戦場 その①



「――ッ!?」


 突然、少女は街中へと飛ばされた。
 ズタズタになったアスファルトの上にちょこんと座り込み、途方に暮れた顔をしている。訳も分からぬうちにベッドの上にいたかと思えば、よく分からない不思議な形をした右腕をした男が現れ、次の瞬間にはこんなところに来てしまった。
 本当に何が何だか分からない。
 ゆっくりと少女は立ち上がる。


 「ここは……どこ?」


 周囲を見渡して何があるか確かめてみる。
 それで気が付いた。

 ここは戦場だ。

 周囲にはいくつものビルが立ち並んでいたが、その全てボロボロになっていた。窓ガラスは割れて、壁は大きく削れて鉄筋がむき出しになっていた。アスファルトで舗装されていたであろう道路も、粉々に砕けて地面が顔をのぞかせている。
 空にはどんよりとした雲が満ちており、それに遮られて日光はここまで地表まで届いてこなかった。季節は初夏だが、寂しい風が吹き抜けていく。
 少女は黒い髪をなびかせながら立ちすくむ。


 「本当……何なの? これ」


 誰か人はいないだろうか?
 そう思って少女はとりあえず歩き始める。まっすぐ目の前に伸びる道路を進んでいく、足に何も履いていないので冷たい感触が直接伝わってくる。


 「痛いっ!!」


 足に鋭い痛みが走る。
 少女は動きを止めて右足を上げてみる。すると、ガラスの破片が突き刺さっているのが分かった。腕を伸ばして破片の先をつまむとゆっくりと引き抜いていく。その間に傷跡から血がにじんでくる。
 地味な痛みが走る。
 このままでは歩くともままならない、下手に足をつけると怪我が酷くなるかもしれないからだ。少女は仕方なしに再び座り込む。


 「あー……最悪」


 ほんの少しの間だけ、空を見上げると吹き荒ぶ風を楽しむ。
 だが、そんなもの長続きはしない。
 すぐに飽きると少女は何の気もなしにもう一度傷跡を見てみる。
 するとおかしなことに気が付いた。


 「あれ?」


 傷が消えているのだ。
 跡形も無い、普通ならまず瘡蓋ができるところだが、それすらもない。
 文字通り傷が消えたのだ。


 「…………?」


 疑問に思うがとりあえず忘れることにした。
 この程度のことでは驚きもしない。訳の分からないことが多すぎるのだ、そもそも自分が誰なのかすら満足に分かっていないというのに。
 少女はもう色々と諦めた。
 もうどうしようもない。


 「……もうなんなのよ……」


 小さくそうぼやいてみる。
 何の解決にもならないが




 その時、大量の何かが宙を舞って、少女の方に向かい飛んできた。


 「えっ!?」
 それは不思議な姿をしていた。純白の翼を生やし、それを大きく広げ風に乗っている。顔には白い仮面をつけて手には日本刀のような刀を一本手にしていた。しかし、そんな天使のような姿よりももっと目を引くものがあった。
 彼女たちは合計十人ほどいたが、どれも同じ姿をしていたのだ。
 翼を持った彼女たちは優雅に宙を舞っていたが、座り込む少女の姿を見た瞬間に動きを止め、ゆっくりと高度を下げていくと地面に降り立った。まるで隊列を組むように道を歩きながら少女の方に向かってくる。
 それを見た瞬間、少女は強い殺気が襲ってくるのが分かった。
 どうやら彼女たちが放っているらしい。

 敵だ。

 本能的にそれを察した。


 「に……逃げなきゃ……」
 そう呟きながら急いで立ち上がると、背を向けて逃げ出そうとする。
 だがうまいこと力が入らず、足がもつれて倒れてしまう。


 「ふぎゅっ!!」
 顔面から地面に倒れ込む。鼻を強く強打し、顔面に痛みが走る。
 一瞬、そのままピクリとも動けなくなるがすぐに気を取り直し、体を起こす。だが今度は焦ったせいで立ち上がることができず、中途半端な格好で尻もちをついてしまう。口の中を鉄の味が広がるのが分かった、鼻血だろう。
 少女は息をのむと、向かってくる翼の敵の方を見る。
 彼女たちはわざわざ地に足をつけて走りながらこちらに向かって来る。
 このままでは三十秒もしないうちで自分はあの刀に切り刻まれてしまうだろう。


