Neetel Inside ニートノベル
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 数日後、俺は中国の河南省にある大山の崖の上を自分の指だけで登っていた。文字通りの断崖絶壁が辺りを包み込み、腰には命綱のたぐいは繋がれていない。

 強風が俺の身体を左右へ揺らし、足元の小石がカラカラと音を残して落ちていく。俺は額に大粒の汗浮かべて先を行く師範代に続いて先にある足場へと腕を伸ばした。


――俺が廃墟と化したマイホームの中で立ち尽くしているとアーティファクトの能力を授けてくれた天使の翼ちゃんが目の前に現れて俺に一枚のチケットを手渡した。

「これは...アイドルライブのS席チケット......!?」

「違います。文字読めますか?今の状況を考えて発言してください」

 いつもと同じ折り目正しいスーツ姿で無表情の唇を不快そうに少しだけ持ち上げると翼ちゃんは俺にその航空券の行き先を確認させた。そこには俺の生涯とは縁もゆかりも無い中国のなんて読むのかもわからない地名が書いてあった。

「本当にしょうがない人ですね。それっ」

 俺の心を読み取った翼ちゃんが辺りに手をかざすと瓦礫に埋もれていた俺の携帯電話が浮かび上がった。それを手元に移動させると俺は携帯を受け取ってその場所をインターネットで調べた(契約していたネット会社のルーターが壊れてしまったらしく、Wi-Fiは途切れていた)。

 どうやらそこは中国でも有名な拳法を創設した修行の地であるらしい。

「そこの北麓にある寺院にアーティファクトを授ける事の出来る知り合いがいます」

 俺は彼女の声で顔を上げる。さっき遭遇した悪魔に完膚無きまでに力の差を見せ付けられた。魔力切れでエクスカリバーを使えない状態だったとはいえ、今の俺の力では人質に取られた6万人のプロデューサー達の命を救う事は出来ないだろう。

「....強くなりてぇ..!」

 俺は少年漫画の主人公のように自分の拳を握り締めた。このままじゃあいつらには勝てはしない。エクスカリバーを自在に扱える魔力と更に強いアーティファクトが要る。

 そして俺は自分の愚かでみじめな行動を省みた。悪魔と化した元女性に手も足も出なかったのだ。

「あの、堅悟さま。今は自分の力の無さを恥じるより、自分の姿を恥じてください」

 あ、俺はほぼパンツ一枚の自分の姿を見てそそくさと着替えと旅の準備を始めた。どうせ帰る場所も無くなっちまったし、レギュラーで働き始めたコンビ二バイトも高校生にタメ口を使われる扱いで辞める機会を伺っていた所だった。


 空港でバイト先に電話を掛けると茶髪で鼻ピアスの日サロで肌を焼きまくっているガングロ高校生の翔太が電話に出た。

「ああん?ケンちゃん?このクソ忙しい時間帯に電話してくるんじゃねぇーよ....えっ?バイト辞める?あぁ、はは。こっちから言い出す手間が省けて良かったっすよ。じゃ、オレから店長に言っとくんで。ケンちゃんは路上で空き缶拾いでもやっててくださいねー。じゃ、また来世でー」

 クッソむかつく言い回しで乱暴に電話が切られた。あんのクソガキ。大人の俺のことをアホ毛から爪先まで見下しやがって。俺にモノ言うんだったら親元を離れて一人で生きてみろってんだ。まぁ住む所が無くなったのはマジなんだけど。

 俺は受付のキャビンアテンダントにチケットを渡すと中国行きの飛行機に乗り込んだ。搭乗者は俺一人。翼ちゃんは同行しない。俺は揺れる機内で彼女の言葉を思い出していた。

「魔力であなたの行動を24時間監視することは出来ますが、私自身にあなたを強化する魔法や新しい神聖武具を与える事は出来ません。つまり私に出来るあなたのサポートはアーティファクトの覚醒のみ。
天使にもそれぞれ固有に持ちうる能力があり、あなたが向かう先にいるリー老師は新たにアーティファクトを英雄に授ける能力を有しています。悪魔から与えられた猶予期限は3週間。それまでに何としても新たな能力を覚醒してあなたが英雄らしく人質に取られた人々を助け出してくれる事をひとりの天使として願っています」

