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非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第十七話 瓜江の試練 (後藤健二)

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 ブロロロロ……。
 豪快なエンジン音と共に、マジックミラー号もといデビルバスター号が爆走する。
「ケルビム先輩! この車もっとスピード出ないんすか!?」
「アホか! 既に道路交通法違反しとる速度やぞ! 緊急時やから見逃してやっとるんやで!」
「つまんないなぁ、ヒーロー組織の車なんだし、ロケットブースターぐらい付けておいてくださいよ」
「ウリエル! 007のボンドカーとちゃうんやぞ! 無駄口叩いとらんと前見て走れや!」
 軽妙にケルビムと漫才している長身痩躯の王子的な雰囲気を持った青年は、元は力天使でありながら今は一般人となっている青年・瓜江累であった。
 天界での退屈な生活に嫌気がさして普通の人間となった瓜江だが、その居場所はずっと天界に察知されており、完全に自由という訳ではなかった。そのため、緊急時ということで元上司のケルビムに呼び出されてデビルバスター号の運転手となっていた。一応、瓜江は普通免許を持っている。しかも元天使らしくゴールド免許だ。もっとも彼は、道路交通法を犯していたとしても警察の記憶を消して見逃してもらうこと多数なので、ゴールド免許なのは当たり前のことだったが。
「ところでこの運転手のバイト、おちんぎんはいくらほど出るんでしょうか?」
「おちんちんやと!? 下品なやっちゃなー」
「お・賃・金!」
「わぁっとるがな! ちゃっかりしとんのー。時給千円でどや?」
「助かります。最近、週5で入っているスーパーの売上が悪いらしくて、シフトが週4に減らされちゃってて…」
「なんや、元力天使ともあろう者がせちがらいのぉ…」
 そんな無駄話をしているうちに、着いた。
 県境の河川敷近くの雑居ビル。
 敵の悪魔を討伐しようと勇んで駆けつけたはいいが、あっさりと返り討ちにあった無様な四人の非正規英雄たちの元に。





「ドアホが! 何ちゅう体たらくや!」
 雑居ビル四階にある探偵事務所に、ガラの悪い関西弁の怒号が響く。
「くっ……」
 四人の非正規英雄負け犬たち──和宮、鹿子、キョータ、天音──は、言い返すこともできずに押し黙る。
 悪魔側の四大幹部は強かった。果敢に挑んだものの四人は完膚なきまでに敗北し、もて遊ばれてさえいた。こちらは真剣に命のやり取りをしているつもりだったが、遊び半分にあしらわれた上にトドメを刺されることなく見逃されてしまった。屈辱である。四人はみな年若いものの、いずれもが何体もの悪魔を討伐してきた歴戦の強者だったというのに…。
 いったんアジトとしている事務所に戻った四人だが、そこに駆け付けたケルビムから罵声を浴びせかけられていた。体も傷つき心も打ちのめされていたところ、上司に労いの言葉をかけられるどころか詰められるなど、泣きっ面に蜂である。
 ケルビムの怒りは凄まじく、上位天使の常識外の力の片鱗を見せていた。その怒声によるものなのか、膨大な魔力によるものなのか、車内はまるで濃密な霧の中にいるような息苦しさだった。
「ガキどもが。ヒーローごっこでもしとるつもりか。お遊びでやっとんとちゃうで!」
「な、何よ。こっちはあんたたち天使の代わりに悪魔どもと戦ってやってるのよ。少しは心配してくれたって……」
 敵悪魔にやられた傷が痛むのをこらえつつ鹿子が抗議の声をあげるが、車輪に四つの人間の顔がついたケルビムの表情はいずれも怒り顔のままであった。天使だから当たり前だが人間味の欠片もない。
 鹿子は知らなかったが、そもそも上位天使であればあるほど人間性からは離れるものだった。天使社会のヒエラルキー最下位に位置する一般天使よりも更に下の非正規英雄バイトごときにかける情けなどあるはずがない。
「お前ら非正規英雄はこの人間界を守る正義の味方ちゃうんか? こんな無様に負けおってからに! 同胞が悪魔に殺されてもどうでもええっちゅうことか!? まっとうな人間とは思われへん神経しとるわ! 血も涙もないやっちゃのぉ!」
 天使に人の道を説かれるとは。 
 ケルビムが非正規英雄たちを睨みつける目には、人が家畜を見る時のような驕りがありありと見て取れていた。
「ええか? バイトとはいえ英雄やで。悪魔を倒されへん英雄なんて英雄ちゃう。ただの養分や!」
「よ、養分だぁ!?」
 余りの言い草に、キョータが額に青筋を立てる。血の気の多い若い彼は、少し前まで「上位天使様すっげー!」と言っていたことも忘れ、ケルビムを睨みつける。
「事実やで。悪魔どもは倒した英雄のエネルギーを吸って、より強力な地獄の大悪魔をこの世界に呼び出そうとしとるんや。お前らの敗北すなわち悪魔どもを図に乗らせることになるんや!」
 ケルビムが危惧するところは、四人の非正規英雄たちも頭では理解できていた。
 だが、このような言い方では反感しか覚えない。
「まぁまぁ、ケルビム先輩」
 空気を読んで宥めるのは瓜江であった。
「何者だ?」
 ケルビムが連れてきたのだから只者ではないのだろうが、見慣れない顔に和宮が怪訝そうな表情を見せる。
「初めまして、君たちが期待の非正規英雄たちだね。僕は瓜江累という。こう見えても…」
 と、瓜江は自身の正体を明かす。
 驚く四人に対し、瓜江は芝居がかったポーズで髪をかきあげ、爽やかにキラーンと歯を光らせた。王子というより古典的なアイドルのようである。
「ふっ…生憎サインならお断りだよ?」
「誰がいるか!」
「またまた~」
 おどけつつも、瓜江は四人についた傷を見て、即座に誰が相手か冷静に察していた。
(なるほど、ハスラー、ニャルラトホテプ、クトゥルフ、クトゥグアか……)
「ケルビム先輩。彼らが負けたのはしょうがないですよ。相手が悪かったようだ」
 瓜江がびしっと右手を高々と掲げると、キラキラと光の粒子が非正規英雄たちを包み込む。
 それだけで、四人の傷や疲労感までが完治していた。
「す、すごい…」
 天音が驚愕の声をあげた。彼女も『瞬間治癒』の能力を持つアーティファクト・ベレヌスを保有するが、治癒の能力を使った代償として、癒した傷の重さと同等の疲労感を支払わねばならない。一方、瓜江の治癒は何の代償も支払っていないのだ。
「敵は強い。君たちではまだまだ力不足だろう。だが…」
 だだだだ……と、瓜江はその場でマラソンをするかのように足踏みをする。そして、その場で大きく跳躍すると、くるっと一回転して宙返りを決めた。
「君たちに、新たな力を与えよう!」
 いちいち芝居がかったポーズやセリフをする瓜江に、四人は呆気にとられていた。
 何だこいつ、頭おかしいんじゃねぇかという思いもあったが、瓜江の言うことはもっともだった。確かに自分たちは力不足だ。あの強大な悪魔たちを倒すには、新しい力を得る必要がある。
「そう、修行の時間だよしょくん!」
 瓜江は懐から取り出した黒いサングラスを顔にかける。天使の魔法によるものなのか、いつの間にか瓜江の服装がジャージに変貌していた。竹刀まで持っている。完全にどこかの熱血スポ根アニメのコーチになりきっていた。
「ウリエル……お前、絶対楽しんどるやろ」
 ケルビムが呆れてツッコミを入れるが、もう瓜江の暴走は止まらないのであった。




