Neetel Inside ニートノベル
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 身体が揺れている。外力によって揺らされているのだ。目を開けると、「起きて」と声がして、その言葉に従って大人しく上体を起こす。
 俺の横には先程の女子高生が居て、また俺のコートを羽織っている。
 どうやら卒倒したらしい。時計を確認すると、ほんの数分しか時間は経っていないようだ。
女子高生は特徴と言えるほどではない、よくあるセミロングの髪をいじっている。先程の出来事は何だったのか、どう訊ねるべきだろうか。
 そうだ。まずは用件から尋ねるのが良い。そもそもここは、複合商業施設の片隅にある当直室。いわば施設の利用者にとっては案内所みたいなものだ。参拝の為にこの付近を訪れたが、迷子になり偶然ここを訪れ、道を尋ねてきたという事ではないだろうか。細かい違いはあれ、大体、そんな所だろう。
「お嬢さん、道に迷ったの?」
「うん」
 やはりそうか。ここにいるのは、ごく普通の女子高生だけだ。先程の現象は、俺の蓄積された疲労とストレスによって生み出された、幻覚だったのだ。
 それが分かると薄幸そうな顔をして、俺の丈の合わないコートを着込んだ女子高生の姿が可愛らしく思えてきて、不思議と心も柔らかくなってくる。
「人生に迷ったの」
 俺は項垂れる。彼女の一言で、すぐに心は固まってしまった。
 勘弁してくれ、危うくそんな言葉が零れそうになる。だが、彼女の倍近く生きている俺が、どうしてそんな言葉を掛けられようか。
 いや、年の暮れに寂しく当直業務に励む、慎ましい中年男性にはそれ位の所業、許されるかもしれない。
「どういうことだい?」
「私はどこからきたのかな」
「俺が聞きたいよ」
 俺をからかっているのか?
 だが彼女の真剣な眼差しから、そんな様子を窺うことは一切できない。それに、女子高生が一人、単なる悪戯心を持って、正体の分からない中年男性の元を訪れるようなリスクを冒すこともないだろう。
「何も分からない。分かることは一つだけ」
「それは?」とにかく、彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「私が他人の服を着ると、その服を着用した事のある人物に変身する事ができる。そんな能力を私は持っている。それだけは分かる」
 駄目だ。
「分からん」
「そうだよね。その能力の細かい説明もしないとね」
「違う。細かい説明とか以前の問題だ。そんな話を信じられる訳ないだろう」
 何が変身だ。能力だ。三十路を過ぎ、常識で凝り固まった頭がそんな言葉を軽く受け入れる事が出来る訳がない。
「じゃあ、見れば分かる」
 そう言った途端、特別な挙動を見せることなく、彼女の身体はミシミシと音を立て、少しずつ膨張し、いつしか俺の姿に変わっていった。
 激しい眩暈に襲われる。
 俺がおかしいのか、彼女がおかしいのか。何が正しいのか分からない。
「わかった?」
 目の前のそいつは、再び女子高生の姿に戻っていた。
「貴方が着ていた服を着ているから、貴方の姿に変身することが出来る。顔だけじゃなく、肉体、骨格まで」
「うわあ」またしても情けない声が漏れた。
 得体の知れない何かを目の当たりにしている時、人間は恐怖してしまうのだ。

 疑問は尽きないが、一先ずは今の状況を、彼女の話を認めるしかない様だ。
「何で俺のコートを着てるんだ?」
「寒いから」
「そうか」
 これから、どうしたものか。
 自分の能力以外、何も知らないという少女を、どうすればいいのか。まだ、当直明けまで長い。とにかく無難にやり過ごして、引継ぎを待つべきなのか。いや、普通に警察の元へ届けるべきか。
 その時。
 大きな音を立て、勢いよく出入り口の引き戸が開いた。
 今度は何だ。
 突然の出来事だったが、耐性が出来たのか、取り乱すことはなかった。
 出入り口に立っていたのは、二十歳前後の男二人と女の三人組だ。
「おいおい何だよ、先客がいるじゃねえかよ」背の高い方の男が言った。
「あ、かわいい。女子高生じゃないの?」アウトドア系の服装をした女が続けて言う。
 もう一人の太った男はじっとこちらを睨んでいる。
「お前たち、何の用だ。ここは案内所だ。用があるなら、まず名前を名乗れ」
 軽い調子で話す若者たちに対し、ここで下手に出るのはいけないと思い、強めの口調で食らいつく。
「何だよおじさん。感じ悪いじゃん。まあいいわ。名前ぐらい教えてやるよ。俺はケンイチ。趣味はDJ」
 趣味は聞いてないんだが。
「私は、アキコ。基本的には山ガールだよね。ほら、このパタゴニアのフリース。雪なしタグだよ、レアでしょ!」
 パタゴニアの雪なしタグは古着屋に行けば大概置いてあるから、特別レアモノでは無い。
「俺はユウスケ。夏はBBQ。冬は鍋パだ」
 ああ、そう。
 しかし、何というか。手あたり次第って感じである。
「それで、何の用だ」
「明日は新年だろ。俺達、福袋を買うどころか初詣に必要なお賽銭すら持ってない、一文無しなのよ。だから、お金を貰えないかなあって思ってさ。ここなら沢山あるだろ」
「いくら欲しいんだ?」
 そう尋ねると、ユウスケと名乗った男が掌を開き5の数字を示した。
「5円?」
 賽銭箱に入れるのか?そんな訳はないだろう。
「おっさん、冗談言うなよな。50万だよ、50万」
「冗談にしとくべきなのはそっちの方だぞ。若いからってやんちゃばかりするもんじゃない。さもないと、俺みたいに、大晦日に寂しく当直をする羽目になる」
「おじさん。自分で言って悲しくならないの?」山ガールが気遣うように言った。
 正直悲しい。
「つまり。おっさんも俺達みたいなはみ出し者かよ」
「別に俺は、はみ出し者じゃない。そこそこの大学も出てるし」
「なんだよそれ、馬鹿にしてるのかよ」
 些細な言葉が逆鱗に触れたのか、ケンイチと名乗る男は声を荒げる。
 それにつられるように、ユウスケの方は「なめるなよ」と言い、壁を思い切り殴った。
 険悪な雰囲気、一触即発である。これは、少しまずいかもしれない。
「さっさと金なり、物なり用意しろよ」
 話し合いで解決しそうにも思えないし、情けない話だが暴力では勝ち目もなさそうだ。とりあえず、ズボンのポケットを手でさぐり全館共通のマスターキーの所在を確認する。
「鍵だ」
「いいぜ、じゃあ。早く案内しなよ。余計な事はするな。緊急連絡のボタンとか、あるんだろ」
 軽口を叩いている割には抜け目のない奴だ。
「その女子高生もつれていくからな」
 それは、好都合だった。

       

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