フレイヤ その①



 マリアが一人物思いに耽っているとフレイヤがその隣に座って話しかけてきた。


 「どうかしら?」
 「え、何がです?」
 「戦う理由、どうかしら」
 「あ……」


 忘れていた。
 自分のため、自分のためと何度も言い聞かせているうちに完全に頭から抜け落ちていたのだ。これはどういうことなのだろうか、戦いに熱中するあまり、細かいことを忘れてしまったのかもしくはどうでもよくなったのか
 果たしてどっちなのかまではよく分からないが、どういう訳か気分は非常にすっきりしていた。


 言われて初めて思いだした。
 マリアはとたんに暗い顔になる。
 フレイヤはそれを見て、より一層明るい笑顔になるとこうフォローを入れた、


 「いいのよ、深く考えなくって」
 「でも……」
 「あなたは強いわ、でも、それゆえに誰よりも弱いのかもしれないわ」
 「え……?」
 「頑張って戦いなさい、私応援しているから」
 「あ……ありがとうございます」


 ポンッと肩に手を置かれる。
 まるで母親に期待されているようで、マリアは嬉しい気持ちになった。


 まさにその時だった。
 朱鷺はいきなり顔を上げると大きな声で叫んだ。その声は、半分寝ていた詩音の耳にも飛び込んでいった。


 「やばい!! フレイヤさん!!」
 「何? 朱鷺」
 「敵が来た!?」
 「なんですって!?」
 「外に放っておいた式神の網が一部突破された!! もう来るぞ!!」
 「分かったわ。みんな、警戒して!!」


 フレイヤの号令を受けて全員が戦闘態勢をとる。
 朱鷺は七節棍を構え、デルタはもう一度両腕からエネルギー刀を放つ、ユウキはいつでもテレキネシスを放てるように両手に力を込め、詩音は氷の剣を握りこむ。マリアは不安げな顔をしたまま剣を握り、フレイヤは扱いやすいサブマシンガンを二丁握りこんだ。
 朱鷺はアリーナの外壁のある一方だけをじっと見つめている。
 おそらくそこから来るのだろうと全員が察する。
 それぞれがそれぞれの得物を構え、戦闘態勢を完全に整えた。
 その次の瞬間



 アリスがアリーナに飛び込んできた。





 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! あれーっ!? なんかいっぱいいるーーー!!!』


 脳裏に直接響いてくる歓喜の声
 圧倒的不協和音にその場にいた全員の顔がサッと曇る。

 そこには、黒い少女がいた。マリアはそれを見た瞬間、絶望少女と似ているなと思うと同時に、全く違う恐怖感を覚えた。何か根本的に違う。魔法少女とも何とも違う。あっという敵な悪意の塊
 その場にいた全身の鳥肌がゾッと逆立つ。
 フレイヤは顔面蒼白にしたまま、その名を叫んだ。


 「アリス!!」
 「ええっ!?」


 マリアは驚いた顔をすると、その少女の影のようなものを睨み付ける。

 あれが
 すべての元凶
 原初の魔法少女にして、世界を滅ぼさんとする悪魔

 そして

 不死身の敵


 「あいつが……!!」


 マリアは悔し気に歯ぎしりし、怨嗟の目で睨み付ける。


 「あれが!! あいつを殺せば!!」


 勇み足で踏み出そうとするマリア
 ユウキはそれを遮るとこう言った。


 「やめろ!!! 達也のおっさんの言ってたことを忘れたか!!」
 「―――ッ!!」


 思い出した。
 アリスと遭遇したら即座に逃げろと言っていた。
 考えを改めて、マリアはこの場から逃げる決意を固める。ユウキとデルタはその援護をするためにマリアの周囲を固める。朱鷺と詩音もそうだった、彼女たちも達也から命令を受けてマリアを守るように言われていたのだ。


 だが、フレイヤだけは違った。
 彼女は一歩前に進むと、アリスに向かって鋭い視線を向ける。
 それを受けて、アリスは突然叫んだ。


 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!』
 「フフフ、久しぶりね。アリス」
 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハ!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! 誰かと思えば!! 生きてたの!!!』
 「そうね、生きてたわ」


 フレイヤはそういうとニタリと笑う。
 そして、顔を後ろに向けるとそこに集まっている皆に笑顔を向ける。
 その後、マリアに向かって優しい声で話しかける。


 「マリア、一ついいかしら」
 「早く!! 逃げませんと!!」
 「私も達也と同じ、目的のためなら手段を選ばないわ……」
 「そんな事より!!」
 「私はアリスを殺すという目的のためなら、どんな手段だってとるわ」
 「それが……なんです!?」
 「仮にそれが自分の命を失うことになっても、ね」
 「え?」





 フレイヤはそういうと、背中を向ける。
 朱鷺と詩音はあらかじめそれを知っていた。前から、アリスに見つかった場合は自分の命を犠牲にしてでもマリア達を逃がすと。ずっと前から覚悟も、作戦も決まっていたいた。ッそれを知らないのは本人だけなのだ。
 彼女は笑顔のまま、もう一度フレイヤと向かい合う。
 そして自分の体を中心として数mにわたる壁のように大量の銃火器を生み出した。それはまるで後ろにいるマリア達を守るかのようにそそり立っていて、圧巻だった。アリスもそれを見ると真っ赤な目をさらに丸くする。
 しかし、その代償は大きかった。
 フレイヤの髪の先がサラサラと粒子と化して、風に乗って消えていく。
 すでに魔力が限界を迎えていた。


 「マリア!! 逃げるぞ!!」
 「ユウキ……でも!!」
 「グダグダ言うな!!」
 「でも、フレイヤさんが!!」


 マリアはどうしても見捨てることができず、駄々をこねていた。
 ユウキ達は今すぐにでも逃げ出したく、必死でフレイヤの方に向かって行こうとするマリアのことを止めつつ説得していた。と言っても主に話しかけているのはユウキだけで、朱鷺と詩音は何も言わなかった。
 デルタは魔力センサーを使って他に敵がいないか調べていた。
 フレイヤは後ろを見なくっても、マリアの踏ん切りがついていないことに気がついていた。
 なので、その背中を押してやるために、少し厳しめの声で話しかけた。


 「マリア!!」
 「フレイヤさん!! 私ッ」
 「ここは命という名の楯になる」
 「――ッ!!!」
 「私の屍を越えて行きなさい。あなたには、その資格がある」
 「………………分かりました」


 顔をうつむかせ小さくそう呟く。
 覚悟が決まったことに気が付いたのか、ユウキ達は一旦マリアから手を放すと、一歩後ろに下がる。マリアは両目から流れる涙をそのままにして、背をシャンと伸ばすと、今すぐにでも逃げられるようにする。
 朱鷺とデルタは先に向かって行った。
 ユウキはマリアの背中をポンッと叩くとこう言った。


 「行くぞ」
 「……分かった」


 その言葉を最後に、重力干渉波を一気に放つと二人は同時に宙へと飛び上がって行った。
 最後に、一度だけ振り返って見る。
 だが見えたのは数えきれないぐらいの銃と、それと相対するたった一つに小さい影だけだった。
 今すぐにでも戻りたい気持ちを抑えながら、マリアは研究所までユウキの先導で向かって行った。



sage