Neetel Inside ニートノベル
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 私、御守佐奈は恋焦がれる。

 子供の頃に夢見た魔法少女になってこの町を守りたい!

 もうオトナだから恥ずかしくて人には言えないけどその気持ちは消えないまま胸の奥でくすぶっている。

 誰かに守ってばかりの私も堅悟くんのように凄い力を秘めているハズなんだから!


 健康的な昼食を済ませたその日の午後、私は手に取った菓子袋の口を開けて白のキュロットスカートを揺らしながら縁側に座り、周りに聞こえるようにそっと声を出した。

「ハンニャさん、おじいちゃんからおせんべ貰ってきたよ」

「これは佐奈殿、かたじけない。ほう、ホタテ風味でござるか。この国の食は様々な味があって趣が深い」

 私がきっ、と眉間に皺をよせるように魔力を強めると隣にカタルゴの鎧を身に纏ってハンニバルのような兜を被った青年が隣に座っておせんべを手で摘まんでいた。

――彼の名前はハンニャバルことジェームズ吉田さん。私が悪い二人組みに絡まれた現場に居た非正規英雄と呼ばれるヒーローのひとりだ。彼は日本生まれのアメリカ育ちで日本のカルチャーに少しズレた憧れを抱いている。

 神聖武具と呼ばれる英雄達が独自に持つ特殊能力をこの人も持っていて彼の場合は姿や気配をそのまますっぽりと消す『スニーク』。アメリカでは主に傭兵の英雄たちとアライアンスを組んで情報収集を担当していたという。

「あ、そういえばお醤油が無いんだった。買ってこなきゃ」私が縁側を立とうとすると兜越しのくぐもった声が私を引きとめた。

「今、外に出るのは危険でござる。町のいたるところに屍骸おろくとなった人たちが転がっているでござる。私が透明になって町を見て周っているから安全になるまで結界の張られたこの家を出ては駄目でござるよ」

「ござる…」私は彼の言葉に相槌を打ってとっくに痴呆症が始まっているお茶の間のおじいちゃんのごま塩頭を眺めた。


――私が商店街の猫をモフっている間に外の世界は天神救世教という名のアヤシイ宗教団体が現れて町を悪魔が闊歩するサツバツとした空気になっていてあの件以来、ボディガード代わりに付けられたハンニャさんと田舎の祖父の家に疎開してしばらく生活の面倒をみてもらう事になっている。

 本当は仕事があるし、堅悟くんの手助けもしたかったんだけどそれを彼に伝えるといつものように「馬鹿野郎」という返事が返ってきた。そうだよね。家族や恋人でもない私が彼にこれ以上迷惑をかけちゃいけないんだ。

 さいたまを出る日、出迎えにあの元祖ハンニャのカイザーさんがやってきた。皺の無い清潔なシャツを着たカイザーさんは私の両親に深々とお辞儀をして名刺を渡して海座弓彦と名乗り(おそらく仮名だよね。海座だからカイザーと名乗るなんてそんな安直な事はないハズ)、車に乗る直前の私に玉砂利のひとつのような丸い宝石を手渡した。

「これは?」私が聞くとカイザーさんは深刻な目をして私に言った。

「お守りだ。悪い奴に取られないよう大事な所にしまっておきたまえ」

 私は「はい」と言って頷くとカイザーさんはぎゅっと私の手を握ってくれた。「いいかい佐奈ちゃん。これからどんな苦しい現実が待っていたとしてもそこから目を背けちゃいけない。どんな絶望にも必ず乗り越える解決策があるはずさ」彼のまっすぐな瞳を受けて私はもう一度深く頷いた。

 そして私はこの一軒家でおじいちゃんとでふたりで暮らしている(正確にはハンニャさん入れて3人)。もうさいたまを出て一週間になる。はぁ、と大きな溜息をつくとハンニャさんが兜の面部を開いて掘りの深い顔を歪めるように笑って私をからかった。

「佐奈殿は堅悟の事が気になるのでござるな?」

「そ、そんな事ないよ!」慌てて言い返すけど、少し気持ちを落ち着けて自分の気持ちに向き合ってみた。

「始めは、バイト先でも孤立してて、変なヤツだな、って思ってた。どちらかと言えば社交的なタイプでもないし、仕事の帰りにみんなでゲーセン行ってもひとりでアニメの人形景品をクレーンゲームで上げ下げして喜んでて。でも、一緒に居る内に何を考えてるんだろうって気になった。そして」

 ふっと周りに優しい風が吹いた。ああそうか。そういう事だったんだ。自然と顔から笑みがこぼれている。

「気がついたら好きになってた」呆然とした顔のハンニャさんを見て我に返って慌てて弁解する。

「は、恥ずかしいから、本人には言わないでよっ!」

「ははっ、理解ってるでござる。その想い、あの無鉄砲な彼に届くといいでござるな」

 その時だった。不自然に風が止んで庭の枯れた紫陽花の葉にいたカタツムリがふっと宙に浮いた。次に敷かれたプラスティック板が音を立てて割れて、長い指が猫柳を撫でた。そして最後に目の前に真っ白なフードマントを被った老人の仮面をつけた人が立っていた。

「はじめまして。キミが御守佐奈ちゃんだね?キミに用事があるんだ。僕と一緒に来てもらおうか」

「おぬしはっ!」ハンニャさんが立ち上がって脇差しに手を掛ける。突然現れたその人は宙に浮かんでいるような軽い足取りで数歩後ろに下がると私たちに丁寧にお辞儀をした。

「一応自己紹介しておこう。僕は装甲三柱の一角、マーリン。趣味は快楽殺人と死体弄りでーす。なんかぁ、邪神を復活させるとぉ、面白い景色が見れるって聞いたんでぇ、そこの場所に連れてってくれる人を探しに来ましたぁ」

