Neetel Inside ニートノベル
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 ぽたぽたと。
 雨粒あまつぶみたいに滴り落ちる。
 ぼたぼたと。
 塊みたいに流れ出る。
 石動堅悟は呼吸を整え、名も知れぬ虚空と視線を交わし、握りしめた剣を伝って両手に触れる――四谷真琴の鮮血からぬくみと寒気の両方を感じていた。
「馬鹿野郎……」
 ぽたぽたと。
 指先から滴り落ちる。
 ぼたぼたと。
 洗い流された血液が洗い流され、下水口へと飲み込まれる。
 アーティファクトごと胸を貫かれた四谷は、力なく膝から崩れ落ちると、瞳からも光は消え、有象無象のしかばねが築く山の一石となり、そのまま二度と動き出すことはなかった。
「所詮、――こんなもんだぞ、俺たちは」
 友情も信頼関係も――実のところはそれほど利害が一致しているわけでもない。
 だったらどうして一緒にいる。
 まるで共通した理念をその胸に抱いているが如く自信に満ちあふれた顔をして組織の一員を名乗っているのか。

 ――そりゃ、欺瞞ぎまんこそがあんたらの本質だからでしょーが。

 東京へと出発する直前、鈴井鹿子に言われた言葉が、耳の奥で甦る。
 確かに、と堅悟が自嘲するのは、今日この瞬間の出来事は、四谷との再会から――此原燐との死闘から――リリアックの結成から、ずっと予想されてきた未来だったからだ。
 四谷と協力関係を結んだあの日の帰り道、堅悟が真っ先に堅悟が考えたことは、四谷が裏切り――敵に寝返った場合の対処についてだった。
 結局、四谷の能力は不意打ちや撹乱かくらんに於いては有効的だが、その力の特性を知る者との真正面からの打ち合いには弱い。しかも同じ人間に使い続けると、まるで免疫が生まれたかのように能力の効果が弱まることが判明した。
 堅悟は、時間をかけて四谷の能力に身体を慣らしていった。
 この戦いに於いて、四谷は当然、一度自力で能力を打ち破ったことのある堅悟を警戒していた。それ故に、一瞬で決着をつける算段であったようだが、周到に準備を重ねていた堅悟にはその一瞬のすきもありはしなかった。

「……終わりましたか、堅悟様」
 振り返ると、未だに続くリリアックと天神救世教の信徒たちとの戦いを背にした翼ちゃんが、四谷の亡骸なきがらを見下ろすように立っていた。
「本当に、よかったのですか?」
「なにが」
「その方は、堅悟様の――」
「なあ、翼ちゃん」
 堅悟は翼ちゃんの肩に手を置き、苦しげに息を吸う。
「結局、弱い奴らはすぐに死ぬなぁ」
 急造の兵であるはずの天神救世教の信徒たちにばたばたとなぎ倒されていくリリアックの兵隊たちを見て、堅悟は一度、絶望に打ちひしがれた。
 しかし、ある程度数が減ってからは様子が変わってくる。敵の戦力をほとんど減らせないまま七割の仲間を失ったにも拘わらず、生き残った三割が戦い始めると、それだけでほとんどの敵を殲滅せんめつしてしまう。
 なし崩しで堅悟たちのデスマーチに仲間入りを果たしてしまった鈴井鹿子もその三割のうちのひとりだった。最古参のメンツが雑兵に狩られる中、新兵が単騎たんきで数十人を相手に不敵な笑みを浮かべている。
 異常な状況とは思わない。堅悟は、どこか醒めた眼差しで仲間たちの善戦を眺めていた。
「ちょっと、遠回りをし過ぎたのかもな」
 今にして思えば、“友達”との約束を果たすのに、山を登るような準備などいらない。
 長らく独りぼっちだったから、友達とバーベキューに行くのに正装が必要ないなんて、知らなかったのだ。
 でも。
 もう、大丈夫。
「ここはあいつらに任せて、俺たちは先を急ごう、翼ちゃん」
 ――今度こそ、面白いものを見せてやるからよ。
 東京湾の人工島。
 そこで奴らが堅悟を待っている。
 いつか交わした約束の酒を持って、全ての終わりがそこで始まることを。
 どうやら、他ならぬ堅悟自身も、待ち侘びているようだった。
 翼ちゃんはむすっとしたように顔を背け、信用できないですね、と言った。
「堅悟様は、いつも口ばっかりですから」
 と。

       

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