間隙


 マリアは部屋でうつむいていた。
 ユウキはまたかよ、と言いたいのを堪えて様子を見る。どうやらかなり深刻なダメージを受けているらしい。一応テレパシーでマリアがどんなことをして、どんな会話をしていたかは把握している。
 たぶん、サンとルナを殺したことよりも時に言われた一言が堪えているらしい。
 さすがにユウキも酷いことを言ったものだなと思う。自分も同じことを言われたらこうなるだろう
 どんな言葉をかければいいのだろうか
 少し
 というかだいぶ悩むユウキ
 どうすればいいのか
 どんな言葉を投げかければマリアは元気を取り戻すのだろうか
 難しい問題だった。


 マリアはベッドの上でふさぎ込んでいる。


 「あー、マリア?」
 「……ユウキ、何?」
 「元気?」
 「元気に見えるの? 馬鹿?」
 「うざ」
 「うるさい」


 いつもなら激しい口論になるところなのだが、マリアの元気がないせいでそこまで発展しなかった。暗い顔をして、ボーッと自分の掌を眺め続けている。なんだか見ていられなかった。
 いつも通りになってくれないとこっちの調子が狂う。
 頭を掻きかき考える。
 結果
 直感で答えることにした。


 「あのさ、結構きついこと言われたのは分かるぜ」
 「……」
 「でもさ、うん、そこまで気を病むことはないと思うぞ」
 「…………なんでさ」
 「朱鷺さんはさ、あんな性格だから、ちょっときついこと言ってるけどさ、俺はお前は頑張ってると思うぞ」
 「……ありがとう」
 「元気出してくれよな、お前がそんなんだとこっちもどうすればいいのか分かんないんだよ」
 「え?」
 「だからさ、ほら、な」
 「…………フフフ」
 「へ?」


 マリアの笑い声が聞こえてくる。
 達也は目を点にすると、ベッドの上を覗き込む。
 すると、ほんの少しだけ元気になったマリアがクスクスと笑っている姿が目に飛び込んできた。どうやらユウキの言葉が面白おかしかったらしい。さっきまでの様子が嘘のように笑っているのを見てユウキは何となく満足感を覚える。
 何となくもやもやした気持ちは収まっていないものの、少し元気が出た。
 マリアはベッドから降りると、ユウキの前に立つと笑った顔でこう答えた。


 「ありがと、励ましてくれて」
 「ん、まぁ、気にすんな」
 「へへへ」

 マリアは体の節々がやけに軋むので大きく伸びをすると全身を伸ばす。
 ユウキは何となくマリアのことを直視できなかったので、目を逸らすと自分の席に座り込む。


 「ちょっとさ、ショックだったんだよね」
 「何がさ」
 「フレイヤさんのおかげで私は、少なくとも戦えるようにはなったと思ってたんだよね」
 「で?」
 「でもさ、あの魔法少女を殺した時、凄い罪悪感が襲い掛かって来たんだよ」
 「…………」
 「自分のためなら、私はどこまでも戦えるって信じてたんだ」
 「それで、どうした?」
 「でも、なんかうまくいかなかった」
 「そうか」


 ユウキはなんだか喉が渇いて来たのでパッと指を立てると、水の入ったポットとココアの粉が詰まった瓶を持ってくる。そして、ポットに掌を向けると、内部の水を温める。それをコップに注ぎ粉を混ぜる。
 超能力を駆使してそれらをそつなくこなす
 見事だったが、マリアはそれを無視して話を続ける。


 「なんか、あの魔法少女の顔見た瞬間に嫌になった」
 「それまた、どうしてだよ」
 「なんか、あの絶望的な顔が……怖かった」


 まるで瞼の裏に焼き付いているかのように、あの絶望した顔が忘れられない。
 幽霊のようにひっそりと自分の後ろに立っているかのように思える。ゾッとした寒気が背中に張り付いて、自分のことを監視しているような気がする。それはただの想像であることは理解しているのだが、無視することができない。
 ユウキが差し出してきたココアを受け取り一口飲んでから、マリアは自嘲気味に笑って言葉を続けた。


