Neetel Inside ニートノベル
表紙

非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第二十九話 終わりの始まり(後藤健二)

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 ───リザに殺されかけた。
 ポーンとLINE通知音が来たのでスマホ画面を見たら、和宮からそんなことを言っていたので思わず笑ってしまった。
 ───当たり前だろ、お前馬鹿か? あの後素直にデビバス号に戻っちゃったのかよ? あのイカレ聖職者コンビを裏切ったんだからそらそうなるだろ。
 と、返信してやると、和宮から┐(´д`)┌ヤレヤレという顔文字が送られてくる。
 ───余裕あるじゃん。何とか逃げおおせたんだな? これからどーすんだよお前。
 ───行きつけの店の嬢と仲良くなって外で会うようになってる。とりあえずはその嬢の家にでも匿ってもらう事にする。
 ───マジか。どこまで風俗マスターなんだアンタ。
 ───今度良い店紹介してやろう。
 ───マジか。頼むわ。ああでもケツ穴弄られる系は趣味じゃねーんだが…。(ガクブルスタンプ)
 ───新たな世界を見てみたいとは思わんのか?(オオカミが舌を舐めるスタンプ)
 ───いやー俺はおっぱいがあればいいんだ。(おっぱい!いっぱい!なスタンプ)
「誰とやり取りしてるの、堅悟くん!?」
「おわぁっ」
 LINEのやり取りに夢中になり、俺の頬に吐息がかかるほど近づかれていた。佐奈が愛くるしい大きな瞳を輝かせて俺のスマホ画面を無遠慮にのぞき込んでいる。キラキラと無垢で子供のような好奇心に満ちた瞳は、たちまち年頃の女子高生が父親のパンツを洗濯機に一緒に入れないでよ!と言ってる時のような色に変わっていくが。
「サイテー…」
「うるせ」
 舌打ちし、俺は立ち上がる。
「ちょっと煙草買いに行ってくるわ」
 このアトランティスの事務所は安全ではあるが、洞窟にこもる蝙蝠には羽根を伸ばす時間も必要じゃないだろうか。
 ただでえ、ここのところリリアックとしてデビルタワーを襲撃したり、イカレ聖職者どもと大立ち回りしたり、激しい戦いの連続だったのだ。
 俺は事務所を出て、一人でブラブラと駅とは反対方向のちょっと寂れた方に向かった。
 煙草はすぐ近くのコンビニで買えるので、完全に遊びに行く目的である。
 まずに飯にするか。
 好物の激辛麻婆豆腐を思いっきりかっこみたい気分だ。
 最近は一緒に暮らしている翼ちゃんが飯を作ってくれているが、あいつ甘党だから麻婆豆腐とか絶対作ってくれないのだ。
「チンさんのとこにすっか」
 陳満軒という中国料理屋がある。
 在日歴二十年というが未だに日本語が怪しい陳漫湖という中国人がやってる。
 本場の広東料理を出していて、麻婆豆腐も本場仕込みでかなり辛くて舌が痺れる。
 あと裏の仕事もやっていて、そっちでもリリアックはお世話になっていた。
 駅前から結構離れた寂れた住宅街。
 スラムのような雰囲気が漂う(実際スラムだったが、現在は少子高齢化による住民の流出が相次いで廃屋街になっている)あたりに来る。
 こんなところでやってる飯屋がまともなはずはないのは言うまでもない。
 屋根も壁もボロボロで、看板だけが風俗店のようにネオンサインをギラギラと光らせる陳満軒が見えてくる。
 ギギギと軋む建付けの悪い扉を開け、俺は中に入る。
「イラッシャイ~」
 白髪交じりの五十代ででっぷりと太った中国人の男、陳漫湖が出迎えてくれる。
「ふがふがふが!」
 異様な光景がそこにあった。
 デビバスのメンバーの……何という名前だったのか忘れたが、とにかくちょっと生意気そうで良いケツをしたギャルがいたのは覚えている。そのギャルが猿轡を噛まされ、縄で手足を縛られ、天井から宙づりにされているではないか。
「子猫ちゃんが迷い込んだので料理をするところだったネ」
「だいぶでかい猫だな」
 構わず、俺は席についた。
 ランチタイムというのに客は俺一人しかいない。
 当たり前だろう。床には客が見えている範囲にゴキブリやドブネズミまでがうろちょろしているような店だ。壁のあちこちに穴が開いていて、そこをネズミが齧って出入りしている有様である。
 そんないい加減な飯屋がなぜ長年潰れずに存続しているのかといえば、おぞましい理由があって…。
