目覚め



 少女が生まれて初めて感じたのは、瞼越しに感じる強い光だった。
 まるで春の暖かい日差しの中で昼寝をしているような心地よい眠りについていた彼女はそれに酷い不快感を抱いた。何が自分の眠りを妨げているのだろうか、そう思ったので瞼を振るわせるとゆっくりと開いていく。
 するとびっくりするほど明るい光が目に飛び込んでくる。


 「――――ッ!?」


 それに驚いた少女は反射的に両腕を上げると目を覆う。その瞬間に右腕に刺さっていた点滴の針が抜けてしまうが、そんなことに気が付く余裕などない
 目が光に慣れていないのだ。それもそうだ。


 「――ッ!! ―――ッ!!!」


 体をグネグネと蠢かせ悶絶する。
 それで痛みが治まることこそないが、時間が解決してくれた。痛みが引いていったので、薄目を開けてみる。彼女は少しずつ光に慣れさせることにする。
 一分ほど時間が経っただろうか
 彼女は完全に目を開くことができるようになった。


 「う………あぁ――ッ」


 小さな声で呻きながら、痛めた時に流した涙をこすりながら体を起こしていく。どういう訳か体に力が入らなかったが、まるで生まれたての小鹿のようにふらつきながら、何度か崩れ落ちながらも必死に起き上がった。
 そしてじっと前を見る。
 ベッドとベッドの間にかけてあるカーテンを見つめる。
 少女はゆっくりと首を傾げると小さな声で呟いた。


 「おえああい?」


 これは何? と言いたかったのだが、舌が回らなかった。
 なぜだろう
 そう思いさらに大きく首を傾げる彼女だが、それでは何も解決しない。


 じっと前を見続ける彼女だが、やがて違和感に気が付く。
 ここはどこ?
 そして
 私は一体誰?


 「あ…………あぁ……声が……出る」


 ゆっくりと両腕を上げると手のひらを広げてジッと見てみる。
 すると真っ白の肌が視界に飛び込んでくる、彼女にはそれが自分の手であることは分かった。次に足元を見て、ペタペタと両手で触ってみる。これは立ったり歩いたりする時に使う部分である。
 そのこともよく分かっていた。
 自分が寝ているのはベッドで、目の前に広がっているのはカーテン
 そういったことは理解できるのだが、なぜか自分に関することがさっぱり分からなかった。


 「……誰か、いるかな?」


 そっと腕を伸ばすとカーテンの縁に触れ、ほんの少しだけ開けて見る。



 するとそこに人がいた。
 椅子に座りコクリコクリと頭を上下に揺らしている、どうやら居眠りをしているようだった。起こすのも悪いなと思ったので、そのままそっとしておくことにする。だが、そうなると何をしていいのか分からない。
 少女は途方に暮れてベッドの上に体育座りする。なるべく自分の体を小さく、外敵から身を守るようにする。
 そして、考え込む。


 「私は誰?」


 だが答えが出るはずもない。
 この世に自分はたった一人でここにいる。

 孤独だ。

 少女は非常に心細くなってしまう。心の芯が凍り付くような寒気に襲われ、プツプツと鳥肌が立ってくる。両腕で自分を抱きかかえると、それで何とか堪えようと試みる。だが焼け石に水だった。
 何の意味もない。

 怖い

 右も左も分からないこの世界で、自分は自分の事すらまともに理解できていない。

 酷い話だ。


 「誰か……助けて」

 「なら、俺が助けてやろうか?」

 「――ッ!?」


 いきなり声をかけられる。
 どうやら考えている間に誰かがやってきて、カーテンを開けると少女に向かって話しかけていた。いきなりのことに驚く少女だが、男の姿を見た瞬間に言いようも知れぬ恐怖が襲い掛かってくることに気が付いた。
 その男は白衣を纏って、冷たい視線を向けてきていた。まるで物か何かを見るような目で、自分の事を見下してきている。その視線に射抜かれてしまったかのように、少女は指先一つ動かせなくなる。
 だが、視線はある一点にのみ集中していた。
 それは男の右腕だった。肩までまくられた白衣から、おおよそ人間の物と思えない姿をしたものが覗いていた。光を反射して銀色に光り輝くその腕は機械でできていた。だが、お世辞にも美しいものではなかった。
 何となく無機質な恐ろしさを感じさせた。
 少女がただただ絶句していると、男はあざ笑うかのような表情を見せてもう一度言った。


 「助けて……やろうか?」
 「ヒッ!?」


 引きついた声を上げ、体勢を崩すと後ろに下がってしまう。
 何となく
 この男から逃げたいという欲求に駆られた。怖い、生まれて初めて抱くその感情に戸惑っていた。だが、ここは狭いベッドの上、どこにも逃げ場はなかった。それだけではない。少女にとってここ以外の世界など全く持って知らなかった。
 それなのにどうしろというのか