 瓜江は四人それぞれに別々の課題を与えることにした。
 翌日、瓜江は和宮とキョータを伴い、新幹線に乗って新神戸駅を訪れていた。
 三人がてくてくと歩いて辿り着いたのは、東門街という神戸三宮の繁華街。
 ラーメン屋とたこ焼き屋に挟まれた小さな雑居ビルを前にして、和宮は人目もはばからず大きく抗議の声をあげる。
「……いくら何でもこれはないだろう!」
「それがいけないのだよ、和宮君!」
 瓜江に咎められるが、和宮は大きくため息をついて首を振った。
「じゃあ論理的に説明しろ。何で新しい力を得るのに、俺が……え、え、M性感の風俗店なんぞに行かなきゃならんのだ!」
「それは君の心理的外傷トラウマを解消するためだよ」
 瓜江の言うところによれば、今の和宮がろくにアーティファクトを使えていない原因、それはかつて堅悟と死闘を演じた時によるダメージがまだ残っているからという。瓜江は和宮の脳内から記憶を読み取ると、堅悟の人となりを知る。風俗狂いのダメ人間でありながら中々の強者のようだった。和宮は格下と侮っていた堅悟に手痛い反撃を受けていた。
「石動堅悟……彼ならば喜んでこんな試練に挑んだことだろうな」
「ぐっ……!」
「そして! クトゥルフにやられたんだよね? あの触手に、エロ漫画のように!」
「エロ漫画のようにではないが、アンスウェラーの完全自動攻防が機能しなかったのは確かだ…」
「君は多対一の戦いに対応できるようにならなければね。なので、君のトラウマを解消しつつ、その課題をこなすには、M性感のおねーさま2人がかりによる3P複数プレイでなすがままにされるがいいよ。心の壁を破り、君の体の可能性に気づいた時、君に新たな力が備わることだろう…!」
 もっともらしいことを言い、瓜江は和宮をそこに放置していった。
「いいんですかい? 和宮の旦那、すげー戸惑ってっていうか途方に暮れてましたけど…」
 キョータが心配そうに瓜江に尋ねるが、瓜江は含み笑いを漏らすだけだった。
「案外、ああいうタイプが風俗にはまるんだよなぁ」
「お、俺は高校生ですから風俗は無理ですからね?」
「安心したまえ。キョータ君には別の試練がある」
 そうして瓜江とキョータは東門街を下っていき、東急ハンズを右折して少し進むとドン・キホーテがあり、その向かい側にその店はあった。
「こ、ここは…?」
「おっさん達の聖地ともいわれる施設、不夜城・神戸サウナだよ」
「俺、サウナって苦手なんですけど…あんなに熱い中に無理して入って何が楽しいのか分かんねぇっす」
「そう、それだよ」
 瓜江は得意そうに語った。
「君が敗れた悪魔クトゥグアの炎にも打ち勝つ体力と精神力を養うのだ! この日本最高の暑さを誇る神戸サウナの灼熱のワンダーランドで三十分耐えてみせろ!」
「げ、げげーー!」
「サウナが熱いだって? クトゥグアの炎に焼かれることを思えば大したことないだろう?」
「そ、それはそうかもしれませんけど」
「サウナはいいぞ。体内の新陳代謝が活発化し、ほとばしる汗と共に、新たな境地に目覚めることうけあいだ。サウナで三十分耐えたら水風呂も忘れるなよ。滝に打たれるつもりで行ってこい!」
「ひ、ひえええ」
 斯くして、和宮とキョータの神戸での試練が始まったのである。


