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山ガールと女子高生を連れて、店内奥の休憩室へ入ると、三人ともパイプ椅子に腰掛ける。
「残るは山ガール。お前だけだが、俺達は女に手を挙げたりしない。これに懲りたらあいつ等と絡むのは辞めるんだな」
「勝手な事言わないでよ。あいつ等は確かに碌でもないけど。私にとっては家族みたいなものなの」
「どういうことだ」
「あんたに話しても仕方ないんだけどね、私は昔から両親が居なくて、家族と言えるのは唯一の兄だけだった。お兄ちゃんは登山が大好きで、そこに山があれば登る、格言みたいな人でさ。登山欲がエスカレートした結果、海外の山にまで挑戦するようになって。そして去年、マッターホルンへ挑んでいる最中、行方不明になった」
突然の重苦しい話に、虚を突かれた気持ちになる。少しは段取りを考えてほしい。
「あいつ等、ああ見えても優しい奴らでさ。今は家族みたいなものなんだよ」
「そうだったのか」
「なんでこんな話してるんだろうね。あんたが私のお兄ちゃんに似てるからかな」
「はあ?」
再び虚を突かれる。後々、面倒くさくなってきそうな言葉を聞いてしまった。
「そういえばさ。さっきのあれ、何だったの?女子高生の姿が大きい外国人に変わった奴」
「ああ、あれか」
誤魔化すのは難しいと思うし、誤魔化す必要があるのかも分からない。話をしてもいいのか、一応本人に確認すると、話しても構わないという反応を示した為、女子高生の変身能力について俺が知っている情報を山ガールに伝えた。
「ええ、すごいじゃん」
馬鹿にされることも覚悟していたが、あっさり受け入れられた。若者は吸収が良くて羨ましい。
「じゃあさ。私のパタゴニアのフリース着てみてよ。これ、お兄ちゃんのお下がりなんだよ」山ガールは、そう言ってフリースを脱ぎ、女子高生に渡した。
「おい、いいのか」
行方不明の兄が着ていた服を、女子高生に着てもらう。それは、兄の安否を確認するための手段だと思い至ったのだろう。
だがそれには、相当な覚悟がいるんじゃないだろうか。
女子高生は黙ってフリースを受け取り、すぐに着込んだ。
「どんな事でも、予想つくぐらい考えてきたからさ。遠慮しないでよ」
そう言いながらも、山ガールの表情が強張っていく事に気づいてしまった。
女の強がりというのは、やはり悲しいものだ。
間もなくして女子高生は表情を変えることなく、首を横に振った。残酷な報せである。
山ガールはフリースを受け取ると、それを抱きしめて座り込んだ。
「お兄ちゃん」
彼女は最後にそう言って、肩を震わせながら子供みたいに泣き叫んだ。