Neetel Inside ニートノベル
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非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第三十三話 第二次神討大戦 (鹽竈)

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 天神救世教の教祖リザ。彼女の私室を最上階に据えた建物はものの数分で影も形もなく粉々に吹き飛ばされた。
 これがたった二名の戦闘によって引き起こされた破壊だとは、実際目の当たりにしなければ誰も信じられないだろう。
 槍が飛び交い斬撃が舞い、衝突の余波が周囲の建築物を次々に打ち砕いていく。
「私を誘い出す為だけに、わざわざこんなくだらない教団を立ち上げたか。どれだけの人間が君に振り回されたと思う、リザ」
「貴様にだけは言われたくないわ、カイザー」
「全くだな、似た者同士だ」
 リザにとっては皮肉にしか聞こえなかったが、そう言い放ったカイザーは何故だか上機嫌そうな声色だった。
「正直なところね、私は貴様さえ殺せればなんでもいいのよ。正義の為だなんだと語ったこともあるけど、結局のところは私欲と私怨の塊。なんでか知らないけどこんなイカれた教団にまで付いてきた天音におかしな洗脳が施されていたことにも気づいていたし、それをキョータに告げることもしなかった。私にとって戦力増強の意味では黙っていた方が都合が良かったから」
 大英雄とまで呼ばれる彼女の戦術は幅広い。片手で神速の槍術を扱う傍ら、利き手のジークフリードによる剣術は達人の域を優に超える。
 超人足る非正規英雄だからこそ叶う離れ業。しかしそれもカイザーには届かない。
 思い返せばそれも当たり前の話だった。そも、リザが神聖武具三重所持という異常なまでの重武装となっているのも、そうでなければカイザーには手も足も出なかったからである。
 剣一本では到底叶わない。だから槍を得た。技術も磨いた。それでも勝てないから、仕方なしに盾も身に着けた。
 リザという非正規英雄は、初めから装甲悪鬼に特化する為だけに成長と強化を繰り返して来た人間でしかない。大英雄などという肩書は、その道中で得ただけの二つ名。
「フゥッ!」
 左から繰り出されるは目にも留まらぬ五連突。通過の勢いで抉り取られた大気が鳴く。それすら斬り伏せる両刃剣の一撃は真上に跳ね上げられた。
 装甲悪鬼の銀刀は―――未だ鞘の内。何をしたかは明白。思考に費やすコンマ数秒すらが無駄でしかない。
 次いで鼓膜に響く鞘鳴り、いや違う抜刀の余韻。
 いつ、どうやって。見開く瞳孔に敵の攻撃挙動が映らない。
 正体は居合抜き。常識外れの抜刀術は大英雄にすら見切れず、直感任せに右腕を肩の高さまで持ち上げる。何よりも信ずる歴戦の経験は悪鬼の軌跡を的確に読み抜いた。
 解放するアイギスの能力が一閃を衝撃ごと受け止める。右前腕部に取り付けた円楯が瞬間で深紅に染まった。それは耐久限界一歩手前を示す警告。
 相変わらず馬鹿げている。並の悪魔の攻撃なら数百発は耐えられるアイギスの楯がたかが細刀の居合一太刀を受けてこのザマだ。
