原初の魔法少女


 「…………」
 爆心地
 その言葉がこれほどしっくりくる言葉は、今ここ以外に存在しないだろう。研究所を中心として、半径数kmが爆発に巻き込まれ、何もかもなくなった。シールドを生成していた基地も消えしまった。
 正確に言うと、魔力を局地的に集中させ、分子レベルで崩壊させたので、自爆というには語弊があるがそれ以外に何といえばいいのか分からない。
 やけにつまらない光景だった、
 その中心
 そこに一人の少女が立っていた。
 彼女はボーッと何も無くなった地面をジッと見つめていた。


 黒いローブのような麗装を身にまとい、黒い髪を風になびかせていた。その周囲には人一人っ子おらず、それがより一層彼女の姿を惨めに見せていた。さっきまで強力な魔力が渦巻いていた場所とは思えないほど、寂しかった。
 彼女はふと顔を上げると、空を見る。
 その姿はそこにいる誰かを悼むかのようだった
 だが、その真意は誰にもわからない。
 風が吹く
 それを止める物はどこにもない。
 ただ、少女の体だけがそれを一身に受けていた。


 こうして佇むこと数分
 そこに一人の少女がやって来た。
 彼女はやけに露出の多い麗装を身にまとい、そして耳にはピアスを開け、髪の毛は美しい金髪に染め上げられていた。しかし、頭の頂点はほんの少し黒ずんでおり、いい加減染め直さなくてはいけない時期が迫っていることを示していた。
 また、その手には黒く長い無骨な槍のような武器がしっかりと握られていた。
 彼女は原初側の魔法少女の一人、御雷だった。
 あらかじめ、一定時間連絡のない時は彼女が研究所まで来てアリスの様子を確認するよう言われていたのだ。まだ予定の時間は来ていないが、研究所の自爆を見て心配になり、いでやって来たのだ。
 すると案の定、爆心地に何やら怪しい人物がいた。
 御雷はその少女の背後に降り立つと、手にしている槍の切っ先を向けてこう叫んだ。


 「お前!! 何者だっ!!」
 「…………」
 「答えろ!!」
 「……………私?」
 「そうだ!! 早くしろ!! さもなくば殺す!!」
 「…………私は………」


 黒いローブを纏った少女は、そう言いながらゆっくりと首を回し、やってきた少女の方を
 振り返る。

 すると
 そこには

 涙を流し、何も感じていないような目でこちらを見るひとりの少女の姿が目に飛び込んできた。手にしっかりと剣を握っているが、それを振るう気はないよう。その姿はまるで、世界中の業をその小さな背中に背負わされているかのようだった。
 彼女は御雷の顔をまるで路傍の石でも見るかのような目で見る。
 何となく
 御雷はその身から発せられる膨大な魔力と、悪鬼のごとき迫力に気圧された。
 黒い麗装をまとった少女は、そのまま暗い瞳で御雷のことを見ながら、ゆっくりと、ゆっくりと呟いた。



 「私は……アリス」

 「え?」


 御雷は驚く
 確かにアリスという名の魔法少女は知っている。研究所に突入していったのも確かに、その魔法少女だった。しかし、それは決して目の前にいる、暗い麗装を纏った少女ではなく、あの原初の魔法少女としてアリスだ。
 明らかに、おかしい
 そう思った御雷はより一層険し顔でアリスに向けて槍を突き出す。


 「嘘つけぇい!!」
 「……………」
 「原初の魔法少女は、そんな人間の姿をしてねぇぞ」
 「え?」


 ここで初めて気が付いた。
 アリスは両手を上げると、頭を下げる。するとそこには
 二つの掌があった。


 「え?」


 再びそう呟く。
 これは何? とでも言いたげなその口調に御雷はキョトンとした顔をする。
 そこでアリスは気が付いた。

 人間の体に戻っている。

 何が起きたか分からないが分子レベルで魔力が自身の体と干渉したせいで肉体が一時的に元に戻ったのか
 もしくは
 心境の変化が肉体にも表れたのか

 アリスはふと、手を上げると頬に触れる。
 なぜかわからないが濡れている。それがどうしてなのか、理解ができない。
 が、五分と立たず、気が付いた。

 涙だ。
 これは涙だ。

 アリスは無表情のまま驚く
 泣くなんて何年ぶりだろう。記憶のある限り、最後に泣いたのはあの病院での屋上。あの少年と最後に会った時だろうか。あまりにも昔なことに記憶が殆ど失われてしまい、正確に思い出すことができない。
 そこで
 アリスはふと思う。

 私はここで何をしている?

 私は何だ?

 ここは
 どこ?


