第十一話 カイザー (どんべえは関西派)

 「ねぇねぇ堅悟君、この仮面ライダーもどきと知り合いなの? こんな時間帯にこんな場所で何しているの、というかその方の傷は何!? すぐお医者さんに見せないと化膿して大変なことになるよ。あと聞きたかったんだけどどうして突然コンビニのバイト辞めたの? 堅悟君の仕事も店長が私に押し付けてきてて大変だったんだよ。まぁ、結局私もそこ辞めちゃったんだけど、今? 今は小さい三流雑誌のオカルト欄の小話を書くバイトしているよ、意外と時給がよくていいんだ。あ、そのことについてだけどこの間のアリーナで起きた事件について何か知らない? それ以外でもここらへんでいろいろな事件があってそのことについて取材してるんだけど、私的には口裂け女とかそこら辺の良くある都市伝説じゃないと思うんだよね、ところで話聞いてる? 聞いてるね、じゃ、話を戻すけど何か知らない?」
 「「…………」」


 まくし立てる佐奈
 正直うるさい
 だが、バイトの時から何ら変わらない喋り方に何となく懐かしい気持ちになる。最近いろいろなことがありすぎて、コンビニでバイトをしていた時のことなど遠い昔の記憶となっていた。
 佐奈と仕事をしていた頃に修得した聞き流し術で、彼女の言葉を右から左へと華麗に流していく。
 しかし、初対面のカイザーはそういかない。
 仮面の下でどんな顔をしているのか分からないが、困惑しているのだけははっきりと分かった。
 一方の佐奈は二人の様子など全く気にすることなくしゃべり続ける。
 カイザーはこっそり俺の隣に来ると、耳元にこっそりと話しかけてきた。

 「一ついいかい?」
 「なんだよ」
 「この女を黙らせるにはどうしたらいい?」
 「…………」

 やはり殺すつもりは無いらしい。
 俺はそのことに少し安心しながら、同じく小さい声で返事を返す。

 「酒だ」
 「何?」
 「あいつは酒にめっぽう弱い。でも、酒好きだから簡単につぶれるのさ」
 「なるほどな……」

 カイザーは小さく呟くと顎のあたりに手を当てて何か考え込む。その後、顔をキョロキョロとさせると数十m先にある光を目にする。どうやら、二十四時間営業のコンビニエイトらしかった。
 それを確認してからもう一度話かけてくる。

 「君、名前は何だ?」
 「石動堅悟」
 「君の家はこの近くにあるか?」
 「え?」

 そう尋ねられて少し困る。
 家がどこにあるのか、正直見当などついていなかった。どう答えるか困っていると、聞きなれた声が脳裏に響いて来た。

 「堅悟様。ここからそう遠くないところに引っ越したばかりのアパートがありますよ」
 「翼ちゃん、大丈夫だったか?」
 「はい、あの程度でやられる私ではありません。しっかり逃げてきました」
 「よかった。安心した」

 そっと胸を撫で下ろす。彼女に何かあったら今までのことが何の意味もなくなってしまう。それだけは勘弁してほしかった。とりあえず翼ちゃんが戻ってきたことを喜びつつも、カイザーに家が近くにあることを伝える。
 すると、嬉しそうな声を上げるとカイザーはこう言った。

 「ならちょうどいい。君に話があるんだ。私のおごりで飲まないか?」
 「は?」

 少し警戒する。
 何を考えているか分からない。リザの話を思い返してみると、このカイザーという奴は相当強力な悪魔らしい。だが、今までの態度を見ている限り、そんなようには思えない。おまけに悪い奴のようにも見えない。敵意も感じられない。
 嫌な予感はしたものの、何となくこの謎の悪魔について気になっていた。
 翼ちゃんは何とも言えない表情で、俺のことを心配そうに眺めていた。だがどういう訳か、誘いを断れとは言ってこない。彼女もカイザーが敵ではないと認識しているのだ。何となくそれを察することができた。
 以上のことから判断すると、俺はゆっくりとうなずいた。
 カイザーはそれを見て満足そうにウンウンと首を傾げると、いまだまくし立てている佐奈に向かってこう言った。

 「女」
 「え? 何? 私は佐奈だけど」
 「どうだ? これから彼の家で飲むのだが、一緒に行かないか?」
 「――ッ!! 行く行く!!」
 「よし、なら酒を買って来る。ここで待っててくれ」