     



 和宮にはM性感、キョータにはサウナ…!
 二人に過酷な試練を与えた瓜江は、すぐさま埼玉県に戻ってきていた。
 せっかく神戸に行ったのにとんぼ返りとは実にもったいない。
 ハーバーランドで恋人たちを冷やかし、南京町で絶品中華に舌鼓を打ち、山口組を見学してから灘の酒を味わい、福原ソープで人間的なパトスと快楽に溺れたかった。
 だが元天使としての矜持がそうはさせなかった。
 週5パート(週4に減らされたが)の財力では新幹線の往復運賃も痛い出費である。
 果たしてケルビムはこれを経費として認めてくれるのだろうか? そんな疑念も頭をよぎったが、今はとにかくケルビムのご機嫌を取っておいて765年間続いた人間界エンジョイライフを継続させるのが先決であった。
「さぁて、次は君たちへ与える試練についてだが…」
 鹿子と天音を前に、瓜江はきざったらしく髪をかきあげる。
「君たちに足らないもの、わっかるっかな~~?」
 と、NHK教育番組のお兄さんが幼児に語り掛けてくるようなノリで問いかけてくる。
(うぜぇ……)
 瓜江の凄さは鹿子たちも十分理解していたので心の中で毒づくだけで大人しくしているが、他の凡百の男どもなら即座に話も聞かずにぶん殴っているところだ。
「答えられないようだから教えてあげよう。それは……協調性だ!」

 ドーン!ガラガラガララ!

 瓜江のバックに雷鳴が轟く効果音のエフェクトが入った(勿論そのエフェクトは瓜江お手製のボードだ)
「これは、準悪魔を倒した者が報酬を総取りするという、非正規英雄の報酬システムのためもあるだろうが…君たちは互いに協力して戦うということを知らなすぎる。そして君たちは雑魚の準悪魔を少々倒してきたからといって強いわけではない。いや、はっきり言おう。君たちは弱い!」
「な、なにを…!」
「聞けぇ!」
 鹿子と天音は抗弁しようとするが、瓜江はそれを制して続ける。コーチ風サングラスが黒光りしていた。
「……だがそう! 君たちには素質がある。君たち一人一人では単なる「火」だが、これを二つ合わせれば…そう、「炎」となる! 炎となった君たちは…無敵だ!」
 熱血スポ根アニメのコーチになりきってどこかで聞いたような言い回し。余りに演技がかっていて、真面目に言っているようには思えない。ただ瓜江は一人で悦に入っている様子である。
(どうする…?)
(バカバカしいけど、とりあえず言うこと聞いておこうか…?)
 鹿子と天音は顔を見合わせ、大きく溜息をつく。





 その日のうちに、瓜江はレンタカーを調達してきて、鹿子と天音を乗せて埼玉県の郊外へ向かった。
「デビルバスター号が使えたら良かったのだが、あの探偵事務所にいつリザが帰ってくるか分からないからね。ケルビム先輩とデビルバスター号は一心同体だから離れられないし…」
「そういえばリザは出て行ったきりだわ。どこに行ったか心当たりないの?」
 リザは「ここで待っているように」と言ったきり、探偵事務所から飛び出して帰ってきていない。
 あれからもう三日が経つというのに連絡の一つもなかった。
「彼女は色々と因縁のある相手がいる。天使側のためというより、彼女個人の目的のために悪魔と戦っているに過ぎないからね…。まぁ、でも彼女の強さなら大丈夫さ」
(装甲三柱の誰かとぶつからない限りは……)
 現在、この埼玉県、いや日本において、天使側は圧倒的に不利な状況にある。
 世界中に散らばる非正規英雄と準悪魔、それぞれの戦力は各地で拮抗しており、どちらが有利ということもない。ただこの日本の埼玉県にはなぜか準悪魔の最大戦力たる装甲三柱が集結しており、その部下の四大幹部までいる。これに対抗しようと急ごしらえで集められたのがデビルバスターだった。しかし、日本の一地方にいる非正規英雄だけでは、準悪魔最大戦力に対抗するにはやはり心もとない。
 非正規英雄の指揮官ケルビムも上位天使の魔力をすべて使うことはできないし、非正規英雄と準悪魔の争い(つまり人間同士の争い)に天使が直接介入することは天界のルールとしてできない。
 天使を辞めた瓜江なら介入はできるが、彼の魔力は力天使だった頃の十分の一程度しかなく、それでは並みの準悪魔なら倒せてもハスラーやクトゥルフといった四大幹部クラスの準悪魔には勝てるかどうか怪しいというレベルだ。何より天界から報酬を貰えるあてがないので、瓜江自身が働きたくない。
 リザのように海外から新たに強力な非正規英雄を呼ぶべきかもしれないが、海外は海外で激しい争いがあるのでそうもいかない。
(リザの強さは完成されたものだ。日本だけでなく世界中見渡しても五指に入る強さ。もし敵に回せば僕ですら危うい。最も頼りになる非正規英雄なのは確かだ。しかし、いくらその彼女でも一人では装甲三柱のすべてを倒すのは無理だろう。やはり彼らを早急に育成しなければ──)
 それから瓜江は普段の軽口を言うこともなく、車のハンドルを握ったまま黙々と運転を続けた。軽薄そうに見えて、実は冷静にこの戦争を分析してはいるのだ。すべては人間界のエンジョイライフを継続するためだったが。
 とっぷりと。あたりはいつの間にか夜になり、車のヘッドライトを点灯して進んでいたが、街灯も全くないようなおどろおどろしい山奥に入っていた。
「ちょっと…どこまで行くのよ?」
「ふふ、そろそろ着くよ」
 着いたのは埼玉県秩父市のとある山奥、コンビニもスーパーも国道も遠く離れた廃集落。
 ホラーゲームに出てきそうな雰囲気の、陸の孤島ともいうべきところだった。






