第三話 その代償は (後藤健二)

 預金通帳には30万とんで210円が振り込まれていた。振込先には「(株)ホーリーローリーカンパニー」などといった聞いたこともない会社名が記載されている。天使から貰った給料明細によれば、額面では35万円だったが、健康保険料、厚生年金、住民税、所得税もろもろ引かれていた。
「非正規英雄とはいえ、報酬や社会保険料は地上界の法に則ってちゃんと支払われています。振込名義になっている会社もちゃんと実在するものです。あなたはそこのアルバイト社員という扱いですね」
 と、相変わらず何の感情もこもってない声で天使は説明してくれた。
 聞いてはいたが……モンスターを倒した報酬が銀行振込とは。子供の頃にやったM●THERってゲームを連想させる。だがゲームで手に入るだけの仮想通貨と違ってこれは現実の金だ。日本円だ。しかもたった数分の労働で、汗水たらして一か月働いて得た俺の手取り給料を倍以上超える金額。
「これでボーナスが少ないだって……?」
「ええ、先にも言いましたが、生まれたてでさほど強力でもない悪魔でしたから」
「それでこの金額……」
 意識せず、口角が上がる。
 確かに最初はぶるった。あんなにでかくて凶暴そうな悪魔と戦うなんて冗談じゃないと思った。でもアーティファクト・エクスカリバーの力で易々と勝てたし、案外、これはボロイ商売なんじゃないだろうか?
「こ、これだけあれば……」
 家賃、光熱費、携帯代、食費もろもろ。頼れる家族も無く、一人暮らしの俺は月収手取り14万では毎月カツカツである。まったく生活に余裕は無く、いつもあのキラキラと輝くネオンサインも涎を垂らしながら横目に通り過ぎる毎日で、あそこは俺にとって大金が手に入ったら真っ先に行ってみたい場所だった。
 俺は速攻でコンビニATMに駆け込んで金を下ろし、そこへ向かう。

