第三十二話 終演‐フィナーレ‐に向けて (どんべえは関西派)



 「なんで……君たちがここに………」
 「その問いに答える義務はない」
 「さぁその命、天に返しなさい」


 カーサスとヴァイオレットはそれぞれの得物をその準悪魔に向ける。
 彼は地面に伏せ、そのまま動こうとしない。全身が傷だらけで、両腕共にヴァイオレットの矢が突き刺さっているのでもうまともに戦うことはできないだろう。カーサスもあえて自分の能力を使い彼を拘束しようとはしない。
 彼はもう戦えない。
 死者をいたぶる趣味はない。少なくともカーサスには。
 ヴァイオレットは銀の矢の先を向け、いつでもとどめを刺せるようにしている。まだ緊張感を解かない彼女とは対照的にカーサスは浮かない顔をしたまま、今倒したばかりの準悪魔の観察を続ける。


 「しかし、貴様がなぜ生きている」
 「ハハハハハ……君たちがいると知っていれば……もうちょっと警戒したんだけ……ど……ね……」
 「おい、答えろ」
 「それは、別の僕に聞いてよ……」


 それが最後の言葉だった。


 カーサスとヴァイオレットの二人数日前、リザから契約の打ち切る旨を伝えられてから自由行動をとっていた。リザの提示した抹殺対象のうち一人に興味をひかれたからだ。色々と調査をして、隠れ家を突き止めて、こうして抹殺をした。
 普段はここまで執着などしない。だが、今回は話が別だった。
 なぜなら、その対象は過去に自分たちが殺した準悪魔と非常に似ていたからだ。

 今日、戦ってみてはっきりと分かった。
 同じ奴だ。
 カーサスは目を細め、小さな声で呟いた。


 「こいつは一体何者だったのか……分からずじまいか」


 そこに倒れている準悪魔の死体。
 ボロボロに崩壊こそしているものの、装甲を纏い、純白のフードマントを羽織った独特な姿。
 マーリンの死体だった。



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 天神救世教本部要塞のヘリポート。
 そこに異形の巨体が暴れてた。それは何かというと、マーリンがけしかけたゾンビ・バハムートだ。なぜ彼がそこにいるか、謎は尽きないが、そんなことを考える者はその場にいなかった。
 教徒たちが対応に向かっているのだが、食べ物にたかったハエが容易に払われるようにあっさりといなされてしまう。もしかすると人間とすら思われていないのかもしれない。
 それはそうだ。
 元々装甲三柱の一柱で準悪魔としての能力や知能は少々劣っている物の、ゾンビ化の恩恵で傷の修復及び単純な筋力はより強化されている。単純なる殴り合いだったら有象無象がいくらたかっても負けることはないだろう。
 それが分かっているので教徒の一人がキョータを探しに行ったのだが、どうにも見つからない。
 リザが出るしか無いのか。
 誰もがそう思った時だった。

 乱入者が現れたのだ。
 宙を切り、高速で降り立ったそいつは非正規英雄ではなく、準悪魔だった。


 「ほほほ、醜いのぉ」
 「ウグゥァァァ」
 「言葉も喋れんか……」


 黄衣に身を纏い、不気味な骸骨のような顔をした準悪魔、かの有名な四大幹部序列第一位のハスターだ。
 彼はセバスチャンからここにマーリンが来ているという情報を仕入れ、ここに来ていたのだ。周りに集まっていた雑魚共はさらなる強敵の出現に完全にパニックに陥っていた。バハムートは見た目が変わっていたことと死んだという噂が流れていたため、はっきりとそいつだと分かっていなかったため、まだ大丈夫だったが、ハスターの出現で指揮系統が完全に崩れた。
 なぜなら二体の姿を見たとたんに勝てないと判断し、現場の上司が逃げ出したからだ。
 何とも情けない話だが、ある意味では賢明とも言えた。



 ハスターとゾンビ・バハムートが激しい戦いを繰り広げているそこを人工島の中心にあるビルのような建物の屋上からジッと眺めている人影があった。ノートパソコンを膝に乗せ、右手に携帯電話を持っている。スーツを纏い、渋い顔をしている彼はカイザーだった。
 パソコンには事前に入手した人工島内部の見取り図があり、そして電話は既に侵入している石動健吾に繋がっていた。カイザーはここで外の様子を見守りつつ、石動の潜入を手伝っていた。
 彼は眼下の喧騒を冷めた目で見ながら、小さな声で呟く。


