Neetel Inside 文芸新都
表紙

倒錯姉弟
瞼の裏

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憂鬱な朝。
その日も天候は快晴で、ギラギラと照りつける太陽や力一杯鳴くセミなど、自然が必要以上にエナジーを見せ付けているようで腹が立つ。たまには空気読んで涼しく穏やかな気候になってくれよ、などと無茶な文句が頭に浮かぶのも致し方ないだろう。
これだから夏は嫌いだ。家を出ては欝になり、道を歩けば汗が滲み、駅の階段をのぼるだけで疲れた。
学校に着いてもそれは変わらない。友達に話しかけられても淡泊に応えるのがやっとで、僕は机にへばり付き、寝るから静かにして欲しいと頼んだ。別に眠いわけじゃない。起きているのが苦痛だったのだ。
そして、その理由に昨日の一件が絡んでいるのも分かっていた。

昨日はとんでもない目に遭った。まさか、あんな所を親に見られるとは。
大体なぜ声が出せなかったのか今でも不思議に思う。もしかしたら、神様が嫉妬して僕達に罰を与えたのかも。なんて。
あの時、父はいたって冷静に「二人とも試験前なんだから、ふざけてないで勉強しなさい」とだけ言い、何事も無かったかのように戻っていった。僕達が何をしていたのか気づいてないような父だったけど、気づいてないフリをしていたのはバレバレだった。少なくとも僕には。
その光景を思い出すだけで良心が咎めて、自己嫌悪の波に襲われて、僕は無理やりに机に伏した。
やがて周囲の話し声や雑音も、少しずつ耳から遠ざかっていった。


瞼を下ろすとあらわれる暗闇。その中で、僕は姉を見た。
遠くから輝いて見える彼女は、僕に近寄ってくるに連れその輝きを変え、最後には艶かしい光を纏いながら僕に跨った。その姉は一切言葉を発しないけれど、表情が全てを語っているようで、不思議と何を言いたいのかが伝わってくる。

(お姉ちゃんは、俊介のこと好きよ)

暗闇の中の姉はそう語りかけてきた。それだけで優しく包まれているような感覚。その言葉は何度も頭の中に響き渡り、溶け込んでいった。
何より姉に好かれるのは嬉しい。だって、僕はずっと彼女を同じ眼差しでもって見てきたのだから。

(俊介は、お姉ちゃんのこと好き?)

言わなくても分かってるくせに。
僕は返事をする代わりに手を伸ばす。そして姉がその手を取り、二人は重なった。いけない事だとは知りつつも、無意識のうちに彼女を求めてしまう。
姉は暖かくて、フワフワで、良い匂いがした。僕はそれに酔いながら、熱く込み上げる何かを感じていた。



「おい、関谷」
突如としてどこかから、ハッキリとした声が耳に届いた。
そして後頭部を襲った軽い衝撃。刹那、広がっていた暗闇は一瞬にして消え去り、当然姉もいなくなり、僕はそこで目を覚ます事となった。
「あ、起きた起きた」
覚えのある声がして、ゆっくりと起き上がり振り返る。そこに立っていたのは隣のクラスの大友。クセ毛の目立つショートカットの大友美貴だった。
僕は「何でこいつがここにいるんだ?」と思いながら後頭部を押さえた。どうやら叩かれたのか、頭がぐわんぐわんする。「あれ痛かった?悪い悪い」と気づいたように言う彼女の顔からは、ちっとも誠意が感じられない。

「借りてたコレ返しに来たんだけど」
そう言って差し出されたCD。ジャケットを見て、それで貸していた事を思い出した。
「ああ、別に黙って置いてってくれればよかったのに」
「やだよ。何も言わずに置いてくわけにもいかねーじゃん」
「変なところ義理堅いね…」
そんな美貴とは一年の時に同じクラスになった。
それほど多くは話さなかったけど、ひょんな事から聴いてる音楽の趣味が一致している事を知り、CDの貸し借りをするようになった。と言っても大半は僕が貸してるだけなんだけど。
入学当初から彼女は言葉遣いが男顔負けで、あまり穏やかでなさそうな雰囲気を醸し出してはいたが、話してみると悪い奴でない事はそうして知った。
性格は良い方に捉えれば明朗活発、悪い方に捉えれば…いくらでも挙がりそうではある。
「他にいいのある?また何か貸してよ」
「放送室にあるから、選んで持っていっていいよ」
「放送室ってどこ?」
「職員室の隣りの隣り」
よくある、当たり障りのない会話が続いた。