「で、あの子猫ちゃんはなんでまたここに迷い込んだんだ?」
「多分、あんたたちとワタシが仲良くしてるという情報を手に入れて調査に来たんじゃないかネ? いい迷惑だヨ」
「あー……まぁ、そりゃ調べるか、英雄サマなら。ご迷惑おかけして申し訳ないです」
「面倒だけど処分するしかないよネ」
「ですねー。あ、麻婆豆腐頼んでいい? 陳さん」
「好きだネ、麻婆豆腐。分かったネ。作ってあげるからチョット待つヨロシ」
 陳さんはこう見えても歴戦の準悪魔である。どういう能力を持っているかも謎であるが、とにかく昔は装甲三柱に匹敵する強さを誇ったという古強者なのだ。
 ただ現在はまったく準悪魔としては活動しておらず、非正規英雄と戦ったりもせず、人間・陳漫湖として生活している。どこの準悪魔組織にも加担しない中立の存在。戦いから身を引いて久しいというが、今でも四大幹部レベルの強さはあるだろう。つまりはそれだけの戦力を持ちながらの悠々自適のリタイア生活。
 リリアックとしても戦力拡充のために仲間に引き入れようとスカウトはしたが、断られた。しかし、たまにこうして友好的に接していると色々と協力的にはなってくれる。
「で、豚の餌にすんの?」
 麻婆豆腐をかっこみながらそう言うと、鹿子の顔色が変わった。
 そうそう、このギャルそういう名前だったのだ。
 激辛麻婆豆腐のスパイスのおかげで頭の血の巡りが良くなったのか、やっと思い出せた。
 陳満軒が存続できている理由は、死体処理施設として営業しているからである。
 素人なんかが思わず衝動的に殺人を犯したりなんかすると、その死体の処理に困ることとなる。人間の死体を完全に隠してしまうのは難しい。そこでこの店の出番というわけだ。
 ギ。ギギギイ…。
 鉄の軋む音が響き、店の中央の床が売女の股のようにはしたなく割れていく。
 猛烈な異臭、獣臭さが漂った。
 床の下には無数の豚がいた。ブヒブヒと盛っており、餌が落ちてくるのを待ちかねている。
 鹿子は眼下に広がる光景に青ざめている。
 死体を豚に食わせて処分すれば、血も骨も残らない。
 豚の餌はこの町には腐るほどあるので、飼育費も大してかからない。
 死体処理を完璧な仕事で請け負ってくれるこの店には、あらゆる犯罪者から多大な報酬が支払われている。
 まったく良い商売だ。
 鹿子は涙目になってジタバタと暴れているが、それでどうにかなるものでもないし、下手をすれば縄がちぎれて豚の餌になるのが早くなるだけだ。
 少しだけ見知っているから可哀想な気分にもなるし、ちょっと可愛いギャルが豚の餌になるのを見るのは嫌な気分でもある。
「なぁ、陳さん。ちょっとだけこのギャルと話させてもらってもいいか? 俺こいつとちょっとだけ顔見知りでさ」
「いいアルヨ」
 陳さんはひゅっと無造作に中華包丁を投げる。それが鹿子の猿轡を切って落とした。もうちょっと逸れてたら鹿子の頭がぱっくり割れていたところだった。
「あ、あ、あ……あんたたちぃ!」
 ようやく口が開けるようになった鹿子はありったけの罵りの言葉を浴びせてきた。
 そんな事を言っていられる立場でもあるまいに。
「気がすんだか?」
 俺は呆れてつぶやくが、無表情で言ったのが怖く聞こえたようだ。鹿子が青ざめている。
「なぁ、鹿子って言ったか? お前も豚の餌になりたきゃねーだろ?」
「あ、当たり前よ!」
「じゃあどうしたらいいか分かるだろ? けったくそ悪ぃ上級天使どもや、リザの言いなりになって戦う今の自分に満足しているのか? 和宮みてぇに自由になりたいとは思わねぇのか?」
「そんなこと言ったって…」
「契約のことだろ? 和宮から聞いたぜ。俺を殺そうとするのをやめたら、自分が命を落とす契約なんてしちゃったんだってな。けっ、それが非正規英雄同士の契約とやらだってな。忌々しいことだ」
「……和宮は、何で、自由になったの?」
「分かるだろ? 俺の力のおかげだ」
「エクスカリバーの…絶対切断…」
「そうだ。俺だけがお前を救ってやれる。もうあんなくだらねぇ組織なんて抜けろよ。俺の愛人にでもなればいい思いさせてやるぜ?」
「だ、だ、誰があんたなんかに!?」
「冗談だ。んで、どーする?」
「この状況……選択の余地なんて無いじゃない…」
「だな(笑)」
 こうして、鹿子はあっさりと俺の手に堕ちたのだった。