 駅前のピンクサロン・“人妻天国・エンジェルキッス”へと……。

 ───1時間後、俺は魂が抜けたような顔をして店を出た。
「くっそ……初風俗であんなのにブチ当たるとは。悪魔より恐ろしい……」
 天国どころか地獄じゃねぇか。30分4000円の激安サロンだからあんなものなのかもしれない。次はもうちょっと高いところにしよう…。貧乏くさい生活をしていたからって変なところでけちけちしてしまうのは俺の悪い癖だ。贅沢するんなら思い切って100分6万円とかする高級ソープにでも……。
「あなた、大金を手にして最初にする行動がそれですか……」
「うお、いたのかよアンタ」
 折り目正しいスーツ姿、凛々しく髪も化粧も整えた天使がそこにいた。
「はい。言ったでしょう? 24時間あなたを監視していると」
「24時間……。って、さっきも見ていたのかよ?」
「ええ。ぷりんちゃんとかいう五十路のふくよかな女性にあなたがのしかかられている姿もじっくり拝見させて頂きましたよ」
「マジかー」
 顔から火が出るように恥ずかしい。無表情すぎてロボットみたいだなと思っていたが、良く見りゃこの天使は人間の女の姿、しかもかなりの美人の範疇に入る容姿だ。芸能人に例えたら本田翼ちゃんみたいである。背中から翼を生やして天使の輪っかを頭上に輝かせていなくても十分に神々しい。さっき遭遇したオークみたいなおばさんとは大違いである。
「……」
 あ、無表情と思っていたけどちょっとだけ蔑んだ目で見られている気がする……。くっ……た、たまらん。ぞくぞくする。すっかり萎えていた俺のエクスカリバーがむくむくと復活してくるのを股間に感じる。
「……言っておきますが、私は便宜上、あなたに親しみやすいように人間の女性の姿をしているだけで、天使に性別というものはありませんよ」
「何だ、そうなのか」
 エクスカリバーがしゅんと萎えてしまった。
「じゃあ、名前は?」
 天使はややくぐもった顔をした……気がする。
「……ちょっと人間には発音しにくい名前ですから、好きに読んでもらって構いません」
「そうか。じゃあ仮に翼ちゃんとでも呼ばせてもらうぜ」
「……」
「名前無しじゃ不便じゃん?」
「そうですね。では、ご随意に」
 何だ、今の間は。余りその話題には触れられたくないような表情だが…。名前に何か引っかかるところでもあるのか?
「そんなことはどうでもいいでしょう。それよりも」
「ん? ああ……」
 気のせいか? この翼ちゃん、俺の思考を読んでいる気がするのだが。
「気のせいではありません。言葉を交わさずともあなたの思考は筒抜けです。それが天使というもの」
 マジか。じゃあ地の文で会話しても大丈夫ってことか…。
「そういうメタ発言は感心しませんね」
「オーケイ、悪かった。でもそれじゃあ、俺が今、何を考えているのかも分かるんだろ?」
「そうですね。早く次の悪魔を倒したいってところでしょうか」
「そうだ。俺はもっと金が欲しい。もっと稼ぎたい。そして高級ソープに行くんだ!」
「……その動機はともかく、やる気になってくださっているのは幸いです。ただ水を差すようで申し訳ありませんが、大事なことをお伝えしないといけません」
「大事なこと?」
「アーティファクトにはリスクがあります」
 翼ちゃんが説明したところによると、アーティファクトは一度使用すると何らかの形で“代償”が生じるのだという。強力なアーティファクトであればそれだけ強力な“代償”を支払わねばならない。
「ただ、先にも説明した通り、それがどんなものになるかは私にも分かりません。顕現させる英雄の資質によりますし。あなたのアーティファクトは生まれたてでさほど強力ではなかったとはいえ悪魔を易々と両断できる剣です。その代償がどんなものなのか、よく確かめてから次の戦いに臨む方が賢明でしょう」
 それだけ言うと、翼ちゃんはすうっと霞のように姿を消した。
(───私も暇ではありません。一応、見てはいますが、あなたの行動は自由です。ご自身の判断で、悪魔を討伐なさってください。期待していますよ)
 頭に響く声。テレパシーってやつか……。
 いよいよもって非現実じみてきたが、これは現実だ。
 預金通帳に刻まれた30万余りの大金も現実だ。
「代償か…」
 気にはなるが、それがどんなものか確かめるすべもないし、おいおい分かることだろう。
 今はとにかく。
「次はポストに良く入ってるピンクチラシにあるデリヘルってのを呼んでみるか…」
 悪いか。
 俺は性欲あり余っている健全な20歳の男子なんだよ!




つづく
 昨日ついた客は最悪だった。禿げでデブで加齢臭ぐらいは別に気にしない。そんな客はごまんといる。ただ若くてイケメンだろうが「俺みたいなカッコいい男に呼ばれてラッキーだったでしょ?」とかドヤ顔で言ってくるのとかマジアリエナイから。男の顔なんてちんぽのついた金にしか見えないっての。
「ああ~~ユキちゃん可愛いね~~」
「……」
「ねぇ~~ぼくと結婚してよ~~もう他の誰にも君を触らせたくないよ~~」
 そしてこういう来る度に記入済みの婚姻届けを突きつけてくる豚も厄介だ。そのうち愛情が恨みに裏返るまでは金蔓として引っ張れるが、引き際や加減も難しい。
「ねぇってば~~~」
 ネットリとした声色をかわすのもそろそろキツイ。

 PIPIPIPIPIPI

 タイミング良く、ようやくタイマーが鳴り響いた。
「……ありがとう!また呼んでくださいね!」
 あたしは精一杯の営業スマイルを振りまき、素早く身支度をして、目の前の豚が灰皿を重しにしてテーブルに置いていた16000円を財布にしまい、時間通りに豚小屋を後にした。

