Neetel Inside ニートノベル
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非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第二十一話 深まる陰謀 (後藤健二)

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 さいたまスーパーアリーナを含むさいたま新都心エリアでも1、2を争う高層オフィスビルがあった。少し前までランド・アクシス・タワーと呼ばれていたそこは、馬場コーポレーションという巨大企業グループによる買収にあい、自社ビルとされた。1・2階には飲食店やコンビニなどのテナントが入っているがそれらもすべて馬場コーポレーション傘下の企業のものに変えられている。表向きのビルの名前は馬場コーポレーションがトレードマークとしている竜のロゴにちなんで「竜王タワー」と名付けられていたが、一部のオカルトマニアや事情通の者たちはこう呼ばれている。「デビルタワー」と。



「───では次の議題です」
 感情のこもっていない平坦な女の声が響く。
 そこはデビルタワーの最上階にある巨大な会議室。
 馬場夢人バハムート社長をはじめとして、蓮田ハスター専務などの重役たちが顔を並べていた。ワンフロア丸ごと一室となっている広大な会議室に円卓が置かれ、空気清浄機の音と会話を邪魔しない程度の微かなクラシック音楽が響いている。床に敷き詰められた赤い絨毯には染み一つとしてない。底辺の非正規労働者から見れば彼らは全く別世界の天上人のようだろう。
 ───悪魔なのに天上人とはこれいかに、だが。
 彼らは一様にスーツを着込んだビジネスマン然とした人間の姿をしているが、言うまでもなく実際のところは準悪魔の中でも過激派と呼ばれる者たちの集まりであった。巨大オフィスビルでもあるデビルタワーで働く社員、アルバイトはおよそ一万名にも及ぶ。そのすべてが準悪魔であり、馬場コーポレーションで人間として働いてもいる。
 ところで過激派準悪魔たちの組織というと「悪の組織」のように思われるかもしれないが、そんな分かりやすいものではなかった。馬場コーポレーションは社会的評価の高い企業グループである。最初はゲーム開発やスマートフォン向けアプリ開発事業で成長してきたが、今では通信・保険・証券・人材派遣等々、様々な事業へ進出。それと並行して有形無形の社会貢献活動、赤十字を通しての発展途上国への募金までしている。悪魔というより天使のような働きぶりであった。
「先のニュージーランドでの大震災に対しての義援金ですが、我が社としては一千億円を拠出しようとしております。この決裁について……」
「天使どものホーリーローリーカンパニーは幾ら出すのか分かったか?」
「あちらはペーパーカンパニーですが、それでも我が社よりも多い二千億円を出すそうです」
「では我が社は三千億だな」
「三千億」
 微かなどよめきが起こるが、誰も異議を唱えようという者はいない。安い金額ではないが、巨大企業・馬場コーポレーションとしてはまったく屋台骨が揺らぐほどの金額でもない。
「義援金はこれぐらい出さねばインパクトはない。せいぜいマスコミにも鼻薬を嗅がせるのだ。我が社のイメージアップに貢献するように」
「かしこまりました」
 こうしたイメージアップ作戦には多くの思惑が絡んでいた。
 準悪魔として活動する彼らは多くの人間(非正規英雄と非正規英雄を殺すのに邪魔となる一般人)を殺めている。彼ら準悪魔も元は人間であり、準悪魔として覚醒したということは元から素質はあったにせよ、殺人に対して何ら罪悪感を覚えないという訳でもない。だがこうした社会貢献をすることで免罪符になるのだ。
 過激派の準悪魔は非正規英雄を殺すが無駄な殺しは極力しない。準悪魔とされるのはあくまで天界の非正規英雄に対抗する者としての名称に過ぎず、彼ら自身は「天界の支配から人間たちを救おうとしている正義の戦士である」と考えている。過激派というが、それは「真面目に天界を打倒するため軍隊のように秩序だって戦争しようとする」ことであり、穏健派はその逆に「天界を倒そうというより個人の欲望を満たしたり好き勝手暴れたいだけだから戦争はしたくない」ということであった。
 だから準悪魔による犯罪が起きたとすれば、それは穏健派の方が社会の秩序を乱していることが多い。過激派の準悪魔たちはこのように馬場コーポレーションで真面目にビジネスマンとして働いていたりする。いずれ自分たちが人間たちを支配するためだが。
「───リンゴ社の買収について……」
「───与党への政治献金について……」
 その後もスケールの大きな話が進んでいく。
 バハムートこと馬場夢人は二代目社長というボンボンではあるが、株主と取締役の幹部たちから支持され、末端の社員たちからも人気が高い。つまり会社の利益(株主の利益)を十分に出しつつ、社員にも福利厚生や給与賞与といった面で還元し、ボランティア活動にも熱心という欠点の見当たらないホワイト企業ぶりなのだ。準悪魔としての実力もトップクラスでありながら、ビジネスマン・一人の人間としても傑出しているハイスペックマンなのだ。
「───では、次は準悪魔としての議題となります」
 馬場の秘書が先程と変わらぬ調子で言うと、それと同時に会議室の照明が暗くなっていく。