「信じられない! こんな…水も電気もガスも通ってないようなところで…」
「あー最悪ね。シャワーも浴びられないだろうし、これじゃ汚ギャルになっちゃうよ…」
 鹿子と天音はぶつくさ不平を漏らす。
 瓜江から与えられたのは一週間分の食料と寝袋だけだった。
「───ここで君たちはバレエの特訓をしてもらう」
「バレエ…!?」
「そうだ。天音、君はバレエ経験者だったよな? 鹿子にバレエのやり方を教えてやるんだ」
「何でまたバレエなのよ」
「コンビネーションを磨くためさ」
「コンビネーション!?」
「そうだ。鹿子のトールハンマーと、天音のティップ・タップ。この二つは相性がいいと思う。二人で合体技でも編み出せば悪魔との戦いも有利になるだろう。そのためのコンビネーションを磨くのに、バレエのペアとなって息を合わせるのさ」
「理屈は分かったけど……でも何でこんな山奥の廃集落でやらなくちゃいけないのよ!?」
「修行に集中させるためさ。都合よく精神と時の部屋みたいなものはない。コンビニもスーパーも無いような陸の孤島なら、他にやることもない。修行せざるを得ないだろうからね」
 それだけ言い残し、無情にも瓜江は車を走らせて立ち去って行ったのだった。
 鹿子と天音は誰もいない廃集落に取り残されることとなる。
「……バレエの練習かぁ」
 天音は溜息をついた。確かに少しだけ経験がある。だがプロのバレエダンサーを目指すことはしなかった。かつて諦めてしまった夢の道。それを今更になって、仕事のためとはいえやるのは気が進まない。
「仕方ない。鹿子センパイ、やりましょうか?」
「ぶ~~。バレエなんてお上品なお遊戯、あたしのガラじゃないんだけどなー」
「……」
 すうっと天音の目が座った。
 お遊戯と言い放った鹿子の言い草が気に入らなかった。
 確かに一度は挫折した夢の道だが、バレエ経験は天音にとって神聖なものなのだ。
「鹿子センパイなら楽勝でしょう。じっくりバレエの楽しさを体に覚えてもらいますよぉ~」
 天音の声のトーンは楽しげだが、目はまったく笑っていない。
「えっと…」
 鹿子は青ざめる。だが今更吐いた言葉を飲み込むことはできない。
 天音の逆鱗が尋常でなかったことを、鹿子はすぐに思い知ることになる。
 




 一方その頃。
 埼玉県春日部市にあるとある廃病院。約240余りの病床とそれなりの規模を持つ。にも関わらず、かつて患者に対する不適切な治療や不当な拘束・入院措置が発覚し、保険医療機関の指定が取り消され、何十年か前に保険医療機関の指定が取り消され、廃病院となった。オカルトマニアからは心霊スポットにもなっているような、いわくつきの場所…。だがそうしたオカルトな噂話も、準悪魔がねぐらにしているとすれば合点がいく。

 じゃり、じゃり、じゃり。

 砕けたガラスが廊下に散乱しており、それを踏みしめる足音だけが響きわたる。
「……」
 リザは無言で廃病院の廊下を歩いていた。
 手には必中の鋭槍グングニル、不屈の円楯アイギス。
 油断なく周囲の気配を探りながら、リザは緊張感を高めていた。
 やつを追いかけ、ここまで辿り着いた。
 あの気配は、あの魔力は。
 今度こそ仕留めてみせる。
 自然とグングニルを握る手に力がこもる。
「……!」
 その時、強烈なプレッシャーがリザを襲った。
 あの部屋からだ。
 リザは目当ての仇が近いと思い、自然と口端に笑みがこぼれるのを抑えきれなかった。
 何日も何十日も獲物を求めて彷徨う狩人のように。
 視線は冷静に、心中は情熱的に。
 身を躍らせ、リザはその部屋に飛び込んだ!