 「陽動にしては派手だな……」


 マーリンがここにきていることは既に確認している。
 おまけに佐奈も一緒だということも知っている。
 カイザーが佐奈に渡した「お守り」。それは発信機の役割がある。彼女が単独で、おまけに隠し通路の一つを通ってここに来るということはマーリンが一緒にいる以外の可能性は考えられない。
 ちなみに石動は佐奈が来ていることを知らない。
 彼には潜入に集中してほしかったからだ。それに彼なら大丈夫だろう。
 それよりも気になることがまだまだある。


 「……しかし、どこに向かっているんだ?」
 『おい、何言っているんだ?』
 「いや、気にしないでくれ」


 カイザーは見取り図と照らし合わせてマーリンが向かっている場所を探る。
 その答えはあっさりと見つかった。
 人口島中心部に当たる部分、そこに謎の空洞がある。どうやらそこに向かっているらしかった。


 「…………この空洞は一体何なんだ……」


 よくよく見ると明らかにおかしい。ここにこの空洞がある意味が分からない。もし自身が起きたりしたらここから崩壊するかもしれないというのに。
 それが皮切りだった。
 カイザーの頭に次から次へと疑問が湧いてくる。この見取り図にはおかしい点が多すぎる。そもそも抜け道がありすぎる。潜入する際はそれが都合よかったので深く考えていなかった。


「………」


 カイザーは手早くパソコンを操り、色々細かいところを見取り図を確認してみる。
 誰がこの設計をしたのか、どこかに書いてあるかもしれない。
 すると隅っこの方に四谷の名前がサインされているのを見つけた。確かにこの見取り図は四谷の置き土産だ。だが自分の物だと証明するために名前を書いたわけではない。これで問題ないと責任者が承認するサインだ。
 見取り図が手に入ってからまだ日が浅く、こういう細かいところを全く確認していなかったのは痛恨のミスだ。今更ながら後悔する。

 なぜ彼がこんな不可解な設計に承認したのだ。
 それ以前に、彼は着工の時点で既にあちら側についていたのか。


 「……どういうことだ」
 『おい、カイザー聞いているか? 次はどっちに行ったらいい?』
 「……あぁ、すまない。ちょっと待ってくれ」



 思わず口に出ていたらしい。
 とりあえず、今は忘れることにし、石動に指示を出すことに専念することにする。


 「いいか、そこから百mほど進めば分かれ道がある。そこを左だ。そこをまっすぐ行けば、目的地に到着だ」
 『分かった左だな。……ところで、そこになにがあるんだ?』
 「それはついてのお楽しみだな」
 『なんだよそれ……』
 「じゃあ頑張れよ、私は私の仕事をこなしてくる」
 『あぁ分かった。あとは任せろ』


 これが最後の会話となった。
 カイザーは携帯をポケットにしまい、パソコンをそっと閉じる。
 そろそろ自分の出番だろう。
 幕が閉じる瞬間をこの目で見れないのは悲しいが、自分にしかできないことがある。


 「さて、急ぐか」



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 「ここか」
 「そのようですね、堅悟様」


 カイザーの誘導に従いここまで来た。
 長い道のりを歩いて来た彼らの目の前にあるのは一人がギリギリ通れる程度の大きさしかない小さな鉄製の扉だった。パッと見、鍵は無いようなのでノブを回せばあっさりとその奥へと進めるだろう。
 薄暗い通路をゴキブリのように這いずりながらやって来た。ここに何があるのか、もしくは何が来るのか。何一つとして予想が付かないが、鬼が出るにしろ蛇が出るにしろ、やることに変わりはない。
 全力でたたき切るだけだ。
 エクスカリバーを握る手に自然と力がこもる。
 一方で翼ちゃんはどこまでも冷静だった。


 「では行きましょう、堅悟様」


 そう言って扉に手をかける。
 それを見た堅悟はそれを見て「待て」と止める。翼ちゃんは訝しげな顔をして「なぜです」と尋ねる。


 「俺が開ける」
 「……分かりました」


 きっぱりとそう言い切る。
 その言葉の裏に隠れた覚悟を読み取った翼ちゃんは同意すると一歩後ろに下がり、場所を譲る。すぐに堅悟は動きドアノブを握りこむと、ほんの一瞬の沈黙の後にためらいなく扉を開いた。
 すると、不思議な光景が目に飛び込んできた。