死後 その①




 「達也、フレイヤが死んだ」
 「そうか、ご苦労だったな」



 研究所に戻ってすぐ、朱鷺が達也にそう報告した。
 すると達也は一心不乱にPCの画面を眺めながらそっけなくそう答える、どうやらフレイヤが死んだということに何も感じていないようだった。仕事の方が重要らしく、ずっとカタカタと忙しそうにしている。
 報告を終えてから朱鷺はすぐに所長室から出ていった。
 詩音は部屋に入ってからずっと、部屋の隅にある椅子に座って沈み込んだ顔をしている。良くも悪くも彼女はすぐに態度に出る正直者なのだ。


 ユウキは口数が一気に減って、表情が少し曇っている。初めて見る顔だった、悲しんでいることが何となくだが分かった。
 デルタは表情一つ変えない。彼女の顔は投影されている映像なので少しも揺らぐことが無い。だが雰囲気がいつもと違う。分かりにくいようでわかりやすいのが彼女だった。


 一方のマリアは
 怒りに満ちた目で達也のことを見ていた。
 その視線を華麗にスルーにしながら達也はこう言い放つ。


 「次の襲撃は未定だ。しばらく休め、俺は仕事がある。さっさと出て行ってくれないか」
 「――ッ!!」


 その一言でマリアはキレた。
 堪忍袋の緒がぷっつりと切れてしまった。
 顔を引きつらせながら、そのすました顔に向かって口を開く。


 「達也さん」
 「なんだよ」
 「あなた……何も感じてないの!!」
 「は?」
 「人が一人死んだんですよ!! それに私たちと一緒にいた人が!!」
 「だから何だ?」

 「人でなし!!」

 「お前もな」

 「―――ッ!!」


 マリアはキレた。
 それを察したユウキはサッと手を出すとマリアの動きを止める。それでも達也はジッと仕事を続けていた。その我関せずの態度に、苛立ちがどんどん高まっていくが手を出せない。もどかしい気持ちでいっぱいになる。
 なぜ止めたのかと批判の意味を込めてユウキの方を見る。



 しかし、その気持ちはあっという間に消える。
 なぜならユウキも同じように怒りに満ちた目をしていたからだ。
 歯ぎしりしながら、ユウキはマリアに向かって言う。


 「前も言ったろ、殴っても無駄だ」
 「……ユウキ」
 「代わりと言っては何だ、達也のおっさん。一ついいか?」
 「早くしろ」


 そっけなくそう言い放つ。
 ユウキは苦虫を噛み潰したような顔のままこう言った。


 「ちょっと町に出ていいか?」
 「別にいいぞ、こっちが命令したらすぐ来いよ」
 「分かってるよ。マリア、行こうぜ」
 「え?」


 いきなり話を振られて困惑したような顔をするマリア
 ユウキは無理に笑顔を作ると言った。


 「お前、何も知らないだろ? 遊びに行こうぜ」
 「え、え、別にいいけど」
 「詩音さんとデルタはどうする?」


 そう質問され、詩音は顔を上げると「私はいい」と返事をした。
 デルタは達也の隣に立つと「魔力の充填があるから遠慮すル」と答えた。
 それらを聞いたユウキは勝手にマリアの腕をとると、無理矢理所長室から連れ出していった。それはマリアのためというよりは自分のためのように思えた。ユウキも達也には嫌気がさしていたのだ。
 それが分かって少しうれしい気持ちになる。
 二人はまるで駆け落ちするカップルのように研究所の廊下を走っていった。
 その後、一旦部屋に戻ってからテレポーテーションで移動をし、町まで飛んで行った。



 「こ、ここは?」
 「魔法少女軍の襲撃から免れた数少ない町の一つさ」


 そう言ってユウキは道を行く。
 はっきり言うと、ぱっと見では特に何か特徴があるようには見えなかった。マンションが立ち並び、スーパーのような物も見える。隅っこには何か娯楽施設のようなものも見える。それに、普通に人々が笑顔で歩き回っている。
 原初の魔法少女は最初の数か月で大虐殺を起こした後は、無人となった町を拠点とした。その後は国連軍の基地や研究所を狙ったり、住民の虐殺は鳴りを潜めた。勢力の拡大よりも敵を殲滅する方に力を割いたのだ。
 そのため、戦争が始まって一年たった今でも、避難した人々がこうして普通の生活を送ることができているのだ。
 ここはそんな平和な町の一つ
 突如その中に放り込まれたマリアは困惑する。
 この短い人生で、こんなに笑顔のあふれる空間を知らなかった。
 初めて肌に感じる幸福の感触。
 それはまるで異物のようにマリアのことを困惑させていた。
 何度か来ているユウキは慣れているのか、ポケットから財布を取り出すと中身を確認する。結構な額が入っている、これは達也がユウキにお小遣いとして与えていたお金の一部で、たまにしか使わないので結構残っていた。
 ユウキは手始めに自販機に近寄ると、適当にコーラを二本買ってマリアに手渡す。


 「飲めよそれ、うまいぞ」
 「あ、ありがとう」


 細い缶を受け取ったはいいが、どうやって飲めばいいのか分からない。プルタブを開けたことが無いので困惑しているのだ。ユウキは自分の分を開けてからそれに気が付き、小さく笑った後、自分の分を差し出した。
 それを見て、さらにきょとんとするマリア


 「これ、飲んでいいぞ」
 「え、でも悪いし……」
 「いいからいいから、次までにプルタブ開けられるようになってたらそれでチャラ」
 「なら……分かった」


 そう言ってからごくりとコーラを飲んでみる。
 その瞬間、炭酸特有のシュワーッとしたのが喉を下っていく。焼けつくような熱い感覚が全身を駆け巡り、雷が落ちたような衝撃が脳天を突き抜けていく。うっかり缶を取り落としてしまうが、ユウキがそれをキャッチする。
 マリアは両手で口を覆い隠し、ゲホッゲホッと咳き込む。


 「何っ……これっ!!」
 「炭酸だ、どうだ?」
 「酷い味!!」
 「ハハハハハハ、マリアにはまだ早かったか」


 そう言ってオレンジジュースを買いなおす。そしてプルタブを開けてから、渡してやる。
 マリアは急いでそれを受け取ると口に運ぶ。なんとしても口の中に残っている炭酸を流し去りたかったのだ。おかげさまで元に戻ったマリアは、ハーっハーっと荒く息を吐きながらジッとユウキのことを睨む。
 しかし、その目は涙目で顔は真っ赤になっていて迫力はこれっぽちもない。
 ユウキはニヤニヤと笑いながら謝った。


 「すまんすまん、ちょっとどんな反応をするのか気になってさ」
 「うー、意地悪ぅ……」
 「ハハハハハハ!! じゃ、さっそくいこうぜ」
 「うぅー、どこ行くの?」
 「まぁ色々見て回ろうぜ」
 「……分かった」


 何となく癪だが、ここは大人しくユウキについて行くことにした。
 二人は並んで道を歩くと、ゆっくりとどこかへと向かって行く。


sage