再びバンに乗り込むと、静香が作戦の説明を始める。
「桶狭間の戦いは御存知ですね」静香は人差し指を立てる。
「織田信長と今川義元?」諸星が尋ね返す。
「はい。信長に倣って敵の背後から奇襲をかけるんですよ。すなわち、狙うは、源美咲です。彼女さえ人質に取れば、勝利はこちらの物です」
「簡単に言うな」俺は言う。
「私が連れてきた同志達には、源邸の本館正面で混乱を起こしてもらい、その機に乗じて、警戒の薄くなった別館に住む源美咲を討取る訳ですよ」
 討取っては駄目だろう。
「各自の細かい動きはそれぞれ伝えますので、確認してください」
 全員が静香の作戦を聞き終えた頃に、源邸の庭である莫大な森が視界の一面に広がる。その森の中央辺りの天頂から洋館の一角が見える。源家の邸宅、本館だ。
 館を囲む外壁などは無く、周囲の森が結界として機能しているのだ。
 だが、その侵入者を拒む迷いの森も静香が仲間に居る以上は格好の隠れ蓑である。
 所定の場所へバンが停まり、俺達は降車して一斉に走りだす。
 俺も仕事で此処を訪れていた時は、案内人に頼り切って邸宅まで行っていた。
 そして今、俺は源静香の後を追う。
 監視カメラの位置は把握している為、指向性の高い集音マイクに気を付けた方が良いとの事で呼吸を、足音を鎮めて歩く。
 静香は「他人の作戦は聞かない方が良いですよ。豊さんは優しいので」と言った。
 彼女はハッキリと言わなかったが、つまるところ、囮なのだろう。
 そして、囮となる事に反発しない同志達は覚悟の上だったのだろう。
「あの灯りが見えますね、あそこが源美咲の館です」
 深い闇のせいで識別できていなかったが、既に目的地の直前だったらしい。
 静香は裏口の扉に近づく。
「指紋認証よ」
 俺が「どうするんだ?」と尋ねるより先に、透明のシートを取り出し、認証機器にあてがう。
 すると、ピピッと軽快な音が鳴る。
「厄介な鍵じゃなくて良かった」静香は言って、さっさと中へ入る。
 
 俺もすぐに後を追う。彼女一人で片づくのではないだろうか。



 影に隠れた大衆に混じる。
 時刻を確認する。
「あと三十秒」
 あと三十秒で突入の時刻になり、源静香の集めた大衆が一気にはじける。
 騒ぎにより集まった使用人たちへの囮になることが目的だ。

「ゼロ」
 誰かが言った。
 それと同時に先頭の集団が走り出す。
 勝ち鬨を上げる様に、唸り声が鳴り響く。
 間もなくて、警報が鳴る。
 途中で数人が道を分ける。そして、また数人が分散する。
 あっという間に私達の目的である本館が姿を現す。それとほぼ同時に大量の使用人が溢れ出るのが見えた。
 私達の規模を把握した上で差し向けたのだろう。
 倒すでもない。足止めをするでもない。
 ただ気を逸らすことだけが、私達の使命だ。
 隣の諸星が息を切らしている。
「無理しないでくださいよ。そもそも適材適所ってものがあるんですよ」
「今更そんなこと」
「私達の使命は本館への突入です。私の見立てでは、本館内部に残された使用人は僅かである可能性が高いと思います」
「幸いですね」諸星は言った。



 裏口を抜け、曲がり角から廊下を覗く。
 6名の使用人。
「すぐそこが、姉様の部屋です」
 その時、警報が鳴り、異常事態を伝えるアナウンスが流れる。
「ベストタイミング。それではナイフを」
 俺は直ぐに用意する。
「ここからはノンストップです。内村さんお願いします」
「はい」内村さんもとい、みそかは丁寧な返事をして源美咲の姿へ変わる。
 警報に従い6名の使用人が出ていくのを確認する。
「マニュアル通りであれば、使用人の一人は安全確認後に表口から戻ってくるでしょう。それを引きつけるために、表口まで向かってください」
 彼女は頷き、出ていく。
「じゃあ、準備は良いですか。姉様は一人で過ごされている可能性が高いですが。もし、偶然に使用人が居た場合は戦闘を避けられません」
「分かってる」
「では、行きます」そう言った途端、静香は部屋の中へ飛び込んだ。俺もすぐに後を追う。
 居間だろうか。部屋がいくつも分かれている為、六畳程度のそう広くない部屋。
 籐椅子に座る源美咲と隣に、若い使用人が立っている。二人とも驚嘆の表情をみせる。
 静香は動作を止めることなく、手にしたスタンガンを起動し、使用人の腹部へ差した。
 使用人は全身をこわばらせ、直ぐに倒れこむ。
 俺は、少し遅れて源美咲の口を塞ぎ、ナイフを喉元へ当てる。
 瞬く間もない、出来事だった。
「成功ね」溜息をするように、静香は言った。
 そして、ソファのカバーを剥ぎ、使用人の口と四肢を縛り、続けて源美咲の両腕を背後で縛る。
「間抜けな使用人で助かりました」
 俺は、口の拘束を解く。
「どうするつもり?」源美咲は初めて口を開く。
「分かりきった質問は辞めてください。とにかく、余計な行動は避けてください。僅かでも抗う様子や、変身能力の兆候が確認できた場合、間もなく喉が開きますよ」
「それは人質に使う手段ではなく、従う他に選択肢の無い捕虜や奴隷に使う手段だと思うけど。例えば私が源家を守る為に自分を犠牲した場合は?」
 確かに、源美咲の言う通りだ。
 一方、静香は首を振る。
「傲慢な貴方は自己犠牲の精神なんて持っていない。自分が高みに立つ為なら家族だって犠牲にする人間ですから」
 静香が言うと、源美咲は「確かに」と笑った。
「女性相手はやりにくいでしょう」静香は、俺と役割を交代すると、直ぐに歩き始めた。

 しかし、静香の作戦は不確定要素が多すぎる。相手が強大であるが故の妥協点。だとしてもだ。
 そもそも、俺は静香の本懐を知らない。
 俺に協力する理由。いや、俺が彼女の作戦に組み込まれた本当の理由を知らなかった。