苦悩 その②



 五人は宙を舞い、目的地に向かって行く。
 すでに全員が戦闘態勢に入っている。ユウキを除く四人の魔法少女はそれぞれの麗装を身にまとい、重力干渉波を放っている。残り二人はそれぞれの能力を使い、超高速で進んでいる。
 一方のデルタは一歩先に出て、地上でビークルを走らせている。地面を進む方が時間がかかるので、到着時刻はだいたい同じになるだろう。
 この調子で行けば二時間もすれば到着するだろう
 それぞれが物思いに耽っており、無言のまま飛んでいる。
 そんな中、マリアに話しかけるのが一人


 「いいかしら」
 「え?」
 「はじめまして、よね」
 「あ、あなたは……」
 「フレイヤよ、よろしくね」


 そう言って右手を伸ばす。
 最初、何をしているのかよく分からず困惑するマリアだが、すぐ握手を求められているのだと気が付く。同じように腕を伸ばすと、ギュッと握り合う。フレイヤはマリアが痛くないように力加減をしていた。
 優しい人だな
 何となくそれが分かった。


 「少しお話、いいかしら?」
 「い、いいですけど……」
 「フフフ、緊張しなくていいのよ」
 「あ、はい」


 別に緊張しているわけではなく、ただ単にこういうタイプの人に会ったことが無いので少し反応に困っていただけなのだ。
 だが、あえて言うことでもないので黙っている。


 「あなたがマリアね」
 「そうですけど……」
 「……似てるわね」
 「え?」
 「私、アリスの顔を知っているのよ」
 「…………」


 少し空を見ながら、懐かしい思い出を語るようにフレイヤは話を始めた。


 「十年前ね、私が魔法少女になった時の事なんだけどね」
 「え……」
 「どうしたの?」
 「十年前って……何歳なんです?」
 「二五」
 「嘘ッ!?」


 どう見てもそんな年には見えなかった。十五~十七、ちょっと多く見積もっても二十代には見えない。
 どういうことなのか混乱していると、フレイヤが答えを言った。


 「魔法少女は見かけの年は取らないのよ」
 「え……?」
 「まぁ、それは置いといて」
 「え、ええぇ?」
 「私が十五歳の時ね、一度だけアリスの素顔を見たことがあるの」
 「それはどういう…………」
 「同じ中学校だったのよ。私は中三だったけど」
 「それは……」
 「ほんの一瞬だけどね、印象に残っているのよ」
 「…………」



 今でも思い出す。
 フレイヤは理科の午後の最後の授業で屋上で太陽の観察をしていた。そのせいで、筆箱を忘れて行ってしまったのだ。下校する直前にそれを思い出した彼女は、許可を取るのが面倒だったので一人で屋上に向かった。
 そこで、アリスを見つけた。
 彼女は一人黄昏ていた。
 黒い髪をなびかせて、夕焼けに顔を赤らめながらジッと下を見下ろしていた。その目に鼻にも映っておらず、ただ虚無感が漂っていた。その瞬間、屋上はアリスの世界だった。フレイヤにそこに入り込む勇気はなかった。
 気遅れしたので筆箱は諦めて帰ることにした。
 後にも先にもそれがアリスを見た最後の瞬間だった。
 だが、それだけで十分だった。


 「なんとなく、似てるわね」
 「え、ええ」


 何となく複雑な気分だった。
 素直に喜べなかった。


 「でも、違うわ。あなたはあなたよ」
 「…………」
 「さてと、本題に入るわよ」


 そう言ってほほ笑むフレイヤ
 今までの話は一体何だったのか、気になったがとりあえず忘れることにした。


 「あなた、戦う気がないわね」
 「え……」
 「別にごまかさなくていいわよ。あなたみたいな魔法少女は何人も見てきたから」
 「……まぁ、そうです」
 「あら、だいぶ素直なのね」
 「まぁ」


 マリアはフレイヤの雰囲気にのまれていた。
 何でも気さくに話せる気のいい大人と言った感じで
 ついついマリアは本音をぶちまけてしまう。


 「フレイヤさん」
 「何?」
 「私、怖いんです」
 「何が?」
 「死が」
 「あぁ……」


 よく分からない声を上げるフレイヤ
 納得しているか、それとも馬鹿にしているのか、ちらりと横見て表情を伺ってみるがよく分からないそこまで大きな変化は見て取れなかった。マリアは分かった、彼女が常に浮かべている笑顔は偽物だ。
 ただの作り笑い
 気の良い人であることに違いはないのだろうが、少し何を考えているのか分からないところがあることに気が付いた。
 フレイヤはそのまま話を続ける。


 「あなたは、どうして戦うの?」
 「え…………」
 「何かのために戦ってみなさい。そうしたら、すっきりするわ。面倒くさいことを考える余裕がなくなるから、私もそうだし」
 「でも……」
 「ん?」
 「私には、何もない」

 力ない声でそう呟く。



 それと同時に胸がチクリと痛む。この痛みは何なのだろう、嫉妬や後悔などという感情は今この場では関係ない。少し考えてみる。この痛みの正体について。フレイヤも何か考えているようで話しかけてこない。
 おかげでマリアは答えにたどり着いた。
 自嘲して、傷ついているのだ。
 訳が分からない。
 本当に
 マリアが混乱している間にフレイヤは考えをまとめたらしく、話を始めだした。


 「なら、あなたは自分のために戦ったらどう?」
 「え?」
 「だから、自分のため」
 「自分の……ため?」


 どういうことなのだろうか
 言ってる意味が分かるようで分からない。自分のために戦うということが、果たしてどんな意味があるのだろうか。フレイヤはウンウンと頷いて自分の言ったことに満足しているようだった。
 当事者はこっちだというのに
 マリアが困っているとフレイヤはこう言った。


 「あなたに何もないと言っても、自分はあるじゃない」
 「それは……」
 「自分のためにあなたは戦えないの?」
 「戦えると……思います」
 「なら、やって見なさい」
 「…………」


 命令口調
 しかし、嫌な気持ちにはならなかった。逆にやれるだけやってみるかという気持ちにはなった。
 一つ、どうしても聞きたいことがあったので尋ねることにした。


 「フレイヤさん」
 「何?」
 「あなたは……なんで戦っているんですか?」
 「私? フフフフフフ」


 愉快そうにそう笑う。
 少しの間そうしていたが、すぐに空虚な顔に戻るとこう言った。


 「仇」
 「え?」
 「原初の魔法少女は……私の大切なものをすべて奪っていった」
 「――ッ!!」
 「この十年、私は復讐のためだけに生きてきた」
 「……フレイヤ……さん」
 「絶対に許さない」


 きっぱりとそう言い放った。
 マリアはその姿に恐怖感を覚えた。真っ黒な瞳、どこに繋がっているのか見当もつかない。その奥に地獄の窯の蓋があると言われても、手放しで納得してしまいそう。背筋の奥から悪寒が走り去っていく。
 フレイヤはすぐに元のニコニコ笑顔に戻ると優しげに言った。


 「さぁ、急ぎましょうか」
 「あ、そうですね」
 「あなたまだ経験少ないでしょ? 今日は私が前に出るから、サポートお願いね」
 「え?」
 「フフフ、腕が鳴るわ」


sage