誕生




 『ワンダーランド・インパクト』からちょうど十年
 ある初夏の日だった。



 小岩井研究所の地下である実験の成果が出ようとしていた。
 広い研究室の真ん中に大きな筒が横倒しに設置されていた。そこには緑色に近い色をした液体が満ちており、その中に何か人のような形をしたものが漬かっていた。液体越しではうまく見えないが、どうやら全裸の少女のようだった。
 周囲には何人もの白衣の男が集まっており、周囲にある機器を操作して何か作業を行っていた。彼らの顔は真剣そのもので、額から汗を流し、ハァハァと荒い息を吐いている者もいた。それだけ疲弊しているのだ。
 そんな彼らに向かって一人の男が命令を飛ばしていた。


 「いいぞ、順調だな。培養液を排出しろ!!」
 「分かりました!! 培養液、排出!!」
 「排出口、開きます!!」


 その声と共に筒に詰まっていた液体が流れ出ていく。するとその少女の姿がはっきりと確認できるようになる。長くて黒い髪にぴったりと閉じている目、美人ではないがまぁまぁ可愛い顔つきをしていた。
 液体が抜けていくにつれ、彼女の白い肌が露わになる。その後で彼らは筒の中に酸素を注入していく。
 だがまた彼女の呼吸器官は働いていない、培養液に浸っている間は液体から酸素を得ることができるが、このままでは数分で死んでしまう。それだけは絶対に避けたいところだった。
 男はさらに声を張り上げると次のステップに移るよう命令を飛ばす。


 「彼女に電気信号を送れ!! 目覚めさせるんだ」
 「分かりました!!」


 一人の男が危機を操作すると、少女を目覚めさせる。
 するとピクリッと指が動き、ヒュゥッというかすれた音が鳴って少女の胸が膨らむ。息をし始めたのだ、心臓がしっかりと動きを始める。瞼がかすかに動く、しかし目は閉じたままだった。
 まるで眠り姫のようなその姿
 だが、見惚れている暇などどこにもない。
 男はにやりと笑うと言った。


 周囲の白衣たちはそれぞれの機器を操作しながら大声を上げる。


 「心臓が正常に動き出しました、成功です。実験体第三号完成しました」
 「成功か……」
 「この後はどうします?」
 「このまま数時間は目覚めないだろう、服を着せて医務室のベッドにでも寝かしておけ、点滴を忘れるなよ」
 「分かりました」


 科学者に交じって現場にいた医者たちがあらかじめ持ち込んでいた医療用白衣を着せる、薄緑色をしたそれは、あまり似合っているとは言えなかったが、これ以外どこにもないのでどうしようもない。
 部屋の隅にあった点滴を持ってくると、それを少女の右腕の血管に差し込む。それからストレッチャーに乗せると慌ただしく運んでいく。彼らを検知して自動扉が開き、消えていく。一方で部屋に残った白衣たちはそれぞれ後始末を始めている。
 それが終わるまでは十分もかからなかった。
 全ては静かに進み、静かに終わった。誰も何も言おうとしなかったが、どことなく歓喜の雰囲気が満ちているのが分かった。ここ数年間の努力が実ったのだ、喜ぶ気持ちも分からなくもない。
 男はそんなことを考えながら小さく呟く。


 「さぁ、ここからが本番だ」


 彼こそが世界の情勢を一転させた世紀のマッドサイエンティスト、瀬戸達也その人だった。