 「私、一つだけ心配なことがあるんだ」
 「なんだよ、それは」


 話が本題に入って事を察して、真剣な顔をするユウキ
 マリアは顔を上げ、両目から涙を垂れ流しながらこう言った。


 「戦いが終わった後、私たちってどうなるの?」
 「……え?」
 「この前町でいる人たちみたいに、普通に暮らせるのかなぁ?」
 「…………」


 なるほど
 それはユウキも悩んでいることだった。
 こんな訳の分からない能力と体で、一般人と同じような生活を送れるようになるのか、それを達也が許可するのか、非常に気になるところだった。ユウキはなるようになると思っているのだが、どうやらマリアはかなり深く悩み込んでいるようだった。
 涙をダラダラ流しながら、言葉を続ける。
 「またさ、この間みたいに笑顔で遊びに行ったりできるのかなぁ?」
 「…………」
 「ハハハハハハハハ、なんか泣けてきた」


 そう言って目元をぬぐうマリア
 ユウキは少し悩んだ後、こういった。


 「ま、平気だろ」
 「え?」
 「俺も一緒にいてやるからさ」
 「え? それって」
 「だから、俺がお前と遊んでやるよ。この間、お前はすごい楽しそうだったじゃないか」
 「…………」
 「な?」


 そう言って笑顔を向けるユウキ
 マリアはそれを直視することができず、顔を背けると今度は安堵の笑みを浮かべてから言った。


 「ありがと、ユウキ」
 「うん、まぁ、構わんよ」
 「フフフ、本当にありがとうね」
 「そこまで感謝されると悪い気しないな」


 二人はそう言って笑いあった。

 研究所の所長室
 達也は目の前に座る朱鷺に熱燗を入れたコップを差し出すと、尋ねた。


 「呑むか?」
 「いただこう」


 そう呟いて受け取ると、クイッと一口飲んだ。芋焼酎の少し独特な味は、朱鷺の下にしっくりときて思いの外あっさり喉を通った。少し熱くなる感触もあるがそこまで大したものではなかった。
 久しぶりに酒を飲む。
 朱鷺は一気に一杯すべて飲み干すと、満足げに呟いた。


 「旨い」
 「そうか、よかったな」
 「お前はどうだ?」
 「正直分らないな、ただ、悪い気はしない」
 「そうか」


 そんなことを言いあって、二人は無言のまま飲み続ける。
 わざわざ所長室にまで来た朱鷺だが、正直そこまで大した用事があったわけではない。ただ何となくジッとしているのもあれなので研究所内をフラフラと歩いていたら、偶然にも達也が酒を飲んでいるところに出くわしたのだ。
 勧められるまま何の気もなしに呑み続ける朱鷺
 彼女も今年で二十歳
 二~三年前からちょくちょく呑んでいたのだが、朱鷺は日本酒や焼酎と言った酒が好きだった。逆に発泡酒は苦手だった。
 達也はゆっくりとコップを空にしながらこう呟いた。


 「さて、そろそろヤバいな」
 「何が」
 「戦況さ」


 そう言って空中に投影された一つの映像を朱鷺の前に出す。
 するとそこにはアメリカの基地を占領する翼の少女と、数人の魔法少女の姿が映っていた。どうやら誰かが写真に撮った物らしい、隅っこに今日の日付と昼間の時間が印刷されていた。
 朱鷺は小さく頷いてからこういった。


 「核は?」
 「奪われていない。ギリギリのところで輸送に成功した」
 「ならいい」
 「だが、最悪だ」


 それは本当だった。
 急いでいたせいで核以外の物はほとんどそのままだし、国連軍と数人の魔法少女も犠牲になった。核ミサイルを守ると比べると、微妙に割に合わない。ウタゲや一条蛍を帰国させたのも判断ミスだった。
 今すぐにでも奪還するべし
 国連軍は達也にそう言っているが、彼の考えは少し違った。


 「だが、勝ち目はある」
 「詩音か?」
 「そうだ。こちらはアリヤの位置を完璧に特定し、その情報はさっき詩音に送った」


 そう言って片手にもっているスマートフォンを見せる達也
 朱鷺はあまり興味なさげに呟いた。


 「なるほどね」
 「全て、彼女次第さ」


 そう言って別の動画を空中に投影させる。
 するとそこには
 アリヤに向かって行く詩音の姿が映っていた。


sage