達也 その②


 ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! という耳をつんざくような警告音が達也の思考を急速に現実へと引き戻した。それだけではない、目の前にモニターに研究所内部のカメラからの映像が届く。そこには内部へ侵入した原初の魔法少女の姿が映っていた。
 もうそろそろ時間らしい。
 達也は最後の最後までどうにも好きになれなかった酒の入ったコップをテーブルに置くと、一度席を立ち、隅っこにある机の上にあるポットを手に取った。そして流れるように動き、その隣にあるカップに中身を注いだ。
 コーヒーのいい香りが辺りに振りまかれる。
 なんだか久しぶりに飲むような気がするが、それは嘘だ。毎日のように飲んでいる。それなのに、どういう訳か今日はこの味わいが非常に懐かしく感じられた。なぜだろうか、たぶん緊張しているからかもしれない。
 こんな感覚は本当に久しぶりだった。

 別に死ぬことは怖くない。
 それ以上に怖いことがこの世にあるからだ。
 それは、

 もう一度席に座りなおし、じっと前を見る。
 そして、思い出す。
 アリスと初めて会った日のことを

 この研究所にやって来た一人の少女のことを
 そして
 彼女に話しかけたその瞬間を


 「懐かしいと思わないか? アリス」


 達也がそう呟く。
 それと同時に目の前の白い扉が轟音と共に弾け飛んだ。そのせいでいくつかの破片は達也の頬を掠め飛んで行き、背後にある窓に当たって、大きなひびが入る。他にもパソコンに命中したり、高価な機器を破壊していく。
 一瞬、もったいないなともったが、もうそれらは必要ない。
 自分にとって無用の長物だ。
 冷汗一つ垂らすことなく、達也は手にしていたカップを口元に運ぶともう一度こう言った。


 「久しぶりだな…………って俺のことが理解できていないんだっけな」
 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 誰ぇッ!? 何で人間がこんなところにいるの!? まぁいっか!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!! ハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』


 今、アリスの目には達也の姿は映っていない。
 ただ、うすぼんやりと右腕の辺りに魔力の反応が確認できる程度である。あとは人間の形をする生命エネルギーの薄い影
 しかしながら一つの事だけは、はっきりと分かっていた。
 目の前にいるのは殺せる人間であるとだけは

 アリスは剣を振りかざすと、達也に向かって突っ込もうとする。
 だが達也は即座に右腕を上げ、親指と人差し指の先を合わせて、そこにある小さなスイッチを入れる。
 すると所長室のある装備が起動すると、天井からアリスを中心として円柱状に魔力のシールドが張り巡らされた。直後に内部に高濃度な魔力が充満していくと、アリスの動きを制限した。
 それに気が付き、アリスは無いに等しい顔を歪ませる。
 これでは空間削除能力を発動することもできない。それに、ここまで高濃度の魔力では一秒や二秒で突破することができない。目の前にいる男。そいつを今すぐにでもこの手で殺すことができない。それは非常に屈辱的なことだった。

 達也はニッと笑うと勝ち誇る。
 ここまでは計画通り
 達也はサッと右腕を上げると、義手を操作しながら言葉を聞かないアリスに向かって話しかける。


 「ほとんど十年ぶりか、すっかり別人だな」
 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! わけわかんない!!! 何を言っているのか分からないぃ!!!!!!! ハハハハハハハハハハハハ!!!!!』


 アリスは話を聞いていない。
 だがそんな事は関係ない
 達也は淡々と言葉を紡ぐ。
 何か面倒なことをしようとしている。それを察したアリスは何とかシールドを突破しようと、両手に大量の魔力を集中させる。そうして、外に奴と同様に無理矢理突破しようとする。ところが、強度が段違いだった。
 この手もうまくいかなかった。

