Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 事実を掻き集め、それらを繋ぎ合わせ、一つの仮説を立てることには成功していた。
 だが如何せん確証は無かった。何せ誰一人として実行したことがなかったから。
 クソ、右足が痛む。左手も千切れ掛けだ。内臓もいくつか死んでいる、出血も止まらない。
 だがそんなことはどうでもいい。これから行う賭けに比べれば。

「おい…オイ起きろ」

 左足の爪先で頭を小突く。三度やってようやく相手は唸りながら体を起こした。まったく時間が押してるってのに手間を掛けさせる。

「馬鹿じゃないなら状況をよく理解しろ。今お前がこの場にいる意味。この惨状。打開策は俺が持ってる。ならお前が成すべきことはなんだ?寝起きのボケた頭で言い訳考えてる余裕があんならすぐさま実行に移せ」

 あのイカレ聖職者共は…流石だな。三柱と幹部を相手に二対二で対等に渡り合ってやがる。これなら間に合いそうだ。
 この女、ぼけっとしてないで早くしろ。早く。

「…ああ、そういうこと。あなたがやってくれるの?」
「そうだって言ってんだろ。急げ、皆殺しにされるぞ」

 単細胞な幼馴染と違って、こっちはマトモに状況を察したらしい。助かる。



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「ぐうぅぅっ…くクははハハッ!」
 カーサスの猛攻を防ぎながら、余裕の失われた様子でそれでも哄笑をやめないマーリンに戸惑うクトゥグアの火炎が二人の聖職者を囲う。
「温い火だねえ!」
 防刃防弾はもちろん、防火性にも優れた僧衣を翻して空いた間合いを詰めるカーサスとヴァイオレット。
 魔術を相手に距離を離されるのは不味いと理解していた。その途中に、どういうわけかマーリンの魔術に石動堅悟の能力特性が付与されていることにも気付き、より攻撃の手は精密に慎重に見極められる。
「マーリン様っ」
「はっはっ。こーりゃ不味いな、どんどん浸食されてる。喰らい尽くして己が物にする気満々だよ邪神様は」
 杖を握る右腕は肩まで黒色に染まり、異形に侵されつつある。門よりマーリンを媒介に邪神の魔力が強引に器を塗り替え受肉に漕ぎ付けようとしていた。
 このままでは決着より前に乗っ取られかねない。
 だが困ったことに、受肉を押し付けるはずだったバハムートという装甲悪魔の器は既にハスターの手によって見るも無残な肉塊に変えられてしまった。あれでは器として機能しない。
 最大障害と捉えていたカイザーを仕留めたのは良いが、あれはあれでまだ利用価値があったかもしれない。致命傷を負わせたのは間違いだったか。
「さてどうしたものやら」
 火炎を振り払いヴァイオレットが矢を二連、残る二本をカーサスが尾を殴り飛ばすことで信じ難い速度を付与して射出してきた。撃ち出した炎弾では止まらない、何か特殊な能力を纏わせた矢らしい。
 身を挺して四本を受けるクトゥグア。ヴァイオレットの銀矢は受けた相手に単純な刺傷以外の激痛を与える。しかもそれが四本。
 意識が飛びそうになるほどの痛みに脳が破壊されそうになるのを堪え、クトゥグアが叫ぶ。
「私の体がっ!あるではないですか…!マーリン様!」
「…君が器になると?正気かいクトゥグア、自殺行為だよそれは」
 炎の執事を引っ掴んで後方に飛ぶ最中、血の滲むフードマントをなびかせながら返すマーリンの声音は酷く静かだった。
 馬鹿なことを言うなと、言外に諭しているようでもあった。
「ここで負ければ同じこと、貴方にはお嬢様の症状を抑えて頂かなければなりませぬ!そうでなければこのルシアン、これまで何のために生きて、守って!闘って!殺してこなければならなかったのですか!!」
「―――わかった」
 そうだ。クトゥグアはマーリンに真に忠誠を誓っていたわけではない。そうしなければ純正悪魔であるクトゥルフの障害は癒えぬどころか進行するばかり。彼は止む無くマーリンに付き従っていただけに過ぎない。
 全てはお嬢様の為。命に代えてでも守り通すのが我が使命。
 そう決意した想いだけが、この死地でも強く強く輝き続けていたから。
 覚悟を受け取ったマーリンが、邪神に毒された右腕を燃ゆる執事の背中に押し当てる。
「受肉と同時にほぼ不死だ。冥府の邪念を発狂するほどその身に受けて、死ぬほどの苦痛を死ぬまで味わうぞ」
「構いません。ただ一つ。交わした契約だけはお忘れなきよう」
 クイン・G・エリヤ。
 彼女の保護と障害の完治。
 自らの精神こころ身体からだを全て差し出して、たった一人の救いを希求する。
 答えは、主従の契約を結んだかつてと全く同じ。

