寂しい人と異邦の人

 テントから顔を出すと、そこは雪国だった。
「おい、諸星起きろ」
 二人用のテントの中で、頑丈な寝袋に包まれた諸星に声をかけると、彼は雪の様に白い顔をわざとらく引き攣らせる。
「なんのつもりですか、豊さん。どうしてそんな早起き何ですか」
「ヒモ生活のおかげだ」
「意味がよく分かりませんけど」
「何にしても、いい加減慣れてくれ。もう何日目だと思ってる」
 諸星はテントの天井を眺めて、数を数える。
「7日目です」
 そう、1週間が経とうとしている。
 某地区の野営地でキャンプ生活を始めて、これほどの雪に見舞われたのは初めてだ。
 だが、諸星の用意したテントは中々、立派な物らしく、多少の積雪ではビクともしないようだ。
「あと残り1週間の辛抱だ」
 
 俺は雪道を歩き、辺りの様子を確認する。
 すっかり陽も昇っており、雪も解け始めている。
 そろそろ昼食の支度をする時間だな。

 作戦決行の日まで、身をひそめる為に始めたキャンプ生活。
 問題があるとすれば。

「ユタカ、今日も冷えるな」
 黒い肌の男が俺に手をふる。
「レナード」俺は彼の名前を口にする。
「よかったら、またカレーを食べないか?」
「ありがとう。食うに困ったときはお願いしようかな」
「そうか」
 俺の言葉が難解だったのか、彼は曖昧な返事をして微笑を浮かべる。
 今度は色白の男が現れ、レナードと一言二言、言葉を交わし、彼も手を振り立ち去っていった。
 
 そう。問題があるとすれば。
 明らかに異邦の人々で構成された、妙な集団が現れた事だ。

 桐谷にしてみれば特に害はないとのことだった。
 レナードはインドカレー店の料理人として就労ビザを手にし、日本へやってきたらしい。しかし、就労ビザを手配したブローカーが失踪し、就労ビザの更新が行えないままオーバーステイとなり、現在は各地を転々としているらしい。
 
 なんだその設定は。

 いかにも有害と言った感じじゃないか。
 
 そう思いながらも、俺は静かにレナードたちを見送る。
 今は小さなトラブルだろうと避けるべきだと考える。何が致命傷に繋がるのか分からないからだ。
 静かに過ごすのが一番だろう。

 そうして気を取り直し、俺は昼食作りに取り掛かる。
 もちろん、この環境で大したもの作る事はできないので、レトルト食品をガスバーナーで温めるだけである。まあ、環境が整っていたところで、俺が大層な手料理をこしらえることはできないのだが。
 丁度、仕上がる頃に桐谷とみそかが俺達とは別のテントから顔を出した。
「遅いぞ」
「竹ノ内さんが早いんですよ。それに女性の朝の支度に口出しするものじゃないですよ。もう三十路を越えてるんですから、それ位の気遣いは出来ないと困ります」
 相変わらず二言も三言も多い奴だ。
 一見、化粧などを施している様にはみえないが。
「とは言っても、私達は身体の構造上、生理的変化は生じないんですけどね」
「どういうことだ?」
「私達の変身能力は随意的な細胞分裂と再生に伴う外見上の変化によって齎される物なんです。当然、正常な人間の場合、急激な細胞分裂も、成長も変化もしません。したとしても、すぐに細胞の寿命がきて、死んでしまいます。それを可能にしたのが、想像もし得ない科学と研究の成果になるんですが」
 俺は無言で頷く。さっぱり分からない。
「ただ、科学の力をもってしても身体への負担は大きいままで、限界があるんですよね。普段は細胞の変化が起こらないように調整し、負担を軽減しているみたいですよ。いわば省エネですね」
 なんだそれは。そんな都合の良い話があるのか。
「都合の良い話ですが、前も話した通り、沢山の犠牲の上で成り立っている話ですから。いや、成り立ってるとはとても言えない位の代償を払っているかもしれません。そんな訳で、私達の身体は変化しないんですよ」
「じゃあ、老化もしないのか」
「外見的には、そうですね。だけど、不死身という訳にはいかないでしょう。いつか身体に限界が来て、ぽっくり逝くかもしれません。何せ、前例と症例がありませんからね。綺麗に死ねると良いんですが、自分の事が一番分かりません」
 自分の事が一番分からない、とは何となく哲学的な響きだ。
 桐谷はあっさり言うが、彼女の顔に陰が差したように見える。
 陽が更に角度を高くし照りつけが強くなってきたというのに、暗い雰囲気になってしまった。
「ほら、できたぞ」
 そんな雰囲気を振り払う為、俺は昼食をアルミのテーブルへ乱暴に並べる。