 そう言ってカイザーはまっすぐコンビニの方へと向かって行った。
 俺はその後姿を見送りながら、ふと思った。
 
 あいつ変身したままじゃね?
 大丈夫なのだろうか
 とりあえず心配しておくことにした。



 ――――――――――――――――――――――――――――



 「それで聞いてよ仮面ライダー、それで編集長ったら私の原稿全部電車に忘れてきちゃったのよ!!」
 「ほぉ、それは酷いなぁ」
 「でしょう!! もうやってられなーい!!!」
 「まぁまぁ、もう一杯どうだ?」
 「もー!! おじさんたっらー!!」
 「ハハハハハハ。私のおごりだ、ドンドン飲め」

 そう言って佐奈の手にしているコップにウイスキーを注ぐカイザー。佐奈はそれをグイッと飲み干すと、「ぷはー!!」とまるでビールを飲みほしたかのようなリアクションをとる。
 その直後
 「やっぱりUMAは最高!!」
 と叫んで倒れると、その場で猫のように縮まって眠り始めた。
 どうやら酔いつぶれてしまったらしい。
 まだ三十分しかたっていないのだが、結構なペースで飲んでいた。おまけにカイザーは酒を勧めるのと話を聞くのが上手いので佐奈はいつも以上に飲み過ぎたらしい。俺は缶ビールをちびちび飲みながら呆れた目で彼女のことを見る。
 カイザーは、チーズ鱈を一つ口に運んでから眉間を揉んでこう答えた。

 「堅悟君」
 「なんだ」
 「彼女はいつもこうなのか?」
 「ま、そうだな」
 「中々陽気な女の子だ」
 「うるさいけどな」
 「ハハハハハハハハハハハハ」

 カイザーは朗らかに笑った。
 彼は既に装甲を外し、素顔を晒していた。
 スーツをきっちりと着こなして、人懐っこそうな顔をしている。顔には常に笑顔を浮かべていて、優しげな目でこちらのことを見ている。自分よりは確実に年上のようだが、そこまで歳をいっているようには見えなかった。
 それに、そこそこイケメンだった。
 おそらく合コンとかに行ったらそこそこモテるタイプだろう。

 少しの間、沈黙が流れる。
 その間に俺は冷静になっていく、カイザーは自分に話があると言っていた。その話が始まるとしたら、佐奈が寝た今からだろう。少し緊張してくる。一方で翼ちゃんは押し入れの中から毛布を引っ張り出してくると、それを佐奈の上にかけていた。
 カイザーはチーズ鱈の新しい袋を開けると話を始めた。

 「さて、話を始めよう」
 「早くしろよ」
 「実は私は前から君に目をつけていたのだ。具体的に言うと、アリーナの時からだな」
 「だから何だよ、早く本題に入れよ」
 「まぁ待て、話には順番という物がある」
 「は?」

 カイザーはそう前置きすると、酒を一口飲むと考え込む。
 数十秒後
 彼はゆっくりと口を開いた。

 「そうだな……まずは、私たち悪魔の派閥について話そうか」
 「派閥?」
 「そう。悪魔は主に三つの派閥に分かれている」
 「三つ」

 意外と少なかった。
 指を三本たてるとカイザーは言葉を紡ぎだす。

 「まずはこの世界に三体いる装甲を纏う悪魔の中で一番の頭脳派。装甲魔鬼マーリン率いる穏健派」
 「穏健派?」
 「そう。簡単に言うと、あまり大がかりの殺戮を行わず、なるべく波風を立てることなく殺しを行う集団だ」
 「……なるほど」

 つまりは表ざたになることを避けるタイプだろう。
 確かに警察とかに目をつけられると面倒だろう、考えはよく分かった。

 「次に、装甲竜鬼バハムート率いる過激派だ。これが一番勢力が強い」
 「まぁ、なんとなく察しが付くな」

 名前から察するに穏健派と真逆な派閥なのだろう。
 よく分からない俺にもわかりやすい名前だった。
 カイザーは二本目の指を折りたたんでから言葉を続けた。

 「そして最後に君もスカウトされた反逆軍。これは悪魔たちから疎まれている組織でな。一番勢力が弱い」
 「え、そうなのか?」
 「そうだ。過激派が半数に穏健派三割、反乱軍が一割といったところかな?」
 「意外だな」