「約束だけは違えないよ、ルシアン・アルファイト。その願いは僕が死んでも叶えてみせよう」




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「行くぞカイザー」
「……え?」

 血の海で、ズタズタに裂けた装甲から生身が見え隠れする瀕死の悪魔。
 マーリンの『絶対切断』がまだ安定したものでなかったからか、バラバラに分断されなかったのが不幸中の幸いか。でなければカイザーは五体満足ではいられなかった。
 それでも、致命傷は致命傷に他ならない。
 忘我の境にあってそれでもカイザーの体を抱き寄せていたリザが顔を上げる。テメェなんぞに用はないんだが。

「アンタの力が必要だ。一緒に行こう、カイザー」

 理論上は不可能ではないはずなんだ。
 引退した非正規英雄は、その武具を返還あるいは古くを生きる熟練の非正規英雄に託すことが出来る。さらに託された神聖武具は、新たな契約を結ぶことで二つ目三つ目の装備として物にすることができた。
 例えばリー老子がその管理者の一人に当たる。歴戦の英雄が、後世にと託された武具の数々を管理し掌握する。そして力を求める次代の非正規英雄に託された武具を継承させる。俺の持つソロモンも、かつては誰かが使っていた物のはずだ。
 つまり他者のであろうが武具の使用権限の委託は可能。これが確かなら、きっと出来る。

「…堅悟、きみは…まさか」

 リザの腕の中で、割れた鬼面の隙間から肉眼が俺を見据える。息も絶え絶えに口を開き、ゆっくりと首肯した。

「リスクは、承知の……上か」
「マーリンのおかげで成功率は跳ね上がった、やって見せるさ。俺達でな」

 バサリと俺の背後で光る羽が広がる。一蓮托生の堕天者、悪いとは思うが共に命を削ってもらうことになる。
 右手を差し出すと、カイザーは眩しそうに目を細めてから血だらけの左手を持ち上げてくれた。
 前大戦に次いでこの戦いでまで頑張り続けるのは酷ってものだ。この男はこれまでも必死に頑張ってきていた。愛した女に憎まれながら、単体勢力と呼ばれ畏怖と畏敬によって孤独に晒されながら。
 バトンタッチだ。
 その業も、その役目も。その孤独も。
 俺が全部背負う。



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 急速に膨張していく筋肉、引き千切れ再生していくのを繰り返す黒い肉塊。
 魔力に飲み込まれたクトゥグアなる悪魔の肉体は、破壊された器ごと糧とされ今現在神の肉体として成立しつつあった。
「ヴァイオレット」
「応さ!」
 迫り来る不気味な肉塊に物怖じすることなく、跳び上がったヴァイオレットと地面を踏み締めたカーサスの脚撃と拳撃が合図も無しにインパクトを重ね当てる。
 だが肉塊の勢いは止まらない。
「おわっ」
「チィ」
 弾かれて地面を滑る両者がそれぞれの獲物を構える。黒色の肉塊は徐々に触手のようなものを数十と形成し、ボコボコとありえない場所に無数の眼球を開いて奇怪な咆哮を轟かせた。
 おぞましき異形はまさしく邪な神。完全ではないにせよ、現世の悪魔を生贄に邪神は仮初の顕現を果たした。