 開放的な強化ガラスでできた窓のブラインドが閉められて日光が入る隙間もなくなり、今や間接照明だけの薄暗さとなっていた。
 円卓を囲んでいたビジネスマンたちは、いつの間にか一様に人間から準悪魔の姿へと変貌していた。
 馬場夢人も、今や装甲と猛々しい海竜の仮面を被った装甲竜鬼バハムートへと変貌している。
「まず反逆軍リベルスについて」
 秘書悪魔が一層冷たい声で語る。
「元馬場コーポレーションの社員・アルバイトの一部が離脱して結成された反逆軍リベルスですが、先日、穏健派マーリンによって主要準悪魔を失ってしまって戦力が著しく落ちていましたが……最近力を増している非正規英雄のグループ・デビルバスターズなる組織によって、完全に壊滅させられてしまった模様です。ごくごく一部生き残った残党が伝えてきたところによれば、大英雄リザではなく、若い非正規英雄が力を付けていた様子」
「リザ以外にも警戒すべき者たちがいるのだな」
「はい。間遠和宮、鈴井鹿子、今鐘キョータ、秋風天音。この四名が特に危険であると」
「覚えておこう。だが反逆軍が遂にか…。彼らとは考えが違ってしまったので袂を分かっていたが、残念なことだ」
 余談だが、軍隊のように秩序だって天界との戦争を推し進める過激派だが、やり方が生ぬるいと考える者たちが反逆軍に身を投じていた。彼らは手段を選ばず、テロリストのように無辜の人間を巻き添えにしてでも、非正規英雄の裏切者を味方に取り込んだりしてでも、非正規英雄を殺そうとしていた。正々堂々とした戦いや、非正規英雄や強者との純粋な力比べを好むバハムートからすると反逆軍のやり方には美学が感じられなかった。
 過激派、穏健派、反逆軍…。
 同じ準悪魔だが、彼らはそれぞれ目的も手段も違うのだ。そして協力できるかどうかも。
「次に……カイザーの提案を呑み、マーリン率いる穏健派とも手を結ぶという話についてですが」
「議論するに値しない」
 言ったのはバハムートではなく黄衣の帝王ハスターだった。
 三柱に次ぐ四大幹部筆頭として高名を轟かせるハスターは、バハムートに唯一対等に物が言える準悪魔である。人間としても先代社長の時代から馬場コーポレーションを支えてきた専務取締役・蓮田として実権を担っている。
「ハスター……お前の息子、黒崎の件は確かに残念だったが……」
「わしはそういうことを言っているのではないぞバハムート」
 張り詰めた空気が流れる。
 青白い、頭蓋骨を思わせる角ばった仮面の奥の光が怪しく瞬いた。黄衣の帝王の異名の通り、ハスターは黄色い古ぼけた衣で身を包んでいる。その黄衣の奥から打ち出される空気を圧縮した弾丸の威力は凄まじく、直撃すればどんな非正規英雄でも致命傷を免れないと言われている。
 ハスターの声にはバハムートへ対する怒りが込められており、彼が吐き出す息からも空気の弾丸が飛ばされるのではないかと、列席する準悪魔幹部たちは肝を冷やしていた。
「わしの息子のことなどもうどうでもいい。あやつが死んだのは未熟だったがためだ。もうそれでマーリンを恨もうという気持ちも無い。だからそのこととは別に、穏健派と手を結ぶということがあり得ぬと言っておるのだ」
「なぜだ? 理由を言え」
「奴らは信用できんならず者どもだ。それが準悪魔らしいと言わんばかりに好き勝手をする連中だ。反逆軍はまだ手段を選ばないというだけで「天界を討つ」という点においては一貫しておった。だが、穏健派の連中はそうではない。場合によっては同じ準悪魔でさえも殺める無軌道ぶり。そんな連中と手を結べば、後ろから撃たれても文句は言えんぞ」
「むぅ、確かにそうだ……」
「それに我々はより良い社会を作るために天界を打倒し、準悪魔の世界を築こうとしている。そのために馬場コーポレーションとしても準悪魔過激派としても多くの活動をして功績を挙げてきた。だが勢力としては我々より穏健派の方が勝っている。ろくに非正規英雄を狩る仕事もしておらんというのに。そこで穏健派と手を結べば、我々は勢力の大きな奴らに取り込まれてしまう。我々が今までやってきた功績は何だったのかということにもなろう」
「ううむ……尤もだ」
「我々が穏健派と手を結ぶのならば、その中での地位や発言権はどうなるのだ? そういったことも煮詰めねばとても手を結べる話ではない。現段階では議論に値しないとはそういうことだ」
「分かった。分かったよハスター……」
 バハムートは大きく息を吐いた。
 三柱の一柱に数えられる装甲竜鬼といえど、この黄衣の帝王には逆らえないのだ。
「穏健派と手を結ぶのは無しだ。このことはカイザーにも伝えよう」
「うむ」
 これではどちらがトップなのか分かったものではないが…。
「───で、では更に次の議題ですが」
 秘書悪魔が空気を読み、次の話題へと話を進める。
 僅かに空気が弛緩した。
「反逆軍が壊滅した要因となった非正規英雄・石動堅悟が、はぐれ者の非正規英雄や準悪魔を集めはじめています。彼らはリリアック蝙蝠と名乗っており───」
 秘書悪魔がまた調子を取り戻して平坦な声でレポートを読み進めていき…そこで初めて、秘書悪魔の声色が変わった。
「え? これは……」
「どうした。読み上げろ」
「は、はい…」
 戸惑いを隠しきれない秘書悪魔は、唇を震わせつつ続けた。
「───リリアックに続々と多くの非正規英雄や準悪魔が集結しつつあります。中には穏健派・準悪魔の中核を担う四大幹部が序列二位クトゥルフ様、三位クトゥグア様の姿もあるとのことです」
 その日、馬場コーポレーションの会議室で一番のどよめきが起きるのだった。



