Neetel Inside ニートノベル
表紙

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「アハハっ、キャハはハハハハハッ!!」
「―――え!?なに、全然聞こえないんだけどっ!!」

 石動堅悟からの電話と敵の襲来はほとんど同じタイミングに発生した。
 天神救世教の教徒達との交戦の最中で和宮・キョータの二人と合流した鹿子は、そこで見たことも無いほど怒りに打ち震えたキョータから気絶した天音のことを託された。
 二人が去ってさほどの時間も経たずに現れたのは奇怪な姿形の幼い悪魔。
 四大幹部序列第二位クトゥルフ。
「遊ぼうっ、ねぇ遊ぼ!?グチャグチャにしよっか?それともブチブチッてする!?」
「ああもう、うっさいわよお嬢サマっ!」
 四方八方から襲い来る触手をある程度回避しつつ停止、右手のトールに意識を注ぐ。
 粘液とそこから召喚される触手を相手にしては、鹿子の神聖武具は相性が悪過ぎる。
 共に戦う仲間がいなければ、の話だが。
「三十秒稼いで燐!」
「…たった、それだけでいいの?」
 既に此原燐の悪魔としての巨躯は万全に仕上がっていた。あえて受け続けていた攻撃によって傷つき、しかし超速再生によって生き長らえてきたその全身を染める紅蓮の血液。滴り、上げた血飛沫は全て彼女の武器となる。
 囲まれていた触手らをさらに包囲する業火が粘液ごと周囲を焼き払い、僅かに生き残ったものはあえなく燐の大木のような豪腕によって挽き潰されていく。
「あなた面白いね!どこまでグチャッてすれば壊れるの?それとも壊れないの?ならなら、ずっと遊んでくれるのかな!?」
「……鹿子」
 ご満悦のクトゥルフを無視して、燐が視線を移す。
 四十五秒。既にお釣りが出るほど稼がれた時間に対し鉄鎚は相応の威力を発揮する。
「おっけぇ!トオォール!!」
 振り落とされた鎚は不可視の圧力をもって直上から蛸の怪物を押し潰す。
 まだ終わらない。
「からのっ、ミョルニルッ!」
 トールの一撃を追い掛けるように曲線を描きながら雨の如く乱打される衝撃。無論、この程度で幹部を倒せたとは思わない。だが時間は出来た。
「…で、何さ堅悟。……うん、うん?いや無理でしょ、そっち来いって。今あたしら例のお嬢様の相手で忙しいんだけど。えぇー…あーそういうことか…アンタってほんとそういうとこ、いい性格してるわよね。はいはい」
 通話を終えて、げんなりした鹿子が燃え盛る悪魔に呼び掛ける。
「聞こえた?そういうわけだから燐」
「……いいよ。鹿子、行って」
 決戦決着に戦力は多い程いい。仲間意識の極めて薄い『リリアック』のリーダーらしい物言いに呆れる鹿子と違い、燐の態度ははっきりしていた。
「お互い、死にづらい者同士。勝てないけど……負けもしない」
 確かにクトゥルフは戦力を増やす上にえげつない殺し方を好んでいる為に恐れられがちだが、単純な火力においては他の幹部に比べいくらか劣る。そして即死級の攻撃でなければ燐を殺し切ることは難しい。
「堅悟に…伝えておいて。一言…」
 燃ゆる肉体を一歩前に出して、燐が殺意の篭る瞳を鹿子に向ける。もちろん鹿子を殺すつもりは毛頭なく、殺意は間接的に飛んであのどうしようもないリーダーへ。
「『死ね、氏ねじゃなくて死ね』って」
「わかった。確かに伝えておくわ」
 どんだけ嫌われてるんだ、と思うが当然のことかとも思う。こんなガタガタなチームが仮にも装甲三柱の一角を下したというのだからおかしな話だ。

「あ、ッははァ…ね、見てコレ、足潰れちゃったよ?…まっ、すぐ治るからいいんだけどね!」
「さすが、悪魔から産まれた悪魔…。私達が準悪魔なら…あなたは純悪魔って…ところ?」

 殺し合いの中にあってもっとも死から遠い者達、そんな気の抜けそうな会話を耳にしながら、鹿子は渦巻く邪悪な魔力の根源へと走る。
 電話越しに頼まれた、一つの仕事をこなしながら。



