Neetel Inside ニートノベル
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 「派手な陽動ね」


 一番見晴らしのいい教祖室のふかふかの椅子に座りながら、リザは小さく呟く。
 普段は教祖としての派手な服を着ているのだが今はいつものレーシングスーツを着ていた。正直、彼女は教祖の服はあまり好きではなく、この服装の方が落ち着いて事務作業などができる。
 今は下での派手な戦いをじっと観察しているのだ。
 教徒たちが羽虫のように吹き飛ばされ、次から次へと死んでいく。その様子を滑稽というのは死にゆく戦士たちに失礼かもしれないが、何もできず死んでいく様は哀れを通り越してもはや笑えてくる。と言っても本当に笑う訳ではない。彼女の表情はいつも通り変わりない。
 この陽動はあまりにも派手で、芸がない。
 はっきり言って酷すぎる。
 だが、効果的だ。
 なぜならこれを抑え込むにはリザが出撃せざるを得ないからだ。
 今ここに、リザ以外に騒動を抑え込むことのできる非正規英雄はいない。
 雑だが考えられている。


 「…………行こう」


 リザは席を立ちくるりと反転すると扉の方を向く。
 するとそれとほとんど同時にコンコンと扉がノックされる。
 どうやら自分が行く前に誰かが呼びに来たのだろうか。そんな余裕があるとは到底思えないのだが、冷静なのが一人はいたのだろう。立ったまま厳格な声で「入れ」というと、無言のまま扉が開かれた。
 するとそこには予想外の男がいた。
 銀の鎧に身を固め、般若のような面をして、刀を携えた因縁の準悪魔。
 カイザーだ。


 「やぁ」
 「カイザー!!!」
 「久しぶりだね」


 そう言いながら一切油断することなく腰の剣を抜き去る。
 リザは一瞬で神聖武具を顕現すると、ジークフリードの剣先を向ける。目をスッと細め、殺意を真正面から叩きつける。だがカイザーは一切動じない。いつもの事、逆に親しみさえ感じる。だがそんな彼にもいつもと違う点が一つある。
 それはその装甲の様子である。
 普段はただただ美しいだけのそれなのだが、今その装甲は赤く染まっていた。
 鮮血で鮮やかに彩られたそれは、いつも以上にその美しさを増していた。


 リザはより一層苛立ちを増した声でカイザーに尋ねる。
 「殺したの」
 「あぁ、久々に楽しかったよ」
 「……人殺しめ」
 「知らなかったわけじゃあるまい」


 カイザーは仮面の下でいやらし気な笑みを浮かべる。
 カイザーは別に人殺しが嫌いなわけではない。逆に大好きだ。始めてしまうと自制ができなくなるほどに。だから彼は普段殺さない。始めるまでを我慢することはできるが、始めてしまうとどうしようもない。
 殺意の塊へとなり下がってしまう。
 カイザーは手にしていた剣――しかしそれは普段と比べてほんの少しだけ赤く染まっている――を構えると、いつでも戦えるようにする。リザはカイザーが来るのではないかと一瞬警戒するも、彼が動かないのですこし不思議そうな顔をする。
 殺意と殺意が激しくぶつかり合い、ピリピリと肌が焼き付くような空気が満ちる。
 そんな中、カイザーはゆっくりと口を開くと言った。


 「リザ、私には夢がある」
 「はぁ?」
 「それは、全てが終わるその日、君の手によって殺されることだ」
 「なら、それが今日になるわね!!!」


 リザは激昂した。
 ふざけるなという思いと、こらえきれないような怒りが一気にあふれ出てきて、彼女の背中をそっと押した。グングニルを一息で投げつけると、ジークフリードの切っ先を彼の心臓部分に向けながら特攻する。
 カイザーは仮面の下で、ほんの少しだけ表情をこわばらせた後、リザにあわせて突っ込んでいった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ういッス、間遠の旦那」
 「キョータ。どうしてここに……」
 「いやまぁ、いろいろあって」