そんな最中、僕はちょっとした異常事態に気づいていた。トランクスの先が妙に湿っぽいのだ。
それは小便お漏らしではない、別の何かの気配。気のせいだと思いたかったが、足を組み替えたり股間に意識を集中するたびに、それが確信に変わっていく。
血の気が引くのが分かった。頭は熱いのに顔がひどく冷たくなっていく。冷や汗をかいているみたいだ。
「どしたの?具合わりーの?」
怪訝そうな表情の美貴に声を掛けられ、僕は思わず声が裏返る。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
「腹痛いとか?」
「や、そうじゃないヨ」
そう言ってゆっくりと立ち上がった。背中から「保健室でも行ってくれば?」という美貴の声がしたが、それが見当外れであることは明らかだった。



トイレで手を洗う頃には、ようやく落ち着きも取り戻していた。なんかやらしい夢を見てたのは分かるけど、内容はあんまり覚えていない。
眠っていた時間は僅かなものだったのに、そんな短時間で漏らす愚息。試験前で溜まっていたせいか、もしくは昨夜、姉に煽られるだけ煽られてそのままにしたのが原因か。早漏とは思いたくないけど、何にせよ恥ずかしい話だ。
穿いていたトランクスは、捨てた。染み込んだ精液を拭き取る気力も、それの残った下着を穿き続ける覚悟も無かったからだ。股間がスースーして、ズボンの折り返しが陰部に当たる。それさえ除けば、大して気にはならなかった。

教室に戻ると、美貴はまだ居座っていた。
正確には僕の後ろの席の女子と口喋っていたのだが、彼女は僕を見つけるなり「でかい方?漏らした?」と下品に笑った。
「違うよ。全然違うよ。胃がちょっと痛かったんだよ」
「じゃあ保健室行きなって」
「いいよもう。治まったから」
「ほら、やっぱ漏らしたんだ」
美貴は後ろの女子に、そう耳打ちした。わざと僕にも聞こえるように。
それは誤解なんだけど真実の方がもっと酷い。どう言い返していいのか分からず、僕は困った。
「お前、あれだよ。CD貸さないよ?」
「あたし権力には屈しないタイプだから」
「権力とかじゃなくてさ、少しは他人の気を遣うとかしろよ」
「だからうんこならうんこって言やいいだろ」
「うんこじゃないって言ってんだろ」
小学生レベルの罵り合い。そんな会話を傍聴していた後ろの女子が、「仲いいね」とおかしそうに笑った。
「よくねえよ」
珍しく二人の声が重なった。

     

「―以上で、お昼の放送を終わります。午後のひと時、ゆっくりとお楽しみください」
マイクに向かってテンプレ通りの原稿を読み終えると、僕は小さく背伸びをした。そしてあまり間を空けずにスイッチを切り替え、用意してある音楽を流す。この作業もだいぶ慣れてきたものだ。
僕は二年生になってから、放送委員を務めている。
生徒会の息の掛かった仕事だけに自分勝手な放送は出来ないけれど、昼休みの放送ではディスクジョッキーになったつもりで音楽をかけられる。それがとても魅力的で、僕は放送委員に立候補した。あとは校内レベルの委員活動をする事で、ちょっとでも内申が良くなることを期待して。
ちなみに放送委員は僕を含めて三人。朝、昼、下校時の放送を毎日持ち回りで行うためで、つまり今日の僕は昼休みの係りというわけだ。
そのぶん昼食は、狭い放送室で一人孤独に弁当を食べる。
友達を呼んでここで皆で食べたいと思うこともあるけど、スペースの関係上かなり苦しいので諦めている。三人集まっただけで身動きすら難しい場所だから。

