け反らせ、カーサスが額を掠った鏃からすんでのところで逃れる。
 これまで生物にのみ限定して変身を可能としていたソロモンが、堅悟の練度と共に可能とした『所有する神聖武具への変身干渉』。すなわちエクスカリバーの変形機能。
 対バハムート戦にて、切断能力を弓矢という形に変換して放った応用。四谷の名付けをそのまま受け取り、銘を『絶対貫通』アポロン。
「へ、甘ぇよ」
 先程無刀取りをされた時とは逆の立場で、同じ台詞を吐いた堅悟が変形させた弓を放り投げて仰け反りから姿勢を戻せずいるカーサスの下腹部に肩を当てる。
「せェア!!」
 ノーガード、十割完全に通った鉄山靠が堅悟の沈んだ壁面とは逆の壁に大穴を空けて、くの字に折れ曲がったカーサスが飛び込んだ。
「カーサス!?」
 今度はヴァイオレットが、信じられないものを見るように悲痛に強張った声音で相方の名を呼ぶ。
 無論、倒してなどいない。
 貫通創から血をだくだくと垂らす腕をぶらりと下げ、瓦礫を押し除けて立ち上がる僧服姿。直撃を受けてか、僅かに荒げた息。呼吸しづらそうに血と痰の絡んだ唾を吐いて口元を拭うその瞳には、爛々と灯る継戦の意思。
「……」
 手負いにはした。頃合いか。
 時機を察し、次の動きが始まる前に堅悟は声高く提言する。
「取引しようぜ、カーサス!」
「…なに?」
 眉根を寄せて、突然の言葉に神父が訝る。
「テメエらが気に喰わないと吼える、くだんの神様とやらを始末してやる。この俺を長とする、同盟リリアックがな」
 相手の意思を窺うこともなく、堅悟はつらつらと事前に考えていた口上を述べる。
「それに加え、装甲三柱が一角…マーリンの首もくれてやる。もちろん、手柄と報酬も込みで全部だ。お前らの討伐対象に含まれてるんだったら、四大幹部の首も考えてやる」
 連中は雇われの傭兵であって、真なる神に忠実な僕でもある。つまり二人の狙いは非正規英雄を生み出している天神、準悪魔を操っている邪神。ヴァイオレットが声高に贋神にせがみと呼び憎悪する存在の抹殺、抹消。
 次いで傭兵たるもの、報酬を欲する。金さえ貰えれば相手が英雄だろうが悪魔だろうが構わないという辺りからして、おそらくは手段も方法も選ばない者達であることは想像に易い。
 石動堅悟が動き、そして得た結果を献上する形でも充分に納得するだろう。さらには金目当てで堅悟を狙ってきたと明言してきた現状、それ以上の額を積めば見逃してくれる可能性は高い。
 こちらとしては出せる最大限の条件だ。あとは、
「…仮にその話を受けるとして、石動堅悟。お前は何を望む?」
「俺を見逃せ。それだけでいい」
 そう。
 神の打倒も魔術師の撃破も、カイザーと組んだ目的の線上にある目的だ。いずれこなすであろうそれを以て、自らの保身に当てる。
 傭兵二人にとっては報酬対象を一つ見逃すだけで楽して複数のメリットを得られる。
 ただし、疑われるのも当然の内容であって、それを言及しないカーサスではなかった。
「お前にそれが出来ると?かつての大戦と同じことを、お前が引き起こすとでもいいのか」
 カイザーの盟友でもあった大英雄の再現。やろうとしていることはそういうことだ。信じるに足る情報も証拠もこの場には無い。
 だから口先だけで乗り切る。
「ああ、簡単な話だ。お前らはただ黙って見てればいい。この俺が、お前らの嫌悪する贋神パチモンを打ち砕く様を、陰からこっそり見てろ。敬虔な信者が、物陰から顛末だけをな」
 分かり易過ぎるほどに煽りを強調して、自信たっぷりに応じる。ヴァイオレットが殺意を振り撒いてこちらを凝視していたが、それは無視。
 実力は示した。カーサスらが自身のことを装甲悪魔に匹敵する英雄だと評価しているのなら、それに手傷を負わせた堅悟の言が実現不可能な夢物語ではないことを理解できるはずだ。
「だから退け、俺を見逃せ。手軽に稼がせてやっからよ。お前らは黙ってろや」
 しばらくの間があった。何事か抗議したがっている和宮はヴァイオレットの牽制に長剣を構え、堅悟とカーサスは互いに構えを解いた直立で向かい合い視線を交わす。
 目を伏せ、神父が答える。
「……、契約は?」
