Neetel Inside ニートノベル
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本館は歩兵がいなくなり、後は王将を残すのみとなった。
「竹ノ内さん達は無事、成功したみたいですね」
「ええ」
「僕達の役目も一先ず終わりですかね」
「そうですね」
 では、これからどうするべきか。
 もともと私を切り捨てた源家への復讐へ来たわけで、その為に私へ課せられた役割は達成された。
 源静香にとってみれば私達など使い捨ての駒に過ぎず、私の生き死になど、計画に入っていないだろう。
 だが、そんな扱いを受けるのも一度で慣れてしまった。
 今、私がするべきことは最後の闘いの場であるこの聖域を守る事に徹することだろう。
 本館の奥へと進み続ける。警報のせいでもあるが、この広い館には相変わらず人がいない。
 扉を開けると、再び廊下が広がる。そこに並んだ幾つかの木造椅子。
 その最奥の席に、男は座っていた。
「久しぶりだな。8号」
 筋骨隆々の男。
 金将のおでましだった。
 しかし、この男の反応は、何だろうか。
「お知り合いですか?」
「私と同じ被検体の一人。第1号と呼ばれていた男で見ての通り、屈強な体躯が自慢だけど変身能力の適合者にはなれなかった結果。今では使用人として再雇用されて楽しくやってるみたいね」
「相変わらず癪に障る奴だな」1号は地に響きそうな、低く太い声を出す。
「相変わらず癇が強いですね」
「やばそうですよ。喧嘩売ってないで、逃げましょう」
「逃げる?」
「直に竹ノ内さん達が源美咲を連れてくれば、戦闘は避けられるじゃないですか」
道理的に考えればそうなるが、直情型のこの男が、人質で簡単に退くとも思えない。
むしろ冷静さを失ったこの男は何をしでかすのか分からない。
ならば。
やはり、リスクを減らすべきだ。
「合流までに処理する」
 指輪をはめ、傭兵に変身する。
 それが戦闘開始の合図となり、お互い一気に間合いを詰めると、先ず1号が右腕を振りかぶる。
 私が1号の腕を払い、左腕を腹へ入れるがすかさず下段受けで払われ、そのまま腕を掴まれ、一気に地面へ倒されてしまう。
「ちょっと何してるんですか。桐谷さんと呼べばいいですか?」諸星が戸惑う。
 諸星に構っている暇はない。
 1号の追撃を逃れ、すぐに立ち上がると今度は蹴りが飛んでくる。身体を屈め上段受けの構えを作り蹴りを受け止める。あまりに重い一撃。反撃に転じるよう姿勢を整えていたが、立て直すことは出来ず、1号の鉄拳が腹にめり込む。
 視界がゆがみ、思考が停まる。
 視界が落ち着いた時には、世界の角度が変わっていた。
 私の身体が崩れ落ちていたのだ。そう気づいた時には、1号の蹴りが再び懐へ入り込んでいた。
 吹き飛ばされ、胃液が口から漏れ出る。
「いい加減にしろ」諸星が叫びながら、1号に飛びかかる。
 半紙でも相手にするみたいに軽く薙ぎ払う。
 ああ、ここで死ぬかもしれない。それも、仕方ないのか。偶然繰り越された死が、今訪れただけだ。
 まだ決まっていなかった死に場所が、ここに決まっただけだ。後悔はない。
 1号は倒れる私に目もくれず、興味は諸星に移っている。
 このままでは諸星から殺される。
 それは、許せなかった。
「お、まだやるのか」
 気づけば、身体を起こしていた。
 真っ当にやり合って敵う相手ではない。
 私は変身装置の腕輪を外した。
「降伏のつもりか?そんなに甘くない」
 1号はニヤリと笑い、一気に詰め寄り、大振りする。
 私はそれを避けるでもなく、正面から両手で受け止める。格闘技としてはあり得ない行動であるが、私は腕輪を彼の腕に巻きつける。
 その途端、彼の全身が反り返り身体の底から、絞り出すような雄叫びを上げる。
 叫び声は呻き声に変わり、上腕に血管が浮かび、身体が屈曲していく。
 これ以上はまずい、そう判断し、腕輪を外す。
「殺す訳にはいかないですから」
 1号は、息を荒げて倒れている。
 これで一先ず、役割は終わりだろう。
 だが、1号が私を見た時、少しも不審に思う様子がなかった事が気にかかる。。



半年前

 生きて、この館を出られるとは、思わなかった。だが、命と引き換えに全てを失った。言葉の通り、命以外、何も無くなってしまった。
 俺と静香の関係が華族に知られてからは、あっという間だった。
 築き上げてきた、地位と権力、家族までも。
 失ったものが多い分、空虚は大きくなり、最早、空虚感など無い。虚ろである事が正しく、唯一残った、命こそが異物である気がして、それこそが、華族の狙いなのだろう。
 ただ、もう一つ残ったものがある。
「このまま、泣き寝入りしませんよね」
 静香は、俺の瞳をじっと見つめる。
「悪いが。今は何も考えられない」
「そうですか」
 俺は静香の後を追う。
 昼間でも薄暗い森の中は、幻想的で、静香の姿は神聖な物に見える。
 この期に及んでそんなことを思う。
「私を責めないんですか?」
「そんな事できない」
「貴方だけ辛い思いをして、私が御咎め無しなんて、あまりに不公平ではないですか」
「そんな問題じゃないだろう」
 しばらくして静香は足を止め、大きな切り株に腰掛ける。
「こんな切り株。あったっけ?」
「ちょっと寄り道」
 そして、差し出された左手を俺は受け入れる。
 二人並んで切り株に座り、息を合わせるように、ゆっくりと上体を倒した。
 大人二人分くらい、余裕で許容してしまう程に立派な切り株の年輪をそっと撫でる。静香も、その仕草を真似する。
「こんな時に何してるんだろうか」
「もう失う物なんてないじゃない」
 皮肉な言葉だ。
 静香は「ねえ」と言い、繋いだ右手の指と指の間をくすぐり始める。
「…いいのか?」
「大丈夫。豊さんは音を立てない方だから」
 静香の仄めかす表現は、かえって猥らに感じる。


 陽が沈み、森の中は完全な闇に包まれた。変な獣でも出てきそうだ。
 俺達は絡めた指をゆっくり解いていき、残った小指を静香は強く固めた。
「やっぱり、このままでは駄目だと思う」
「何?」
 そして、静香は源家打倒の作戦を語り始める。
「そんな事を考えてたのか」器用なものだ。そして、なんとなく不服である。
「ええ。どうですか?」
「分からない」それが正直な意見だ。静香が仲間になるとはいえ、源家の牙城など崩せるのか。
「だが、どうしてそこまで献身してくれるんだ?何故、源家の打倒なんて考えるんだ?」
「情夫の為ですから」
 胡散臭い言葉だが、今はそれ位が丁度良かった。

       

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