     


「クトゥルフ、クトゥグアだけじゃない。天使たちの調査したところによれば、意外な人物もリリアックとやらに加わっていることが明らかになった」
 マジックミラー号もといデビルバスター号に集結した非正規英雄たちを前に、元力天使の瓜江が解説していた。
 非正規英雄たちを担当しているアルムやホリーといった天使たちは姿を不可視にさせる魔法を使えるので、こうした偵察活動には適任なのだ。
「ぼくは面識は無いがケルビム様へのレポートで話は聞いている。ティンダロス事件で関わっていた菱村真一という少年を覚えているか? 彼までがリリアックに合流していることが確認された。彼は資産家の息子ではあるが単なる一般人のはずだし、どこかの天使が担当についたという話も聞いてはいない。リリアックのスポンサーにでもなったか、もしくは……」
 瓜江は首を振る。
「準悪魔になっている可能性もあるな」
「馬鹿な、菱村が…!?」
「童貞臭いってだけで、そんなに悪いやつには見えなかったんだけどな」
 寄生虫のように人に取り付き人を食う悪魔ティンダロス。シオンという少女に取り付いていたその悪魔にまつわる悲しい事件で、和宮や鹿子は菱村とも知り合っていた。特にあれから親しくしていた訳でもないが、顔見知りなだけにショックも大きい。
 カイザーの配慮によってなされた隠ぺい工作……「石動堅悟はカイザーによって殺害された」というデマは、今や公然と暴露されていた。リリアックが立ち上げられたことはオカルト雑誌・アトランティスにも載っていることなのだ。一般人が読めば何のことだかサッパリの内容だが、非正規英雄や準悪魔が読めばそのことは明らかであった。怪奇事件として報じられている紙面の中には、さいたま市某所で反逆軍残党の準悪魔が屠られている写真もあり、石動堅悟・四谷真琴・此原燐という三名が不鮮明ながら映っているのだった。
 その後、各勢力は独自にリリアックについて調査したところ、続々とどこの勢力に与することもよしとしていなかった非正規英雄や準悪魔が合流しているということが明らかとなる。クトゥルフ、クトゥグア、菱村真一らも加わったリリアックは今や第三勢力として侮れない戦力を有するまでになっている。
「石動の狙いは何だ? それに非正規英雄と準悪魔は決して相いれない。なぜやつらが共にいられるというのだ」
「狙いまでは分からない。だが準悪魔と非正規英雄が決して相いれないというのは思い込みだ。反逆軍にだって非正規英雄の裏切者が合流していた。敵の敵は味方という言葉もある。共闘ができないという訳じゃないんだ。だって元は同じ人間なんだから」
「それにしたって……」
「何を戸惑うことがある」
 動揺する若い非正規英雄たちを前に、断ずるのはリザだった。
「リザ……」
 瓜江が話していた時よりも、リザが口を開いた時の方が若い非正規英雄たちに緊張が走っていた。非正規英雄の同僚とはいえ、明らかに格が違う。非正規英雄最大戦力であるこの女は、王者の風格さえ漂わせ、その言葉は並みいる強者たちに言うことを聞かせる力がある。そして彼女は、誰が敵になろうが揺らぐことはない。
「準悪魔はすべて敵だ。それと行動を共にしている非正規英雄も例外ではなく、石動は裏切者であり、話し合いの余地も、弁明の余地もない明白な敵だ。敵は滅ぼさねばならない」
「ああ。リザの言う通りだ」