 殺される
 なぜかそう感じてしまう。
 少女のその考えを読み取りでもしたのか、男はさらに嫌な笑みを浮かべて見つめてくる。
 
 嫌だ
 死にたくない
 そう思った次の瞬間
 少女の体に異変が起きた。




 周囲にキラキラとした光の粒が現れる。暖かい何かが少女の体の底から何か力がこみ上げてくる、それは非常に心地の良い感覚だった。しかし、それが恐怖感を拭い去ってくれる訳ではなかった。
 だが、身を預けるには十分ほど心強いものだった。
 男は何やら焦ったような顔をすると小さな声で何やら呟く。


 「クソッ!! こんなに早く定着するとは……いや、暴発か?」


 何を言っているのかよく分からない。
 だが、男にとって想定外なことが起きていることだけは分かった。
 少女は顔を恐怖で歪ませながら、こう呟いた。


 「こっちに……来ないで!!」
 「―――ッ!?」

 キィィィィィィィィィィィという爪でガラスを引っ掻くような不協和音が鳴り響いてくる。
 男はどうやらうまいこと体を動かせないでいるようだった。
 少女はこの力が何かよく分からないが、完全に気を許していた。
 周囲に満ちる力がどんどん濃密なものへとなっていく、じっとりと湿度が高い日のように嫌な感じが肌を覆ってくる、息が苦しくなる、冷汗が流れる、気が遠くなってくる。それでも男は少女の方を見続ける。
 これから起こることを見逃さないように
 少女は気丈に男を睨み続ける。
 しかし、それはあまり長い時間続かなかった。


 瞬きもする間もなかった。
 力が最高点を迎え、男の我慢が限界を迎えた瞬間


 いきなり少女の姿が消えたのだ。


 フッとベッドの上にいた少女が跡形も無くなった。急いで腕を伸ばすと、さっきまでいたところを触れてみる。するとそこには確かな温かみがあったが、それだけだった。それ以外何も残っていなかった。
 男はそれを確認して、ニヤリと笑って呟く。


 「完璧だ…………」

 計画通りに事が進んだとはいえ、ここまでうまくいくとは思っていなかったのだ。
 だが、問題もできてしまった。
 男はベッドから数歩は離れて一拍置いた後、小さな声で呟いた。


 「ユウキ、仕事だ」
 「なんだよ、達也のおっさん」


 そんな声がしてユウキと呼ばれた一人の少年が姿を現す。




 彼はまるで外人のような姿をしていた。生まれつきの金髪に、水晶のような独特の色をした両目。口元は何がそんなに楽しいのか分からないが楽し気に歪められており、その隙間からは白い歯が覗いていた。
 来ている服は至って普通の誰もが着るようなもので、非常にラフな格好をしていた。
 ユウキは壁にもたれかかりながら、達也の方を睨み付けてくる。


 「実験体第三号が姿をくらました。至急捜索に行ってくれ」
 「へー、それはそれは……予想外の事態、ですかな?」
 「そうだ」
 「嘘つけこら」
 「…………」
 「予想の範囲内なんだろ? さも嬉し気に完璧だ、とか呟いていたくせに」
 「悪いか?」
 「悪くない」
 「なら、捜索してくれ。 たぶん研究所内部にいると思うんだが……」
 「了解」


 ユウキはそう呟くと、額に指をあてた。目を閉ざすと黙りこくる。
 しばらくの間そうしていたユウキだが、五分も経たぬうちに顔を上げると言った。


 「オーケー、見つけた」
 「そうか……で、どこにいる?」
 「柳葉町の中心部」
 「何!?」


 最悪だった。
 そこは今、魔法少女たちによる襲撃で完全には廃墟と化した町だった。第一級危険区域に指定されており、研究所を狙う敵がうようよしている場所でもある。毎日のように戦闘が行われており、誰も寄り付かない。
 おまけにまだ接続作業すらできていない。このままでは彼女の命も長くない。
 さすがの達也の顔も青くなる。
 完全に予想外だった。
 まさかあの町にまで行く力があるとは思ってもいなかったのだ。
 ユウキは悔しそうに顔を歪める達也を見て愉快そうに笑いだした。


 「ハッハッハッ!! さすがにここまでは予想出来てなかったか!!」
 「くそがッ!! ユウキ、救出に向かってくれ」
 「分かったよ。ちょっと行ってくるわ」
 「行ってこい」


 そう言って笑顔を消して真剣な顔つきに戻るユウキ
 だが、一つだけ聞きそびれたことがあるのを思い出すと達也に尋ねる。


 「あのさ、ひとついい?」
 「なんだ?」
 「名前、彼女の名前は何だよ。 さすがに実験体三号な無いだろ」
 「あぁ、名前か」


 すっかり忘れていた。
 少しだけ考えた後、達也はこう答えた。


 「彼女の名前は……マリアだ」
 「へー……いい名前じゃん」
 「いいから行ってこい」
 「了解ッと」


 軽い感じでそう返事したユウキはにやりと笑った後で、忽然と姿を消した。それは先ほどマリアと呼ばれた少女が消えた時とまったく同じ様子だった。
 すでにその様子を何度も見てきている達也は慣れたもので、大した驚きもなくそれを見送ると小さく呟いた。


 「さて、どうなることやら」


 まさに神のみぞ知る、だった。



sage