決着 その①



 この瞬間
 これがマリアの待ちわびていたものだった。
 理由は分からないが、原初の魔法少女は自分にとどめを刺すことを止めた。剣を振り上げたまま、銅像のように動きを止めた。自分を拘束するだけに飽き足らず、全身硬化してしまったのかもしれに。
 だが、すぐにそんな場な考えは吹き飛んでいく。

 これだ。
 これさえあれば勝てる。

 マリアはキッと原初の魔法少女のことを睨み付けると、叫んだ。


 「止まれぇ!!!!」


 時間が止まる。
 元から動いていなかった原初の魔法少女の姿からはそれを察することはできないが、周囲の物は確かに静止していた。もうすっかりこの無音の世界にも慣れた。今、マリアしか、動くことができない。
 彼女は何とかこの拘束を解けないかと体をグネグネと動かしてみる。
 だがうまくいかない。
 時間は有限だ。
 マリアはさっさと見切ると、別の手段をとることにする。
 「…………」
 原初の魔法少女の背後の空間
 そこに狙いをつけると、瞬間移動能力を発動する。

 刹那
 マリアは原初の魔法少女の背中をとることに成功した。

 無防備な背中
 彼女は自分が後ろにいることにも気がついていない。いや、気がつくことができない。

 マリアは背中にピッタリと張り付くように移動する。
 そして、左掌に魔力を集中すると叫んだ。


 「これで!! 終わりだぁぁぁぁぁ!!!」



 腕を突き出す。
 するとやはり手ごたえもなく、マリアに左腕はズブリとめり込んでいく。

 これで終わり

 マリアは魔力吸収能力を発動すると
 原初の魔法少女を殺しにかかった。

 今までの物とは全く違う。
 汚染されていく感触がする。まるで質量を持っているかのようなそれは徐々に、しかし確実にマリアの体内へ、体内へと入り込んでくる。若干の拒否反応と、吐き気を催す感覚を伴いながら。
 時間停止時間は約十秒
 その時間はあっという間に過ぎる。

 世界に音が戻ってくる。
 それと同時に色も舞い戻ってくるかのようだった。
 それでもマリアは、他の全てを無視して、ひたすら魔力を吸収し続ける。



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 原初の魔法少女はハッと気がついた。
 さっきまで自分が捕縛していた魔法少女の姿が消えていた。と思ったら、背後に人の気配がして、自分の魔力が大量に吸い上げられている感覚がする。何が起きたのか理解が追い付くより早く、彼女は身の危険に気がついた。
 これでは死ぬ。
 紛うこと無き死が近づいてきている。
 反射的に原初の魔法少女はマリアを弾き飛ばし、その死から逃れようと思った。それはある意味当然と言える。ある程度枠組みを外れた存在とはいえ、一応原初の魔法少女も生物であることに変わりはない。
 体は生きようとする。
 だが、それを制御するのはあくまで人間の思考

 彼女はあることに気がついた。
 死ぬ、と感じることができる。
 つまり、死ねる?

 この死ねない体から解放されて、永遠の安らぎの中に眠ることができる。

 それはアリスの願いそのものであった。


 『………………』


 それを悟った瞬間
 アリスは抵抗をすることを止めた。


 アリスに訪れた死は、実に静かで心地の良いものだった。全身に満ち満ちていた何か邪悪なるものが抜き取られ、その全てが消えていくかのように。老衰とはこのようなものなのだろうか、ゆっくりと暖かい光が満ちる穴へと落ちていく感覚。もしくは冬のある日、暖かい布団の中で眠りにつくような感触。
 死の恐怖ではない。
 はっきりと分かった。

 これは救いだ。
 かつて自分が見殺しにしてしまった心の支えが、今、血で薄汚れた汚らしい世界から自分を引っ張り上げてくれている。

 アリスは
 安らかな死についた。


 それとは対照的に

 マリアは地獄の苦しみを味わっていた。


 流れ込んでくる魔力が重く、まるで大量の針が次々と突き刺さるように鋭く、断続的な痛みが襲ってくる。それだけではない、吸い込んだ原初の魔法少女の魔力が自分の体から水蒸気のように放たれる。
 肉体が引き裂かれるんじゃないかという妄想が頭の中を支配する。実際、本当に真っ二つに分かれていたとしてもマリアは大して驚かなかっただろう。なぜ自分はこんなことをしているのだろう。目的を見失ってしまうが、すぐに正気に戻る。それもまた、痛みのおかげで。
 気分が悪くなり、胃の中の物がゆっくりとこみ上げてくる。
 視界がゆっくりと暗くなる。
 だが、どういう訳か意識ははっきりとして、その苦しみから逃れることを良しとしなかった。


 「ううううううううううううううううううっ!!」


 歯を食いしばり、カッと目を見開くとその痛みを何とか堪える。
 ここで逃げたら
 原初の魔法少女を殺すことができなくなる。
 決して逃げてはいけない。
 この苦しみを受け入れて初めて、勝利を得ることができるのだ。

 結局、原初の魔法少女の魔力を吸収しきるのに約五分かかった。
 消費の方が生成より多いとはいえ、原初の魔法少女の魔力は規格外の量。今までの魔法少女や絶望少女なんかとは比べものにならない。それに、襲い来る苦痛のせいでその時間は永遠にも思えた。
 だが、そんなことはない。
 始まりがあれば終わりがある。

 原初の魔法少女の肉体を形成していた粒子の数が激減すると、その中心にあるコアの姿が露わになる。マリアはぼやける視界の中、それを確認すると、限界まで腕を伸ばしてそれを手中に収める。
 それは蠢いていた。心臓のように鼓動しているのではない、ナメクジのようにグネグネとしているのだ。
 暖かいのか冷たいのか、中途半端に気色が悪い。触り心地も最悪だ、解凍したての生肉を全力で掴んだ感触と似ている。グニャリと指が吸い込まれそうでありながら、それはその柔らかさに弾き返されてしまう。そのせいか、実体があるのかないのかもわからない。光の塊のようにも見えるし、ただの肉塊にも見える。
 持っているだけで、気分が悪くなり、吐き気が余計に増していく。


 「あぁっ!!!」


 マリアは
 最後の仕上げとでも言いたげに、
 渾身の力を込めると

 原初の魔法少女のコアを
 握りつぶした。

 なぜか
 どういう訳か
 潰した瞬間にバキンッという何かが割れる儚い音が響いた。幻聴か、はたまた現実か。マリアにその判断はつかなかったが、とにかくマリアの耳にはガラスの割れるような悲し気な音に聞えたのだ。
 魔力の欠片がはじけ飛んで、
 周囲に雪のようにばらまかれる。それは中々美しい光景だったが、マリアにそれを楽しむ余裕はなかったし、原初の魔法少女が生み出した物というだけで、嫌悪感しか抱くことができなかった。そんな自分が悲しい。
 マリアは最後の一欠片が指の隙間から零れ落ちるのを見て、原初の魔法少女がこの世から消え、本当にすべてが終わったことを理解した。

sage