「してやってもいいが、すぐに聖剣で断ち切るぞ。俺は約束事で心臓を縛るような真似しねぇ」
 溜息を溢しながら腕の傷に手早く止血を施し、カーサスは瓦礫を乗り越えながら負傷している相棒に指示を下す。
「ヴァイオレット!引き際だ。傷の手当てをしてしばらく様子見する」
「あン?おい嘘だろカーサス。ここまでやってくたびれ儲けはねえだろ。せめてそこのはした金の首だけでも千切っていこうぜ」
 ボウガンの先を堅悟に照準しようとして、射線に立ち塞がる和宮へ苛立ちの表情をぶつける。
「聞いていただろう、泳がせていた方が我らの利に繋がるかもしれない。駄目ならまた仕留めに来ればいいだけの話だ。…それに」
 砕けたコンクリートをブーツで踏み潰しながら、堅悟の横を通り過ぎざまにカーサスが怜悧な一瞥をくれた。
「聞き捨てならない言葉も受けた。真なる神の前にして、贋神の抹殺に我らが指を咥えて黙っているなどとは思わないことだ。石動堅悟」
(馬鹿が。
 口には出さず、堅悟は通り過ぎ去っていくカーサスの脅し紛いの発言に静かに笑んだ。



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「どういうことだ石動!何故ヤツらを見逃した」
「見逃してもらったのはこっちだ風俗通い」
「もうたまにしか通ってない!いやそれはどうでもいい!!」
 たまには通ってんのか。そう継ごうとした句は怒濤の和宮に封殺される。
「あの狂信者たちを放っておけばどうなるかわかったものじゃない!この場で倒しておくべきだったんだ、何故お前はあんな…!」
「間遠。連中と結んだ契約内容は敵対勢力の排除だろ?俺と三柱が入っているとして、あとは幹部が該当するか。他にはいるか?」
 憤慨する和宮の様子をガン無視して、冷静に堅悟が質問する。和宮は尚も文句を言いたそうにしていたが律儀に問いに答えて、
「いや、いない。契約内容に入っていたのはそれだけだ」
「ならいい。俺としては別に不都合は無いからな」
 唯一の懸念はカイザーが含まれていることだが、あの武人が傭兵如きに倒されるとも思えない。そこは信用を置いて大丈夫だ。
「追いたきゃテメエ一人でやれ。契約斬ってやったんだから平気だろ。個人的にはまだ生かしといてもらいたいところだが」
「……だから!連中を生かして何になるというんだ!」
「利用する。あっちが俺らを利用してるようにな」
 第二次『神討大戦』には圧倒的に戦力が不足している。使えるものを全て使い切って、それでも目的を達せるかどうかギリギリのラインだ。
 なら使える戦力は残しておくのが最善だろう。特に対邪神戦においては。
(指咥えて黙ってるわけねぇよなあ、お前らの神様はそんなこと許しやしない。精々代行者として職務を全うしてくれや)
 狂う聖職者二人の今後の動き方はこれである程度操れる、討伐報酬を堅悟が請け負うことで連中の狙いは贋神抹殺に絞られたのだから。それに能力も割れた。こちらとしても明かしたタネは多かったが、得られた利益に対する対価だと思えばアポロンくらいは安いものだった。
「さて、そろそろリリアックも再起動し始めるには良い頃か。散り散りに逃げた馬鹿共を集め直して、戦力を強化……おし。佐奈!とっとと帰るぞこのトラブルメーカーが。これに懲りたら二度とおかしな真似すんなよ」
「う、うん…ごめんなさい」
「待て…待て石動ッ」
 物陰からひょこりと出てきた女性を引き連れて背を向けた堅悟に、和宮の制止の声は通じない。
「三つ、忠告しといてやる」
 背中を向けたまま、ゆったり歩く堅悟が三本指を立てる。
「ブリューナクだったか?改良した方がいいぞ、八門の出力を加減できれば命を削るまでの負担にはならないはずだ。いちいち闘う度にアレ使ってたらすぐくたばる。二つ目、お前『デビルバスターズ』抜けた方がいい。お前の正義の味方思想に、あの組織は合ってねぇよ。んで三つ目」
 早口に言ってのけて、最後に路地を抜ける間際に半分だけ振り返った顔が夕暮れに照らされて翳る。
 表情は見えなかった。でも言葉の調子で分かった。
「次にやるなら、その時は勝つ。三度目の正直ってやつだ」
 いつか来たる日の、これは勝利宣言だと。