「お疲れ様です!」
 ドライバーの黒崎君(20歳・チャラ男)が恭しく軽自動車の後部座席を開けたので、あたしは無言で乗り込んだ。
「……で、次は新都町のご新規様で、ケンちゃんさん。ロクジュー・イチロク(60分16000円)です」
「ケンちゃん?」
「そう呼んでくれとのことです」
「洗濯屋かよ(笑)」
「ユキさん、随分と古いビデオのタイトル知ってるんですね(笑)」
 どうせあんたと違って昭和生まれだよ。
 あたしはバージニアをコートのポケットから取り出し、口に咥えて火をつける。新都町なら30分ぐらいかかるだろうから、それまでに吸い終えて服にファブリーズかけてブレスケアを飲めばいい。
 冬の夜は長い。夕方過ぎだが辺りはもうすっかり暗くなっている。
 車は郊外の国道沿いを走っていて、窓の外を見ると色んな系列のチェーン店のネオンサインが流れていく。不景気のせいか、チェーン店の顔ぶれはすぐに入れ替わる。何だかそれが、客に媚びを売って擦り切れていくあたしに似ているようで、惨めに見えた。
 スマホを見ると、金融屋からの督促の着信が15件、メールが30件あった。それに紛れて、ジュンヤからのLINEの通知があった。

───俺たち、もう終わりにしよう。

 病院の検査結果はクロだった。
 あたしはHIVに感染し、それを恋人のジュンヤにも伝染してしまったのだ。
 それがきっかけで、借金が原因であたしがデリヘルをやっていることが遂にバレてしまった。あたしは別れたくないと泣いて、別れるなら自殺するって包丁を首に突きつける真似をしてまで彼に訴えたのに、彼はそれでも別れたいらしい。LINEの文章には、「もう引っ越し業者に頼んで自分の荷物は引き払った。俺のことは探さないでくれ」と締めくくられていた。

 馬鹿な男ね。

 HIVの治療薬だってもう開発されてるんだから不治の病って訳じゃないし、包丁を首に突きつけたのだって本気で死のうと思ってる訳ないじゃない。全身美容整形するために作ってしまった300万の借金だってあたしは店でナンバー3の人気があるんだから鬼出勤して本指名いっぱい取って裏オプでも何でも取ってすぐ返すわ。そして綺麗な体になって結婚しようって思っていたのに。ねぇ、何の問題も無いじゃない……!

「───うっ……くぅっ……ぐすっ……いやだよジュンヤァ…愛してるのに…」
「ユキさん」
 何よ、人がむせび泣いているのが分からないの?
 そういう時は話しかけないでよ、プロ意識のないドライバーだわ。
「いいお話があるんですけど」
 ……チャラいと思っていたけど、こんなメイクするやつだったかな?
 黒崎の肌の色が、真っ青になっていた。頭のこめかみあたりに、羊の角みたいなのがにょっきりと生えていた。何だかそう、宇宙戦艦ヤ●トのデスラー総統に角を生やした感じだわ。
「……やっぱり古いですね、ユキさんって」







 今度こそ失敗しない……!
 俺は自分の城、木造二階建てのボロアパートの一室(家賃40000円)で、その時を待っていた。
 手に持っているのは例のチラシ……。

 “アブない性教育!まいっちんぐマンコ先生”

 ───という店名のデリバリーヘルスだ。
 ピンクチラシって実は違法らしいのだが、ちゃんとホームページもある店だった。60分16000円と価格帯もこの地域の相場相応であり、激安店という訳ではない。事前にリサーチした結果、ナンバー3のユキちゃん(22)がスタイルも良くて妖艶な雰囲気が良さげだったので指名した。ネットの口コミ評価だって悪くない。まぁ多少の写真詐欺はあるかもしれないが、まさかあの地獄の激安ピンサロほどではないだろう。
 最初から本番ありきのソープランドではないが、デリバリーヘルスはその場の雰囲気次第で本番も望めるということだ。俺としては童貞をソープで捨てるのは何だか少しだけ引っかかるところがあったので、本番無しのデリバリーヘルスでもまぁいいかと思ったのである。
 ふふふ、これから毎日こんな散財をしても大丈夫なんだ。
 俺は悪魔を倒す英雄であり、秒速で30万ゲットできる男だ。
 こんな郊外のしょぼいデリヘルだって序の口である。これから全国ツアーして悪魔退治をして、全国風俗巡りでもするのも悪くないよな。そうしてやがてとある地方で運命の女性と出会って恋に落ちて……ってな展開だってあるかもしれねぇじゃねぇか!!!!!
「くっ……静まれ、俺のエクスカリバー!」
 期待と興奮で股間のエクスカリバーがあらぶっていた。
 ふっ……これが若さか。

 ピンポーン♪

「はーい♪」
 玄関のチャイムが鳴り、俺はいそいそとドアを開ける。
 果たして、目の前に立っていたのはホームページで見た通りのスレンダー美女のユキちゃんなのだが……!?