 アイギスの防御を優先させたせいで右手に握るジークフリードを手放してしまった。左のグングニルのリーチはこの近距離においては邪魔でしかない。元々投擲が真価であるグングニルを白兵戦に転用させているリザの悪癖がここに来て死神の鎌を引き寄せた。
 頸椎、心臓、手首。致命に至る箇所を重点的に狙い澄まされた連撃が迫る。即死のパターンが八つは思い浮かんだ。
 歯噛みし、苦渋の決断を選択する。正面に構えたアイギスの能力を再展開。円楯は溜め込んだ攻撃を圧縮して噴射に変換できる、これを利用して両者の間で先の一撃が弾け散った。カイザーは身を仰け反らせダメージを流し、逆にリザは噴射の勢いに押され後方十数メートルもの距離をくの字に折れて吹っ飛ぶ無様を晒す羽目となる。
「チッ!」
「……リザよ。もうやめにしないか」
 体勢を立て直すリザを追撃することも出来たはずのカイザーが、抜き身の刀をぶらんと下げた状態で語り掛ける。
「お前に殺されるのは、悪くない。それで気が晴れるのならむしろ私は殺されるべきだ。じきに私の目的も達されるだろうしな。だが」
 仮面の奥に隠された表情は、言葉だけではわからない。感情を押し殺そうと意図する無機質な声音で彼は続ける。
「それでお前は解放されるのか?私はそれだけが不安だ…その激情は英雄ではなく、悪魔に寄った質がある。だからこれまでもあえて決着は避けてきた」
「負ける前から遠吠えは見苦しいわよ、カイザー」
 まるで聞く耳を持たないリザに嘆息し、密かに眉を寄せる。
 どうするべきか。このまま真っ向勝負で組み伏せるか、それとも話すべきなのか。本当にそれが最善なのか。
 苦悩するカイザーの気など露ほども知らず次の猛攻を企てていたリザへ、明らかな嘲弄が含まれた大笑が響き渡る。
「いやはや大変だねぇカイザー!よくあんな頑固な女性と同棲していられたものだよ、その心胆に僕は心からの称賛を贈りたい!」
 気配を感じさせずフッと現れた白いフードマントを羽織った悪魔が、両手を叩いて両者の視界ギリギリの端に立つ。
「…マーリンか」
 最悪のタイミングに最悪の相手だった。即座に仕留めてしまいたいが、無理であることを悟る。今頃本体は石動堅悟と交戦しているはずで、つまりこの場にいるアレはお得意の魔術で拵えた即席の分身か幻影辺りだろう。
 口先だけでも有害そのものでしかない魔術師の出現に、同じく攻撃が無意味であることを一目で理解したリザが蛆虫でも見るような視線を寄越した。
「失せなさい詐術師。貴様の相手はあとでしてやる」
 ただの人間であればその言葉一つで失神にまで追いやれるだけの殺意を込めたつもりだが、それも軽薄なこの男には通用しない。
 どころか、マーリンはけたけたと無邪気に笑いながらこんなことを返す。
「まあまあ!哀れにも悪魔の両親に育てられた悲劇のヒロインにも、過去を明かす語り部は必要じゃないかと思ってねー」
「……何?」
「―――!!」
 二人の反応は対極だった。リザは意味がわからないとばかりに首を傾げ、カイザーは自分でも不自然だと笑いたくなるほど迅速にマーリンの幻影を斬り裂いていた。数瞬遅れて冷や汗が頬に流れる。
 無駄だと分かっていたはずなのに動いてしまった己が愚かさを嘆く彼の背後に、ゆらりと新たな幻影が浮かび上がる。
