詩音とアリヤ その②



 アリヤが少し動揺している。
 そうでなければあんな簡単に回し蹴りを食らうはずがない。
 額の傷とその痛みがあっという間に消える。傷を癒している間にも詩音は一歩前に出て、もう一度攻撃を仕掛ける。額を汗が流れていく、仮面の下で表情一つ変えていなかったアリヤも少し苦しそうにしていた。


 「うらぁ!!」
 「――ッ!!」


 アリヤは再び衝撃波を発生させ、詩音のことを吹き飛ばす。何とか距離を取り、一度休みを入れたかったのだ。
 しかし、そう簡単にいくわけがない。
 詩音は背中から重力干渉波を発生させ、あまり吹き飛ばされないように耐えた。と言っても衝撃波の方が強い、踏ん張った両足が地面に跡を残し、ズズズズズズと音をたてて二mほど後ろまで下がってしまう。
 衝撃波が終わったことを察した詩音は右腕の氷柱をいったん落とすと、その手にハンマーを顕現した。
 そして隙を与えぬように一瞬の間に距離を詰めると、腕を振るってハンマーをアリヤの右腕に叩きつける。
 すると、ゴキンッという嫌な音がして骨が折れた。
 アリヤは顔を歪めるも、その程度で怯むことはなかった。


 「……――ッ!!」
 「クッ!!」


 割と無計画に放った攻撃だったためか、あっさりその隙を突かれる。
 アリヤは左腕の刀を振るうと詩音の脇腹に突き刺した。ズブリという嫌な感覚と共に、鋭い痛みが全身をつらぬく。
 さすがの詩音もそれには堪えきることができず、顔を歪ませると後ろに飛び、刀を抜き去り距離を取った。


 「痛ぇな……」
 「…………」


 傷が癒えていく。
 先に傷が癒えたのはアリヤの方だった。
 すぐさま攻勢に転じることにすると積極的に距離を詰めてきた。
 詩音は両腕をだらりと下げ、右わき腹から大量の血液を垂れ流したまま暗い声でこう呟いた。


 「私が悪い、だけどよぉ……アリヤ!!」
 「…………!!」


 まるでアリヤが来るのを待っていたかのように、詩音が動いた。
 ハンマーを投げ捨て、身軽になると姿勢を低くして走りこみ、懐へともぐりこんだ。
 目の前に激怒の顔をした詩音の姿が飛び込んでくる。それに目を奪われ、反応が遅れるアリヤ
 詩音は右手をギュッと握りしめると拳を固めると、叫んだ。


 「せめて仮面ぐらい外して、ちゃんと私のことを見ろぉ!!!!」
 「…………アグッ!!!」




 ガッという鈍い音がして、右こぶしが顔面に命中する。
 それと同時に仮面を砕ける硬い感触が伝わってくる。アリヤはなす術もなく殴り飛ばされ、背中からどさりと地面に倒れ込む。その周囲に白い仮面の破片とさっきまで握っていた刀が転がっていく。
 今ならいくらでも追撃できるが詩音はあえて何もせず、アリヤのことを見下し続ける。
 拳からは破片が突き刺さったのと、強く握りすぎたせいで血がにじんでいた。
 詩音はさっきまでとは一転、両目から涙を流しながらこう呟いた。


 「もう一度、お前の顔をしっかり見せてくれよな」
 「…………」


 アリヤは無言のまま詩音に背中を向けたまま立ち上がる。
 しっかり両の足を地面につけた後、くるりと回って詩音の方を向く。

 一年ぶりの素顔だった。あのときから何一つとして変わらないすました顔、しかし、左側は少し赤くなっていて、土で薄汚れている。目は最後に見た時と比べると、より一層死んでいるように見えた。
 アリヤはもう何も映していない目を詩音に向けると小さな声で言った。


 「…………これでいいの?」
 「あぁ、文句ないぜ」
 「…………」


 アリヤはサッと右手のひらを広げる。そこに刀を顕現しようとしたのだ。
 しかし、それに気づいた詩音が顕現される前に動くと、今度は左腕を振るい、思いっきり鳩尾を殴った。


 「……グッ!!」
 「させるかぁ!!」


 怯んだ隙に、右手で顔をもう一度殴る。
 渾身の一撃
 アリヤは再び吹き飛ばされるも、今度は倒れることはなかった。
 どうやら頭の骨の一部が折れたらしい、激痛が走るものの、ほどなく傷は癒える。
 アリヤは理解した。詩音は自分に武器を持たせる隙を与えるつもりは無いらしい。ならば、その誘いに乗るまでだ。アリヤはボクシングの選手のように両腕を構えると、詩音のことを睨み付ける。
 それを受けて、詩音はもう一度拳を振りかざす。
 アリヤも対抗するかの如く、腕を上げた。
 低次元な戦いが始まった。

 二人はひたすら殴り合いを始めた。
 お互いの拳でひたすら傷つけあう。
 能力を使おうともしない。
 まるで拳で語り合うかの如く
 二人はひたすら殴り合った。




 「ハァ……ハァ……」
 「…………クッ……」


 小休止が入る。
 二人とも疲れ切っていた。
 あまり肉弾戦などしたことが無いので、慣れていないのだ。
 だが詩音は荒い息を吐きながらも、口を開くと言った。


 「アリヤぁ……お前はさ………一人がよかったんだろう?」
 「……………」
 「それを無理矢理さ、……一緒にいたから……苦痛に感じてたんだろう」
 「……………」
 「なぁ……アリヤ!!」


 フラフラになりながらも一歩前に出ると、力を振り絞って殴ろうとする。
 それに合わせてアリヤも動くと、鏡合わせのように拳を振りかざす。


 「おらぁ!!!」
 「…………!!」 


 二人の腕が空中で交差して
 お互いの顔面に命中する。
 クロスカウンターというにはちょっと違う。
 どっちも全力を殴ったせいか、二人とも少し宙に浮き、数m後ろに下がってしまう。これで少し距離が開いた。詩音とアリヤは足を踏ん張って姿勢を整えると、肩で息をしながら相対する。
 その後、詩音はこう言った。


 「アリヤ……」
 「……何?」
 「私は、お前が好きだ」
 「…………」
 「だから全力で殺す。全身全霊をかけて、全部ぶつけてやるよ」
 「…………」


 詩音の告白
 それを聞いてもアリヤは何も感じなかった。
 そんな事初めから知っていたからか、もしくは興味がないのか、どちらかは定かではないが

sage