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 マーリンの魔力が底知れずに高まってきている。
 背後にある漆黒の大穴(球体?)から邪神の力を吸収し続けているというのは本当らしい。さっきから考えなしに撃ちまくって来る魔術にも終わりが見えない。魔力の吸収と比例してハイテンションになっていくマーリンにも凄まじく腹が立つ。
「おい和宮、テメェも八門使って大気の魔力吸収できんだろが。マーリンの野郎が吸ってる魔力をお前が先に喰えば弱体化するんじゃねえか?」
「あんなおぞましい色した魔力をケツから吸えというのか、アホか貴様!?痔では済まんぞアレは!」
「…ちょっと、お二方。ここに女性がいることもお忘れなく」
「アンタ中性だったろ翼ちゃん」
「下ネタ話しに来たんなら帰ってくんねっすかねえ!!」
 無数の砲撃、地面から生える棘に槍、天井の消え去った空から降る鉄球。あらゆる魔術を総動員してマーリンの攻勢は激しさを増すばかり。だというのにこの面子からは今一つ緊迫感というものが欠けていた。相応の場数を踏んできている、と言い替えれば聞こえはいいかもしれない。
「チッ…今鐘、少し盾になってろ。翼ちゃんも迎撃頼む」
 前に押したキョータの鉄塊が如き強度の鎧で前面を防ぎ、それ以外を翼に任せる。
 エクスカリバーをソロモンによって形態変化、弓矢へと変えて隣の和宮へ目配せした。既にアンスウェラーは解放されている。
「五感に支障は」
「特には。今回は味覚のようだな」
「わかった、二秒で詰めろ」
 会話はそれだけだった。堅悟は番えた矢に『絶対貫通』を付与しアポロンを射る。
 もはやその一射は通過の余波にすら貫通を帯びたレーザービーム。マーリンの張る弾幕の中央をアポロンが消し飛ばした。
 確保されたルートを、全身から淡い燐光を放つ和宮が突っ込む。堅悟の助言を受け、八門とアンスウェラーの出力調整を行ったブリューナク・改。これにより長期戦を可能とし寿命を削ることもなくなった。
「おぉっと」
 魔術師を射抜く軌道だったそれを悠々と回避し、マーリンはしたり顔で笑みを向ける。
 その眼前に和宮は肉迫していた。
 間違いなく最短につき最速の突き。長剣の切っ先は狙い違わずマーリンの心臓部へと直進して。
 燃え上がる燕尾服が、それを阻害した。
「ご無事ですか、マーリン様」
「見ての通りさ、クトゥグア」
「―――アンスウェラー」
 四大幹部の一角、セバスチャンことクトゥグアの登場によって間遠和宮の聴覚が喪失した。
 マーリンを当初の対象として定めていたアンスウェラーのロックを、同時にクトゥグアにも施す。悪魔二体を相手にして味覚聴覚を失いつつも和宮の戦闘能力に支障は現れない。
 極めて近距離からの魔術と火炎。それらを斬り伏せながら最善の一手を打ち続ける。不意に、邪神からの魔力を受けた影響か異様に捻じくれた杖を大上段に振り被る魔術師の姿に違和感を覚える。
 装甲魔鬼マーリンが近接戦?
 だがアンスウェラーの自動攻防はその疑念を考慮してくれない。明らかに振り慣れていない杖の一打を受け流し胴体に確実な痛打を与えるべく身体が動く。
(いや、待て。待てアンスウェラー)
 何かおかしい。ぞわりと身を包む悪寒に使い手が制止を掛けるが、既に勢いは止められない。
 捻じれて先端が刃のように変化した、薙刀に似た形状の杖が落ちる。
「…くっ!?」
 杖と長剣がぶつかり合う直前に西洋風の両刃剣が差し挟まれた。言うまでもなく全力の活歩で距離を詰めた堅悟の介入である。
 和宮と同様にマーリンの挙動に違和感を覚えたが故の直感的な割り込みだったが、結果的にそれで驚愕に目を見開いたのは堅悟と和宮の両名だった。マーリンはといえば、悪戯のバレた子供のようにペロリと細い舌先を見せていた。
 苛立ちを押し込めて、堅悟はその正体を探る。
「どう、なってやがるんだ。その杖、その力…テメェ、今度はどんな細工を施した?」
 遠目に見ていた翼、キョータもその異常には気付いていた。
 いつ、どんな時にでも必ず必殺を成し遂げてくれた、彼愛用の聖剣エクスカリバー。能力名『絶対切断』を前にしては、どんな敵だって接触を避け何よりも警戒してきた。
 それが何故。
「んふふ、不思議かい?君にとっては初めての経験だよね、ご自慢の聖剣で鍔迫り合いをするなんてのはさぁ!!」
 触れた物体、物質、果ては概念ですら斬り捨てる聖剣の刃が、マーリンの杖と競り合って拮抗していた。
 有り得ない現象だ。引き起こされた事実は一体何に由来するものか。両手で柄を握る堅悟が聖剣を力いっぱい押し付けるという動作もまた、これまで全てを豆腐のように斬り裂いてきた彼にとっては初のことだ。
「君達は知らないだろうけど、君が後生大事にしていた彼女。御守佐奈は君と同じく『絶対切断』の属性を身に秘めた人間だったのだよ。邪神の封印をこじ開けたのも彼女の存在あってこそ成せた業だ。そして僕は元とはいえ昔はそれなりに高位の天使だった。つまりわかるかな?僕は契約を交わし、人間を非正規英雄にすることが出来る!」
「…テメェッ!」