「……待っていたぞ」
 地獄の底から這い出てきたような低い声。
 だがその声は、リザが追い求めていた仇のものではなかった。
「我が名はバハムート。貴様がリザか?」
 青光りする板金鎧に身を包み、時代遅れの中世の騎士のような恰好をした悪魔がそこにいた。カイザーと同様の強烈なプレッシャーを放ち、カイザークラスの力量を持つ悪魔・蒼海の覇者とも呼ばれる装甲竜鬼バハムート。
「ふふふ、良くぞここまで来た。だが貴様の命はこの私が──」
 だがリザには、やつでなければ、誰が相手だろうが関係が無い。いや興味が無い。
 バハムートの口上などろくに聞かず、リザはいきなりグングニルを投げつけた。
「ぬぅ! 悪魔の話は最後まで聞くものだぞ!」
 バハムートは水でできた大剣を振りかざし、辛うじてリザのグングニルを弾き飛ばした。
 しかしグングニルは一度弾かれても、すぐさま再びバハムートへ猛烈な勢いで突進してくる。自動追尾の必中の槍である。
「カイザーは!」
 リザはグングニルを操作しながら、苛烈な表情で叫ぶ。
「カイザーはどこにいるッ!」
「貴様……!」
 バハムートはくわっと瞠目し、口角に泡を吹かせて叫ぶ。
「おい貴様! 貴様の目の前にいるのは最強の準悪魔たるこの私バハムートだぞ。他の者のことなどを気にしている場合か!?」
 いたくプライドを傷つけられたバハムートは水の刃を操り、リザへ解き放つ。
 しかし、リザはアイギスの楯でその刃をすべて受け止めてものともしない。
「お前などに用はない」
 リザが跳躍する。
「!」
 バハムートは驚愕した。カイザーに聞いていたところによれば、リザがグングニルを操作している間、彼女は防御力を完全に失う。一般人と変わらない身体能力になるというのだ。だがリザは構わず、バハムートの分厚い装甲をものともしないように、強烈な蹴りを繰り出してきた。
 蹴りそのものは装甲に弾かれてまったく効いていない。が、装甲をまとってかなりの重量のはずのバハムートの体が宙に浮いて後ずさりするほどの威力があった。
「ぬぅっ」
 舐めるな!とばかり、体勢を整えたバハムートはリザを水の刃で切り刻もうとする。バハムートに蹴りを入れて離れようとするリザへ、水の刃が襲い来る。
 が、リザの体に水の刃が到達するより早く、またしてもグングニルがバハムートの顔間近へ迫りくる。バハムートはリザの蹴りに面喰い、グングニルの軌道を見失っていたのだ。
 慌ててバハムートはのけ反ってグングニルを回避するが、ガシャガシャとバケツをひっくり返したような情けない音を立てて尻もちをついた。
 リザは氷の刃をアイギスの楯で防いでおり、仁王立ちしている。
 リザは冷徹なまなざしで、バハムートを見下ろしていた。
 誰かに見下ろされることなどめったにないバハムートには許しがたいことだった。
「……おのれ、おのれぇ! この私を愚弄しおって」
 怒りに身を震わせるバハムート。
「ハハハハハ!」
 と、その時だった。
 どこからともなくその哄笑が聞こえたのは。
「カイザァアアアア!!!!」
 リザが絶叫する。憎き仇の声、そうだこの魔力、これを追ってここまで来たのだ。
 だが、カイザーの姿は見えない。
「手助けしてやろうか、バハムート?」
 見えないが、カイザーの声だけが廃病院に響いていた。
「……貴様まで私を愚弄するか! リザを討つ権利は私に譲ったはずだろう!? その代わりに我が派閥は貴様に協力してやるという約束のはずだ!」
「だが、貴様に死なれては困るからな。いつでも手助けしてやってもいいんだぞ、バハムート?」
「必要ない! 引っ込んでいろ、カイザー!」
 バハムートは立ち上がり、再び氷の刃を放つ。
 が、リザはまたしてもアイギスの楯ですべてを防いでしまう。
「カイザー……こんな小物を差し向けてまで、私を殺そうというのね」
「こっ」
 バハムートが抗議の声をあげようとするが、すぐに思いとどまる。
 リザが腰の剣帯に収めている「最強の剣」ジークフリードを抜き放とうとしていたのだ。
(───相手の寿命を奪うジークフリード。あれだけには気をつけろ)
 カイザーの言っていた例の剣だ。
 バハムートはジークフリードを警戒し、リザから一定の距離を保とうとする。 
 が、その動きがあだとなる。
 ジークフリードを警戒する余り、またしてもグングニルの軌道を見失っていた。
 そして、衝撃が走る。
「……!」
 今度は地中から。
 グングニルが突き出て、バハムートの体を貫いたのであった。

     

 ざばあああ。

 と、串刺しにされたはずのバハムートが派手な水音を立てて崩れ去る。
 グングニルで仕留めたと思ったのはバハムートが水で作った残像だったのだ。
「……ちぃ!」
 リザは舌打ちしつつ、油断なく目を光らせる。
 本体はどこだ。
 周囲を見渡すが、どこにもその姿は見当たらない。
 が、グングニルの「自動追尾」は生きている。
 リザ自身が視認しておらずとも、バハムートの濃密な魔力は隠しようがない。
 水の残像を貫いたグングニルは空中ですぐさま矛先を変え、リザの視界からは死角となっていた場所へ向け、猛烈な勢いで突進する。リザが投擲せずとも、魔力を込めるだけで動くのだ。
「ぬうぅ!」
 リザの死角から攻撃しようとしていたのを見破られ、うめき声をあげながら姿を現すバハムート。
 グングニルに貫かれまいと、咄嗟に巨大な水の槍を盾のように繰り出す。
 水の槍とグングニルが空中で激突しせめぎあい…。
 ぶくぶくと水の槍が泡立っていた。
 グングニルは魔力による超高温を発しており、水の槍は高水圧で抵抗していたが、徐々に蒸発されて小さくなっていく。
「ば、馬鹿な…!」
 必死に魔力をこめ、ドリルのように水の槍を回転させて勢いを維持しようとするが、じりじりと後退していくバハムート。
 遂に、敢え無く水の槍が崩壊、猛烈な勢いで鋭槍が迫りくる。

 ガキィィィイ!