「落ち着き給えよカイザー。いい加減、いつまでも大英雄様を道化と扱うのはどうかと思うのだよ僕は」
「今すぐ黙れ。でないと万死では済まさんぞ老害が…!」
 珍しく怒気を露わにするカイザーを無視して、マーリンは唯一仮面に覆われていない口元を愉快げに歪めて両手を広げる。
「さぁネタばらしといこうじゃないか。かつてのいつかのとあるな話だ!準悪魔と男女が結ばれた、非常にめでたいことだね!僕の配下でもあったからとても喜んだよ。それ自体は別に珍しいことじゃないよね?悪魔だって男と女がいるんだ、当然惹かれあうカップルや夫婦はたくさんいるとも。ところがどっこい、この夫妻は子宝に恵まれた!悪魔の子だ、これがどれだけイレギュラーな事態かは大英雄様なら分かることだろう?人間と違い、本質を歪めた異形同士では生殖の仕組みがどうやっても噛み合わないのだから」
 長々と声高く語る耳障りな声は幻影同様に消えてくれることはない。早い所本体を叩いてしまいたいところだが、リザにとって最大の敵はカイザーであることに揺らぎなく、故にマーリンの戯れ言などに一片の興味もない。
 だが、どういうことだろうか。話し掛けられているリザではなくカイザーの方が狼狽しているのは。リザにはそれが気に掛かった。
「非常に面白いテーマでね、僕はこれを研究した。まだ完全に解明できたわけではないけどね。奇跡的に成功したらしき受精・着床からして膨大な魔力を帯びた体内胎盤ではまともな人間が出来上がるはずはない。父母の力を過負荷として間近で耐え抜き、あまつさえ出産まで漕ぎ付けた事実はまさしく邪神の恩恵としか言いようがない。しかし生まれた子供はやはり少し壊れていた、悪魔の夫妻からの負荷を受け続けていたのだから当然と言えば当然だ」
「黙れと、言っているのが…分からんのか」
 ズバンッ!!と地面を大きく抉り取ってマーリンが消し飛ぶ。次現れた影もその次も、カイザーの銀刀が出現と同時に斬り捨てていく。
 それでもやはり、忌々しい声も姿も際限なく湧いて来る。
「だから考えた!生まれる前から魔力を受け続けたから壊れた、ならばきちんと形を成した状態から同じ状況へ持ち込めばどうだろう!?人間の赤子を、悪魔が間近で育て続けたなら、また違った結果になる、もしかしたら壊れず完璧な悪魔として成立するんじゃないかなって!」
「……何を、言ってる。なんの話をしているマーリン」
「僕達は邪神や天神の力を纏めて魔力と総称する!その魔力は放射線と同じように人体へ干渉を及ぼし励起に近い状態を引き起こすのは既に実証済み確認済みさ。だから御守佐奈のように生まれつきの体質で魔力の干渉に強い抵抗力のある赤子を選定して育ませた!途中で邪魔さえ入らなければ、今頃君は僕ら装甲三柱をすら超える強大な悪魔となっていた可能性は大きい!!」
 自分勝手に嬉々として叫び語る内容を、リザは無視することが出来なくなっていた。意味が分からないと、思考を投げ出すことすら聡明な彼女には出来ない。
 納得が出来ない、妄言であって虚言であって戯言であるからして聞くに値しないしこんな口車に乗るのは詐術と話術を好むあの男の策に自ら飛び込むようなものだ。
 でも。
 だけど。
 思考は停止しない、投げ出せない。回転していく脳内でいくつも浮かぶものがある。

