朱鷺 その⑤



 体の自由が奪われ、燈子の放つ重力干渉波に押されて朱鷺はそのまま背中から地面に落ちる。ドッという硬い音ともに、鈍い衝撃が伝わってくる。歯を食いしばって、声が漏れないように堪える。
 このまま、腕から炎を放たれて全身を燃やされてはたまったものではない。
 力任せに右足を振り上げると、それで燈子を蹴り飛ばす。


 「グハッ!!」
 「小癪なぁ!!」


 どうやら、内臓を潰すことに成功したらしい。
 彼女はふわりと宙に浮き、数m後ろに倒れ込んだ。
 朱鷺は怒りに身を任せ、一歩前に踏み出すと寝ころんでいる燈子の手刀の一撃でも叩き込もうとする。これで、首を貫き、彼女を絶命させるつもりでいた。七節棍を操作している手前、あまり意識をこちらばかりに集中させるわけにはいかない。
 無慈悲に死を叩きこもうとしたとき
 朱鷺は異変に気が付いた。


 視界がグニャリと歪む
 地面がぐらぐらと地震のように揺れ始める。
 手足の先が痺れて視界がぼやけてくる。


 「……かっ……!!」


 今気が付いた。舌が麻痺してうまく動かない。
 意識が遠のくのが分かる。


 何が起きた。
 朱鷺は初めて焦っていた。
 正体不明の攻撃を受けている。
 何だ
 何が起きた

 ドッと軽い音がして、両膝が地面に着地する。膝立ちの姿勢で、朱鷺はなんとか自分の身に降りかかったこの謎の現象を確かめようとする。だが、全く持って見当がつかない。それどころか、朦朧としてまともに思考できる状態にない。
 朱鷺は大きく息を吐いて無理矢理心を落ち着かせると、手を吐きながらなんとか立ち上がる。
 そして、ようやく起き上がった燈子に向かって全力で叫ぶ。


 「貴様ぁ!!! 何をしたぁ!!!」


 すると、
 それを聞いた燈子は「ククククク」と笑いながら小さな声で話しかけてきた。


 「勝った!!」
 「はぁ……なにぃ!?」
 「さすがの朱鷺でも、毒には勝てないでしょ!!」
 「……毒……?」


 それで、朱鷺は気が付いた。
 サッと後ろを振り向くとそこにいる地味な魔法少女のことを睨み付ける。


 宮崎
 彼女の能力は毒煙発生
 全身から強力な毒を生み出し、周囲の空気を汚染し、大量の敵を一斉に殺すことができる。一般人なら即効性のあるものだが、魔法少女が相手では時間をかけてゆっくりとその肉体を侵食していく。
 この能力は非常に扱いにくく、下手すると仲間を巻き込む可能性もある。
 それを避けるため、彼女はキャンディーと呼ばれる解毒剤をみんなに渡したのだ。

 朱鷺は戦闘中興奮状態だったため、毒の影響に気づかずにいたが、そのツケがドッと回って来たらしい。
 集中力が保てなくなり、大量の式神が力なく落ちていく。
 そんな中、燈子の周囲に魔法少女二人が集まる。
 数がだいぶ少なくなっている。


 「シノブとレイチェルは?」
 「死にました、すいません」
 「いえ、構わないわ。全滅しなかっただけマシ」


 心の底からそう思っていた。
 朱鷺は何とか意識をしっかりと保ち、腕を上げると遠く離れている二本の七節棍を手元に引き寄せる。そしてその先を地面に突き立て、体をそれで支えながら、生まれたての小鹿のようにフルフルと震えながらも立ち上がった。
 唇の端から一滴の血を垂れ流している。
 吐血したわけではない。
 歯を食いしばり、わざと唇を切り、その痛みで少しでも頭を活性化させようとしたのだ。
 だが、その程度でうまくいくはずがない。


 「惨めね」
 「……はぁ……畜生……」
 「悪いけど、こうでもしないと勝てる見込みがないのよ」


 それはそうだ。
 キャリアでは自分の方が上でも、才能の、力の差がありすぎる。
 最初から、こうでもしないと勝てないと分かっていた。
 せめて
 苦しまずに殺してあげよう。
 そう思った燈子は歩を進めながら手にしている投げナイフに着火する。ただでさえ不気味なシルエットのそれが、より一層おぞましい姿になる。これで心臓を貫いて、一撃で終わらせる。
 後ろの魔法少女達もそれぞれの武器を手にする。


 それを見て
 朱鷺を怒りに満ちた表情を浮かべる。

 これ以上
 虚仮にされてたまるか


 「フンッ!!」


 気合一閃
 朱鷺は腕を振るい、手にしていた七節棍の切っ先を左腕にブスリと突き刺す。その一撃は血管を突き抜け、骨を砕き、激痛を朱鷺の体にもたらす。それでも彼女は、声一つ上げず、それを堪えきった。
 すると、まるで霧が晴れるように頭の中がすーっと晴れ渡っていく。
 唇を切るので足りないのなら、それ以上の痛みを好みに叩きこむのみ
 一瞬だが
 覚醒した。

 燈子たちはそれを見て、呆気にとられる。
 が、すぐに朱鷺の思惑に気が付くと焦り顔を浮かべる。


 「やばい!」
 「今すぐ殺さなきゃ!!」


 魔法少女たちの声が響き、襲い掛かる。


 朱鷺はそんな中、腕を振るい噴き出す血液を全身で浴びながら叫んだ。

 「我が一生に、一片の悔いなし!!!」
 「――ッ!!」
 「ならばこの命、華と散らして見せようかぁ!!!」


 ここが探し求めた死に場所か
 魔法少女になって以来、ずっと探し求めてきたものが、自分の手の届く場所にある。
 ふと、優希の最後の言葉が脳裏をよぎる。

 あなたは私の分も生きて、この世界の行く末を見守って

 すまないが、その約束は果たせそうにない。

 無言のまま、あの世にいる優希に詫びる


 もう何も感じない。
 数多の死を乗り越えた彼女にとって、自分の死であっても特別なものではない。


 声が途切れた瞬間
 朱鷺はまだ動く右腕と共に、赤い七節棍を全力で突き出すと、一番近くにまで来た魔法少女の顔面を狙う。その動きは見事なもので、毒に犯されているなど微塵も感じさせないものだった。
 いきなりの攻撃を、魔法少女は躱せなかった。

 ガッ、と鈍い音が響く。
 頭蓋骨を完全に砕き、眼球や脳みそが潰れるグチャリという感触が伝わってくる。その魔法少女は一瞬で絶命すると、そのまま棍の中心辺りで体の滑りが止まる。中々無様な姿だったが、それを笑うものなどどこにもいない。
 朱鷺はその死体を投げ捨てると、充血し、真っ赤になった眼で後ろの方でコソコソしている宮崎のことを睨み付ける。


 「殺す!!」
 「…………」


 無言のまま怯える宮崎
 燈子は目の前にいる怪物に目を向けると、顔を歪ませる。
 面倒だ。
sage