 あれ?
 様子がおかしかった。
 ユキちゃんは俯き加減で暗い表情をしている。
 伏し目がちに俺をマジマジと見ており、何かぶつぶつと呟いているではないか。
 ジト目クールも悪くはないけど、ちょっとホームページの明るく清楚そうなイメージと違ったなぁ…。

 どうっ!

 いきなり、ユキちゃんは俺に体当たりをして押し倒した。
 な、なんというサービス精神。
 まさかお出迎えフェラでもしてくれるというのか…!?
 びりびりびり、俺の衣服は強引に引き裂かれる。
 え、ちょっと激しくね? 
 アブない性教育って逆レイプのことだったのか……!?
 マウンティングを取られ、殆ど裸に剥かれた状態で、彼女は初めてにやっと笑みを見せた。
 ふぅ、まいったな。こうなればやぶれかぶれだ。
 いいぜ……! 奪ってくれよ、俺の童貞……!
 ───などと、のんきに構えていられるのは…。
 ユキちゃんの口内の歯が、ウツボのようにギザギザになっているのを見るまでだった。

 悪魔。
 そう、ユキちゃんは悪魔に変貌していた。
 肌色はまるでサメ肌ように青ざめ、気持ち悪い魚鱗がびっしりと張り付いていて、歯はウツボのようにギザギザ。更には涎をダラダラと垂らし、それが俺の肌に落ちるたびにひりつくような熱さと痛みを覚えた。毒液か何かなのかもしれない。
「シャアア!」
 ユキちゃんの手も鋭い鉤爪になっており、それを俺の喉元に突き刺そうとしていた。
「冗談じゃねぇ!」 
 俺はアグレッシブに攻めた。
 ユキちゃんの爪をかわし、カウンターで頭突きをくらわしたのだ。
 よろけた彼女の隙をつき、即座に彼女のマウンティングを解き、足蹴にして距離を置いた。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ」
 間一髪だった……俺は息を整え、気持ちを落ち着かせ。
「……エクスカリバー」
 手の中に、俺のアーティファクトを顕現させる。眩い光が現れ、何もなかった空間に聖剣が出現し、手の中に収まった。
 よし、これで恐れるものはない。
 それにしても、まさか、悪魔が向こうからやってくるとはな……。
 てっきり町中でエンカウントするものと思っていたが、こうやって攻めて来る場合もあるのか。これからは気をつけねば。が、望むところである。悪魔なんざ俺のエクスカリバーがあれば易々とぶったぎり、それで30万だ。いや40万50万ぐらい貰える可能性だってあるんだ。
「悪魔が、これでも喰らいやがれ!」
 俺はエクスカリバーを振り回す。
 ……え。
「これでも……」
 ぐいぐい。
「喰らい……やがっ……!」
 動かない。
 あんなに軽々と振り回せたはずのエクスカリバーが、今、まるで激安ピンクサロンのぷりんちゃん(50)の体重よりも遥かに重く感じていた!

 ───アーティファクトは使用した後、“代償”が……。
 ───どのような“代償”かは、私にも分かりませんが……。

 天使の翼ちゃんの言っていたことが思い出される。
 サメ肌悪魔のユキちゃんが、鉤爪をカチカチと鳴らし、ギザギザの歯を俺に向けてにぃっと笑っている。
 じり、じり、じり。
 彼女が恐れげもなく近づいてくる。
 アパートの部屋は狭い。すぐに俺は部屋の片隅に追い詰められる。
 どん、と壁が体につき、俺の手のエクスカリバーは鉛のように重くてびくともしないし、股間のエクスカリバーだってすっかり縮こまった。
 まさか。
 代償とは、まさか…!



第三話 その代償は  完
sage