逃走 その①



 突然、デルタが小さな声を上げるとこう言った。


 「達也のテープがあル」
 「「え?」」
 「自爆したら聞かせるように言われていル」
 「……お願い、聞かせて」
 「言うまでもなイ。聞かせル」


 そう言ってデルタは顔の横に手をやる。
 どうやらこのことを知らないのはユウキとマリアだけらしい。朱鷺は目を閉じたまま、その言葉を聞き流していた。どうやら彼女は興味ないようで、そのままピクリとも動くことが無かった。
 デルタは胴体部分にあるメモリーからデータを引っ張り出すと、頭部にあるスピーカーから音声を再生する。
 すると、やけに落ち着いた達也の声が流される。
 デルタの顔から男の声が聞こえるのは中々シュールだったが、それを笑う余裕はなかった。


 『さてと、計画通りに進んでいると仮定して話をしよう』


 いきなりだった。
 前置きなど何もない、達也らしいマイペースな始まり方だった。


 『今、君たちが向かっているのは研究所から離れた場所にある別の研究所だ。正式名称は小岩井第二研究所という。そこに特別な施設はほとんどない、ただ簡単な魔力生成装置だけとちょっとしたレーダーがある程度だ』
 「それって十分じゃないの?」
 「うるさい、マリア」
 「ごめん」


 素直に謝るマリア
 それに少し拍子抜けするユウキだが、達也の声はそんなこと気にせずに続く。


 『そこからさほど離れてない場所にクライシスが封印されているが、あまり気にしないでいい。いいか、お前たちはそこで何をするか、分かっているな?』
 「……分からないんだけど」
 「だからうるさい」
 「…………」


 素朴な疑問さえ許されないようだ。


 『いいか、そこの機器を使えばアリスの現在位置が把握できる。お前たちがやることはもう分っているな? そうだ、時が来た。アリスを殺せ』
 「「「「…………」」」」

 その場にいた全員が息をのんだ。
 特に、マリアは額から嫌な汗を流し、一番緊張していた。とうとう来た。自分の力を最大限に発揮して、世界を救う時が。生まれてきた意味が、今までの戦い、犠牲その全てが報われる瞬間が
 無意識のうちに拳を強く握りこむ。
 そんな彼女に、達也の冷たい声が浴びせかけられる。


 『いいか、お前たちに「敗北」の二文字はない。あるのはたった一つの選択肢だけだ。「勝つ」か「死ぬ」かどちらかだけだ。いいな、分かったな』


 プツッという、テープが切れる特有の音がする。
 それで達也の言葉は終わりらしい。デルタは当てていた手を下げると、力尽きたように席につく。どうやらこの四人の中で達也が死んで一番ショックを受けているのは彼女のようだった。真っ白に燃え尽きていた。
 一方のマリアは怒っていた。
 さっきも言ったが、本当に無責任だと思う。
 文句の一つでも言ってやりたい気分だが、もうすでに言うべき相手はこの世にいない。行き場のない怒りが胸中で渦巻き、強くなっていき、ドンドン燃え上がっていく。この激昂をどうすればいいのだろうか
 マリアは半分やけくそになっていた。
 ユウキは額に青筋を立てていたが、何も言わず近くのドアを蹴り飛ばすだけだった。

 このまま、気まずい時間が流れる。
 それが十分も経った頃
 異変が起きた。

 突然、電車が不審な動きを見せるとガクンッと嫌な感じの衝撃が襲って来る。朱鷺とユウキはそれに驚き立ち上がる。一方でボーッとしていたデルタは反応が遅れて顔から床に倒れ込み、ガンッという鈍い音を響かせた。
 マリアは椅子からずり落ちてるも、すぐに立ち上がる。
 そして、ユウキの方を向くと叫んだ。


 「何が起きたの!?」
 「知るか!? なんで俺に聞く!?」
 「それはそうだね!!」
 「お前馬鹿だろ!!」
 「うるさい!!」
 「二人とモ、静かニ!!」


 デルタの厳しい声がする。
 二人はそれで我に返ると一斉に彼女の方を振り向く。
 冷静になると同時に、他の異変にも気づき始めた。
 電車の動きがドンドン遅くなっていき、自分たちを照らしていた電灯がピカピカと瞬き始める。デルタは急いで運転席に向かうと、そこにある機器を確認しようとする。一方で朱鷺は一番後ろの席に向かうと、窓から研究所の方を確認する。
 何もできないマリアとユウキは何かあった時のように、量産型コアの詰まったバックを手にしておく。

 そこまでして、マリアはまたおかしなところに気が付いた。
 「ねぇ、ユウキ」
 「んだよ」
 「なんか変な音が聞こえない?
 「お……そういえば……」
 まるで金属と金属をこすり合わせているような気分の悪い音
 それは電車内にいる全員の耳に響いていた。
 だが、原因が分からない以上、眉をひそめて無視するほかない。


 そんな中、デルタはある計器を見て気が付いた
 電力供給が滞っている。
 なぜ? どうして?
 そんな言葉が浮かんでは消えていく。
 達也が作ったシステムに不備などあるはずがない。研究所が爆発した影響か、と一瞬思うもすぐに否定される。なぜなら、この緊急脱出用地下鉄道は自爆した後で使われることを前提としているからだ。
 そのため、爆破後で動かなくなるはずがない。
 つまり
 何者かがこちらの脱出を阻害していることとなる。
 結論は意外と早く出た。
 デルタは即座に動くと、後の席にいる朱鷺の隣に立ち、話しかける。


 「見えますカ?」
 「いや、さっきまでトンネルを照らしていた電気まで死んでいる。デルタ、すまないが」
 「大丈夫でス。暗視モードに切り替えまス」


 デルタはそう言って、切り変えてトンネル内を凝視する。すると、真っ暗で何も見えなかった横穴がまるで昼間のようによく見えるようになる。だが、パッと見では特におかしな物は何も見えない。
 それでも何かあるはずなのだ。
 確信を抱く彼女は、ズームさせて、より奥を見る。

 すると、見つけた。
 黒い槍を手にし、無駄に派手な麗装を身にまとう一人の魔法少女を。彼女は最高速度で宙を切りつつ、真っ直ぐこちらに向かって来ていた。また、彼女はどういう訳か槍の先を電車のレールに当てていた。
 どうやらそのせいでこの不協和音は鳴り響いているらしい。
 原初の魔法少女の手下だろう。
sage