 間近で杖と剣を叩きつけ合いながら、互いに顔を突きつけ合う。和宮はクトゥグアに手一杯でこちらへの加勢は期待できない。いや来るべきではない。それが分かっているから、翼もキョータの突撃を押さえ込んでいるようだ。
 この胡散臭い魔術師、何から何まで我が物とする気らしい。
「佐奈を英雄に仕立て上げ、獲得した『絶対切断』を…」
「そう!奪った!!装甲三柱最古参、智謀を巡らせた僕の知識と経験を兼ね合わせれば!神聖武具と邪悪武装の融合技術なぞは造作も無いことさ!名付けて聖邪同体兵装アーティカルパーツとても呼称しようか。それなら僕のことはEX.エクスマーリンとでも呼んでくれたまえアッハッハハハ!!」
「…は、アーティカルパーツ、ね!」
 『絶対切断』同士では通常の武器と同じように衝突・拮抗が可能らしく、数撃の攻防を経て堅悟は下がった。
「今から誰もマーリンの杖に触れるな!今鐘!テメェのアーティファクトも一発で引き裂かれるぞ気ぃ張っとけ!和宮はそのまま執事を押さえてろ!」
 こうなるとアレを相手にまともに闘えるのは堅悟だけだ。かつて和宮もエクスカリバーの切断範囲を見切った上で堅悟を上回って見せた実績があるが、魔術攻撃も兼ね揃えたマーリンでは流石に分が悪かろう。
 マーリンとの戦闘で頼りに出来るのは、自分以外では遠距離を得手とする翼と、
「!」
 突如として横殴りの衝撃に見舞われるマーリン。薙刀形状の杖で受け、そのまま『絶対切断』で振り切る。
「おせぇぞクソビッチ!」
「誰がビッチか!これでも急いだ方だってのになんて言い草、燐に死ねって言われるのもよぉっくわかるわね!」
 鉄鎚片手に降り立った鈴井鹿子が、小脇に抱えたものをそっと地面に置いて立ち上がる。
 鹿子の登場、そして横たえたそれを見て声を荒げたのは今鐘キョータ。
「姐御ォ!アンタ何してっ…!」
「わかってるから!あとでいくらでも聞くから!だから今だけは呑み込みなさいキョータ!あたしが、コイツが考えなしにこんなことしたんじゃないってコトくらいわかるでしょうが!!」
 言われて奥歯を噛み締めるキョータが堅悟を睨み据える。が、自分も他人も駒として動かし続けてきた組織の長にはそんな感情論は通じない。
「役者が揃って来たねぇ。僕も邪神の魔力にようやく慣れてきた。ここらでもう少し火力を上げてみよう!それに戦力もほしいね、ゾンビバハムート君でも呼び寄せ……っと、ああそうか」
 虚空に向けた瞳を細め、ふんと短く浅い鼻息を吐いて、
「死んだか。クトゥルフも上で遊んでるみたいだし、君は何してたのかなセバスチャーン?」
「馬場夢人の始末に関しましては、かの尊老と交わした約定でした故。お嬢様のことは…マーリン様が一番よくお分かりでは?」
「ふふん、確かに」
 純正悪魔のクトゥルフが邪神の魔力を引き寄せる可能性を危惧した点はクトゥグアの執事も同様だったということか。
「んじゃあ、まあ。続きといこうか。まだ見せたいものがあるんだよ石動堅悟くん」
「まだあんのかよ。もう腹一杯だってのに」
 軽口を挟みながら、自然と陣形を整えて行く。和宮とキョータは一旦クトゥグアを引き離す為に距離を空け、堅悟の背後にチャージを展開する鹿子、光翼から無数の矢を生み出す堕天者が並ぶ。
「野郎が俺と同じ力を使うんなら、対処法も俺がよく知ってる。動きを押さえるから、お前らは隙を見て特大の一撃を…」
「ッ、堅悟様!」
 聖剣を構えたまま翼と鹿子に指示を送っていた堅悟は、切迫した様子の翼が発した短い悲鳴に反応して正面に顔を戻した。迫りくる何かを聖剣で弾くが、打ち消しきれずに首の皮がすっぱり切れて微量の血が流れ出す。
 飛んだ。飛んできた。
「おい…マジかよ」
 『絶対切断』が、飛んできた。
「英雄と悪魔の合わせ技だと言っただろ?これがそうだよ、魔術に織り交ぜた君と同質の力。迎撃できるのは君の聖剣だけ。駆け付けた仲間達は防げないよ?さあ、次なる試練を与えてあげよう」
「翼ちゃん、下がれ。他は…まぁ、適当に避けてろ」
「「「はぁ!?」」」
 三人の怒号が重なるのが少しだけ可笑しかった。
 邪神とマーリンを滅ぼす此度の神討に戦力は必要だ。だが、別段死んでもらっても死ぬほど後悔するほどの連中ではない。マーリンの口上に堅悟の情は動かない。ただ聖剣を手に動く。
 切断性能を付与された魔術を全て斬り捨て、全ての根源を断つ。保険も用意した、そう簡単にはやられはしない。
 残機を一つ減らす程度の、自らの命をゲーム感覚で消耗する気概で挑み掛かる堅悟の、魔術師を挟んだ遥か後方。
 ザッ、と。何かが降り立った。
 視界の先にいたそれに堅悟は真っ先に気付いた。次いで真後ろに現れた気配が放つ殺意に当てられてマーリンが嘆息し、他の者達は魔術を必死の思いで回避している状況下では気付くことが出来なかった。
 大気を引き裂いて豪速で迫る槍を、魔術師は押し固めた空気の砲弾で迎撃する。軌道を捻じ曲げられた投槍は空中で最短距離を修正し直し再び飛び交う。
 自動追尾のグングニルが縦横無尽に動き回る最中に、大剣を握る女が飛び込んだ。
「貴様が、」
 怒りで制御の振り切れた肉体が内で暴れ、ジークフリードを持つ両腕の血管が弾け裂ける。

