目を覚ました時には、体幹を椅子に固定され座らされていた。目隠しはされていないが、完全な暗闇の部屋の中で、周囲の様子は掴めない。
 分かることといえば。
「ああ、アカネさん」
 こんな具合に、諸星が数分おきに呻くので煩わしい。
 手の自由も効き拘束を解くことは適わなかったが、忍ばせていた携帯電話は没収されていなかったため、後ろ手で携帯電話を操作し本部へ現状を報告することができた。
 このような状況も想定し訓練は重ねていたので特別苦労はしなかった。
 まさか拉致されてしまうとは。殺すつもりなら、とっくにそうしているだろうから、何か狙いがあるのだろう。大体予想はつくのだが。
 今の状況に問題があるとすれば、本部へ連絡を行い数時間は経っただろうが、本部から未だ何の連絡もなく、状況に変化が無く本部の救援が来た様子もないことである。

 視界が突然開けた。
 目の前の扉が開き、光が入り込んできたのだ。
 そして、光の先には誰かが一人立っている。
「出るんだ」
 白いスーツに身を包む細身の男は言う。
救援ではないようだが、その男は私達の拘束を解き始めた。
「いいの?拘束しなくて」
「問題ない」男は無愛想に答える。
 下手に抗った所で、簡単に収束できるという訳か。
 男に従い、細い廊下を歩いていく。窓の外には塀が見えるばかりで、景色を窺うことはできない。
 諸星は未だに「うう」と呻いてばかりだ。この男は本当に組織の幹部なのだろうか。この程度の組織を監視する必要があるのだろうか。
 彼の監視を始めて数週間。生活から想像される敵組織の存在が脅威的な物であるとは到底思えない。
 それでも我々の上層部は警戒の手を緩めてはならないと指示するばかりで、むしろ、私達の組織を疑ってしまいたくなる。
 やはり。おかしくなっている。
 不必要に感情移入してしまっているのも、組織への不信感が原因だろうか。
 そして、廊下の先にある無機質な両開きの扉を男は重そうに開く。
 大きな戸口から覗くのは、吹き抜けの大広間。
「教会?」諸星が零す。

 その言葉の通り、古びたベンチの様な木製の椅子が並び、一番先には教壇が置かれている、まさに教会の様相だ。
 古びた椅子には、白いコートを羽織った人々がびっしりと腰掛けている。
 部屋の隅を歩き、前へ、前へと案内される。その途中で人々の視線が集まってくる。そして「ここで待て」一番最前列に座らされる。
 その時、鐘の音が鳴り響いた。皆一斉に音の元、天井の方へ視線を奪われる。
 視線の集中する先には、カーテンの様な黒い布が宙に浮きヒラヒラと揺らめいていた。
「なんだ、あれは」諸星が言う。
 それは、ゆっくりと降りてくる。床に着地して一旦静止し、今度は勢いよく浮き上がった。すると、中から純白のマントに身を包む40代程の男が立っていた。
 おおっ、と誰かが声を上げる。
 奇跡の力だ、誰かが言う。そして、歓声が広がっていく。
 白マントの男は私達を一瞥する。
「諸君。知っての通り、この者達が数日前から我々の領域を土足で踏み荒らした冒涜者だ」
 歓声は一瞬にして罵声に変わる。
「今回も、冒涜者の処罰は団員と信者の判断に任せたい」
 状況が飲み込めてきた。
 私達はどうやら新興宗教の団体が利用する土地に侵入し、拉致されたようだ。この白マントの男は教団の教祖、そこら中で私達を監視するように睨みを利かしている白スーツの男達は教団員、席に座る白いコートの人々は宗教の信者といったところだろう

 暴徒を許すな。信者の一人が言った。
 許すな。誰かが続ける。
 許すな。
 許すな。
 消せ。
 消せ。
「決まったようだな」マントの男は不敵に笑い、「あとは任せる」と言い、奥の部屋へと立ち去っていく。
 そして、目の前に団員が立ちはだかった。いつの間にかと団員に周りを囲み、それぞれ、態勢を整えている。
「冒涜者って、なんの事?私達は、自分のお金を回収しようとしただけじゃない」
「あまり生意気な事を言うな。お前達を処分する許可は下りているんだ」
「許可?あの胡散臭い男にそんな権利があるの?派手に空を飛んで登場しておきながら、地味にとぼとぼ歩いてさ。派手に飛んで帰れない事情があるのかな」
 そう言った途端、視界が揺らぎ、床へ身体が崩れた。
 一人の団員が私に向けて拳を振るい、顎に直撃したのだ。
「女なら手を上げたりしないとでも考えていたのか?甘すぎる」
 彼の言う通りだが、こんな行動を取ったのは半ば、自暴自棄になっているせいでもある。
 組織の仲間が助けに来てくれるのなら、とっくに来ている。
 たった一つのミスで、私は捨てられたのだ。
 変身能力を使えばこの事態を乗り切る事もできるだろうが、これだけの人間に目撃されながら能力を使う事は、組織への裏切り行為である。
 組織に捨てられたことに気づきながらも、自分の身を救うため裏切り行為に踏み切る勇気のない中途半端さに気づいて、自暴自棄になり血気だってしまったのだ。
 倒れこんだ私に向かって団員が歩み寄ってきた時、何かが私を遮る。
「カズキさん?」
「貴様、なんてことをするんだ」諸星が叫び、団員に殴りかかった。
 彼の不意打ちは団員の右頬へ見事にヒットし、団員は後方へよろめいていく。
 自殺行為、火に油を注ぐ行為だ。
 今にも他の団員が飛びかかってきそうな雰囲気だ。その様子を表すように、信者達の罵声が更に強くなった。
「なんてことするの」
「アカネさんへの暴力を、黙って許すわけがないでしょ」
 そうか。
 実に勇ましく、本来なら喜ばしい言葉だが、私の為などではない。私が化けた、宮田茜の為だ。
 どういうわけか、そんなセンチメンタルな事を考えてしまった。
 だが、それでも良かった。これで、踏み切ることができる。私はポケットに忍ばせた指輪に手を伸ばす。
「カズキさん。いや、諸星さんと呼ぶべきですね」
 諸星はこちらをみて首を傾げる。
「実は私、宮田茜ではないんです」そう言って中東で活躍する傭兵が愛用していた指輪を左の人差し指に嵌めた。