 そう言うと彼女は俺に向かって初めてちいさな笑顔を見せた。それは冬に咲く白い花のように口角が少し上がる程度の微笑みだったが俺の闘志を奮い立たせるには充分だった。


 俺はその後、無事到着した中国の空港でマッチョなガンマンにタクシーの順番を奪われた挙句、狙撃されたり、町の市場で興味本位で喰ったサソリの丸焼きで思いっきり腹を下したり、
宿泊目的で泊まったネットカフェで昔ヌキまくった蒼井そらの動画を見かけて日本人として誇らしい気持ちになったり、ようやく目的地に向かい始めたら道を間違えて、カザフスタンの国境付近に待ち伏せていた武装少年団が放った実弾が頬をかすめたりしながら、なんとか命からがらこの中岳嵩山にあるリー老師の寺院に辿り着く事が出来た。

 リー老師は中国古武術の師範代を務めており、御年80歳を越える小柄な白髭の老人だった。

 俺は面会の機会を弟子達から許可されると、この山に来る途中サイやカバのような厚い装甲を持つ悪魔に襲われ、自分が持っているエクスカリバーで応戦しようとした所、まったく手が出ずに撤退した事を話した。すると老師はファファファ....と笑いながら語り始めた。

「あれは悪魔ではなく、ワシが弟子の修行目的で飼っているセンザンコウじゃ。あいつらは関節のわずかな隙間を突かない限り、動きを止めることは出来ん。おぬしにまとった魔力を見た所、その能力では厚い皮膚を持った悪魔には勝てぬわ。
もっと相手を突き殺すような鋭利で、洗練された能力が必要じゃろう」

 おお、すげぇ。国が違っても魔力で外人と会話が出来るのか。違うちがう。この老師は俺の雑な説明を聞いただけで俺が持つアーティファクトの特性や弱点を言い当てた。まるで映像として俺の闘いを見ていたみたいに!

 話が終わると老師は俺の額に向かって手をかざした。体の先から新たな魔力が流れ込んでくるオーラを感じる。老師は弟子達に出かける準備をさせると古びた寺院の扉を開けた。

「修行じゃ。付いて来い。今のおぬしの魔力じゃワシが授けた能力を扱う事はできんて。その弛みきった頬の筋肉、鍛えなおしてやる」


――そんな成り行きで俺はこのリー老師と共に後2週間ちょっとに迫った水棲悪魔姉妹との闘いに向けた修行が始まった。そんなに俺の顔ってだらしなく見えてんのかな。必死の思いで崖登りが終わると今度は兄弟子達との組み手が始まった。

「ケン!もっと魔力を拳の先に集中させろ!そんなんじゃサハギンの鱗は貫けんぞ!」

「ハイ!」

 背負い投げられて組み伏せられた俺に叫び声に似た兄弟子の声がぶつけられる。頭の中で魔力を指の先に集めるイメージを浮かび上げる。

「おら、立て!」

 強引に襟首を掴まれて身体を起こされると横からさっき見たセンザンコウと呼ばれるアルマジロの仲間が俺たちに向かって飛び込んできた。

「ケン!せっかくの良い機会だ!お前一人であいつを仕留めてみろ!」

「ハイ!」

 俺は神経を集中させて正面から転がるように飛び込んできた円形の固まりをすんでの所でかわすとヤツの甲羅と足の繋ぎ目の関節目がけて魔力を一点に爆発させた気弾を命中させた。

 ダァァアン......!大きな砂埃を巻き上げて重量のある巨体がその場で横たわる。やった。成功だ......!サルの群れのように手を叩いて笑う兄弟子達の前でリー老師が腕組をして俺に言葉を向けた。

「さすが日ノ本の英雄。要領を掴んだようじゃな...」

「ファイ!」

 
 俺はすっかりこの寺院の人間としてその力と人柄?を認められ、その後も期間ぎりぎりまで尖った針を具現化することを意識して修行に取り組んだ。

 そういえば翼ちゃんが言っていた、俺に科せられた“代償”とは一体なんだったのだろう。眠れない時、そんな事を時折考えた。そしてその期限が3日前に迫った日、旅立ちの朝はやってきた。

「おう、起きたかケン。新しい能力を会得するための修行を初めて2週間。すっかり形になってきたようじゃな」

『ええ、ありがとうございます!この尖りきった能力さえあればどんな敵だって一突きで倒す事が出来ますよ!』

「そうじゃな。だがしかし....」

『これまでお世話になりました!英雄として日本に帰って皆を救ってきます!皆さんもお元気で!』

 そう告げると俺はその場から歩き出した。が、なかなか視界が前に切り替わらない。なんだか足がたくさん在るような感じがして、うまく歩けないのだ。髪に当たる部分がカチャカチャと意思を持った生き物のように揺れている。それに山奥だというのに体からは磯の匂いが漂っている。


――中国の奥地で新たなアーティファクトを身に着ける為、尖りに尖りまくった結果、、、

 俺、石動堅悟はウニになった。



第四話 代償を背負った彼の場合は  完 (混じるバジル)

       

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