 「ヒッ!?」


 確かな死の予感がする。
 少女怯えて顔を引きつらせると、じっと目の前の敵を見る。
 万事休すか
 そう思われた時、周囲に男の声が響く。


 「そうはさせないぜ!!」
 「え――ッ!?」


 突然、少女の目の前に一人の少年が姿を躍らせる。
 ユウキだ。

 少し離れたところに飛んだ彼は、ようやく追いついたのだ。
 まずは少女の無事を確認したいところだったが、あいにく時間がなさそうだった。まずは安全の確保を優先することにした。
 向かってくる敵に向かって右腕を掲げると狙いをつける。
 自信満々のその姿とは対照的に、少女は不安でいっぱいになった。
 どう見ても武器を持ち、翼を生やした彼女たちと比べて何も持っていない彼の姿は非常に心細く見えたのだ。どう考えても敵は人知を超えた存在だ、それに無謀にも素手で移動網としているのだ。
 少女は声を上げるとユウキに話しかける。


 「ねぇ!!」
 「なんだよお前」
 「逃げないの?」
 「はぁ? 何でだよ」
 「だって……敵は武器を持ってるんだよ」


  その言葉を聞いてユウキはさもおかし気に唇の端を上げるとあざ笑うかのような声で言った。


 「ハッ!! 何だその程度の事か」
 「その程度って!!」
 「世界最強の超能力者の力、舐めるなよ」
 「え?」





 何かおかしな言葉を聞いたような気がした。
 だがそれについて話を聞こうと思った瞬間に、ユウキは動きを見せた。能力を発動すると、力を集中させる。暖かい感覚が掌から放たれ、それが夜の星のように光を放ち始める。ユウキは翼の少女たちに狙いをつける。
 次の瞬間、一気に仕掛けた。
 「テレキネシス!!!」
 そう叫んだ瞬間
 バチャンッという音がして少女たちが吹き飛び、まるで内部で何かが爆発したかのように血液と内臓が吹き飛び周囲に撒き散る。しかも、一人だけではない。十人の敵が順々に爆発を起こして死んでいく。
 非常に悲惨な光景に少女は嫌な感じがする。
 だが、それらが地面に落ちる前に異変が起きる。
 サラサラという音がしたかと思うと、肉片や内臓がまるで砂のようになったのだ。飛び散った血液も同じようになると、風に乗って消えていく。
 おかげで殺人現場のようなことにはならなかった。
 死んだ彼女たちは自分の体が崩壊した後の粒子だけを残して消えていった。


 一分もしないうちに敵は全滅した。
 少女はそれを呆然と見つめる。
 いきなり現れたこの少年は一体何者なのだろうか
 そんな事を考えていると、ユウキがゆっくりと近づいて話しかけてきた。


 「おい、お前」
 「……え?」
 「名前、分かるか?」 
 「え、えーと…………ごめん、分からない」
 「そうか……なら教えてやるよ」
 「え?」


 そう言ってユウキはにやりと笑うと言った。


 「お前の名前は……マリアだ」
 「マリア……?」
 「そうだ。マリアだ」

 少女は自分の名前を知った。


 マリア


 小さな声で何度もそう呟く、何となくあるべきところに収まったようなしっくりと来る名前だった。まるで、自分はその名前を付けるために生み出されたかのように、少女改めマリアは顔を上げると言った。


 「ところで……あなたは?」
 「俺かー? 俺の名前はユウキ、見ての通り超能力者さ」
 「…………超能力者……?」
 「ん……すまん。詳しく説明する暇はなさそうだ」
 「え?」
 「敵が来る」
 「嘘ッ!?」


 マリアがそう呟いたのと同時に、空中から大量の影が降って来た。
 それはさっきの翼の生えた少女達に加え、全身が影でできた少女のような姿形をした怪物も現れた、絶望少女だ。彼女たちも全く同じ形状をしていた。パッと見は普通の人間のようにも見えるが、両腕がまるで剣のようになっていた。
 だが、そんな事よりも二人を驚愕させたのは敵の数だった。
 翼の少女が十~二十、絶望少女が数えきれないほど


sage