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みそかが先導し、テクテクと歩いていく。
よく道を覚えているものだ。
「竹ノ内さん。少し立ち入った話で申し訳ないんですけど」
「何だ?」
「昨日、貴方が大事そうに眺めていたキーケース。繋がれた鍵の数が組織の情報より増えているようですが、それは神宮安芸子の自宅の鍵ではないですか?」
「ああ、アキコの自宅の物だが、それがどうした?」大した観察眼である。鍵の数まで情報に含まれているのか。恐ろしい。
「これから大きな勝負に出るのに、そういう未練がましい事はどうかと思いまして」
どこが未練がましいというのか。
「桐谷、お前の方が俺より総合的に優秀な人間だというのは分かる」
「はい」
「だが、年の功として言わせてもらうとだな。この世で何よりも強いのは信頼と繋がりだ。俺はそう信じているし、それを武器に華族と戦うつもりなんだよ」
「なるほど」
桐谷は曖昧な返事をする。
「ここだよ」
みそかが案内したのは、野営地からそう遠くない木々の中だった。
彼女が気づいていたか定かでないが、途中の木々にはマーキングでもするようにビニール紐が結ばれていた。
そして、みそかが指差した先にあったのは。透明の薄いポリシートに囲まれた、畑だった。勿論、大麻を栽培した畑である。雪の対策の為か、微妙に曲線を描いて、シートは設営されている。
「まさか、本当にあるとは」
「来てよかったですね」
何故か、楽しそうに桐谷が言う。
始めに、探ってみようと、言い出したのは桐谷で、彼女らしくなく無邪気そうに言っていた。
先に言った通り、面倒事や騒ぎになるのは極力避けるべきであるし、それは桐谷だって同感だろう。
それなのに、彼女は真っ先に興味を示し、大麻探しツアーを開催したのだった。
「それで、どうするんだ?」
「次は、犯人探しですかね」
「犯人?」
「こんな人里離れた奥地で栽培されている大麻にヤマシイ事が無い筈、ありませんからね」
それもそうである。
「だが、犯人なんて。なんとなく分かるじゃないか」
「外国人達ですか?」
そうだ。
なにが、無害だ。
こういう出過ぎた事をすると、しっぺ返しを食らう。
「ユタカ」
タイミングよく、レナードが現れた。
「見てしまったね」
「またこのパターンですか」桐谷が呟いた。
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いざレナード達に囲まれてみると、彼等の屈強な肉体は大変驚異的である。
「ユタカ、もう一緒にカレーを食べられそうにないな」
そう言ったレナードの瞳に口惜しい感情はみてとれない。
「なんとかならないのか」
遠回しに桐谷の変身能力へ期待を込め、耳打ちする。
「情けないですね。あれは最終手段ですから、今は様子を見ましょう」
俺は頷き、レナード達へついていく。
「わざわざ諸星さんの居る所へ戻るみたいですね。素人」
桐谷は強気に言う。確かに、敵は分散させた方が良いだろうに。
「レナード。あんな物を作ってどうするんだ?」
少し考える様子を見せる。
「分かり切ったことを聞くね。あれが僕達の生きる道なんだよ」
「そうなのか?レナードみたいな親しみやすい外国人なら、多方面で重宝されると思うんだが」
「それは、一枚のビザ次第だね。あれは天国への切符だと思っていたが、実際は地獄行だったよ」
皮肉な言葉だ。
レナード達がこれから、どんな行動に出るのか。
それは勿論、警戒すべきなのだが、先程から桐谷が自らの腰辺りを擦っている事が気になった。
キャンプ地へ戻り、まっすぐ俺達のスペースへ向かった。今度は諸星を囲むつもりなのだろうか。
そして、木陰に隠れた俺達のスペースには、折り畳みの椅子に諸星ともう一人、女性が座っていた。
「ユタカさん。戻りましたか」
隣に座っていたのは、レナードの取り巻きの女性だった。
「突然ですが、私達結婚するんですよ」
何を言い出すのだ。
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「一方、留守を任された諸星は」
豊さん達を見送ってから、数分。寂しくなり、妙な事を口走ってしまう。
レナード達が後を追う様に向かっていったのが気になるが、僕には立派な仕事がある。
