出撃 その④


 最初、マリアは何が起きたのか理解できなかった。
 それだけ超常的な現象が起きたのだ。


 何が起きたのか簡潔に説明すると、止まったのだ。世界の全てが、マリアを除くすべてが動かなくなったのだ。翼の少女もそうだった。刀を構えとびかかってきた姿勢のままで固まる。まるでビデオの一時停止のように
 周囲で聞こえていた音もピタリと止まる。

 トラックが走っているはずなのに

 それに別の事にも気が付いた。

 クライシスも動きを止めている。

 すべてが静止した。

 困惑し、何が起きたのか理解できずにいたがあることだけははっきりと分かった。今こそ攻撃のチャンスだ。目の前で敵がピクリとも動かずにいるのだ。魔力吸収を使うのはちょうどいい機会だった。
 マリアは左腕を伸ばすと同時クライシスの言っていたことを理解した。
 これなら、危なげなく接近することができる。


 「死ね!!」


 その一言と共に左腕が少女の腹に触れる。
 暖かい感触が伝わってくる。
 それとほとんど同時に静止していた世界が再び動きを見せた。
 少女はいつの間にか懐に飛び込んできていたマリアの姿を見て驚いた顔をする。だが、それを最後に魔力を完全に吸収され、粒子化して死亡する。抗いがたい死、相変わらず強力な能力だった。
 サァッと一陣の風が吹き抜ける。
 それに乗って、細かい粒子が自分の体に襲い掛かる。まるで遺灰のようだった。
 クライシスはハッと気が付くと、マリアに話しかける。


 「能力を発動できたのかい?」
 「あ、うん。ところで……この能力って……」
 「あぁ、説明忘れてたね。君の最後の能力は時間停止だ」
 「え――っ!?」


 目を丸くして驚く。
 しかし、すぐに納得がいった。さっき敵が動けなくなったのも、世界が静止したのも時間が止まったからだろう。どういう原理なのかよく分からないが、非常に強力な能力のようだった。
 確かにこの能力なら、簡単に接近することができるだろう。魔力吸収は確実に殺すことができる。
 マリアは自分の能力の凶悪さに気が付いた。


 「ひょっとして……私って強い?」
 「今更?」


 対魔法少女戦用魔法少女
 その言葉の意味がはっきりと分かったような気がした。





 少し呆然としていると、当然大声が上がった。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 「後ろッ!?」


 急いで振り返って見る。
 すると残った一体の翼の少女がトラックのガラスに張り付いている姿が見えた、どうやら悲鳴は若い男の物のようだった。マリアはハッと気が付いた。そういえば翼の少女は三人襲ってきていた。
 残った一人のことを忘れていた。
 やばい


 「やばいっ!!」


 声に出ていた。
 マリアは急いで振り返ると地面蹴って翼の少女に向かって行く。
 若い兵士は驚いたような顔をして、隣に座っていた小隊長の方を見る。一瞬の隙を疲れ、翼の少女が接近すると剣を振るってガラス越しに攻撃を仕掛けて来たのだ。狭い車内では逃げることができず、小隊長は貫き殺されてしまった。
 男は咄嗟にハンドルを手放し、しゃがんだからいいものの、小隊長は手元の銃を拾い上げようとしたせいで反応が遅れてしまった。
 男は運がよかった。
 しゃがんだおかげで小隊長が刺される様を見ずに済んだ。


 「うぐぅ……」


 心臓を一突きされた。
 残念なことにすぐに死ななかった。口元から血を流し、背もたれに寄りかかる。傷跡から血が大量に流れていき、ゆっくりと車内を汚していく。叫びだしたいところだったが、うまいこと声が出ない。
 最後に顔を男の方に向けるとこう言い放った。


 「……銃を持って逃げろ!!」
 「は、はい!!」


 男は特に何も考えず、レーザー銃を手に取るとドアを蹴り開けて無様な格好で転がり出る。
 そしてすぐに構えるといまだガラスに張り付いている翼の少女に照準を合わせる。


 「てめぇ!!」


 安全装置を外し、狙いをつける。そして冷たい鉄の引き金を何の躊躇もなく引いた。するとビュッという音が響き、赤い色をした光線が宙を切る。デルタに搭載されているレーザーと同じ種類の物だ。
 これは対翼の少女用に開発されたもので、魔力で生成されているレーザーなのだ。マガジンには銃弾ではなく魔力が充填されており、それを利用している新兵器なのだ。既存の兵器では歯が立たないので達也が開発したのだ。
 男の放ったレーザーが翼の少女に命中し、そのシールドを破り顔面に命中する。
 バチュンッという音がして、陶器の仮面が貫かれ、翼の少女の体がのけぞって地面に倒れる。