 思ったより反逆軍の勢力が小さい。
 その時、俺は気が付いた。
 一割足りない。
 気になったので直接訪ねることにした。

 「一割足りないぞ?」
 「あぁ、忘れていた。残りは私だ」
 「あ、そう」

 一気に興味が削がれた。
 カイザーはそんなこと一切気に介さず言葉を続ける。

 「反逆軍は非正規英雄も味方につけているだろう? それが古参の悪魔たちに不評でな。嫌われているのさ」
 「なるほどね」

 何となく気持ちは分かった。

 「さてと、ここからが本題だ」
 「え?」
 「この勢力図が、最近ガラリと書き変えられたのさ」
 「は?」

 いきなり話が飛んだ。
 俺は目を白黒させたまま、カイザーのことをジッと見る。
 疑問の詰まったその視線に気づいた彼は、ゆっくりと説明を始めた。

 「私はマーリン達と交渉し、彼女の配下の悪魔――クトゥルフとクトゥグアというのだが――彼女たちを含む、穏健派の全てを味方に引き入れることに成功したのさ」
 「…………」
 「これで悪魔の四割は私の味方になったということだ」
 「…………」

 勝ち誇ってそう言った後、カイザーは新しく缶ビールを開けた。
 俺はカイザーの話が一度途切れたのを確認すると、ゆっくりと口を開き、話しかけた。

 「一ついいか?」
 「なんだね?」
 「カイザー、あんたの目的。それは一体何なんだ?」
 「うん? 私の目的か?」

 そう言って首を傾げる彼
 直後、小さい声で「クックックッ」と笑い出すと、手にしていたビールをそっとちゃぶ台の上にそっと載せる。場の空気が一転した。俺は背筋をゾッとした物が走り、冷汗がドッと吹き出してきたことに気が付いた。
 カイザーは言いようも知れぬ迫力を醸し出した、こう答えた。



 「私の目的はたった一つ。それは……この天使と悪魔の馬鹿げた戦いを終わらせることさ」



 「「え?」」


 あまりにも予想外の答えに、俺と翼ちゃんの二人は同時に間抜けな声を上げていた。





 俺は気圧されながらもゆっくりと口を開くと、何とか言葉を絞り出すと、カイザーに話しかける。このままではプレッシャーに押しつぶされたままで、何も分からなくなる。何とか態勢を立て直さなくては

 「それって……どういう意味だよ」
 「そのままの意味さ。それ以上でも以下でもない。ただ、一つだけ補足させてもらうと、私は腐っても準悪魔だ。この計画も決して非正規英雄が有利になるようなものではない、それだけは覚えておいてくれ」
 「いや、そんなことはどうでもいい。それより……それは、どうやって……」
 「それについてはコメントを控えさせていただこう。まだ確実に成功するとは分からないからな」

 そう言って話を切り上げると、雰囲気を元に戻す。
 それで余裕の生まれた俺は、頭をフルフルと振って気を取り直すとカイザーのことをしっかりと見直す。彼は悪魔のはずだ。悪魔のはずなのに、戦いを終わらせるというのだ。訳が分からない。
 純粋に、困る。
 今までで一番どうすればいいのか分からなかった。
 カイザーはそれを察したのか、話を続けた。

 「それで、ここからが本題なのだが」
 「……え、あ、あぁ。なんだ?」
 「堅悟君、君はデビルバスターズの誘いを断ったのかい?」
 「…………」

 正直に答えるべきか少し悩む
 だが、下手に隠し事をするのもあれなので本当のことを話すことにした。

 「その通りさ。おまけにいざこざを起こしちまって命まで狙われる有様だよ」
 「それは災難だな」

 本当に同情してくれているようだが、間遠の命を狙ったのは自分なので何とも言えない
 ちょっと心苦しくなる。
 そんな俺の胸中などいざ知らず、カイザーはこう言った。

 「だがちょうどいい、君に私の手伝いをしてほしいんだ」
 「……なんだ。そんな事か」

 ある意味予想通りだった。
 デビルバスターズからも、反逆軍からも、あまつさえこの悪魔からも勧誘を受けている。そのうち二つは断ったとはいえ、ここまでくると人気者になったような錯覚に陥る。そんなわけないのに
 しかし、カイザーからは他の二つとは違う何かを感じた。
 それゆえ、むげに断るつもりは無かった。
 彼は酒をぐいぐいと飲みながら言葉を続ける。

 「いいか、俺は君に何一つとして命令しないし要求しない」
 「……どういう意味だよ」
 「人を殺せとは言わない。ただ、最後の最後にちょっと力を貸してもらうだけでいい」
 「なんだよそれ」
 「つまり、最後の仕上げという奴だ。どうしても非正規英雄の手を借りたくってね、君はそれにうってつけなのさ」
 「…………」