流している曲が二つ目に移り変わった頃。ドアがノックされた。
箸を止め、返事をしながらそちらに向かう。てっきり先生だと思っていたら、こっちがドアに手を掛けるよりも早く美貴が顔を覗かせた
「よっ」
右手を挙げた彼女に、僕はぶっきら棒に「いや、今仕事中だから」と突き放した。
「なんだよ、来いって言うから来てやったのに」
「だからって放送中に来るかよ。放課後あたりが相場だろ」
「ま、いいじゃんいいじゃん」
そう言いながら構わず入ってくる美貴。
「おい、関係者以外立ち入り禁止」
「関谷一人だけなんだろ?堅い事言うなって」
「堅いとかそういう事じゃなくてさ…」
傍若無人な彼女には、何を言っても通用しない。でも止めようとも思わない自分がいたりして。
煙たがっても、本音は寂しい昼休み。たまにはお客さんを招き入れるのも良いと思ったのだ。
「これが放送機材ってやつ?すげえ、なんかハイテクじゃん」
初めて入ったであろう放送室、そして初めて見たであろう機材に感嘆の声をあげる美貴。結構その気持ちは分からなくも無い。僕が初めてこの放送室に足を踏み入れた時も、彼女と同様の感動と興奮があったのを覚えているからだ。

「これ今放送中?」
今にもいじくり回しそうな美貴。物珍しそうに右往左往する彼女の視線は、機材の横に積まれたCDとMDの山に向けられていた。
「え、これ全部関谷の?」
「全部じゃないよ。他の放送委員の奴のもある」
そう言う間にも美貴は「すげえ、すげえ」を連発していた。キラキラ目を光らせている、とかそういう表現が似合いそうな感じ。
「どれ借りていいの?」
「そっちの山なら俺のだから、どれでも」
「じゃあ二つ三つ借りてこうかな」
「別にいいけど、明日から試験じゃん。聴いてる暇あるの?」
「バッカだな、試験が始まるから聴くんじゃん。気分転換にさ」
そう言われて、僕はふうんと納得した。
ただ、その辺は感覚の違いかもしれない。例えば僕なら試験が終わるまで我慢する。せっかく集中していても気分転換なんかしたら元に戻れない性分だからだ。意思が弱いというか何というか。
だから、本当は今すぐにでも買いに行きたい新譜があるけど試験が終わるまで我慢をしている。それらは"頑張った自分へのご褒美(笑)"的な、勘違いしたOLのように理由をつけて、試験が終わったら買いに行くつもりだ。

「ところでさ、一人で弁当って空しくない?」
機材やCDへの興味が失せると、今度は弁当に話題が振られた。落ち着きのない奴だなと思いながらも、「空しいよ」と僕は律儀に答える。
「じゃああたしが一緒に食べてやるよ」
そう言って手を伸ばす美貴。
「あ、ちょっ…」
その指は卵焼きをしっかりと掴み取り、彼女の口へと吸い込まれていった。そしてそれを頬張りながら、満足そうな笑みを浮かべる美貴。
「うまいうまい。これ、母親が作ったの?」
「まあ。大友は自分で作ってんの?」
「違う違う。あたしなんかお金渡されて購買でパンとかだもん」
「俺からしたらそっちの方が良さそうだけど…」
「分かってないなぁ。手作りの有り難味を」
僕にとっては中学から弁当時代が始まったわけで、ずっと冷めた弁当を食うのもちょっと飽きてきたこの頃。確かに失って初めて気づく有り難味なんてよく言われるけれど、そういう事にあまり実感は沸かなかった。
「いいなあ弁当」
そう言って美貴は再び物欲しそうに弁当を眺める。それが何だか不憫な子みたいで、少し笑えた。


用意した曲もラストに差し掛かり、時計は50分になろうとしていた。
「なんか、いいなここ。自分の城じゃん」
しつこいくらいに室内を見渡す美貴。どうやらここを気に入ったのが一目で分かる、そんな素振りだ。
「まぁ、そうかもね」
弁当を片付けながら、僕は適当に相槌を打った。
「また遊びに来てもいい?」
「うん、来なくていいよ」
言いながら僕は機材に手を掛ける。曲が終わったらフェードアウトして、スイッチを切れば任務完了だ。
「すげー、かっけー」
「ほんと?かっこいい?」
「お前じゃねーよ。機材だ機材」
「うん。まぁ、分かってたけどね」
そんな会話を交わしながら、結局何だかんだで最後まで居座った美貴。そのおかげで退屈しない昼休みではあった。また遊びに来てくれたら、つまらなかったハイパー弁当タイムも有意義なものになるかもしれない。
しかし明日にも試験期間が始まり、今学期の放送委員の仕事はこれでお終いだ。もったいない様な、残念な様な。