テントの下に埋めた金だ。
またしても、埋めるのは少し気が引けたが、今回は常にテントの下にあるのだから、まあ安心だろう。
それにしても、豊さんはずるい。奥ゆかしい少女に、危険な魅力を潜める桐谷さん達と共に探検隊だなんて。
そういえば、レナードの取り巻きにエキゾチックな女性が混じっていたのを思い出す。
「こんにちは」
妄想すれば影が差す、だろうか。ありがたい
「やあ」単純明瞭でグローバルな挨拶を送る。
思惑通り、彼女はフフと上品な笑みをみせた。
「エレイナです」片言を話す度に動く彼女の厚い唇は大変、色気を感じる。
「何か、お困りですか?エレイナさん」
俺が尋ねると、彼女は再び微笑む。
「ねえ、お兄さん。私と結婚しない?」
どこの国出身か存じないが、流石は異邦人。
大胆である。
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「そういう訳です」諸星は自信たっぷりに胸を張る。
「いや、全然分からないのだが」
これも、レナード達の考えなのだろうか。
思考を巡らせていると、「どういうつもりだ。エレイナ」と黒人が言う。
その反応を見るに、考えの内ではないらしい。
「配偶者ビザが目的なの?」見透かしたように桐谷が言う。
なるほど。
日本人の配偶者に交付される在留資格を得る為、諸星と婚約したい訳か。
だが、それはとても利口な手段とは思えない。
「婚約届の戸籍はどうするつもり?そこがクリアできても今度は在留資格の許可申請で躓くと思うんだけど。ただでさえ、良い経歴とはいえないみたいだし」
桐谷はそう言って、レナードを一瞥する。
レナードは溜息をつき、「エレイナ。馬鹿な事は辞めろ」
「馬鹿な事は辞めろ?貴方達こそ、何をしてるのよ?大麻栽培がばれたから、罪の無い人達に危害を加えるつもり?」
レナード達は返答に窮する様子を見せる。
「日に日にエスカレートする業者の要求をのみつづけても、破滅しか見えないよ。それなら少しでも救いのある道へ進んだっていいじゃない」
「勝手な事を言うな。そんな物、救いとは言えない」そう批判したのは黒人の方だった。
不法滞在者達の争いが始まりそうになり、桐谷も何か思いついたのか身構え始める。
諸星は、顔を歪めている。
「まあ、少し待ってくれよ」
俺は割って入る。
「どちらを選んでも結局は破滅なんだ。俺には、もう一つ案がある。俺達は今から、この国の華族、権力者と喧嘩をする。成功すれば、その権力を利用することが出来るかもしれない」
なにを言ってるんだと、桐谷が睨み付けてくる。
「成功すれば数人の経歴なんて簡単に洗浄できる。俺についてきてみないか」
「そんなの信頼できる訳ないだろう」黒人が言う。
「確かに。察しているかもしれないが、俺達もレナード達と同じような境遇なんだ。いや、それよりも、自ら破滅を選ぶなんて、それこそ地獄じゃないか」
俺が言い終えると、レナード達は考える様子を見せ、お互いに目を見合わせ頷く。
「ユタカ。君の言う通りだ。だが、手助けはできそうにない。今の現状は自分達が騙し騙し生きてきた結果だ。都合よく君たちに付いていく訳にはいかない」
「そうか」
「大人しく出頭して、国に還ろうと思う。物騒な事をして、悪かったね」
そう言って、レナードはエレイナの手を引き彼等は背中を見せた。
レナードが言う通りに、彼の取り巻きも出頭についていくのか、それだけは気掛かりだった。
そしてレナード達と距離が広がった時、桐谷が助走をつけるように、片足を引く。
俺は咄嗟に彼女の肩を掴み、動作を制止する。
「なんのつもりですか」
「こっちのセリフだ。レナード達はもう鞘に納めているだろ」
「似たような境遇に同情してしまったんですか?」
「何とでも言え」そうかもしれない。
「貴方が、秘密を話してしまったじゃないですか。生かしておけません」
「駄目だ」
「どうせ、戸籍の無い人々です。居なくなっても同じなんですよ」
「物騒な事を言うな。命の価値は戸籍なんかで測れる物じゃないだろ。それに俺達が華族打倒を謀っているのはとっくにばれていることだろう」
「それは、そうですけど」
「肝心な秘密は知られていない。それに、お前に人殺しなんてしてほしくない」
なんなのよ、あんたは。桐谷は最後に呟いた。