 そこで
 一人の非正規英雄の顔が浮かんでくる。

 「リザじゃ」
 「うん?」
 「リザじゃダメなのか?」
 「あぁ、彼女じゃダメだ」
 「なぜだ?」

 どう考えてもリザの方が適任だと思う。
 自分と比べてはるかに強いし、カイザーとも面識がある。むろん、正面切って手伝ってほしいなんて言ったら襲われるかもしれないが、それでも何か方法はあるだろう。それなのにどうしてわざわざこんな自分なんかに話を持ち掛けてきたのか
 それが疑問だったのだ。
 カイザーは薄く笑うとこう答えた。

 「彼女は良くも悪くも私怨で戦っている」
 「そうなのか?」
 「そうだ、それではいけない。それでは強くないし、目的を果たしたあとにただの屍になり果ててしまうだろう」
 「え?」
 「自分のためにしか戦えない人間は、弱い」

 きっぱりと言い切られた。
 俺は分かった。
 この強い弱いとは、戦闘での強弱というよりは精神的な面での話だということが。俺は何となくカイザーの言いたいことが分かった。それと同時に、沸々と新たな疑問がいくつも湧き上がってくる。。
 カイザーは俺の表情からそれを悟ったのだろう。
 にっこりと笑うとこう言った。

 「何か聞きたいことは?」
 「……あんた、リザについてよく知っているな」
 「そうだな」
 「どうして?」
 「元妻だからな」
 「ふぁっ!!」

 変な声が出る。
 あまりにも予想外の答えに、普通に驚いてしまった。もし酒を飲んでいた口と鼻から噴き出していたところだろう、幸いなことに涎と鼻水だけで済んだ。後ろにいる翼ちゃんも口をポカンと開けてジッとカイザーの顔を見ている。
 二人の反応があまりに面白かったのか、カイザーは大笑いをする。
 なんとなくムッとするが文句を言う前にカイザーが話を始めた。

 「そうだな、私と彼女の出会いはとある国の精神病院の診察室だった」
 「へ?」
 「十年前、色々あって海外で医者をやっていた私は、まだ悪魔によって両親が殺されたことのトラウマを引きずっていている彼女に出会ったのさ」
 「…………」

 そういえばそんなことを言っていたような気がする。だが、病院に行くほどの重傷だとは知らなかった。
 それにカイザーが精神科医だったとことも意外だった。しかしカイザーの纏う雰囲気は確かに医者のそれと似ていた。落ち着いて雰囲気と人懐っこさ、老人たちにウケる良い医者だったのだろうと容易に想像がつく。
 そんなことを考えているうちに、カイザーは言葉を続ける。

 「それで仲良くなってな。少ししてから付き合うことになった。それで、三年たったころ、ちょうど医者を辞めて現地の医療関係の日本企業に転職することになったから、それに合わせて婚姻届けを出したのさ」
 「……その時、あんたいくつだったんだ?」
 「歳か、二十九だったかな? リザは結婚当時は十八だ」

 十一歳差
 反対などなかったのだろうかと疑問に感じたが、リザは天涯孤独でカイザーは立派な成人なのだ。止める人などいなかったのだろう。

 「リザ、日本語上手だろう」
 「あ、あぁ」
 「私が教えたのさ」
 「……なるほど」

 どうやらカイザーは日本人だったらしい。
 何となく雰囲気でそう察していたが、改めて確認することができた。

 「で、六年前、彼女がアルバイトを始めたと言っていた。当時仕事が忙しかった私は「そうか、よかったな」だけで済ましてしまった。今思えば、これが最大の間違いだったのかもしれない」
 「……あ、はい」
 「君の予想通りさ。彼女が始めたのは非正規英雄で、当時から悪魔だった私は偶然彼女と遭遇したのさ。その時、うかつにも私は彼女の姿に驚き、「リザ?」と話しかけてしまったのさ」
 「それが離婚の原因か?」
 「その通りさ。何となく家に帰り辛かった私は、ホテルで一晩過ごし、頭を冷静にしてから家に子どったのさ。すると離婚届が机の上にあった。リザの名前つきでな。お笑い草じゃないか!! ハハハハハハハハ」
 「…………カイザー」
 「なんだね?」
 「酔ったか?」
 「酔ってない酔ってない」

 ぶんぶんと腕を振って否定する。
 しかし顔は既に真っ赤だし、やけにテンションが高くなっているような気がする。それによく笑うようになっている。どうやら酔うと笑い上戸になるらしい。現に今も何が面白いのか分からないが笑っている。
 扱いが面倒くさそうだった。
 だが、理性までは吹き飛んでいないらしい。彼は一息ついて真顔に戻ると話を続ける。