 静かな部屋に
 達也の声だけがただ響く。


 「ふと思うのだが、俺はどうして君を救えなかったのか。その理由は今までずっと考えてきた、所長が発狂した日も、優希が魔法少女になった日も、君を見失ったあの日からずっとだ。それは十年たった今でも何も変わらない。
 だが、山本慎吾と出会ってからある仮説が思い浮かんできた。それが正しいと確信を得ることはできない。直接君に聞くことができればそれが一番なのだが、それはかなわぬ願いだった。今でもそうさ、目の前にいるのに君とはまともに会話を交わすこともできない。
 悲しいが、それは今気にすることではない。
 今ここで話をするのは俺の考えた仮説のことだ。
 どうして俺は君を救えなかったのか、もしかすると、俺は君からすると遠すぎたのかもしれない。山本慎吾は自殺しようとしているところを君と出会ったという、君もその時死のうとしていた。もしかすると、同じ負のベクトルに力が向いているからこそ、山本慎吾は君に「生きていてもいい」と言えたのかもしれない。
 そう考えると、俺には不可能なことだった。
 俺はあくまでも君を生かそうと考えていた、君に自分の足で歩き、自分の生きたいように生きてほしかった。そのために何でもするつもりだった。どんな手段でもいい、ずっと支える気でいた。
 それがいけなかったとは言えない、だが君に対しては間違っていたのだろう。
 俺は君とは全く違う考えの人間だった。正反対の方向に力のベクトルに向かっていたのだろう、真逆の方向に移動していた。背中合わせに会話をしていたのだろう。それは無駄ではなかったと思うが実りにはならなかった。
 何となく俺はそれを察したいたのだろう。理解していた、納得していたわけではないが何となく分かっていた。
 だからこそ、俺は『ワンダーランド・インパクト』の後で君のことが好きだと認識した。だがそれは本心から好きだったからではないように思う。今になってこそ言えることだが、俺は優しい言葉をかけて力を貸すだけの「他人」ではなく、そばに寄り添って顔を突き合わせて話せるような「家族」になろうとしていたんだろう。
 それが「恋人」という立場だっただけの話だ。
 あの時の俺の決意は今でも残っている。
 だが形は大きく変わった。クライシスは言った、俺はこの十年間重要なファクターになると。今年で十年目だ。俺の役目はもうすぐ終わる。あとは彼女たちが継いでくれる、もうやることもない」

 そこまで言うと同時に義手に異変が起きる。
 パシュッという軽い音が鳴り、腕の中心辺りで二つに分かれる。すると小型の魔力コアが内臓されたシリンダーが姿を現す。それは淡い光を放ち、達也の顔を怪しげに照らし出している。それと同時にアリスはあることに気が付いた。
 地下から魔力が噴き出している。
 その瞬間
 何が起きるか悟った。


 『ふざけるなぁァァァァァァ!!!』


 アリスの絶叫を無視する達也


 「だからな、最後に一つだけわがままを言わせてもらおう。


 こんなことを言うのは趣味じゃないうえ、どうせ君はこの後も戦い続けるだろう。だがな、あえて言わせてもらおう」


 『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』


 親指の付け根を開き、そこにあるスイッチに指をあてがう。
 そして最後に一言


 「アリス、一緒に死んでもらおうか」



 カチッという軽い音が鳴る。
 すると
 ゴウッという激しい音が鳴り響く。
 アリスは地面をジッと見ると、その奥にあるものを確認する。すでに視界のほとんどが魔力に塗りつぶされほとんど何も見ることができない。だが、うっすらとだが地下で暴走を起こす魔力コアの存在をいくつか感知することができた。
 その瞬間
 アリスは確信を抱いた
 この地下にある魔力生成装置を暴走させて、この周囲一帯を巻き込んで自縛するつもりなのだ。
 この程度で死にはしない。
 死にはしないが、目の前にいる男は殺せない。
 それは決して許されない。
 そう思った瞬間、アリスの視界は完全に潰れた。


 『ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 目が見えなくては話にならないので、しょうがなしにアリスは本物の眼球を再構築すると、顔を上げてシールド越しに達也のことを見ようとする。爆発までそこまで時間の余裕はない。
 急がなければ
 前をしっかりと見る。
 すると


 必然的に達也とばっちりと目が合った。

 その時
 アリスは全ての動作をピタリと止めた。


 『え?』


 刹那
 研究所は周辺の土地を巻き込み、自爆した。
 達也はその全身があっという間に焼かれ、意識がゆっくりと遠のいていく。彼が最後に目にしたのは見慣れた研究所の一室と、ポカンとした顔をする原初の魔法少女の姿だった。もう、なんだか、それだけで十分だった。
 最後にアリスの姿を見ることができて幸いだった。
 目をしっかりと閉じた時

 アリスが何か言うのが聞こえてきた。


 『       』


 その言葉を聞いて
 達也はもう満足だった。



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 ドンッという重い音と、鈍い振動が響いてくる。腹の底が揺さぶられるようなそれに、マリアは心底気分が悪くなる。事情を何一つとして知らない彼女は何が起きたのか分からず少し曇った顔をする。
 ただ、研究所の方で何が起きたことは分かった。
 音と振動はそちらから襲ってきていたからだ。

 不思議に思った彼女はチラリとデルタの方を見てみる。
 すると、彼女は暗い何かを背負ったまま、小さな声でこう答えた。


 「自爆」
 「え?」
 「自爆装置が起動したんダ」
 「達也はこの時に備えて、前々から準備を進めていたノ」
 「…………」


 何とも言えない気持ちになるマリア
 あいつは嫌な奴だった。
 嫌な奴だったが


 「無責任なッ……!!」


 マリアは歯を食いしばって
 小さな声でそう呟いた。




sage