達也 その①


 アリスは幾多の罠を乗り越え、見事魔力のシールドが張られている場所の目の前にまで来ることに成功した。その背後の森は大火事だった。樹齢何十年という長寿の樹木が炎上し、まだ若々しい葉が灰と化していく。
 破壊したドローンその他の破片がいくつも転がっていて、今でも誰かがそこで戦闘を行っているかのようだった。


 しかし、さっきまで激しい戦闘を繰り広げていた彼女は、今は一転、じっと目の前のシールドを見つめていた。
 最初の予定では、この近くにある木の影から裏側の世界に入ってこのシールドをすり抜けようかと思っていた。しかし、シールドの近くには一本も木が生えておらず、少し戦いに熱中しすぎたせいか、森は焼けていてまともな影などない。
 これでは裏の世界に入れない。
 ということは別の方法で突破するしかない。

 アリスは腕を上げると指と指を合わせてパチンッと鳴らそうとする。
 しかし、それと同時にドンッという軽い音がすると、空間を削除するために放射していた魔力が何かしらの干渉受けてはじけ飛んだ。一瞬何が起きたのか理解できなかった彼女だが、すぐに分かった。
 シールドが魔力を発して、空間削除用の魔力を相殺したのだ。


 『面倒面倒面倒面倒面倒面倒面倒』


 おそらく迂回すればまだ影はいくらでもあるのだろうが、そこまで行く気にはなれない。
 代わりにアリスはまた別の手段をとることにした。手にしていた武装を解除し、だらりと両腕を下げると手のひらに魔力を集中させる。すると、限りなく黒に近い紫色の光がぼんやりと放たれる。
 直後


 アリスはシールドに突っ込むと、両手を思いっきり押し付ける。
 するとバチバチバチッと激しい火花を飛ばし、魔力が大量に放たれる。お互いに魔力を相殺しようとしているのだ。正面からのぶつかり合い。そうなると、無限に魔力の生成できるアリスに軍配が上がるのは当然のことだった。
 ゆっくりとシールドに指がめり込んでいく。そのまま掌を突っ込み、まるで門を開くときのように両腕を広げていく。
 するとシールドに亀裂が入って、ゆっくりと小さな穴が開いていく。
 結局、シールドが突破されるまで五分とかからなかった。
 アリスは自分一人すり抜けられる程度の穴を開けると、高速でそこをすり抜けてシールドの内部へと滑り込んでいく。それを止める術はないのかあっさりと内側に入り込むことができた。


 するとまたまた地面からいくつものポットか飛び出してきて、一斉にレーダーを放ってくる。
 だが、シールドの外と比べてその数は非常に少なかった。それはそうである。シールドは突破されないことを前提に存在する。そのため、内部の兵装は極端に少ないのだ。それにさっきの攻撃で無人兵器もほとんど消費してしまった。
 この程度なら簡単に突破できる。
 アリスはサッと手を振ると、もう一度剣を顕現する。
 そして真っ直ぐ研究所の方へ向かって行きながら、再び戦火を広げに行った。






 「これだ!!」
 「こ、これって……」


 マリアはユウキが指さす物を見て、目を丸くして驚く。
 エレベーターの乗り、地下十数階まで降りたところにあったのは巨大なポカッと開いた広い空間だった。そして、そこに鎮座していたのは知識としては理解していたが、実際に初めて目にする乗り物だった。
 それは電車だ。
 と言っても、本に出ていたように長い鉄の蛇のようではなく、一両編成の小さい物だ。
 それにデルタと朱鷺は既に乗り込んでいて、発車準備を整えていた。


 開いていたドアから中に入ると、電車特有の無機質な椅子がいくつも並んでいた。そのうちのいくつかには何かが詰まった袋がポンッと置かれていた。何が入っているのか少し気になり、中を覗いてみたら量産型コアがいくつも転がりこんでいた。
 デルタは運転席で、頭から伸びるコードを何かしらの機械につないで操作を続けている。
 朱鷺は一度電車から降りると、近くにある電力供給を示すパネルの確認している。ユウキは座り込んで何もしないでいた、マイペースだ。
 マリアもしょうがないので彼の隣に座る。
 そのまま待ていると、五分も経たないうちに電車が動き出した。地面を滑るように進みだすと、速度が一気に上昇し、直進していく。あっという間にさっきまでいたホームが遠ざかっていき、曲がり角を曲がった瞬間に視界から消えていく。
 電車という物はやけにうるさい音がすると思っていたマリアは、その静かな発車に驚いた。
 それを察したのか、デルタはマリアに話しかける。