 そう言って頭をポリポリと掻くキョータ。
 天音とその教徒たちと戦っていた和宮。彼はアインスウェラーの能力をほとんど使用することなく、教徒たちを蹴散らしたが、いざ天音を前にすると剣を振るう腕が止まった。それは単純に一度は共に戦った味方を手にかけるつもりになれなかったのだ。
 とはいえ、薬等で殆ど理性を失っていた彼女は情け容赦なく和宮を殺そうとしてくる。
 それに彼女は強い、下手に手を抜くと自分が返り討ちにあってしまう。完全自動攻防は攻撃を完全に避けられるかわりに自動的に彼女を傷つけようとしてしまう。最大限の注意を支払わなければ不本意な結果となる。
 打開策も見つけられず、ただひたすら神経を削る戦いを続けていたのだがそこに突然キョータが乱入してきたのだ。シーシュポスを身にまとい、全力で突進すると彼女を思いっきり吹き飛ばした。そして即座に岩石の鎧を解除すると、力を制御したコモン・アンコモンで彼女の側頭部を思いっきり殴ったのだ。
 それが最後だった。
 天音は「ウッ」と小さく呟いてからそのまま気を失って動かなくなった。
 キョータは彼女を抱きかかえると間遠にぺこりと一礼すると話しかけてきたのだ。


 「いやー、実は彼女を連れてちょっと遠いところに行こうカナ、と」
 「はぁ?」
 「ほらまぁ、彼女の面倒を見つつ、コツコツ働こうかな、と」
 「なんでまた……」
 「インドマンとか変な奴にあって色々と……まぁそれはきっかけに過ぎないんすけどネ」
 「きっかけ」


 キョータは前までの明るい少年とは打って変わって、何か悟ったような雰囲気を纏いながら。
 しかしはっきりとした声でこう続けた。


 「俺ってなんで戦ってたのか、さっぱり分からなくなったんすよ」
 「なんで戦っていたか、か」
 「結局、俺って意味なく戦っていたような気がするんすよ。だから、どれだけ頑張っても、どれだけ強くなってもなんだか、強くなった。それをはっきりと悟りまして……」
 「……そうか」
 「それに、彼女がこんなのになったのは俺のせいでもあるんで……まぁ、贖罪もかねてってことっす」
 「…………」


 何だか何とも言えない気持ちになる和宮。
 なぜか彼の姿が一瞬自分に重なって見えた。どうしてだろう、なぜだろう。その答えを和宮は思考の迷路に探しに行き、見つけようとするがそんなの分かるわけがない。もしくはそれを理解することがまだ和宮にはできないか、だ。
 キョータは少し表情を緩めるとこう言った。


 「ところで、最後にやりたいことがあるんすよ」
 「え?」
 「ここから少し行ったところに火薬庫がありまして」
 「何!?」
 「でっかい打ち上げ花火、見てみたくないっすか?」


 そう言ってキョータは一転、いたずら坊主のような顔をすると、さも楽しげに笑った。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ある小さな公園の一角。
 そこにあるベンチに二人の少女が肩を並べて座っていた。一人は鹿子でもう一人は燐。彼女たちはリリアックとして共に天神教の教徒と戦っていていたのだが、一段落して一服しているところなのだ。小さな自販機で温かいコーヒーを飲みながら話をしていた。
 最初、鹿子は燐と共に戦うことに抵抗を抱いていた。
 今まで殺してきた準悪魔と協力することは非常に屈辱的に思えたのだ。
 だがいざ戦ってみるとその不信感は霞の如く消えていった。
 彼女は強く、容赦がない。そしてさりげなくだが自分のことを気にかけながら、しかしほとんど干渉しないように戦っている。邪魔はしないが、危なくなるとさりげなく救いの手を伸ばす。正直そんな器用なことができるとは思っていなかったので素直に驚いた。
 燐も燐で同じような事を思っていたが、彼女が強いとはっきり分かった瞬間に考え方を変えた。一切表情等に出さず、あくまでいつも通りにしていたがそれでもある程度気にかけるようにした。
 そして、戦いの後。
 時間が空いたので休憩がてら話をすることにしたのだ。
 と言っても特に会話が弾むわけでもない。でも、何となく二人にとって珍しく休むことのできる時間であったことに間違いはなかった。
 ふと、鹿子が口を開いた。


 「すごいどうでもいい質問なんだけどさ」
 「…………」
 「これっていつ終わるのかな……それとも、終わらないのかな」
 「…………」


 ごくりと一息で残った分を飲み干す。
 そしてから燐はゆっくりと口を開くとたどたどしく口を開いた。


 「いつ……終わるかなんて…………わからないけど…………」
 「けど?」
 「いつかは終わりが来る………はず」
 「……だよな」


 燐の答えは簡単だが鹿子の頭にしっくりと入って来た。
 二人は飲み終えた缶をぽいっと近くのごみ箱に捨てると、立ち上がり、公園の外を見やる。そこには教徒たちが群がり、こちらを指さしているのが見えた。どうやらまだ仕事があるようだ。
 いつか終わるにしても、それは今ではない。
 戦いはまだ続く。



       

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