 嫌な金属音が響き渡り、バハムートの顔の仮面が剥がれ落ちる。
 かろうじて顔を背け、直撃は避けられたが…。
「なぜだ…」
 なぜこうも自身が押されてしまうのか、バハムートは理解できないでいた。
 ボロボロと剥がれるバハムートの顔の装甲、猛々しい海竜の面。
 半分以上削げ落ちたそこにあったのは、まだ二十代と思しき格闘家のように厳めしい面構えの男で、怒りと戸惑いを露わにした表情。顔には人生が表れる。バハムートの顔つきは、いかに彼の人生において強さこそが絶対の価値観だったかを物語っていた。
「あら? どこかで見たことがあるような顔ね…?」
 リザには何となくバハムートの正体が分かったような気がした。
「……くっ。この顔を見た以上、貴様、生きては帰れんぞ」
「フン」
 リザが薄く笑う。
「貴方、思い上がりも甚だしいわね」
 その声には、心底馬鹿にしたような響きを孕んでいた。
「な…何だと!?」
「どこの凡骨だか知らないけれど、カイザーに比べれば貴方ごとき、大した強さではないわ」
「……!!」
 屈辱と怒りの余り、バハムートは目を真っ赤に充血させる。
 バハムートの強さへのプライドとこだわりは誰よりも強い。
 そこを、リザは徹底的に砕きにきていた。 



「ああああああ!」
 和宮が絶叫する。
「何よ、これぐらいで情けない男ね」
「ぜはっぜはっぜはっ……そ、そうは言うがお前なぁ」
「お前ですって? 何、その口の利き方」
「ぎゃあああああ!」
「あはは♪ おーげさ~」
 一方その頃、和宮も男としてのプライドを徹底的に砕かれようとしていた。
 結局、あれからM性感店の扉を開けた和宮は、自身の体に秘められた新たな性感帯の扉もこじ開けられていたのだった。
 ───手足を縄で拘束されていた。縛り方が巧妙だったのかもしれないが、女の縛りだと思っていつでも抜け出せるだろうと甘く見ていた。和宮が万力を込めて逃れようとしても、ギチギチに強く締め付けられた手足はびくともしない。
「……」
 和宮は虚ろな目で、絶望を深めていく……。
 この女、チヒロと出会ってから僅か数十分でのことだった。
 瓜江によって既に120分コースが予約されていて、店でもかなりの人気でテクニシャンだというチヒロ嬢が和宮にあてがわられていた。
「瓜江さんからお話は伺っていますよ」
 柔和に笑う眼鏡の店長の顔に安心し、そんな酷い女は来ないだろうと高をくくっていた。
 そうして和宮とチヒロは神戸のラブホテルの一室を訪れる。
 和宮がシャワーを終えて腰にバスタオルを巻いて出てくると、チヒロはまるで3~4日分ぐらいの荷物が入っていそうな旅行用キャリーケースを開け、中のブツを床に広げていた。ぎっしりと詰まっていた大人の玩具の数々。和宮には何に使うのか到底思い当たらなかったが、ガスマスク(スカトロプレイ用である)まで入っている。軍人かこの女。巨大な浣腸器や、針、外科手術の場面で出てきそうな鈍い銀色の輝きを帯びた鉄製の何かの器具。一体何に使うのか見当もつかないし、想像もしたくない。
「さーて、どれから遊ぼうかな?」
 まるでゲームソフトを選ぶかのような調子で、M性感嬢のチヒロは明るく言った。
「……!」
 何だこの女は。
 和宮にはチヒロが何を考えているのかまったく分からず、混乱した。




「うおおおお!」
 バハムートが水の刃を手にリザへ切りかかる。
 グングニルを操るばかりで、遠・中距離戦を得意とするリザを倒すには、近接戦闘が適していると考えたのだ。
 だが、リザは右手にグングニルを、左手にアイギスの楯を持って普通に近接戦闘をしても強かった。
 バハムートの攻撃は全て防がれるか、かわされる。
 逆に、リザのグングニルがバハムートの装甲を貫こうと繰り出され、バハムートは致命傷こそ避けられたものの、何度も危うい目に遭っていた。
「ぐうっ……!」
 むしろ近接戦闘の方が危険だ。バハムートはたまらず退いた。
「はぁっ……はぁっ……」
 息を切らせるバハムートに対し、リザはまったく息も乱れていない。
「準悪魔も非正規英雄も、思いの強さこそが魔力の質を決める」
 グングニルを手に、リザが冷たい目を向けながら言い放つ。
「戦いの経験、与えられたアーティファクトの巡り合わせと相性、そういうものも強さの一部だけど、すべてではない。決め手となるのは…」
 リザがグングニルを投擲しようと魔力を込める。
「揺るぎない信念よ!」
 死。
 眼前に迫りくるグングニルに、バハムートの人間の顔が額に汗を噴き出す。
 何だこの女は。
 バハムートにはリザが何を考えているのかまったく分からず、混乱した。