(またこうして話が出来たらなあ)

機材を眺める美貴をさらに眺めながら、僕は少し名残惜しい気持ちを抱いていた。

     

「相変わらず酷いね、あんたの部屋」
そろそろ寝ようかというその日の真夜中。開けっ放しにしていたドアの向こうから姉が顔を出した。
熱帯夜を乗り切るため、この日は窓とドアとを開けて空気循環を図っているのだけれど、彼女の反応の通りその効果も薄いものだ。
「廊下より暑いんじゃないの?」
「いいよ、もう諦めてるから」
「ちゃんと眠れてんの?」
「扇風機回してるから、別に」
僕は探るような口調で身構える。何となく、昨日のデジャブのような感覚。姉が何を企ててるのか分からなくて、その緊張感と、ほんの少しの期待感がそうさせるのだ。

そして案の定、彼女は切り出した。
「たまにはエアコンのある部屋で寝てみたいと思わないかね」
「…それって、姉ちゃんの部屋?」
「そうそう。ベッドの半分貸してあげるから、一緒に寝ようよ」
ほらきた、と思った。
「あのさぁ。昨日の今日でそれは無いんじゃないの」
「ああいうのって意識した方が負けなのよ」
「勝ち負けの問題じゃなくてさ…」
彼女の喋り方には躊躇も何もない。僕は今朝まで引きずったというのに、どうやらこの姉は全く懲りていなかった。
やっぱり姉。とても姉で、いかにも姉だ。
「やだなあ。何もしないって」
彼女は笑う。それが意味深な雰囲気を醸し出していて、余計に怪しい。
「そういう切り出し方をするってのは、何かする気があるって事だ」
「何かして欲しいの?」
「……」
いつものように、僕の言葉が詰まった。
こういう言い争いになると決まって敵わない。姉の方が二枚も三枚も上手だし、彼女自身もそれを分かっているのだ。
「また親父に見つかったらどうすんだよ。今度こそ勘当ものだよ」
「だからぁ、ただ寝るだけだよ。家族としてそれくらいアリでしょ」
そう言われて「ナシなんじゃないかな…」とは思ったけれど、「ねえよ」と言い切れないあたり僕はダメだと思った。
ほいほい付いて行ったらノンケでも構わず喰われる。これまで何度も後悔したくせに、やっぱり僕は弱かった。意志も立場も、何もかも。


枕を持って訪れた姉の部屋。不意に、昨日の意識が蘇る。
「言っとくけど、ほんとに寝るだけだからな。変なことするなよ。絶対だからな」
そう制しながら言うと、彼女は「ダチョウ倶楽部みたい」と笑った。僕もつられて可笑しくなったけど、それじゃ本心は変なことをして欲しいみたいで、慌てて顔を強張らせた。
やがて消された照明。真っ暗な部屋に、近くの街灯のこぼれ明かりが差し込む。
「懐かしいよね。二人で同じベッドに寝るのって」
先に僕がベッドにあがると、姉は言った。
「ちっさい頃はさ、よくお昼寝とかしたもんね」
「そうだったかな」
「あんたって急に寝るんだよね。さっきまで本読んでたと思ったら、もう爆睡してたりして」
「そ、そうだったかな…」
そして彼女も「よっ」と言いながらベッドに入ってきた。
ギシ、と軋む音。それが妙にやらしい想像を掻き立てさせるので、僕は小さくなった。