 なにこの人、気持ち悪い。生理的嫌悪感からその場を動こうにも身体が硬直して動かない。「キミの家だろう。何も逃げることはないじゃないか。今から僕がここに来た経緯を説明するからちゃんと理解して僕を受け入れて欲しい」

「マーリン…聞いた事のある名でござるな。何しに来たのでござる!」ハンニャさんが声を荒げると仮面の下の晒されている口が愉快そうに言葉を紡ぎ始めた。

「前述の通り。錠に鍵が要るように誕生日にはケーキが必要だ。悪魔と天使の戦いもいよいよ最終局面。皆様お待ちかねの邪神を復活させに来たのさ。そのためには御守佐奈、キミのチカラが要る」

「この卑怯者!敵対関係の堅悟との戦いを見通して佐奈殿を人質に取るつもりでござるな!」

「最後まで話を聞けってー」けだるそうに声を伸ばすとマーリンと名乗った魔法使い風の男は空中で見えない椅子に座るように足を組み替えて私への説明を再開し始めた。

「けしかけた悪魔たちが人間を殺しまくってもう充分に、それはもう必要以上に復活に必要な魔力は溜まっている。なのになぜ邪神は復活せずに姿さえも現さないのか」

 そこまで言ってマーリンはぴんと指を弾く。すると私の頭の中に天国と地獄のような映像が上下に浮かんだ。マーリンの句は続く。

「邪神はこの世にも天界にも魔界にも居ない。その実体を持っていないんだ。僕もそれを知って驚いたよ。邪神の居る世界、冥府に行くための封印されし大扉。そいつを開くために『ある』キーが要る」

 そこまで言うとマーリンは私を見て顎をしゃくった。――この人の話を要約するとどうやら彼は悪いことを企んでいてジャシンという最終兵器を復活させる為に私の能力が必要なのだという。そんなのとても信じられないけど。

「戦いの地は東京湾に造成された巨大人工島のようだ。壮大なクライマックスには強大なラスボスが必要だろう?」

「…思い出したでござる。装甲三柱のマーリン。お主は荒立った戦いを好まぬ穏健派であったはずでござろう?なぜこの場に及んでそのような狼藉をっ?」

「そう呼ばれているし僕も言ってるけど自分が穏健派だなんて思ったことは一度もないよ。常に快楽の呼ぶ方へ足を進めている。そして、少なくとも、もうアイツは必要ない」

 ハンニャさんをちらりと見るとマーリンはローブに通した腕を組んだ。アイツが誰を指し示すのか。私には解らなかったけど彼の意思は固い。「御守佐奈」名前を呼ばれて私はマーリンの仮面を見上げる。

「何故二十年間魔力が現れなかったキミに突然魔力が目覚めたのか。そして何故キミが石動堅悟に惹かれるのか。実はこっそり商店街の戦いを見てたんだ。キミはわずかな魔力の切れ端を拾い上げてあの場所に辿り着いた。どうしてなんだろうと思ってね。あの後、手下にキミの生い立ちを調べさせた。
そしてやっと解ったよ。その答えは……キミが石動堅悟と同じ、『絶対切断』を持つ血族の末裔だったからさ!」

 私の頭の中でがしゃん、と価値観が割れる音がした。私が堅悟くんと同じ能力を持っている?思い当たる節が無いわけじゃない。でも、

「あ、あなたの言ってることがわからない。私のお父さんとお母さんは普通の」

「そうさ、キミの御両親はごく普通の一般人。しかし魔の子が生まれるのは単純な遺伝子配列じゃない。血族という呼び名も便宜上の記号に過ぎないのさ。生を受けた幼子にアトランダムに魔力が与えられる、気まぐれにも似たひとひらの悪魔と天使の悪戯さ」

「そんな。私が堅悟くんと同じ?馬鹿言わないでよ。私を混乱させて丸め込もうとしてるんでしょ?」

 熱が篭もる吐息。握り締める両手。こみ上げる気持ちの正体が何なのか。後で振り返って身震いがする。

「貴様、それ以上佐奈殿に…」「さっきからちょいちょいうるさいよお前」剣を抜いて飛び掛ったハンニャさんにマーリンが細く長い指を開いた手をかざす。辺りを閃光が包んでそれが消えるとハンニャさんの気配がしなくなった。

 肉が焼ける臭いがしてうずくまる私の上にマーリンの言葉が降り注ぐ。

「繰り返しの説明になるが冥府の大扉に取り付けられた錠を破るにはあらゆる呪いや封印を断ち切る『鍵』が要る。キミはまだ気付いていないかも知れないがその『鍵』のチカラはとてつもないポテンシャルを秘めているよ。同じ能力を持つ石動堅悟に触れてその能力が開眼した。そう考えて良いだろう」

 話し終えるマーリンの足元に魔方陣が描かれて辺りを妖しい光が取り囲んだ。

「さあ、来るんだ」強引に手を引かれて魔方陣の輪の中に身体を収められる。ダンスのペアのような体制になりマーリンが愉快そうに高笑いを浮かべている。

「はははっ、今日からキミの担当天使は僕だ!キミの英雄としての新たな門出を祝ってダンスでも踊ろうか。楽しいね。世界を救う英雄ごっこはさ!」

 私が英雄?心の奥で夢見ていた、憧れていたシチュエーション。攫われても抵抗する気になれないのはきっとどこかでこの日を求めてたから。

 魔方陣が閉じて身体がどこかへ飛ばされる。途切れる前の意識で私は自分の胸に問い掛けてみる。


 堅悟くん、カイザーさん。

 誰も行けないような世界を切り開く魔法、私持っていますか?




第三十一話 完


       

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