Neetel Inside ニートノベル
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ギルド・ダンダン
序章

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序章 一 始まりの一歩

 ハイ・ラガード公国。
 他国と比較すると遥かに規模の小さいこの国は、今大陸全土から競い合うかのように人々が訪れている。
 そしてこの国に来た人々は、皆一様に街の中心にそびえたつ一本の巨木に目を奪われる。
 この国、ハイ・ラガード公国のシンボルとも言える神木――世界樹に。
 突如世界樹内に現れた謎の遺跡群と見たことのない動植物。
 古くから世界樹に言い伝えられている空飛ぶ城の伝説の関連と真偽。
 それは多くの冒険者たちの心をとらえては離さない。
 そして吸い込まれるように、世界樹に挑みは消えてゆく。
 そうまだこの謎を解明したものはいない。そのことがさらに拍車をかけて人々を呼び寄せる。
 そして今日も、多くの冒険者がこの謎を解明してやろうと未知の期待に胸を弾ませこの街の門をくぐっていく。


 ハイ・ラガード公国に続く長い橋を渡っていた。
 まだ朝早い時間だというのに、この橋を渡る人は少なくない。
 その人たちは、まるでひとつの挨拶かのように、世界樹を見上げるために一度足を止め、そして足早に街に入っていく。
 その世界樹を僕も見つめていた。街に入る門の一歩手前で。
 今まで見た巨木が足元にも追いつかないほど大きく神々しいその神木は、まるで眼踏みするかのように僕らに影を落としている。
 ぼんやりと見つめていると、門番から声をかけられた。
 どうやらものの数分見つめていたと思っていたのだけど、門番によると数十分もその場から動かないでいたそうだ。その証拠に、首の筋が強張っている。 
 慌ててキョロキョロと辺りを見渡した。人の流れに乗れば迷わないだろうと高をくくっていたのに、いつの間にか周囲には誰もいなくなっていた。
「大丈夫かい? 君も冒険者だよね? 初めてなら、まずは冒険者ギルドってところに向かうといいよ」親切な門番はヘルメットにより表情こそ分からないが、その声色から察するに僕の身を案じてくれているらしい。かなり心配性のようだ。
「……ギルド、ですか」
「そう。ここでは単独で世界樹に挑むことは禁止されているからね。ギルドを作るか、ギルドに入るかしないと最初のミッションさえ受けさせてもらえないよ」
「その、冒険者ギルドはどこにあるのですか?」
「この通りを真っすぐ行くと、世界樹を取り囲むよう作られた道に突き当たるから、そこを右に向かって歩いて行けばいいよ。もし見つけられなかったとしても、道なりに進めばまた元の場所に戻るから迷うことはないはずさ」
「わかりました。ご丁寧にありがとうございました」
 僕は門番に頭を下げると、大きく息を吸い込んで街へと一歩踏み込んだ。
 
先ほどの少年、アルフォンスの後ろ姿を見守り、門番は溜息をついた。
 衛士になってから長い年月が経ち、衛士として多くの冒険者を見送ってきた。そして、死者も。
 自ら志願して就いた職。嫌なこともあったが、それ以上にやりがいを感じここまで頑張ってきた。だから、やり切れない。いずれ還る人を、ただ見送ることしか出来ないことが。
 全ての冒険者にそう思っているわけでもない。見た目で判断しているわけでもない。しかし、分かってしまう。数えきれないほどの冒険者を見てきた衛士だから、言える。
 世界樹に魅入られた、衛士らはそう呼んでいる。
 魅入られたものは年齢も性別も出身地もばらばらだが、一つ共通していることがある。
 それは、街に入る門の手前で、微動だにせず世界樹をじっとみつめていること。その表情は、期待でも、畏怖でもなく、恍惚だ。
 そして魅入られた者は人を集め、世界樹にどんどん踏み込み、この国の歴史に名を刻み、そして、皆一様に笑顔で消えていく。
 もう見えなくなった少年の背中を見つめた。あの時声をかけなければ、少年はいつまであそこにいたのだろう。目を瞑り、小さく頭を振った。
 世界樹の加護が――ぽつりと呟いた門番の言葉は木々のざわめきにかき消された。
 一陣の強い風が吹く。木々が揺れ、世界樹も頭を揺らし、街に落としていた影に一筋の光が差し込んだ。

       

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