 『たびたび口にしていたカイザーの言葉』、『父母と似通らなかった顔立ちや瞳の色』、『利益の見いだせない海座弓彦の裏切り』、『一度も明かさなかった殺した理由』、『愛していた男を信じたい』、『「第一次神討大戦」』、『先生が自分に親身になってくれたわけ』、『思えば歳幼い頃、天使と出会う前から魔力を自覚していたこの身は何かおかしくはなかったか』。
 『「大英雄」などと呼ばれるようになった、ただの華奢な女だったはずの自分が、どうしてここまでの強さを発揮しているのか』。
 『先生』。『先生』。『弓彦さん』。『あなた』。
 『たすけてくれた、たいせつなひと』。
 
 ―――裏切ってなんか、いるはずが、なかっ

「あ、あっァあアアアああああああああああああああああ!!!」

 あらゆる感情が渦巻いて吹き荒れて綯い交ぜになって、何かが切れた。
 自分の名を叫んで伸ばされた、装甲に覆われた最愛の手を掴むことは叶わず。
 大英雄は、あえなく魔術師の策謀に絡め取られた。



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「ふっふ、これでよしっと。あとは…」
「なぁにほくそ笑んでやがるんだクソ野郎!」
 『絶対切断』の一振りを躱し、マーリンはトントンとステップ混じりに後方へ下がる。空いた間を埋めようと両足に力を入れた堅悟の眼前に、隆起した土塊から大量のフードマントの影が生まれる。
「またかよ!」
 開戦からここまで同じ戦法で堅悟と翼はいたちごっこを繰り返していた。術式によって短時間のみの活動を可能とした即席分身体マーリンが無尽蔵に出現し本体に近付けない。当の本体は何やら心ここにあらずな様子だったのが、たった今肉迫した瞬間に戻ったように見える。また、何か良からぬ企みを実行していたのだろうか。
「吹っ飛ばせ翼ちゃん!」
「ええ、全対象補足しました。撃ちます」
 質より量で攻め来る分身体にまともにかち合うのは体力の無駄遣いだ。後転で距離を稼いだ堅悟の頭上高く、光翼で宙に浮く堕天者の羽一つ一つが光線と化して射出された。
 多くのマーリンが貫かれ元の土砂に還り、それらがまたカチカチと音を鳴らしながら人型に戻ろうとする。
 ジリ貧に追い込まれた状況。だが堅悟に焦りはない。
 種はもうとっくに蒔いてある。どっちつかずの『蝙蝠リリアック』だからこそ打てた手がいくつもあった。石動堅悟は真っ当な非正規英雄ではないのだから。
 ただ、それがいつこの状況に変化を起こすのか。あるいは何が来るのか。そこまでは堅悟にもわからない。作戦とすら呼べない、大雑把な戦略。
 だが来る。必ず。それだけは間違いない。
 それまではもう少し粘る必要があるか。そう考えていた堅悟と再び厭味ったらしい笑みで分身体を操るマーリン。
 再びの激突を迎える前に、大きく爆散した天井に両者の意識は同時に上へと向けられた。
 無数の鉄材やコンクリートが降り注ぐ中、瓦礫以外に何か違うものがゴトゴトンッと地面に落下していく。
 その量は下手をすれば瓦礫よりも多いのではなかろうか。多くは木箱に収められていたそれが、落下の衝突で大量に散らばる。
「!…へえ?」
(この臭い…は!)
 マーリンは目視で、堅悟は嗅覚で正体を見極める。
 そして最後に、大穴の空いた天井から巨大な岩塊が降って来る。

「“シーシュポス……」

 違う。
 岩塊と思っていたそれはただの岩塊に非ず。
 落下の最中で岩の塊は熱を放ち、隙間や節々から蒸気を噴く。
 地面に散らばっていたモノの正体は、一体どこから調達してきたのか信じ難い量の火薬。
 着地にタイミングを合わせ、岩塊は短く解放の一句を告げる。

「―――アペンドファイア!”」

 轟と燃え盛る岩の塊が、四周大量に散乱した剥き出しの火薬へと炎を撒き散らし、着火。
 邪神を収める空間全てを余さず爆撃の餌食にした。
 岩壁も残る天井も全てが崩壊していく中で、むくりと起き上がった岩の巨躯が言葉を発する。
「間遠の旦那から聞いたぞ。あんな悪質な洗脳が出来る悪魔なんて、知ってる中じゃ一人しか思いつかないって」
 プシュー…と、余熱を吐き出す岩巨人が指差す向こう。晴れた煙の先では魔術による防護で傷一つ付けていない敵の姿が確認できた。

「げほごほっ!…ああ悪い、サンキュー翼ちゃん」
「いいえ。…しかし、とんでもないですね」
 咄嗟に光翼で包み込み爆撃を防いでくれた相方に礼を言い、岩巨人の背中を眺めながら堅悟は呆れた声で肩を竦める。
「ったくいきなりあの馬鹿…今鐘だったか?仲間ならちゃんと手綱を握っとけよアホ」
「でかい花火がどうのと言っていたから何をするのかと思ったら…まあ、許してやれ。アイツも大切なものを踏み躙られて怒り心頭なのさ」
 煙幕の中からゆらりと現れた長身の男が、背後から隣に並ぶ。どうやら爆撃の後に降りてきたらしい。
 そろそろ来る頃だとは思っていたが、そうか。
「第一波は、お前らだったか」
 初めに現れたのは二人の非正規英雄。
「思惑通りか?だとしたら大したものだぞ堅悟」
 『完全自動攻防』、一対一の戦闘において最優を誇るアンスウェラーの使い手・間遠和宮と。
「テメエか、テメエだな?…惚れた女にふざけた小細工仕込みやがった借り、億倍にして返してやっから覚悟しろゴミクズ野郎がァ!!」
 激昂に駆られる岩石の巨兵・今鐘キョータ。

「ふふ、いいね。とってもいい!邪神の力を慣らすのに、これだけいれば充分に事足りそうだ!さあおいで!遊んであげるよ!!」

 新たな参戦によってさらに数の上で不利となっても、不敵に微笑む魔術師の姿勢は一切揺らぐことはない。
 

       

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