 ぶいいいん
 チヒロが剣のように手にしたのは、電動式でグネグネと振動するディルド。
 男性器を模したそれの先端をぺろりとチヒロは舐める。
「……っ」
 和宮はたじろぎ、息を呑む。
「まず緊張をほぐしてあげるね♪」
 チヒロによって瞬く間に拘束された後、和宮は四つん這いにされる。
 尻穴と大事な二つのキャノンボールが丸見えとなっていた。
「……お、おい! 何て恰好させるんだ!」
 和宮の抗議を聞き流し、柔らかな手が尻穴の周囲をなぞってくる。ペニスやアナル内部などの直接性感帯ではなく、耳、首筋、腋の下、尻穴の周囲、太もも…といった副次的に感じる間接性感帯をフェザータッチといって羽根のような手つきで責めてくるのであった。
「くぅ~~~ひぃっ」
 感じすぎて、思わず情けない声が漏れる。
 チヒロの指が和宮の尻穴を優しくほぐしていた。排泄しか知らない和宮の尻穴は、まるで別の生物かのようにひくひくと蠢くのだった。
「何だこれは……し、知らない。こんなのは知らないぞ!」
 未知の快楽に、和宮は徐々に心のタガが外れかかっていく…。
「!…ぐあぁああ!」
 そして突如、和宮は猛烈な異物感を覚えて絶叫した。
 チヒロの指先が和宮の尻穴に挿入されていた。
「あら、結構呑み込みが早い…?」
 チヒロが愉快そうに呟いた。
 数十分後、指から小さなローター、そして太いディルドまで。
 和宮は徐々にステップアップし、アナル開発を進めていった。
「もう……もう……」
 息も絶え絶えになり、和宮は許しを請う。
 こんな姿、誰かに見られたら恥ずかしさの余り死んでしまう。
 そう思った矢先、ラブホテルの部屋の扉から、ガチャリと音がした。



「おのれぇ!」
 完全に頭に血が上ったバハムートは、むやみやたらに水の刃を放った。無数に生み出された水の刃は、荒ぶる彼の心中を表すかのように猛烈な勢いで建物を破壊していく。砂埃や砂塵が舞い、それらに紛れて水の刃がリザを切り刻もうと襲い来る。
 しかし、アイギスの楯はそれでも難なく受け止めてしまう。頭に血が上った攻撃など、隙の無い強さを持つリザに通用するはずがない。
「無駄よ」
 リザは冷たく呟くと、アイギスの楯の魔力を発動する。
 猛烈な水の波動が、バハムートを襲った。
 アイギスの楯の中心には水晶体でできたコアがあり、それにバハムートが繰り出した水の刃のエネルギーがこめられており、それを利用して攻撃することができるのだ。
「!」
 咄嗟のことでかわしきれないバハムートは腕を十字に交差させ、自身の魔力に耐えようとする。
 が、水の刃がバハムートを切り刻むことはなかった。
 突如として突風が吹き荒れ、風のバリアーがバハムートを守ったのだった。
「この力は…!」
「ほっほっほっ、こんなところで死なれては困るからな」
「ハスターか! 余計な真似を」
 青白い、頭蓋骨を思わせる角ばった仮面。黄色の古ぼけた布がふわりと舞い降りる。
 『黄衣』の二つ名で知られ、バハムートの部下であり、準悪魔で最古参の大物。
 ほっそりとした体つきだが、幽鬼のような不気味な存在感を放っていた。
「二人がかりか……」
 更に、声だけだがカイザーもどこかに潜んでいるやもしれない。
 これは厳しくなるかもしれない。
 リザは腰の剣帯にかけたジークフリードの柄に手をやる。
 この大剣にかけて、負けるわけにはいかない。




「あははは♪ たーのしー!」
「くすくすくす、お兄さんみっともなーい♪」
 チヒロの声に呼応して、マオが愉快そうに笑い声をあげる。
 部屋に乱入してきたのはチヒロと同じ店に属しているマオ嬢であった。
 和宮はすっかり忘れていたが、瓜江は「120分の複数プレイ」を予約していたのだ。
 どうも最初からの3Pという訳ではなく、途中から乱入してきた別の嬢にみっともない姿を嘲笑われるというプレイだった。何とも高度な羞恥責めであり、徐々に熱を高められたところ、更に燃料を投下されるかのごとしだ。和宮の羞恥心はますます燃え上がる。
 二人がかりとなった嬢の手管に、和宮はすっかり体中が蕩けるようだった。
(こ……これを克服した先に、クトゥルフの触手責めにも耐えられるような対応力が身につくというのか……?)
 それは定かではなかったが。
 和宮としては、ここが踏ん張りどころだと自分に言い聞かせるしかなかった。
 腰の一物にかけて、負けるわけにはいかない。
  