     

「正直、リザにはもうついていけないところがあったんだ…」
 豚の餌になるところから救われた鹿子は、陳満軒の薄汚れたテーブルに手を置き、ぽつぽつと話し始めた。
 デビルバスターズではリザが実質的なリーダーとして君臨しているが、その独裁的で強引なやり方に反感を覚えることが増えていた。独断でカーサス・ヴァイオレットというイカれた聖職者コンビを傭兵として招くし、破れば命を落とすような契約を交わすし、和宮が裏切った時も躊躇なく彼を殺しにかかってきた。
 リザとしては親の仇を、カイザーを殺すためになりふり構わない姿勢というので一貫しているのだが、やり方が余りに強引だし、仲間であるはずの鹿子たち若い非正規英雄たちをまったく信用していないのだ。
「あたしたちも修行をして、少しは強くなった。もう少し信用してくれてもいいのにね…」
 と、鹿子は寂しそうに言った。
 元々、子供の頃に家庭環境に問題を抱え、一人で生きてきた鹿子は、非正規英雄としても単独で行動することを旨とする一匹狼だった。それが今や仲間との絆を重んじるように変わっていったのは、デビルバスターズとして活動してきた日々、仲間の和宮、天音、キョータたちとも馬が合っていて、楽しかったというのがある。だが、しょせんは血で血を洗う鉄火場の中での絆など、単なる利害関係以上のものでしかなかった。リザが独裁者のようにふるまっても、誰もそれを命がけでいさめることはできない。
「ふーん、まぁ大変だったんだな」
 心底どうでもいい調子で、堅悟は溜息をついた。
 リリアックは仲間だの友情だの無縁の組織だ。
 デビルバスターズが結局はリザの独裁組織になって利害関係でのみ動くというなら、リリアックは堅悟の都合で作られて利害関係オンリーで動いている。
 非正規英雄も準悪魔も結局はそういうものなのだ。
 だから、終わらせる。
 この下らない争いを。
 天神も邪神も、まとめて俺がぶっ潰してやる。



