研究所 その③



 マリアが呆然としている間に、達也は話を続けた。


 「いいか、君は原初の魔法少女を殺せるように作ってある」
 「…………」
 「だが君はまだ能力を完全に扱いきれていない、その理由は二つある」
 「……なによ」
 「一つは君に魔力を供給することができていないということ、もう一つは能力が完全に定着していないのだ」
 「……そうなの?」
 「だから、今から君にある存在のコアと接続させてもらう」
 「好きにしたら?」


 すっかり投げやりになってしまったマリア
 達也は席を立つと後ろにある出入り口に向かうと、扉を開ける。そしてマリアの後ろ姿を見ると冷たい声で命令した。


 「こっちに来い」
 「え……?」
 「これから君を戦えるようにする。こっちに来い」
 「拒否したら?」
 「大したことはない。補給ができずに魔力切れで死ぬだけだ」
 「…………分かった。ついて行く」


 マリアは達也の言う通りにするのは屈辱的だったが、死ぬのは嫌なのでついて行くことにした。デルタとユウキの二人も、マリアの後をついて行く。長い廊下を進み、エレベーターのあるところに向かって行く。
 その間にも、達也は話を続ける。
 まるで時間が惜しいかのようだった。


 「この研究所にいるのは、マリアとユウキ、デルタ。あとは三人の魔法少女だけだ」
 「三人?」


 正確に言うとここから数百m離れたところにあるジャミング施設の防衛に努めている、今はそこから離れて翼の少女の大群の殲滅に向かっている」


 「……その人たち、強いの?」
 「あぁ、強い」


 きっぱりとそう言い切った。


 その姿から、達也が彼女たちを信頼しているであろうことがうかがえた。


 この後、色々と達也が話していたがほとんど頭に入ってこなかった。
 エレベーターに乗り込み、地下にある実験室に向かう。するとそこには機械の椅子が一つだけ置かれていた、周囲の壁は他の物と違い灰色で、何かグラフのようなものをいくつも浮かび上がらせていたがマリアにはそれが何か分からなかった。
 部屋の広さは人が二人入るとギリギリのサイズで、ユウキとデルタの二人は外で待機していた。
 達也は何やら持ち込んでいたタブレットを操作して、何やら確認しながらマリアに向かって命令した。


 「そこに座れ」
 「分かったよ、で、何するの?」
 「契約だ」
 「え?」
 「いいから座れ」
 「…………」


 話にならない。
 そう思ったマリアは何も言うなく椅子に座り込む。すると、キュイィィィィィィィという起動音がして、椅子の手すり、背もたれが淡い光を放ち始めた。何となく暖かい感覚が全身を包み込んでくる。
 だが、生理的に嫌気がさしたのでマリアは椅子から降りようとする。
 ところがそうすることはできなかった。
 まるで金縛りにあったかのように体が動かない。


 「何ッ!!! これっ!!」
 「静かにしろ。すぐに終わる」
 「そんなこと言って―――ッ!?」


 異変に気が付き、マリアは突然口を閉ざしてしまう。
 脳内を電流のようなものが迸ったかと思った瞬間、全身筋肉がピンっと張り体がピクピクと勝手に動き出す。だが、それは五分も経たないうちに収まると今度は視界に異物が見えるようになったのだ。
 最初は小さい違和感だった。


 ザザッというノイズのようなものが何度も走り、何かが浮いているのがちらりと見えた。やがてそれはしっかりとしたか形を保ち、マリアの目の前に現れた。
 それはまるでピエロの顔をしたこけしのようだった。全長は三十cm程度、胴体部分には何やら不思議な文様が刻まれており、そこから紫色の光を放っていた。また、体の周りにはまるで猫の手のようなものが二つ浮いていた。
 それはにやりといやらしい笑みを浮かべたまま、マリアに向かって話しかけてきた。


 「始めました!! 君がマリアだね!! よろしく!!」
 「な……なに、これは……」
 「僕かい? 僕の名前は、クライシスだよ。よろしくね」
 「え? ええ?」



 さらに困惑するマリア
 いきなり目の前に謎の物体が出現したのだ、今日で二番目に困惑した出来事だった、どうすればいいのか分からず完全に固まってしまう。クライシスは「あれあれー?」と言いながらマリアの周囲をぐるぐると回っている。
 達也は「成功だな」と呟きながら操作していたタブレットを仕舞い込むと、この部屋の機能を停止する。
 その後でこう言った。


 「クライシス、彼女が困ってるじゃないか。ちょっと待ってやれ」
 「あれ? 説明してないの?」
 「今からする」
 「なら早くしてよ」


 マリアは混乱していたが、あることに気が付いた。
 このこけしは先ほどクライシスと名乗っていた。それは、先ほど達也が話していた魔法少女の物語に出てくる完全生命体の名前とまったく同じなのだ。一体どういうことなのだろうか
 疑問に思ったので尋ねようとしたが
 先に達也が答えてしまった。





 「これがクライシスのアバターだ」
 「あばたー?」
 「分身みたいなものだ」
 「え、でもどうしてここに? コアを失って死んだんじゃないの?」
 「そうだな、正確に言わせてもらおう。クライシスを私がよみがえらせたものだ」
 「え?」
 「私はコアを人為的に生み出すことに成功した。その技術とクライシスの肉体に残されていた情報を利用して、彼を再生させることに成功したのだ。しかし、過去の記憶はない。彼は生まれ変わった新生クライシス、だからな」
 「……それが、どうして?」
 「話を聞いていなかったのか? 彼が君に魔力を常に供給し続ける、これで君は完成した」
 「……そういうことね」


 そういえば自分は魔力を消費して生きる生命体だと言っていた。それに、魔力が尽きることがあるということは、一人の人間が持てる魔力には限界があるのだろう。だが外部から供給し続けることによって、その心配がなくなる。
 つまりは、原初の魔法少女とほとんど同じ不死身なのだろう。
 マリアがうんうんと頷いている姿を見て、クライシスは満足そうにクルクルと回り続ける。
 その姿に見とれている間に、達也はマリアの前に立つと説明を始めた。


 「しかしながら君はまだ能力を使いこなせていない」
 「え……?」
 「なぜなら使ったことが無いからだ、これから先は実戦を経験してからだ」
 「で、でも!!」


 一方的な通告にマリアは反論しようとする。
 だがそれを無理矢理遮ると達也は悪魔じみた笑みを浮かべて言い放った。


 「拒否権はない!!」
 「――ッ!!!」
 「なぜなら、戦うことが君の生まれてきた意味だからだ」
 「そ、そんな」
 「君は世界を救う義務があるんだ!!!」
 「…………」
 「戦え、分かったな」



 ここまで言われて反論できるほどマリアは強くなかった。
 それに、他にどうすればいいのかも分からなかった。生まれて間もない彼女にこの荒廃した世界での生き方や、外の世界など未知の領域だった。死にたくなければ達也に頼るしかない、それには戦う以外の道などなかった。
 なので
 しょうがなく
 マリアは頷くほかなかった。
 世界を救う以外の選択肢が用意されていなかった。


 それは二人とも分かっていた。


 それでも達也は嬉しいのか、歓喜の笑みを浮かべるとそのまま部屋から出て行ってしまった。
 マリアは黒い部屋の中、一人で絶望した。
 開いたままの扉からこっそりと二人が覗いているのが見えた。
 だが、何も言えなかった。



sage