死後 その④




 詩音は一人、部屋にいた。
 何もしていない。椅子に座って、じっと前を見ている。その目からはいつものような力強さは感じられず、周囲には何とも言えない雰囲気が漂っていた。仮にここにマリアが来ていたら少し驚いたかもしれない。
 今の詩音は、今までの彼女とは全く違う人間だった。


 「…………」


 今の詩音の瞼の裏には
 何も映っていなかった。
 ただ昔のことをひたすら思い返しているだけだった。
 フレイヤは自分にとって永遠に手の届かない存在だった。詩音は久美に憧れていた、可憐で美しく、そして誰をも優しく包み込んでくれる。それとは違ってフレイヤそれとは全く違う存在だった。

 強い

 天上の存在

 圧倒的な強さ

 絶対に手の届かない場所にいた。それを遠くから、ジッと見ていることしかできなかった。
 ところが本当に手の届かない場所に行ってしまった。

 それが悲しいより、空虚なものだった。
 詩音の心の底には希望があった。
 もしかすると、もしかするとフレイヤのようになれるのじゃないか。頑張れば、強くなれば彼女のように圧倒的な存在になれるのじゃないか。自分も彼女のいる高みに上り詰めることができるのではないか
 しかし
 その希望はついえた。


 「…………」


 高嶺の花に憧れるが人間の性なのだとしたら
 それはしょうがないことなのだろう


 「アリヤ」

 何の意味もなく
 詩音は小さく呟いた。


 そこに突然デルタがやって来た。
 詩音はそれを察して顔を上げるとじっと睨みあう。


 「なんだ? 何か用か?」
 「詩音」
 「うん?」
 「アリヤが、見つかっタ」
 「――ッ!!」


 ガタンッと椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がる。
 目を丸くして、驚いた顔をしていた詩音だがすぐに満面の笑みを浮かべると言った。


 「やっと、か」




 「ただいま、でいいのかな?」
 「いいと思うぞ、じゃ、部屋に戻るか」
 「そうだね」


 二人はテレポーテーションで直接部屋の中まで戻ってきていた。
 マリアは自分の机の上に、買ってきた本が詰まっているビニール袋を置くと椅子に座って一息ついた。ユウキはベッドの上に転がると、大きくあくびをする、久しぶりの遠出に少し気疲れした。
 戦っている方が何も考えなくて楽でいい。
 誰かのために気を遣うことはあまり好きではない。


 「ハァ……」
 「ん? ユウキ、どうしたの?」
 「いや、何でもない」
 「気にするな」
 「あ、一ついい?」
 「なんだよ、手短にな」


 顔をヒョイッと覗かせてマリアの方を見る。
 すると、目がばっちりと合う。
 マリアは少しモジモジしながら小さな声でこう言った。


 「今日は……ありがとね」
 「…………」
 「……黙りこくって……何よ」
 「いや、なんか意外で」
 「えぇ!! 何それっ!!」
 「いや、気にするな」


 なんだか喧嘩になりそうな雰囲気だったので、すぐベッドの中へと戻っていった。
 ぼんやりと天井を眺めながら一人わめくマリアの声を聞き流しながら、何となく今日一日の疲れが抜けていくのを感じた。


sage