朱鷺 その④



 朱鷺はこの紙人形の弱点を熟知している。
 そのため、自分は燈子にタイマンを仕掛けたのだ。彼女の能力で式神を燃やし尽くされては、七節棍での攻撃の意味がほとんどなくなる。紙人形でかく乱しつつだからこそ優位に立てるのであって、それが無くては簡単に突破される。
 ネタが割れるまでの短い時間しか使えない戦法
 それでも朱鷺は勝機があると思っていた。


 燃える拳を避けて鋭い膝蹴りを繰り出す。
 するとそれは浅いながらも命中し、燈子の体を揺るがす。その隙を突き、朱鷺は攻撃を仕掛けようとするも、その前に燈子はその場から離れていった。
 逃げ足だけは速い。
 その事実が朱鷺を苛立たせる。
 燈子は、フレイヤと同時期に生まれて、現在まで生き残っている数少ない魔法少女の一人だ。
 だが、その割にはあまり強くない。
 その理由は昔あった事件でフレイヤとの確執があり、彼女を恐れてあまり表舞台に立たず、コソコソと暮らしていたからだ。
 戦争が始まってすぐ、原初側についた彼女だがその理由は単純、フレイヤと一緒にいたくなかったからだ。


 「何を考えている?」
 「クッ!!」


 馬鹿か私は
 そんな言葉が脳裏をよぎる。
 いつの間にか朱鷺が目と鼻の先まで来ていた。
 彼女は指をV状に伸ばすと、燈子の両目を狙って無慈悲に突き出す。
 失明だけは避けたい。


 その思いが燈子の体を動かすと、燃え盛る両手を眼前でクロスさせ、朱鷺の攻撃をそこで受ける。
 炎を突き抜けて、鋭い指先が突き刺さる。グチャリと肉が潰れる、痛みのあまり絶句するも目が見えなくなるよりははるかにましだ。一方で朱鷺もダメージを食らっていた。それはそうだ、燃え盛る腕に突っ込んだのだ。
 皮膚が焼けただれ、肉が焦げる嫌なにおいがしてくる。


 「クッ!!」


 早々に腕を引き戻すと指を引き抜き、そのまま数歩後ろに下がる。
 燈子は涙目になりながらも、その動きを見逃さなかった。




 「喰らえ!!」


 歯を食いしばり、痛みをこらえながら目の前で組んでいた腕をサッと振るう。すると両腕の炎が噴き出し、地面の雑草に燃え移ると自分と朱鷺の間に炎の壁を生み出した。そこから放たれる強烈な熱気に、朱鷺は少し怯んでしまう。
 それが分かっていか否か
 炎の壁を突き抜けて、燈子の投げナイフが二本、朱鷺の腹部を狙って飛んでくる。


 「なっ!!」


 この至近距離では回避も受け止めることもできない。
 それでも体は危機を回避しようと動く。間に合わないと分かっていても

 ザクザクという音がして、ナイフが突き刺さる。一瞬遅れて、朱鷺の両手はそのナイフの柄を握りこみ、それ以上傷が深くならないようにする。


 「くそがッ!!」


 そう叫んでから、朱鷺はナイフを投げ捨てる。
 そしてその場から右に飛ぶと、炎の壁を避けてその裏に回ろうとする。
 ところが、そこに燈子の姿はなかった。


 「クッ!! 逃げられたか!?」


 どこに行ったのか
 朱鷺は真っ先に視線を巡らすと、後ろにいる魔法少女達に向かって行く燈子の後ろ姿が見えた。


 「逃がすかっ!!」


 朱鷺も地面を蹴るとその背中を追って行った。



 一方で燈子は追って来る朱鷺が放つ殺気を背中に感じ、冷汗を垂れ流しながら叫んだ。


 「宮崎!!」
 「…………」


 すると、その声に応えるように木の陰からひょっこりと顔を覗かせる。
 そして燈子に目配せをすると、こっくりと小さく頷いた。


 「よし!!」


 万事OK
 これで勝てる。
 燈子は意を決すると、動きを止め、朱鷺の方を見る。すると悪鬼のごとき無表情をする彼女の姿が飛び込んできた。
 心臓がバクンバクンとなる。冷汗が滝のように流れ出ると、顔の表面を伝って落ちていく。気が荒くなり、鳥肌が全身を包んでいく。油断すると胃の中の物をすべて吐き出し、そのまま逃げて行ってしまいそうになる。
 今、目の前にいる魔法少女は自分をはるかに超える実力の持ち主だ。
 少しでも隙を見せればあっさり自分の首は吹き飛ぶ。
 極限まで集中力を高める。


 「フー、フー」
 「死ぬ決意ができたか」


 朱鷺の冷酷な声
 すぐにでも攻撃を仕掛けられるよう、彼女は空中で構えの姿勢をとる。
 一瞬だ。
 一瞬でいいのだ。
 燈子は右腕を前に突き出して、朱鷺の気を逸らす。
 その間にこっそりと左の指を鳴らすと、小さな炎を上げるとそれを朱鷺の目の前まで飛ばす。パッと明るい光が朱鷺の視界を遮り、彼女の意識をそちらに向ける。しかし、その炎では大したダメージなど与えられない。
 だが、燈子にとってそれで十分だった。


 「喰らえ!!」
 「なっ!!」


 燈子は一気に近づくと、朱鷺の体に抱きついたのだ。

sage