 「…………」


 アリスは笑いたかった。
 笑いたかったが

 笑えなかった。

 いつもみたいに

 すべてを笑い飛ばして何も考えなければ非常に楽になるのに
 楽になれない。


 「…………………………」


 ボソリとアリスが呟く声がする。
 御雷はそれを聞き取れず、キョトンとした顔をする。


 「おい、今何て」
 「知らない」


 聞き返そうとする。
 だがその前に、アリスが動いた。


 「カッ!!」

 そんな声を上げる。
 それと同時に体から黒い霧がブワッと噴き出すと、周囲の空間を渦巻き始める。御雷にはそれが何か見当がついていた。大量の魔力を宿した粒子だ。それだけではない、ゆっくりと黒い水晶体のような物もいくつか生まれてくる。
 黒い粒子はやがてアリスの全身を包み込むと、そのまま漆黒の雲の中に彼女の姿を飲み込んでいく。そして、肉体、麗装に接触するたびにそれを粒子と変化させ、さらに体の奥へ奥へと侵入していく。
 順調に粒子化は進んで行くが、それには大きな代償がある。
 激痛が伴うのだ。
 全身が引き裂かれ、バラバラになっていくような感覚が襲い来る。頭がバックリと割れて、中身が全てこぼれ落ちていくような気さえする。吐き気を催す。意識が遠ざかっていく、心臓の鼓動がドンドン大きくなっていく。
 血液の代わりに、粒子がより一層強く噴き出す
 まるで世界が終わるような痛み、こんなもの、耐え切れずに絶叫してもおかしくない。
 だが
 アリスは歯を食いしばり、必死にそれを堪えた。


 数分後


 さっきまでアリスがいた場所に、原初の魔法少女が立っていた。
 御雷は驚く。あの少女がどうしてこんなことになったのか、さっぱり理解できなかったのだ。
 だが、一つだけわかった。
 目の前にいるのは、間違いなく原初の魔法少女だ。


 「お前」
 『…………』
 「……素顔、初めて見たわ」
 『――――ッ!!』


 原初の魔法少女は御雷の言葉を無視すると、グイッと首を曲げて遠くを見る。
 すると、不自然に固まった魔力が山中を移動している様子が見て取れた。結構な速度がある。車か、しかし地中を進んでいるあたりそうではなさそうだった。仮にあり得るとしたら、電車だろうか。可能性はなくない。




 そういえば、と思い出す。
 フレイヤと戦った時、お仲間が数人いた。無機質な魔力を扱う女と不思議な力を使う少年、紙を操る魔法少女に氷を放つ魔法少女。そして、謎の少女。魔力の形状以外に感知できていないが、それでも性別と能力ぐらいは分かる。
 分かっていないのはあの謎の少女ぐらいのものだ。

 だがそんな事よりも気になることがあった。
 彼女たちはどこに向かっているのだろうか?
 原初の魔法少女は、魔力の塊が向かっているであろう方向に目を向ける。するとその奥に歪んだ魔力が集中している場所があった。そこは、戦争開始時から調査したかった場所なのだが、研究所同様にバリアーが張ってあることから放置していた。
 それに優先度は研究所の方が高かったからだ。
 そこには何があるのだろうか

 原初の魔法少女は少し考える。
 答えはすぐに出た。


 原初の魔法少女は無造作に腕を伸ばし、指を地面に向けるとバチンッと指を鳴らす。
 その直後、ガオンッという音が鳴り、空間が削除される。すると地面に全てを飲み込まんとする巨大な落とし穴が生まれた。
 御雷は何となくその縁までくると、ふと目を伏せて奥の方を見てみる。
 すると、不自然な点が一つ見つかった。
 竪穴の奥の方に、横穴の入り口が見えたのだ。


 「……トンネル?」
 『行け』


 いつ間にか顕現した剣を振りかざし、命じる。
 御雷はハァとため息を吐き、頭をボリボリと掻きながら呆れた声で言った。


 「わーったよ。この先に何かあるんだな」
 『レールに沿って左へ行け、足止めしろ』
 「なんかあるんだな、了解!!!」


 元気な声でそう答えて穴の中へと飛び込んでいく御雷
 原初の魔法少女はそれを見届けた後も、ジッとその場で立ち尽くしていた。

 どうやら

 自分には何もないと思っていたが

 待っていてくれる人はいたらしい。


 死んでしまったが


 これで本当に何も無くなった。



 『…………』


 世界を滅ぼすしかない。


 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』


 笑う

 笑う

 さっきまで流していた涙を全て振り払うかのように
 原初の魔法少女は狂い踊りながらひたすら笑っていた。



 達也



 アリスが最後にそう呟いたことを
 もう誰も覚えていない。




sage