 数日後。
 テレビをぼうっと眺めていると異様なニュースが飛び込んできた。
 埼玉県を中心に、日本全国各地で謎の宗教団体が猛烈な勢いで勢力を伸ばしているというのだ。白づくめのスーツをまとった信者たちが駅前で布教活動をしている。一般人には気味悪がられているし、テレビも面白おかしく報道しているが、それでもなぜかどんどん勢いを増していく。
 数週間も経つと、その宗教団体の信者がテレビの報道番組などで普通にコメンターとして出てくるようになった。荒んだ凶悪犯罪などが起きると、決まって「世界から神への信仰心が失われてしまったヘイガイによる…」などとしたり顔でコメントしているし、同席している他の芸能人やニュースキャスターまでが「まったく仰る通りですね!」とオウム返ししている。これを見たアホアホな視聴者は正しい宗教団体だったんだ?と錯覚してしまうだろう。
「天神救世教ねぇ…」
 それがかの宗教団体の名前である。
 まぁ、誰が裏で糸を引いているのか大方予想はつくのだが…。
 その天神救世教の超ド派手な本部が、東京湾に巨大人工島が造成され、建設中という。
 完成イメージ図はテレビでも報道され、理想郷の建設! ここが永遠の楽土! などと宣伝されており、気持ち悪いことといったらこの上ない。
 天神救世教が急速に勢いを増したのには幾つか理由がある。
 まず、この数週間というもの、野良の準悪魔の数が非常に増えた。過激派でも穏健派でもなく、今まで見たこともないような準悪魔が現れ、それらが欲望のおもむくままに大っぴらに一般人を襲うようになってきた。
 悪魔の目撃情報は相次ぎ、アトランティスは一時的に馬鹿売れしたが、それ以上にテレビや新聞などでも喧伝されるようになっていた。
 じゃんじゃか景気よく人が殺され、隣近所に死体の臓物が散らばっているのは最早日常茶飯事。天気予報ならぬ、悪魔出現警報なるものが発令され、毎日それが点灯しっぱなしだ。テレビのニュースキャスターも「今日は悪魔がいっぱい出るでしょう。外出はお控えください」など、真夏日ですから熱中症に気を付けてくださいとでも言わんばかりの口調。
 そして天神救世教の信者の一人が、白いスーツに身を包んだ美少女が──それが秋風天音という非正規英雄だということを、鹿子が教えてくれた──テレビのニュース番組で、「天神を信じる者達により、悪魔は滅ぼされるでしょう」としたり顔でコメントしているのだ。
 どうも、デビルバスターズは解体され、新たにこういう団体が出来上がったようだ。
 それも、デビルバスターズよりもずっと厄介で、世間の耳目ってやつを味方につけるようなやり方で、勢力をずんずんと拡大させている。
 真っ白いスーツに身を包んだ天音は、いかにも現代のジャンヌ・ダルクのような顔をしており、世間で急速にアイドル視されていたりする。この前の夏のコミケでは天音を題材にしたエロ同人誌が大量に作られ、天神救世教の信者によって大量にそれらの同人作家が粛清されてしまっていたほどだ。
 そして何より、天神救世教の教祖というのが。
「我が天神救世教への入信を! 悪魔から人々を守るべく! 信じる者は救われる!」
 銀色の髪が神々しい。
 今や一時期の消費者金融やパチンコ・スロット店のコマーシャルよりも大量に、どの番組をつけても天神救世教のコマーシャルがやっている。ニュース番組はもちろん、バラエティーでも、ドラマでも、野球中継でも、いつどんな時間帯でもやっている。どんだけ金使ってんだ。もう、総理大臣の名前は知らなくても、リザの名前は知っているってぐらい有名人になっちゃっている。演説で熱弁を振るうリザは、現代に蘇ったイエス・キリストもかくや、だ。
 準悪魔の被害に遭う人々を救うのも、また天神救世教の信者兼非正規英雄たちなのだ。神聖武具を装備した彼らは救世の戦士として、人々に崇められ、余計に信者は増えていく仕組みだ。
 おかげで、この準悪魔の大量発生はこいつらの自作自演じゃね?という声も匿名掲示板で陰謀論として噴出しているが、信者がすぐに擁護して潰されている。
 何だかもう世も末って状況だぞ。
「リザ…そこまでやるか」
「お前の元奥さんこじらせすぎじゃね?」
「……ううむ、頭が痛い」
 テレビをぼうっと観ながら、おせんべを齧り、翼ちゃんの出したお茶をすすりながら。
 俺はカイザーと共に深く深く溜息をついた。
 うーん、どうしようっかなぁ…。
 いや、どうしようもなくね?
 え、俺がやんのか、こいつらと?
 やだなぁ…。
 カイザー、そんな期待を込めた目で見ないでくれよ。
 とほほ。

       

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Neetsha