苦戦 その②



 ドンッというアスファルトを叩く鈍い音響く。フレイヤは爆発か、もしくは何か衝撃のようなものが飛んでくるかと思い、いつでも回避できるよう準備を整える。だが、フレイヤを襲った物はそんな幼稚なものではなかった。
 少女が足を下ろして、すぐ
 フレイヤは自分の視界が歪むのを感じた。


 「え?」


 グニャリ、と世界が歪んで見える。
 足元もグラグラと揺れている。目の前にいた少女が、まるで一反木綿のようにグネグネとした姿に見える。吐き気が胃の奥からこみ上げてくる。まるで車に酔った時のように、気分が悪くなってくる。
 思いもよらない変化に体が崩れ落ちる。
 さっきまで持っていたグレネードランチャーを取り落とすと、口元を手で押さえ吐きそうになるのを堪える。


 「うぅぅ……」
 「隙だらけー」


 悠々自適に歩き、距離を詰めた少女は銛の切っ先をフレイヤの顔面に向ける。
 ギリギリのところでそれに気が付いたフレイヤは、残った力で地面を蹴ると、後ろに下がり距離を取る。
 「あらー、元気ねー」
 「はぁ……はぁ……これは……陸酔い!?」
 「よくご存じでー、博識ねー」
 「フフフ、褒められると悪い気がしないのは……いつも同じね……」


 汗だくでそう言うフレイヤ
 強がりだった。
 フレイヤ、というかそもそも魔法少女は基本的に乗り物に酔ったりはしない。その理由は単純で、三半規管も強化されているからである。そのため、この状態は十年ぶりといっても過言ではなかった。
 ここまで具合が悪いのも久しぶりだ。
 しかし、こんなことところで崩れ落ちている場合ではない。
 何とか不安定な地面にしっかりと足をつけて立ち上がる、がすぐに崩れ落ちる。


 「ふぅ……ふぅ……」


 不安定な地面で戦うとはまた違う感覚
 そもそも陸酔いとは船員がよくなるもので、陸上よりも船の上で暮らす時間が長くなった結果、揺れた世界に適応してしまい、逆に陸が揺れているように感じてしまう現象のことである。
 正確に言うとフレイヤの落ち一致る状態は陸酔いではなくただ単に平行感覚が狂っているだけなのだが、それ以外にどう表現すればいいのか分からなかった。


 「クッ!!」
 「死ぬー?」


 少女はもう一度、銛を掲げて攻撃してこようとしてくる。
 フレイヤは急いで右腕を上げると、アサルトライフルを二丁顕現した。一斉に射撃をしたいところだったが、しっかりと狙いをつけようとしたことが裏目に出た。揺れる少女に照準をうまく合わせられない。
 そのため、引き金を引くのが遅れてしまった。




 少女は身の危険を察して後ろに飛ぶと、フレイヤから距離を取った。
 本当は自分の手でとどめを刺したかったが、しょうがない。


 「これでも喰らえー」


 少女はそう言って、腕を振るうと思いっきり銛を投げつけた。ヒュゥッという音がして、フレイヤの顔面向かって行く。いまだ世界が揺れてまともに反応ができずにいるフレイヤに、かわす術はないように思えた。
 しかしそこは史上最強の魔法少女
 さっき音で何かが飛んでくるのを察すると、座っている自分の体を覆い貸せるレベルの鉄の壁を何重にも生み出す。それで何とか攻撃をしのぐことにした。
 ガンッという音がして、銛が命中する。それとほとんど同時にフレイヤの目の前に鋭い先が顔をのぞかせた。あと一枚でも少なかったら、フレイヤの命はなかっただろう。間一髪とはこのことだ。
 しかし、油断できない。


 「はぁ……早く、早く……」


 適応しなければ
 段々慣れてきた。
 吐き気もだいぶ治まって来たし、生まれたての仔馬のようだが立てるようにはなった。あと少しもう少しすれば完全に戦えるようになるはずだった。と言っても、敵がそれまで待つはずなどなかった。
 少女は移動して、壁の前に立つとそこに突き刺さっている銛を掴む。
 そして、力任せに押し込んだ。


 「――ッ!?」


 フレイヤはその不穏な動きを察知し、後ろに飛ぶ。結果、鋭い切っ先は宙を切るのみとなってしまった。
 敵少女もそれを察し、今度は逆に銛を引っ張ると鉄の壁から引き抜いた。
 二人は鉄壁越しに言葉を交わす。


 「やるわね」
 「あなたもねー」
 「……私の事、知らないの?」
 「私バカだからー」


 どうやらこの一年で生まれた魔法少女らしい。
 なら、いくらでも隙をつくことができる。
 フレイヤはニッと笑うと、鉄壁を消し去る。すると、光の粒が舞い散ると同時に少女の姿が目に入る。どうやら彼女はこちらが何をしたのか分かっていないらしい、少しだけ不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
 位置は把握した。
 魔力を大幅に使ってしまうが、これで勝てる。


 フレイヤはまるで十字架にかけられた人間のように両手をサッと伸ばす。
 すると、その少女を囲むように大量のアサルトライフルがドーム状に生み出された。キラキラと舞う魔力が霞む生臭い鉄の香り。少女は、何が起きたのか理解できず首を回し、困惑した顔で周囲を見る。
 荒業だが、これで逃げ場はない。


 「死になさい」


 せめてもの慈悲に、苦しまず殺すことにする。
 銃でできた半球の中から壮絶な銃声と、悲痛な叫びが響いた。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガという激しい音と、「ギャアアアアアアアア!!!!!」という甲高い声の不協和音


 だがやがて、それらは収まる。
 まずは悲鳴、次に銃声
 フレイヤは平衡感覚が戻ると同時に、彼女が死んだことに気が付いた。


 「あなた、強かったわよ」


 背を向けて、全ての銃を消す。
 もしそうしていなかったら、彼女の目には全身をズタズタにされた哀れな少女の死体が飛び込んできただろう。もはや、それは人間のものではないようだった。まだぼろ雑巾の方が美しく見える。
 真っ赤な肉のかけらがバラバラになっている。
 久しぶりに会った強敵に、フレイヤは満足だった。
 そこで、彼女は思い出した。


 「そういえば」


 もう一人魔法少女が潜んでいるはずだった。戦闘に介入してこないことと、久しぶりの苦戦にすっかり頭から抜け落ちていた。さっきまでその少女がいたはずの場所に目を向けてみる。
 しかし、そこには誰もいなかった


 「……まぁ、いいわ」


 どういうことかよく分からないが、とりあえず忘れることにした。
 あとでデルタの脳から記録を取り出して、確認でもしてみればいい。
 フレイヤはそう判断し、デルタのいるはずの場所へと戻っていった。



sage