 「これはリニア式なノ」
 「リニア?」
 「電磁石で走ってル。だから静かだシ、早イ」
 「え? えぇ??」


 よく意味も理屈も分からないが、とりあえずそういうことなのだろう。
 それで納得することにした。


 その後は誰一人として口を開こうとしなかった。まるでパンドラの箱のように、しっかりと。そのせいか、電車の中は嫌な感じに静かだった。
 殆ど動きを見せないマリア達と違い、デルタだけはしきりに研究所の方を向いていた。表情が変わらないので何を考えているかまでは分からないが、どうやら、達也のことを気にしているらしい。今にも戻りたそうだった。
 だが、ピクリとも動こうとしない。
 マリアは彼女の姿に何か悲しいものを感じた。







 達也は一人、自分の人生について思い返していた。
 楽しい思い出があるわけじゃない。
 嫌な事ばかりといっても過言ではない。
 瀬戸達也はいたって普通の家庭の一人っ子として生まれた。母親は自分よりも子供のことを考えることができる専業主婦で、父親はどこかの大学で若いなりにも教授か何かをやっていたらしい。


 普通に幸せな家庭で、達也は三歳を超えるまで普通に過ごしていた。
 まだ、この頃に天才の予兆は見えなかった。
 ところが、転機が訪れることとなる。


 父親がある事件を起こしたのだ。話によると、大学の研究費を稼ぐために色々とやらかしたそう。だが、詳しいことはほとんど知らない。なぜならそのことについて話してくれる人はどこにもいなかったからだ。
 父親が事件をおこした結果どうなったかというと、母親はマスコミによって酷い目にあわされたのだ。
 そのため、逃げるように今まで住んでいた家から狭いマンションへと引っ越した。そして近所のスーパーでパートを始めた。貯金はそこそこあったがそれだけで暮らせるはずがなかったから。
 母が働きに出たことで、幼い達也は一人で家で過ごす事が多くなった。
 幼稚園や保育園には行けなかった。近くに良いところがなかったからだ。
 そのため、ある程度物心ついた頃から達也は暇を持て余すようになった。



 そんな彼が目を付けたもの
 それは母親が捨てられずに持ってきた父親の本や、研究資料、論文などだった。それは大量にあって、無造作に段ボール箱の中に突っ込まれていた。すでにある程度文字が読めるようになっていた達也は興味本位でそれを手に取った。
 しかし、読めない字はあるし、意味の分からない言葉もそこら辺にある。
 そういう時はやはり父親の残した辞書を片手に読み進めていった。
 こうして達也は急速にその才能を開花させていった。




 母親が達也の異変に気が付くまでそう大した時間はかからなかった。
 達也は一週間のうちに埃を被っていたパソコンを完全に使いこなせるようになり、やけに大人びた雰囲気を纏うようになった。あまり話さなくなり、たまに話すときもやけに難しいことばかりを呟くようになった。
 単純な知識量ではあっという間に母親を超えた。
 はっきり言うと
 異様だった。


 母親はそんな達也にどうやって接すればいいか分からず、困惑していた。やがて小学校に通う年齢になっても、達也は行こうとしなかった。そんなことしなくても既にその程度の知識は持ち合わせていた
 どうすればいいのか
 彼のことを完全に持て余した母親は、どうすればいいのか真剣に悩んでいた。
 そんな時
 偶然にも小岩井所長に出会った
 実は彼女と母親は父親のつながりで面識があったの。久しぶりの再会に、手と手を取り合って喜ぶ二人。久しぶりに夕食でも共にしようということになり、母親は自分の家に小岩井所長を招待したのだ。
 所長も喜んでその誘いに乗った。
 そして。そこで二人は初めて顔を合わせた。


 家にやって来た所長は達也の天才っぷりを目にして、驚いた。
 母親は物はついでとばかりに小岩井所長に達也のことを相談した。その頃にはもう、小岩井所長は達也の才能に心底惚れていた。所長は達也に最高の教育を与える代わりに、自分の研究の助手をしてもらいたいと申し出た。
 母親は悩んだ。
 彼を手放していいのか、この決断は自分の子供を売るようなものではないか
 そう思ったが
 彼女は達也の才能を活かせる道を選ぶことにした。


 次の日
 達也は黒服の男たちに連れられて小岩井研究所の門を叩いた。
 こうして小岩井研究所に来た達也はあっという間に大人顔負けの天才へと育った。


 そして
 十五歳のあの日


 アリスと出会ったのだ。


sage