「…」
 中空に浮くマーリンは、その異形を憐れむように眺めていた。もはや隠す必要もないとばかりに展開される堕天使の黒翼。紛れもなく堕ちた天使ルシファーの証。
 これではクインに合わせる顔がないな、と。人も悪魔も超えて怪物と化した執事の成れの果てが完全な邪神となってゆく様をせめて自分だけは見届けんとする。
 そう決めていたマーリンの背後に現れた影が、振り下ろした斬撃で翼の片方を根元から斬り捨てた。
「つっ…痛いなぁ!」
 声を荒げ、振り向き様にお返しの飛ぶ斬撃を杖を回して見舞う。激しく土煙を噴きながら地面を刻む切断の威力に相手は少しも怯まない。
 当然といえばそうだろう。自分の力を恐れて引け腰になる者ではない、彼は。
 カイザー倒れた今、やはり最後まで立ちはだかるのは…、
「君だよね!君しかいないさ!正義の味方が倒れるわけにはいかないからねぇ!」
 芝居がかった言い回しで指し示された石動堅悟は、煙に僅か咳き込みながら不平を返す。
「正義の味方とか吐き気がするからやめろ。俺はただテメェの敵ってだけだ」
「同じさ!ぼくを殺す者ならば、それはすなわち遍く全てが正義でなければならない。世の理だろう?」
 魔術師の軽口に付き合う暇も時間も残されていない。堅悟は巨大な肉塊を素手で押し込んでいる二人に告げる。
「カーサス、ヴァイオレット!!そのゲテモノこそお前らが滅ぼしたがってた邪神とやらだ、心置きなくボコれ!」
「ふん、お前に言われるまでもない」
「テメエこそチンケな魔術師をこっちに寄越してくんじゃねえぞカスが!」
 威勢よく応じた二人に親指を下向きにして突き出し、改めて倒すべき敵と向かい合う。
「なぁるほど。そうきたか」
 合点がいったという風に、マーリンが指で顎をなぞる。
 満身創痍だった堅悟の傷付いた肉体が全て治っていること事態は疑問ではない。鈴井鹿子が参戦時に抱えていた女の存在はこの為にあったということだ。
 神聖武具アーティファクトベレヌス。その効果を瞬間治癒。そして使い手である秋風天音。
 鹿子を呼び出した時、ついでにと運んで来させた堅悟の保険である。
 付け加えて、今の堅悟は平時の状態とは大きく変化していた。
 聖剣は白銀の煌めきを反射し、それを握る右腕もまたギラついた銀色。腕のみならず、肩から右上半身を侵すように広がっていく異色の正体は不可思議な金属。ギジ、ガチと、肉体に直接鋲を打つように定着していく装甲は堅悟の顔を右側面から覆う。
 右目の上辺りから伸びる鋭利な角。見る者を震わせる羅刹天の威容を誇るは悪鬼の面。

 非正規英雄は遺された武具を継承することが出来る。
 これを可能としている以上は不可能な話ではない。
 非正規英雄が、準悪魔の邪悪武装を受け継ぐことも。
 だが確証は無かった。仮説止まりで実行するにはリスクが高すぎた。
 魔術師が自らこちらの仮説を眼前で実証してくれるまでは、実行にも躊躇いがあった。

「助かったぜマーリン。テメェが前例になってくれたおかげで踏ん切りがついた」
 魔術師は大元が天使という概念でありながら、堕天して邪悪武装を身に纏った。その上で神聖武具の性能をも上積みすることに成功している。
 つまりこの三つの要素は複合・混合が出来るという事実が判明した。であれば話は簡単だ。
(調整いけるか翼ちゃん)
(…ええ。だいぶ、いえかなりきついですが、短時間であればどうにか)
 念話を通して話す相手は視界のどこにも存在しない。天使は地上に降り立つ際に人の形として具現化するが、本来であれば天界に住まう彼らに実体など必要ない。
 人の殻を棄てた翼は今、石動堅悟という非正規英雄の内に在る。彼女には調整という名の半ば強引な肉体の適応を進めてもらっていた。
 高位天使であったマーリンならいざ知らず、それと同様の秘技を行おうとしている堅悟は間違いなくただの人間でしかない。内で暴れ狂う神聖武具と邪悪武装の拒絶反応を抑え切る術が無く、戦闘に移る前に肉体が爆ぜて自壊する末路が目に見えていた。
 マーリンは長らく研究を進めていたのであろう。だからこそ万全に異常なく秘技を成し終えた。そこには彼のトンデモ魔術が土台になっていることは言うまでもない。そんな便利なものを堅悟達は使えない。
 だから翼という天使を外付けから取り込むことで即席の土台とした。ほんの少しの短い時間だけ、重ねた研究の成果に追い縋る。
 装甲三柱を打倒するに必要な力は、海座弓彦の意志ごと引き継いだ。
 英雄は天使の助力を以て悪魔の力と共に終幕へ臨む。
 これぞ三位一体。マーリンの悪ふざけにあえて乗ってやるのならそう、

聖邪同体兵装アーティカルパーツ装甲剣鬼エクスカイザーってとこか。最終ラウンドだ魔術師、これで最後にしようぜ」

 邪神モドキは聖職者共と、復帰した非正規英雄の面々でどうにかしてもらう。
 残す元凶、諸悪の根源は俺達で叩く。
 

       

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Neetsha