「貴様が元凶かッ、マーリィィィイイインッッ!!!」

 怨嗟の矛先は移り変わり、しかしどこまでも負の念に囚われてしか闘うことの出来ない大英雄が、他の一切を歯牙に掛けることなく唯一つの殺害対象に向かい必滅の間合いへ収めんとする。
 無論、堅悟の制止の声にも微動だにせず。
「受けるなリザ!躱せぇ!!」
 鎌鼬に似た刃の接近にもリザの勢いは変化を及ぼさない。ジークフリードで対応する気だ。
 あの女は知らない。全ての刃に『絶対切断』の性能があることを。
 だから。
 そうだから。
 マーリンが、笑む。散々見せられてきた、予定調和にほくそ笑む最悪に不愉快な嘲笑を。
 そこからはまさしく瞬く間の応酬だった。
 前のめりに駆けるリザの襟首を掴んで強引に引き倒し、胴体を踏み付け押さえて。腰に提げた銀刀を抜いたはいいが彼自身にもわかっていたのだろう、それがいかに無駄な行為であるかを。
 あえなく刀は切断能力に負けて斬り砕かれる。自慢の装甲は薄紙を破るように僅かな抵抗のみで意味を成さず。

「く、ッはハハハハハ!アハハハハ!!そうだよねぇそうなるよねえ!!君は絶対そうするよ、だからここまで彼女を振り回してきた!ありがとうカイザー!僕の思惑を見越して、それでもリザを庇った君はどこまでも素晴らしい愚者だったよ!!」
「―――…、ふん。道化に、愚者と謗られるとはな」

 大英雄の暴走を止めに入った装甲悪鬼は、一言そう返して鮮血の海に沈んだ。

       

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Neetsha