VS研究所 その③


 一体のドローンが破壊を免れ、木々の間をすり抜け、こっそりアリスの右側に回り込み、その姿をカメラに映す。その映像はやはり達也たちのいる所長室へと送り込まれ、マリア達の目の前に表示される。
 そこには
 まるで猫のように全身の粒子を逆立たせ、爆煙の中、三日月状の口をぱっくりと開き、真っ赤な目を見開いたアリスの姿が映っていた。悪鬼のごとき彼女の姿は、見ている人間を狂気に導く何かがあるようだった。
 マリアは画面越しにジッとその姿を見ながら、小さな声で呟いた。


 「こんなの……」
 「醜いだろう? これが魔法少女の成れの果てだ」
 「――ッ!!!」


 そろそろ作業も佳境
 あと少しで終わる。
 達也はラストスパートをかける。
 マリアは達也の方に目を向けると、前々から疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。


 「ねぇ………教えて」
 「なんだ」
 「どうして……魔法少女なの?」
 「クライシスいわく、彼の記憶に魔法少女という存在が脅威として根強く残っているからだそうだ」
 「……」


 意味が分からない。
 マリアはそっと視線を隣に向けると、そこにいるはずのクライシスの姿を確認する。その時の記憶がない彼は平然とした顔付きで前を見ていたが、マリアの視線に気が付くと「どうかしたかい?」と尋ねてくる。
 その純真無垢な視線に耐え切れず、マリアはそっと顔を背けた。
 そして、浮かび上がって来たもう一つの疑問を尋ねた。


 「魔法少女って、一体何なの?」
 「…………難しいな」


 そう言い、少しだけ考えたらためらいがちに達也は答えた。
 その重苦しい雰囲気に必死で耐えながらもマリア何一つとして聞き漏らさないように、耳を澄ます。


 「魔法少女とは」
 「……何?」
 「完全なる生命体が、不完全な生命体を完全へと近づける過程で産まれる不安定な生命体だ。魔力を補給し続けなければ維持できない命、そして不幸でなければなることのできない哀れな存在」
 「…………」
 「人間ではない。魔法少女という名の生命体なのさ」
 「…………そんな残酷な……」
 「だが、事実だ」


 そう答え、達也はエンターキーを強打する。これで作業は終了した。達也は急いで席から立ち上がると、ツカツカとマリア達に歩み寄る。その顔は決して明るいものではなく、逆に何か悩んでいるような渋いを表情をしていた。
 それを見た時、マリアはあることに気づいた。
 達也は何か覚悟を固めている。それが一体どういうタイプの物なのかまでは分からないが、何となく。今まで以上に真剣な姿に近寄りがたい雰囲気と、プレッシャーを感じてしまう。
 彼はマリアの前を通り過ぎ、朱鷺の前に立った。




 「この間説明したとおりだ。頼むぞ」
 「御意」
 「お前は信頼できるからな、あとは任せた」
 「フン」


 何が気に食わないのか分からないが、朱鷺は苛立たし気に鼻を鳴らした後、所長室から走り去り、どこかへと向かって行った。その背中を見送ってから、今度はデルタの前に行く。
 そしてジッとデルタの姿を見下ろしながら、優しい声でこう話しかけた。


 「何もしてやれなくてすまないな。デルタ」
 「ううン。気にしないデ、達也の役に立てるだけで私は満足だかラ」
 「それでもだ。俺のために、ありがとうな」
 「…………それだけで十分」
 「そうか、じゃあ最後に頼まれてくれ」
 「分かっタ。打ち合わせ通りニ」


 そう言ってデルタも所長室から飛び出していく。
 次に達也はユウキの前に来る。そして、お互い眉をひそめて睨みあう。なんだか不穏な空気が流れるが、どうやら無言のままやり取りをしているだけらしい。しかしそれではいつまでたっても要点は伝わらない。
 達也は口を開いた。


 「分かっているな」
 「あぁ、俺の役目だろう?」
 「マリアの事、任せたぞ」
 「ドンと来いってんだ」
 「お前は強いからな。ここで待ってろよ」
 「おう」


 簡単に言葉を交わした後で達也は最後にマリアの前に来る。
 達也は相変わらずの目でマリアに穴でもあけるように睨み付ける。何となく、正面から視線を合わせることに躊躇した彼女は、そっと目を逸らすと何の意味もなく部屋の隅を眺めてみる。一瞬だけ見えた達也の目
 それは酷く悲しいものだった。
 しばらくの間、無言のままマリアを見る達也
 居心地の悪さが限界を迎えた彼女は何か言おうと思い口を開いたとき
 達也が話を始めた。


 「君は、本当にアリスに似ている」
 「…………」


 また

 また言われた

 少し嫌な気持ちになる。
 しかし、達也の場合その続きがあった。


 「でもそれ以上に………似ている」
 「え?」
 「マリア、君は世界で唯一アリスに勝てる魔法少女だ」
 「それが……?」
 「しかし、それは決して能力が、という意味だけではない」
 「それって……」


 どういう意味?
 そう尋ねようとしたとき
 達也が両腕をマリアの肩に乗せ、強い力で掴んできた。すると必然的に二人の目と目が合うことになる。でも全く何も気にすることなく、達也は興奮気味に叫び始めた。




 「君の最大の武器、それは君の名前だ!! 顔だ!! マリア、君の存在そのものがアリスに対する最終兵器なのさ!!!」
 「い、いきなり何!? どういう意味なの!?」
 「しかしな、知らない方が幸せなこともある」
 「そんな…………」
 「君ならアリスに勝てる。違うな……君だからこそ、アリスに勝てる」


 その言葉の直後、マリアは気づいた。
 達也が泣いている。
 目から涙を一筋流しながら、最後にこう言った。


 「頼む、アリスを救ってくれ」
 「――ッ!!」



 意味は分かっている。
 殺せという意味だ。
 マリアはどうすればいいのか分からず困っていると、達也はもう話は終わりとでも言いたげに背中を向けると所長室の椅子の上にドカッと座り込む。そして手元にあった瓶から酒をコップに注いだ。
 そして琥珀色の液体に自分の顔を映し出し、眺め、自分の顔を流れる涙に驚きながらつぶやいた。


 「いいか、ユウキについて地下へ行け、そこに秘密の脱出口がある」
 「そうなの?」
 「そこから逃げろ、いいな」
 「……分かった。ユウキ」
 「おう、ついてこい」


 ユウキは一足先に動くと所長室から飛び出していった。
 マリアも反射的に動き、その後を追って行こうとするが、依然椅子に座ったままコップの中を覗き込んでいる達也のことが気にかかり、足を止めるともう一度向き合う。達也もそれに気が付き「うん?」と言ってマリアの方を向いた。
 あまり時間がない。
 マリアは手早く要件を述べることにした。


 「あなたは?」
 「何が?」
 「達也は?」
 「あぁ、俺か」
 「逃げないの?」
 「後から行く」


 嘘だ。


 マリアは分かった。
 しかし、そのことについて言及する前に、マリアが来ないことを不審に思って戻ってきたユウキの視線を感じる。ヒョイッと顔を覗かせて無言のまま催促してくる。それに負けて、マリアはそちらの方を向いた。
 その背中に
 小さな声がかけられる。



 「すまなかったな」


 「え?」



 何かおかしな言葉が聞こえたような気がして、マリアは振り向く。
 しかし、その視線の先にそんな優しい言葉をかける人間はいなかった。
 マリアはいろいろと諦めるとユウキの方へと向かって行った。
 その背中を見送りながら、達也は小さく呟いた。


 「俺の役割は終わった」



sage