 「で、このままじゃリザに殺されると思ったので仕事を辞めて日本に逃げた。そこで別の仕事について計画を着々と進めていた。ところがどっこい、彼女はわざわざ日本にまで来て私を殺しに来た」
 「……なんでそこまで……」

 すごい執念だと素直に感心する。
 カイザーはすでにその答えを知っていた。

 「裏切ったつもりは無かったんだが、私は結果的に彼女を裏切ったことになった。たぶん、それが尋常じゃなく彼女を傷つけたのだろう」
 「私怨ね、なるほど」
 「そうだ、その通りだ」

 彼女にそんな過去があるとは知らなかった。
 だからといって何が変わるわけではないが
 その時、ふと気が付いた。また彼の雰囲気が変わっている。背中に重い影か何かを背負っているかのように顔をうつむかせると、ジッと机の上のコップを見ている。だが、その前はうつろで何も映っていなかった。
 突然の変貌に俺が困惑していると、カイザーはそれを遮るように言葉を紡ぐ。

 「それだけではない、君がどこの組織にも属さず中立の立場をとっていることも選んだ理由になっている。しかしながら、私が君を選んだ最大の理由は別にある」
 「何?」
 「似ているのさ」
 「……誰にだよ」
 「かつて神と天使に逆らい、たった一人で孤高の戦いを挑んだ最強の英雄にさ」
 「は?」
 「彼は私の最高の友人であり、また私は彼と唯一肩を並べることのできる唯一の悪魔だった」
 「…………」
 「私が何で、天使と悪魔の戦いを終わらせようとしているのか、教えてあげよう」
 「…………」
 「それこそが彼の悲願であり、私を交わした最後の約束だからだ」

 そう言ってカイザーは遠い目をする。
 どうやら思い出しているらしい。その最強の非正規英雄との闘いの日々を、それは一体どんなものだったのか、少し気になった。だがカイザーはそれについて少したりとも語ろうとはしなかった。
 まるで宝物を箱の中に押し隠すように彼はその口を開こうとはしなかった。
 その代わり彼はふと思い出したかのように腕をまくると、時間を確認する。

 「おや、長居しすぎたようだな。そろそろ話を終わらせよう」
 「なに?」
 「二つ、君言っておくことがある」
 「なんだ?」

 そう聞き返すと、カイザーはもったいぶってからこう答えた。

 「私は君が断ってもいいと思っている」
 「それまたどうして?」
 「断わったからって君を殺したりしないし、責めもしない。私はあくまで対等の立場で君にお願いしているのだ」
 「……俺は……」
 「まぁ待て、返答は今でなくてもいい」
 「それは助かる」

 本音だ。俺には考える時間が欲しかった。
 カイザーはにっこりと笑うと、言葉を続ける。

 「あと君は今リザたちに命を狙われているんだろう?」
 「あぁ、その通りさ」
 「ここの住所は知られているか?」
 「いや、教えてない」
 「なら好都合だ。完全ではないが君の安心を保証しよう」
 「は? どうやってだよ」
 「私のつてを頼ってリザたちにデマを流す。「石動堅悟はカイザーによって殺された」と。そうすれば彼女の狙いは君から私の方に向くだろう?」
 「なるほどな……」

 まさにいたせりつくせりだった。
 それに俺はカイザーがどうしてここまでしてくれるのかよく分からず、少し考え込んでしまう。
 その間に彼は席を立ち玄関まで向かうと鍵を開けてドアノブに手をかける。そして最後に俺の方をチラリとみるとこう言った。

 「作戦が決行できるようになったら、もう一度だけを酒を持って会いに来る。その時に答えを聞かせてもらう」
 「分かった。それまで待ってるぜ」
 「あと、それは私の名刺だ。連絡先もそこにある。何かあったら教えてくれ」
 「お、これか」

 いつの間にか一枚の紙きれが目の前に置かれていた。
 詳しいことはあとで確認することにして、俺もカイザーの方を向いた。
 すると彼は名残惜しそうにこう言った。

 「君とは仲良くなれそうだ。また飲みたいね」
 「そうだな……俺もあんたは嫌いじゃない」
 「じゃあな、彼女さんによろしく」
 「……彼女?」
 「その女さ、彼女ともまた飲みたいね」
 「ちょっと待て。こいつは別に彼女じゃ……」

