形勢逆転



 「やったな……」

 達也はコップを傾け、残っていた分をすべて飲み干すとそう呟いた。
 朱鷺は目を伏せており、画面の方を見ていなかった。なんだかやけ酒をしたい気分だったが、熱燗は既に無くなっていた。コップの底にはもう何も残っていない。仕方なしに、それを傾けてごまかす。
 満足そうな表情をしていた達也はサッと手を振るとさっきまで死闘が演じられていた画面を消す。
 そしてゆっくりと立ち上がると言葉を続けた。


 「これで、勝てる」
 「そうか」
 「世界中の翼の少女が死滅する。戦力は激減だ、絶望少女と魔法少女だけなら国連軍でも十分対処できる」
 「で、どうするんだ」


 余裕綽々なことを言っている割には、達也の顔は緊張している。
 うつむくと、机の上を何やらガサガサと探し始めた。
 作業をしながら適当に朱鷺の問いに答えた。


 「次にアリスが何をするかは分かっている」
 「……何?」
 「その備えだ。朱鷺、手伝ってくれ。人手が必要だ」
 「相分かった」


 何かよく分からないが手伝うことにする朱鷺、なんだかジッとしていられない気分だった。達也は目当ての鍵を見つけ、それを白衣のポケットに突っ込むと、所長室から外に出ようとする。
 その時、偶然にも出口の前に立ち尽くすデルタと目が合った。


 「あレ? 達也、どこか行くノ?」
 「まぁな、ちょうどいい、デルタ手伝ってくれ」
 「達也の頼みなら何でもするヨ」
 「ちょっと待て」
 「何?」
 「デルタは俺に何か用があったんじゃないか?」
 「んー、あるけド……後でもいいかナ」
 「よし、ならついてこい」


 三人は並んで、地下に向かって行った。




 その日
 世界中で異変が起きた。
 翼の少女が一斉に粒子と化し、消えていったのだ。世界の主要都市を占領していた数多の少女たちが何の前触れもなしに崩れさり、粒子が風に乗り吹き飛ぶ。いきなりのことにアリス側の魔法少女たちはただただ困惑することしかできなかった。
 しかし、一足早く達也から情報を得ていた国連軍はこの隙に動き、一気に攻勢に出た。魔法少女軍が優勢だったのが嘘のよう、何十人もの魔法少女は善戦したものの、今までとは一転、数の暴力に押しつぶされて死んでいった。
 一瞬で勢力図は塗り替えられた。
 戦力が激減した今、もはや勝ったと言っても過言ではなかった。



 柳葉町から少し離れた場所にあるビルの上でアリスは佇んでいた。
 その周囲に人影は全くなく、たった一人、照り付ける太陽の中で黒い体を揺らめかせていた。さっきまで自分の周りには翼の少女達がひしめいたのだが、あっという間に全員消えてしまった。
 アリヤが死んだことはそれですぐに分かった。
 あっという間に、アリスはたった一人になった。
 剣を携えて、空を仰ぎ見る。
 『…………』
 アリスは既に以心伝心能力を使用して全世界の魔法少女たちに撤退し、日本に集合するよう号令をかけた。だが、そのうち何人が集まってこれるだろうか。さすがのアリスにもその予想はつかなかった。
 自分の元を離れる魔法少女も多少出てくるだろう

 これでは勝てない。
 翼の少女がいるからと、絶望少女の数を増やすことを怠ったツケが回って来た。
 今からではもう間に合わないだろう。
 こうなると手段は一つしかない。


 自分が前線に出るしかない。


 『ハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』


 無意味に笑いがこみ上げてくる。
 ここからが本番だ。


 アリスは笑いながら首を動かすとある一点を凝視する。

 その視線の先には

 研究所があった。



 翼の少女が消滅し、丸二日が経った。
 ユウキとマリアの二人は部屋でジッと本を読んでいた。
 二人は達也に教えてもらい、アリヤと詩音が相打ちになったことは聞いた。そして、世界中の翼の少女が全滅したことも教えられた。それからどういう訳か命令が下るまでの間、研究所内で待機されるように言われた。
 そのため、ずっと部屋に引きこもっているのだ。
 幸いなことにマリアは読む速度が遅いため、この間の買い物のときに買ってきた本がまだかなり残っていた。ユウキはユウキでだいぶ前に買ってきた携帯ゲーム機でひたすら遊んでいた。
 パラパラとページをめくる音と、カチャカチャというスイッチを押す音がひたすら響く。
 そして、たまに話し声


 「ねぇ、ユウキ」
 「んだよマリア」
 「何やってるの?」
 「麻雀」
 「何それ?」
 「説明めんどくさい」
 「酷い」
 「うるさい」


 いつ間にかどちらも喧嘩腰になっている。
 正直に言おう、二人ともとてつもなく暇なのだ。
 詩音が死んだことは悲しいが、その死体を見たわけでもないし、どうやって死んだかもわからない。マリアからするとただ単にいなくなっただけなので何とも言えない、非常に複雑な心境だった。
 いつもなら息つく暇もなく戦うせいであまりそう言ったことを考えないのだが、それがないので嫌なことばかりを考え続けてしまう。

 少しでも気を紛らわせるため、活字で頭を一杯にしているのだが、あまり効果的ではなかった。逆に内容が頭に入ってこない。

 もしかすると

 思っていたよりも自分は戦うのが好きなのだろうか

 そんな馬鹿みたいな考えが思い浮かんでは消えていく。
 普段と別の意味で気が滅入っているマリアだった。


 その時

 突然研究所全体に放送がかかった。


 『全員集合だ』


 達也の声だ。
 マリアとユウキはジッと顔を見合わせ、不思議そうな表情を浮かべた。だが、そうしていても解決にならないことは目に見えている。二人はコクンと頷くと、立ち上がり、所長室に向かって行った。


sage