「ここは引くのじゃ、バハムートよ」
「うるさい! うるさい! うるさい! こんなところでこの蒼海の覇王が引けるものか!」
「若いのぅ。儂が手助けせねば、今ので死んでおったというのに」
「……貴様まで私を愚弄するのか。発言には気を付けろ、殺すぞ」
「ほっほっほっ、お主ごときに儂を殺せるのか? この黄衣の帝王を」
「……!」
 今まで格下と思っていたハスターの上から目線の物言いに、頭に血が上っていたバハムートも一周回って冷静さを取り戻す。目の前の老獪な悪魔が何を考えているのか測りかね、まじまじと目を見開いた。
「のぅ、馬場夢人ばば・むとよ」
「本名で呼ぶな!」
「まぁ、良いではないか…別に隠すこともあるまい。お主はあの馬場コーポレーションの代表取締役社長じゃ。堂々としておればよい」
「私を社長と敬うのなら、なぜ今更、歯向かうようなことを言う?」
「ちっちっちっ」
 指を振り、ハスターは口を尖らせた。
「確かに儂も馬場コーポレーションの取締役専務であり、人間としての立場はお主の部下にあたる。もっとも、儂が本当に仕えていたのは先の戦いで戦死したお主の父親、先代社長じゃがな。二代目のボンボンには形だけよ」
「……っ」
「過激派に属する準悪魔どもも大半が馬場コーポレーションの社員や系列会社のバイトどもじゃ。が、勤務時間外でまで皆がお主の部下になった訳では無いぞ? 悪魔としての立場を言えば、お主が他の有象無象の悪魔どもと違い、明確に天使どもをブチ殺す意思があるからこそ、儂や他の者どもはお主に賛同してついていっているにすぎん。社長方針に賛同しているという者も少なからずおるが、リベルスのような連中もいたじゃろう」
「ふん、あのような雑魚どもなど…」
「リベルスを率いておった者の中に、黒崎という者がおったが」
「ああ……? 何が言いたい」
「そいつは儂のたった一人の息子だったんじゃがな」
「……」
「マーリンの奴めにあっさりと殺されよった。だのに、お主はカイザーの口車に乗って、そこの非正規英雄を殺してマーリンとも手を結ぶという。ほっほっほっ、愚かな二代目にはもうついてゆけん」
「何だと…!」
 つまりはそういうことだった。
 準悪魔の過激派集団を率いているバハムートは、馬場コーポレーションという一大コンツェルンの社長であり、その権勢を持って過激派のトップに君臨していたのだ。ハスターなどは人間としても悪魔としてもそうやってバハムートに仕えていた。
 ハスターの息子の黒崎は、その中でも「手段を選ばない」過激派中の過激派的な考えを持っていた。ために、裏切った非正規英雄をも取り込んで戦力にしようとリベルスという組織を作る。保守的な過激派悪魔にはそれが気に入られず、リベルスは過激派と分裂して独自の動きを見せるようになる。
 ハスターは息子と話し合いをしようとしていたが、反抗期の息子は一向に言うことを聞かない。ために表向きはリベルスを嫌っていた。だが、心の奥底では常に息子を案じていた。
 それなのに……あっさりとマーリンに殺されてしまった。
 許せなかった。マーリンを今すぐブチ殺してしまいたかった。
「はっきりと言おう。儂は穏健派のクソどもと手を結ぶのは反対だ。お主が目の前の強者との戦いを優先する余り、マーリンとも手を結ぶというのなら、儂はお主もマーリンもまとめてブチ殺してやる。そのうえで、この帝王が準悪魔どもを統べてみせよう」
 ハスターが決定的な宣告をくだす。本気であった。




「おごおおおおおお!!!」
 和宮は本気イキを、何度も何度も絶頂に達していた。
 射精はしていない。していないが、脳内で何度も絶頂に達し、尽きることが無い。
 これがいわゆるドライオーガズムというやつだった。
 射精すれば体力を消耗し、二十代とはいえ十代に比べれば精力の落ちた和宮では、三回ほど射精すればもう限界に達するところだ。ところが、ドライだと何度も達することができるため終わりが無いのだ。
「かぁっ……はぁっ……」
 イキすぎて体が痙攣して止まらない。絶叫しすぎて喉が枯れている。
「じゃあもう一度ね♪」
 チヒロが絶望的な宣告をくだす。本気であった。




「……分かった。ここは引こう」
「ほぉ? 分かってくれたのか」
「私にも組織の長、社長としての務めもある。個人的な感情を優先すべきではなかった。今まで好き勝手してしまい、許してほしい、ハスター」
「分かればよろしい。では帰りますぞ。我が社へ。ちょうど、ニャルラトホテプ嬢がお菓子作りに挑戦していて、美味しいパイを焼いたとか言っておりましたし」
「あいつのゲテモノ料理がまともであった試しがあるのか」
「ほっほっほっ、何を言っておるのじゃ。罰ゲームでお主が引き受けて食べるのじゃよ?」
「なっ……!」
 バハムートが抗議の声をあげるが、その時、巨大な風のバリアーがバハムートとハスターを包み込む。
 それが消え去ると、一瞬にして彼ら自身も消え去ってしまっていた。
「……フン、あいつらには用は無いから別にいいけど」
 残されたリザは溜息をつく。
 カイザーの気配も微塵も感じられなかった。
「ひとまず、私も帰るとしましょうか……」
 リザは久方ぶりにデビルバスター号へ戻ることにした。





「ありがとうございましたー♪」
「また来てね、おにーさん!」
 チヒロとマオの明るい声に見送られ、和宮はふらふらになりながらラブホテルから出てきた。
「これで……何かが得られたというのか……?」
 それは定かではなかった。
 しかし。
「はっ……!」
 和宮は気づいてしまった。
 今まで見えていた世界の風景が、まったく違ってしまっていたことに。
「何で……何で童貞を捨てた時のような気持になってんだ俺はぁあああ!!!!!」
 和宮は絶叫するしかなかった。

 パッパラッパッパー♪

 なんとなく、瓜江がにやにや笑いながらラッパを吹いた気がした。
 和宮はスキル「ドライオーガズム」を身に着けた!

       

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Neetsha