 そう弁解するものの、最後まで聞くことなくカイザーはさっさと部屋から出て行ってしまった。一瞬後を追おうかと思うが、何となくやめておくことにした。その代わりと言っては何だが、最後に一本だけ残ったビールの缶を開けると一口飲んだ。
 そして、頭の中で話を整理する。
 カイザーの策とはいったい何なのか
 疑問は尽きなかった。

 俺は一度席を立ち、カイザーが残していった名刺を手に取る。
 するとそこには訪問メンタルケアをする会社の名前と、電話番号。そして海座弓彦という人名が書かれていた。どうやらこれがカイザーの本名らしかった。なんと読むのか一瞬悩むが、すぐに見当がついた。
 後ろから覗き込んでいた翼ちゃんも何となく察したのか、小さな声で呟く。

 「堅悟様」
 「なんだい?」
 「これは「かいざ」と読むのですか?」
 「…………もしかして……だからカイザーなのか」
 「まさか…………あり得ませんよね……堅悟様」
 「……………」
 「……………」
 「翼ちゃん」
 「……はい」
 「何も言うな」
 「分かりました」

 とりあえず忘れることにした。
 気を取り直して大きく伸びをすると、ちらりと佐奈の方を見る。すると安らか寝息をたてながら無防備に眠る彼女の姿が目に飛び込んできた。見事なまでの爆睡で、話している間もずっとんていたらしい。
 俺はカイザーが佐奈のことを彼女と言っていたことを思い出し、何となく居心地が悪くなる。
 それと同時に、こいつは男の家にこんな格好でいて平気なのだろうか
 というかこっちが理性を保てるかどうか
 冷静にならなければ

 「翼ちゃん」
 「なんです?」
 「俺はどうしたらいい?」
 「それはカイザーの事ですか、それとも彼女の事ですか?」
 「どっちだと思う?」
 「分からないから聞いているのですけど」

 そう答える翼ちゃんの声は非情で冷たかった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「カイザー!! 見つけた!! セバス、カイザー見つけたよ!!」
 「お嬢様、今の私はただの悪魔です。セバスチャンじゃありません」
 「だったら私もお嬢さんじゃない!! ただのクトゥルフだよ!!」 
 「その通りでございますね。では、クトゥルフお嬢様」
 「むー、結局お嬢様じゃない」
 「その通りでございますね」

 そんな声が背中からかけられる。
 カイザーは装甲を身にまとった状態で高いビルの屋上に立ち、ジッと下界を見下していた。酔いを醒まそうと思い、こんな場所にまでやって来たのだ。すると無邪気な女の子の声と、冷静な男の声が聞こえてきた。
 誰か分かっていたが、振り返って見る。
 するとそこには二人の悪魔がいた。
 一人は全身を緑色の触手で覆い、タコのような顔をした背の低い悪魔。もう一人は燃え盛る肉体を持つ背の高い悪魔だった。触手の方がクトゥルフで、燃えている方がクトゥグアと言った。
 カイザーは仮面の裏で笑うとこう答えた。

 「お久しぶり」
 「どうだった? 英雄はどうだった?」
 「お嬢様、落ち着きください」
 「ハハハ、構わないよ。そうだな、彼との話し合いは良かったよ。手ごたえはあった」
 「ならよかったね!!」
 「その通りでございます」
 「なぁ、アンタもそう思うだろう? ニャルラトホテプ」

 そう言ってカイザーは腰から引き抜いた刀を闇に向ける。
 するとそこからどす黒い墨ようなものが闇の中から溶け出ると、ゆっくりと何かを形作っていく。グニョグニョと不気味にうごめくそれは、五分と立たないうちに人型になるとぽっかり空いた二つの目で、カイザーの方をジッと見る。
 ニャルラトホテプと呼ばれたそいつは、コクリと頷くとこう言った。

 「見てた」
 「知ってた」
 「大丈夫?」
 「安心したまえ、彼は優秀な非正規英雄さ」
 「…………」
 「ところでどうだ? 協力する気になったか?」
 「…………」

 そう言われて少し悩む
 が、数秒も経たぬうちにこう答えた。

 「わかった。バハムートとハスターの説得は任せろ」
 「頼んだぞ」

 これでまた計画は一歩前進した。これで、そう遠くない未来に天使と悪魔たちを出し抜くことができる。それを確信し、非常にいい気分になるカイザー。仮面の下の笑みをより一層深くする。
 三人の強力な悪魔を背中に従え、夜の街の明かりを見ながらこう呟いた。

 「本当に楽しみだな」


 第十一話 完

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