「実はね、あたし少しは反省したのよ」
狭いベッドの中で並んで寝そべった二人。しばらくして、姉はそう切り出した。
どこをどう反省したら一緒に寝ようなんて言えるのか分からないけど、僕はとりあえず黙って聞く事にする。
彼女は言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出した。
「最初に俊介に好きって言われて、お姉ちゃん嬉しくなっちゃってさ。
 それでちょっと、周りが見えなくなっちゃったかな…って。
 元々やりすぎかなぁとは思ってたんだけどね、その、お父さんに見つかって…本気でマズいって事に気づいて…。
 やっぱりあたし達は姉弟なわけで、限度を越えるのはイケナイじゃない。
 だからまぁ、そういう事で…昨日みたいなのは金輪際無しって事で…ね」
妙にしっとりした、彼女らしくない雰囲気。それに対して、僕は「うん」と返すのがやっとだった。僅かながら息苦しささえ感じる空気。
しかしその雰囲気も次の瞬間には180度変わっていた。
「でもねでもね、あたし思うの。限度越えなきゃ別にいいんじゃん?って」
「…え?」
「だからさ、姉弟的にOKな事なら別に問題ないじゃない?例えばこうして一緒におやすみしたり、買い物に付き合ってくれたりさ」
「…は?」
「それなら倫理的にも間違ってないし、親に見られて困るってもんでもないでしょ」
彼女の独壇場は続く。
「それにほら、たまにはほっぺにチューの一つもするくらいが健全な姉弟ってやつじゃない?ね?」
「……」
「というわけで何か異議はある?」
「や、その…少しばかりスキンシップを自重するとか、ほとぼり冷めるまで謹慎するとか…」
「やあよそんなの。勿体無い」
「勿体無いって…」
「言ったでしょ、こういうのは意識した方が負けなの。別に後ろめたい事してなければ、気にする必要は無いでしょ」
「そ、そういうもんなの?」
「そういうもんよ」
自信満々に答える姉。それが頼もしくもあり、いつの間にか丸め込まれている自分に気付き、恐ろしくもあった。
一体何を反省したのかは最後まで分からなかったが、とりあえず間違いが起こらなければそれで良しという結論に落ち着いたらしい。
でも、果たしてそんな青写真通りにいくのだろうか。
考えて抑えられるような理性なら、これまでも間違いは起こらなかったはずだ。何かけじめを付けないと再び暴走してしまうかもしれない。僕の不安は拭えなかった。
また押し倒したら、この姉はちゃんと拒むだろうか。僕は彼女の表情を窺いながら、そんな事を考えていた。

暗がりの中で白く照らされた姉の顔。それを眺めていると、不意に今朝の夢を思い出した。あの時もまた、暗闇の中で姉を見ていた気がする。
「…なに見てるの」
視線に気付いた彼女が照れくさそうに笑った。
「俺、今朝…姉ちゃんの夢見たよ」
「夢?」
「…うん、夢」
「そっか…夢を見るほどお姉ちゃんのこと好きか」
半分冗談のような、もう半分はまんざらでもない様な口調。僕は黙ったまま、否定はしなかった。
「ねえ、夢の中のあたしはどうだった?キレイだった?」
彼女は興味深そうに、体をこちらに向けた。
あまり食いつかれても困るので、僕は「さあ。あんまり覚えてないや」とごまかし、視線を逸らした。夢精をするほど良かったよ、なんて口が裂けても言えない。言ったらそれをネタに何年ゆすられるか分かったものじゃないからだ。
「ふうん」
少し照れたような、解ったような笑み。そして今度は、彼女が僕を眺めだした。
僕を捉えて放さない、真っ直ぐな瞳。まじまじと見つめられると何だか恥ずかしくなって、僕は体を翻した。
「あ、こら。そっぽ向くなよお」
つつく指が背中を刺激する。そんな事をされても、僕は頑なだった。

「ねえ、俊介」
やがて姉はつつくのを止め、落ち着いた声で、耳元で囁いた。
「お姉ちゃんは、俊介のこと好きよ」
全身の毛が逆立つような、ぞわっとする感覚。
「…僕も、好きだよ」
さっきは黙ったけれど、今度はちゃんと言えた。
背中越しだけど、微笑む彼女の表情が浮かんでくる。振り向きたい、抱きしめたいと思いながらも、僕は瞳を閉じた。
「…おやすみ」


そしておとずれた、瞼の裏の暗闇。
そこに姉が現れることは無かった。

       

表紙

円盤 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha