苦悩 その①




 死ぬとどこに行くのか
 マリアには想像できなかった。
 今まで自分は何人かの翼の少女をこの手で殺してきたが、その時は何も感じなかった。否、自分の事ばかりを考えて、殺された側のことをこれっぽちも頭になかった。だが、今日ばかりは違った。
 目の前で二人の人間が死んだ。
 それも自分のせいで
 本当に酷い罪悪感が全身を包み込んでいる。だが、それだけではない。
 それよりも、はるかに大きく、重たい絶望がマリアにひっそりと寄り添っていた。


 死んだらどこに行く
 死んだらどうなる
 そもそも、死とは何か


 死
 死
 死


 人間が逃れることのできない絶対的な存在でありながら、まだ何も理解することのできていない未知の領域。一度そこに足を踏み入れた者は二度と戻ってくること叶わない世界、永遠の謎にいて最大の恐怖
 有史以来、死を乗り越えた者は殆どいない。
 不死身、不老不死と言った物は死を乗り越えたのではなく、それから逃げ出したのだ。ただの敗残兵、現実を直視できない弱者である。また、死なないということがどういうことなのか理解できていない人間でもある。
 死がないということは永遠を生きるということである。
 それは、あまりにも大きすぎる代償だ。


 しかしながら、死を乗り越えた存在が全くいないわけではない。
 その代表の一人がイエス・キリストだ。
 彼は一度死に、蘇った。つまり神になった。
 死の世界から戻って来たのだ。


 彼がその先で一体何を見たのか
 それを知る者は誰もいない。


 マリアはふと思い出した。


 原初の魔法少女アリスは、一度死んでから生まれ変わったのだという。


 つまり彼女は


 神になったのではないか





 ベッドに寝ころび、聖書を片手にそんな事ばかり考えている。
 つまりは現実逃避である。
 あの戦いから丸一日がたっていた。あの日以来マリアは何となく憂鬱な気分になっていた、気分転換日本でも読もうと思い、持って来てもらったのだがどういう訳か聖書と村上春樹の本しかなかった。
 特にほかにすることも思い浮かばなかったので、とりあえず読んでみたのだが気分転換にならなかった。
 聖書は訳が分からず、村上春樹の本は考えさせられる。純文学というのはマリアの性に合っていないらしい、呼んでいる途中で頭が痛くなってきた。

 「……………」

 死
 気を抜くとこのことばかり考えている。
 人はなぜ死ぬ
 マリアは達也にこの質問を尋ねてみた。


 「なぜ死ぬか」
 「教えてください」
 「生命エネルギーが尽きるからだ」
 「そういう意味じゃなくて」
 「……それ以外何の意味がある」

 これだけだった。
 マリアはそれで分かった。
 達也にとって、世界は理屈なのだ。生命エネルギーがあるから生きて、尽きると死ぬ。敵がいるから戦って、目的のためには手段を必要。達也が死ぬのが怖くないわけでないことを、理解した。
 彼は死を理解していないのだ。
 でも、それが正しい人の考えなのだろう。
 マリアは何となく分かった。

 「…………」


 死
 自分もいつか死ぬ
 誰でも死ぬ

 そして
 自分は殺しもする。


 「―――ッ!!!」


 何かたまらないものを感じてマリアは聖書を掴むと壁に向かって投げつけた。
 バシンッという軽い音が自分のやっていることが何ら意味のない行為であることを示していた、その事実が余計にマリアのことを苛立たせる。自分がどうすればいいのか分からない不安感がそれを助長する。
 自分は誰?
 マリアはそれでも戦うしかなかった。
 ユウキが顔をのぞかせる。ここ最近、何となくマリアにかける言葉が見つからず、ずっと放置していたが、そういう訳にも行かない。今日は達也から招集命令が下ったのだ。すで魔法少女たちは集っている。
 自分たちが行かなくては話にならない。
 非情だが、これが仕事だ。


 「マリア……行くぞ」
 「ん」


 思いの外素直だった。
 マリアはフラフラとベッドから降りると、ゆっくりとユウキのいるところへ向かって行く。


 「行こうか」
 「ん……ごめん。遅くなった」
 二人は並んで廊下を進んでいった。




 「さて、今日の仕事は少し面倒だ」


 達也はそういうと、空中に投影した地図にレーザーポインターを当てながら解説を始める。すでに戻って来たフレイヤとデルタを含む六人が集まっていた。マリアはフレイヤとは初対面だったが、挨拶をする暇はなかった。
 というかそんな心の余裕はなかった。
 テキパキと話を解説を始める達也


 「いいか、ここから数十km離れたところにある大規模な絶望少女の駐屯基地を狙って国連軍の一個師団が進軍する予定だ。目的は研究所まで輸送経路を確保するためだ」
 「そこまでする必要あるのかしら?」
 「正直、空路と危険な陸路では限界がある。マリア誕生の際に送り込まれた研究員の乗ったヘリが落とされたのさ、向こうはそれにたいそうご立腹だ」
 「そうなの」


 また自分のせいで人が死んだ。
 マリアは嫌な気分になった。
 だが、そんなことには気が付かずに達也は作戦を伝え続ける。


 「で、君たちにはその先鋒を務めてもらいたい」
 「面倒ね、何で自分たちだけで遂行できない作戦を決行するのかしら」
 「俺に聞くな」
 「あなたが命令してるんでしょう?」
 「まぁそうだが」


 悪びれもなくそう言い放つ
 それを聞いて全員が「はぁ」とため息を吐く。達也が作戦を決める分には問題ないのだが、そのけつを拭くのはいつもフレイヤ達なのだ。ため息の一つや二つ吐いても許されるだろう。
 場の空気は最悪だ。
 それでも達也は気にしない。


 「この間、フレイヤとデルタのおかげで柳葉町にいた敵の大半は撤退した。おかげでここをがら空きにしても問題なさげだ」
 「でも、アリスはいつでもここを狙っているでしょう?」
 「ウタゲと一条が代わりに防衛してくれるそうだ」
 「あれ、アメリカにいたんじゃないの?」
 「部隊が壊滅したらしい」
 「ハハハハハハハハ!! それは傑作だ!!!」
 「笑えん」
 「うるせぇ、石頭」
 「黙れ詩音」


 魔法少女三人組が達也と談笑を続けている。
 マリア達ははっきり言って手持無沙汰だった。


 「さてと、分かってもらえたかな?」
 「分かったわ。私たちは、先に攻撃を仕掛ければいいのね、いつ行けばいい?」
 「今すぐ」
 「場所は?」
 「アリーナだ。吹き抜けタイプの」


 そう言って戦争が始まる前の参考画像を表示する。
 確かにそこそこ広い場所だった。ここを中心として、結構の数の敵が集まっているらしい。久しぶりの大規模戦闘になりそうで、フレイヤたちはこれからの戦闘が非常に楽しみだった。
 しかし、どうもテンションの上がらないのがマリア達
 ユウキはマリアのことが気がかりだし、デルタは二人の様子がおかしいので、どうにも身が入らない。
 フレイヤはちらりとそちらを見る。
 彼女は何となくそのことを察していた。


 「さて、みんな、行きましょうか」
 「量産型コアを忘れるなよ」
 「分かってるわよ。五分後に出発ね」


 こうして解散した。



sage