 「やったぜ!!」


 男は銃を下ろし、歓喜の顔で少女の方を見る。
 だが、その顔は一瞬のうちに曇ることになった。
 翼の少女はゆっくりと体を起こした。顔の半分がなくなって、血まみれになっていたがどういう訳かピンピンとしていた。ダメージを受けていないわけではないのか、体はフラフラとしていた。
 それでも、ゆっくりと顔を上げると仮面越しに睨み付ける。


 「ヒィッ!!」


 まるでゾンビのようなその姿に恐怖を覚える。銃を手放して、地面にへたり込む。
 完全に戦意を喪失していた、翼の少女は地面を蹴って飛び出すと男を殺そうとする。


 「――ッ!!」


 このままではいけない。
 

 マリアはそう思い、瞬間移動を発動すると翼の少女の真後ろまで移動する。そして、左腕を振るうと翼の少女の魔力を吸収しようとする。マリアの攻撃は翼の少女が刀を振り下ろす前に成功した。
 魔力の腕が掴み込み、吸収する。
 ところがそれに気が付いた少女は自分が死ぬ前に、最後のあがきとでも言わんばかりに刀を投げつけたのだ。それは見事に男に命中、まるで元々から生えていたかのように自然な状態で突き刺さる。


 「え?」


 何が起きたのかうまく理解できなかった。
 傷口から血が流れ出る。
 制服が真っ赤に染まっていく。
 意識が遠のき、目の前が真っ暗になる。体から力が抜けて、背中から地面に倒れていく。それと同じく翼の少女の体も文字通り、崩れ落ちていく。二人の違いと言えば、跡形もなくなるかそうではないかぐらいだった。
 マリアは消えゆく少女越しに、男の死体をジッと見ることとなった。


 「…………」


 ピクンッピクンッと痙攣する。
 すでに命は失われており、男は人間ではなくただの物と化していた。
 マリアはそれを見て、言いようも知れぬ恐怖感を覚えた。



 一方の詩音と朱鷺は既に戦いを終えていた。
 ドロドロと溶けてコアだけを残して消えゆく絶望少女を、まるで汚物でも見るような目で見送っていく。二人とも、ボーッと立っているだけだが、どこから見ても隙が無い。いつでも戦う音ができるようにしていた。
 二人は冷たい声で話し合う。


 「弱かったな、朱鷺」
 「うむ。あっちに戦力を裂いている様子なのでしょうがないな」
 「ってマリアのこと忘れてたぜ!!」
 「ここは任せろ、私はここにいる」
 「頼んだッ!!」


 そう言って飛び上がる。
 詩音はまっすぐトラックのある場所へ向かって行く。実は、車両は全て止まっていた、その理由はもちろん小隊長と男が殺されたからである。残った人たち全員は車から降りて、遺体の処理をしていた。
 車から降ろし、顔に白い布をかける。そしてあらかじめ用意しておいた布袋に仕舞い込む。
 そして、一度手を合わせた後でトラックの荷台に積み込んだ。
 マリアはただ一人、ジッとその作業を見守っていた。そこから表情を伺うことはできず、空虚なものだった。
 詩音はマリアの隣に立つと優しい声で話しかけた。


 「大丈夫か?」
 「………………」
 「うん? どうした……?」
 「…………詩音さん…………」
 「どうした? マリア」


 マリアは半分笑ったような、泣いたような顔で詩音の方を向く。悲壮感にあふれるその顔は非常に惨めなもので、どうにも見ていられなかった。それでも詩音はしっかりと目を合わせ。真摯に向き合う。
 今にも消えそうな声でマリアはこう尋ねた。



 「……人って……死んだらどこに行くんです?」


 「……あぁ、そんな事?」


 意外と大した問題ではなかった。
 詩音はあっけらかんとした顔で、親指を地面に向けるとこう言い放った。







 「地獄じゃね?」





sage