 瓜江も頷く。飄々として掴みどころがなく余りやる気の感じられない元力天使でも、天使や非正規英雄側の立場となって準悪魔を倒そうとしていることに変わりはない。そんな瓜江以上に、天使側の立場や考えに最も熱心に寄り添っているのもまたリザであるのだ。
「我々の最大の敵はカイザーやバハムート、マーリンといった準悪魔の大物たちだ。だが石動やリリアックに対しても監視の目は怠ってはならない……」
「次会ったら今度こそぶっ潰してやるサ」と、鹿子。
「俺は会ったことないからピンとこねぇけど、石動堅悟か…。非正規英雄にせっかくなったのに準悪魔ともつるむようになるなんて、ふてぇ野郎だぜ」と、キョータ。
「ま、どんな敵だろうがアタシに任せておいてよ」と、天音。
「……うむ」と、和宮。 
 殺すってことか、あの石動を……。
 一方、間遠和宮だけは微かな違和感を覚えていた。
 確かに一度は自分も裏切者と考えて石動を殺すつもりで剣と拳を交わした。しかしそこに何ら躊躇いがなかったわけではない。やむを得ず戦ったが殺さずに無力化できれば再度説得を試みようとも思っていた。
 だがリザは違う。
 自身の信じる非正規英雄の正義のため、例え泣いて許しを乞うたところで躊躇いなく石動を殺すであろう。
(それにしても……)
 和宮は手を顎にやり、一人物思いに沈む。
(我々と袂を分かった時もお前の考えは分からなかった。今はもっと分からない。石動、お前は何をやろうというんだ───)




「───ふふふ。上手くやるんだよ、クトゥルフ。クトゥグア」
「───はーい! はーい! 何のことだか分からないけど!」
「───お嬢様。それは先程ご説明しましたように」
 直接会うのはもちろんのこと、携帯電話で連絡を取り合うのも天使の前でははばかられる。
 マーリンは念話によってクトゥルフとクトゥグアに連絡を取っていた。
 準悪魔・穏健派を率いる装甲魔鬼マーリン。
 その穏健派からクトゥルフとクトゥグアが離脱し、リリアックに合流したというのはマーリンが仕掛けた見せかけだけのことであった。裏ではやはりマーリンが変わらずクトゥルフたちを操っている。
「話は終わったのか?」
 クトゥルフたちに尋ねるのは石動堅悟。リリアックのリーダーである。
 表情は険しい。
「じゃあ行くぞ」
「はーい! たっくさん玩具があるといいなー」
「そう容易い相手ではありませんよ。油断なさいますな」
 石動の後を追って、クトゥルフやクトゥグア、そして四谷や此原、菱村らもついていく。
「これで本当に良かったの? 石動先輩」と、四谷が尋ねる。
「何がだよ」
 ぶっきらぼうに答える堅悟だが、その表情はどこか吹っ切れたものがあった。
「俺はもう、こそこそと逃げ回るのはやめたんだ」
 このままの逃亡生活では先が無い。
 どこまで逃げても非正規英雄や準悪魔の因果からは逃れられない。
 ならば、そんなくそったれた因果は俺がこの聖剣で断ち切ってやる。
 堅悟は頭上を仰ぎ見た。
 準悪魔の牙城、デビルタワーが雄大にそびえたっている。
「カチコミだ! みんな、俺についてこい!」
 蝙蝠が竜を喰らうか。
 それも面白いかもしれん。
 堅悟は凄惨に笑うのだった。




       

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Neetsha